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エスコー=トリント練兵場の「聖女」
お別れの、ご挨拶
しおりを挟む私の任地変更に、なにかと煩雑な手続が必要で、かなり手間取ったらしいわ。
「軍属」として、第四軍で勤務しているけれど、所属は「王宮薬師院」なんだものね。 提出する書類関係は、普通の異動とは、訳が違うもの。
第四師団司令部に呼び出され、色んな書類に署名をしたわ。 そして、王宮薬師院、人事局にも呼び出された。
とても、憮然とされたライダル伯爵から、私の任地変更が確定したと、そう伝えられたのは、あの「視察」の日から、四日目のお昼過ぎ。 異例の速さで、第四軍司令部が動いているって…… そう、仰られたの。
「薬師リーナ。 君のエスコー=トリント練兵場への任地移動は、正式に決まった。 王宮薬師院としては、君を王都ファンダルから出す事には反対した。 君ほどの「薬師」をむざむざ、軍に引き渡す様な仕儀になった事、許して欲しい」
「なにを、仰いますの? 薬師院では、薬草の仕分けのお仕事しか、しておりませんでしたのよ?」
「……耳が痛いな。 君が市井の者達に施していた治療と、渡していた薬の数々。 重篤な症状の者達が快癒し、君が謝礼を受け取らないものだから、君が付けている王宮薬師の記章をみて、此方に感謝の手紙や、金品を送って来る者達も居たのだ。 統括バーナモン伯は、君を調剤局に入れようと躍起になっていたのだがね…… 薬師共も馬鹿な決断をしたものだ」
「???」
「薬師リーナは、辺境の薬師。 いくら、賢女ミルラス様の御弟子であろうが、今の薬師の知識では無いとな。 学院の成績が、彼等の矜持でもあるのだよ。 事実を見ずに、権威で測るその姿勢には、統括バーナモン伯も頭を痛めていた…… 故に人事を預かる私は、君に頭を下げねばならんのだよ。 済まなかったとな」
「そんな事…… ライダル伯爵様はなにも悪くないのでは? わたくしは、わたくしの成すべき事をしたまで。 それは、権威の為でも、地位の為でもありませんわ。 この軍への出向もまた同じにありますの。 命じられた、エスコー=トリント練兵場への任地の変更は、彼の地にてわたくしの出来る事がある為と…… そう認識しております。 それは、ここ王都に居る事よりも、重要であると。 そうでは、無いのでしょうか?」
「……薬師リーナ。 護ってやれなくて、済まない。 ……一つ、提案がある。 君は、何処にその任地を定められても、王宮薬師院の薬師であることには違いない」
「はい……なんでございましょう?」
「君の居所だよ。 第十三号棟は、コレを閉鎖する。 誰にも使わせない。 第十三号棟は、王都での薬師リーナの 「 家 」 だ。 財務寮に何と言われようと、それだけは護り抜くよ。 統括様もご承認されている。 だから…… 王都に戻る際には、第十三号棟を使って呉れ。 王宮魔導院の重結界も施されているしな。 ……高位ポーション類の保管庫でも、あれほどの重結界は施されていない。 ……誰にも手は出させないからな、人事局長として保証する」
「…………いいのですか?」
「王宮薬師院から君の民への献身に対する、報酬だとそう思ってくれていい。 私達には、これくらいしか、出来ないからな。 …………「薬師」リーナ。 本日付けを持って、任地を、王都ファンダルより、エスコー=トリント練兵場へ変更する。 従者ラムソン、侍女シルフィーは、そのまま薬師リーナ付きとする。 ……あちらでも、民の安寧を護ってくれ」
「はい、承りました。 準備出来次第、エスコー=トリント練兵場へ向かいます」
「達者でな。 なに、王都ファンダルまでは、馬車で一日の距離。 そうは、離れていない。 何かあれば、直ぐにでも戻れる。 いいな、薬師リーナ。 君の「家」は、私達が護っているからな」
「有難き御言葉。 リーナ、嬉しく思います」
任地変更の手続きは、これで完了ね。 とても、済まなさそうにしているライダル伯爵。 微笑みながら、彼を見詰めたあと、深く礼を捧げ執務室を退出したの。
第十三号棟が、「 お家 」かぁ…… そういえば、私の認識もそうなっていたっけ…… ラムソンさんに出逢って…… シルフィーが来て…… 様々な ” お客様 ” を、お迎えしたのも 第十三号棟だものね。
色々と暮らしやすくしたし……
元に戻すは、ちょっと大変だなと思っていたから…… 必要なモノを持って…… あとは…… お願いしてもいいよね。 「 お家 」…… だものね。
^^^^^^
良くして下さった方々にお礼を言い、別れを告げる。 食堂の人達にも、街の雑貨屋さんにも…… 市場のおじさん、おばさん達にも。
時間もあまり無かったし…… 学院にはお邪魔しなかった。 「軍属」として、軍に勤務する私は、もう王立ナイトプレックス学院での 「 お勉強 」は、課せられていないもの。 スコッテス様、シーモア様に「 ご挨拶 」は、出来なかったの。 それは、ウーノル殿下の周囲の人達に関しても同じね。
きっと、もう、交わる様な事は無いと思うのよ。
唯一、フルーリー様だけが、今後とも交わりを持つと思われる人。 グランクラブ商会へ赴き、ご挨拶を申し上げるの。
「ティカ様が王都から旅立たれ…… 今度はリーナ様が…… 寂しいですわ。 でも、お二方とも、ご自分の成すべき事を成しに行かれるのですからね。 理解はします。 そして、なにも今生の別れという訳では御座いますまい。 なにか、特に必要なモノが有れば、グランクラブ商会にご用命を! リーナ様の窓口は、常にわたくしに御座いますから!」
「ありがとうございます。 また、お願いする事もあるやもしれません。 それよりも、フルーリー様の御顔が見たくなるやも……」
「リーナ様っ! 嬉しい事を! お友達ですもの! 何時でもいらしてね。 わたくしは、王都より離れる事は出来ません…… 少なくとも、学院を卒業するまでは。 だから…… お待ち申し上げますわ。 ずっと…… ずっとですわよ!」
「貴女の友誼に感謝を。 行く先に光あらんことを」
「あら、それは、わたしが云うべき言葉よ、リーナ様。 困難があり、心が疲れた時、思い出してください。 わたくしは、此処にいます。 グランクラブの名と矜持に賭けて、リーナ様と共に」
お別れの御挨拶…… ちょっと、言葉を選んだの。
「ありがとうございます…… では………… ” 行って参ります ” 」
「お気をつけて。 お早い御戻りを!」
暖かで、優しい彼女の心遣い。 決して忘れないわ。 こんなにも、私の事を、「愛して」下さるのですものね。 ” 王通り ” まで、見送って下さったの。 手を振り、にこやかに微笑みながら。
蒼い空の元……
私は、新しい任地に向かう。
エスコー=トリント練兵場へ
これで、やっと…… 策謀渦巻く王都から……
「薬師の本分」を果たす為に……
出て行けるのね。
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