その日の空は蒼かった

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エスコー=トリント練兵場の「聖女」 

エスコー=トリント練兵場

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 第四軍の練兵場。 王都から馬車で一日の距離にある、広大な練兵場。 城壁も無く、ただ、木製の柵で囲われた、広い草原が広がっているの。 流石に門は、きちんと有って、そこを通過する時には、練兵場に入る旨を申告するようにはなっていたわ。

 第四四〇特務隊の認識票を取り出し見せると、それだけで、門をお通しくださったわ。 

 第四軍より、第四四〇特務隊と第四四〇〇護衛隊が勤務地変更により、この練兵場に来ることは、通達されていたと、そう立哨の方から伺ったの。

 そう、第四四〇〇護衛隊よ。 私の勤務地変更に伴い、第四四〇〇護衛中隊から、名称変更されたの。 だって、二十五人しか在籍していないし、獣人族 ” 義勇兵 ” の、人達なんですもの。 ファンダリア王国の軍編成にはなじまないと、名称もそれに従い、特別編成の隊になったと、アントワーヌ副師団長様より御聞かせ頂いたの。

 正規の軍編成では、指揮官である私を含み僅かに二十六人。 一個小隊にも満たない人数だから、そう呼称するしかないって…… そう云われたの。 別に、する事は同じだから、部隊名称に異存はないわ。 森に帰ると決断された方々もまた、一緒にエスコー=トリント練兵場に移送されたの。


 全部で五十三人。 


 馬車五台の大所帯になったわ。 必要物資と供に、練兵場に到着し、森に帰る人は練兵場で編成されている輜重中隊の馬車に乗り換えるの。 居留地の森の近くまで、その輜重中隊の馬車で、運んでいただけるって。 第四一、四二の各師団で不足している薬品類の輸送が目的なんだって。

 すでに、消耗している、第四一、四二師団の輜重隊は使えないから、第四四師団から、輜重隊を割いて向かわせる手はずを整えたのは、イザベル様。 その便に、森に帰る人達を、「同乗させて」もらえることに成ったの。


 現在の第四軍の命令は、即時発令が多いの。 特に私絡みの物がね。


 私達が練兵場に入って来た時には、もう輜重隊が準備を終えていたわ。 王城外苑の第四四師団司令部でも見た事がある、輜重隊の方が、私に言ってくるの。




「第四四〇特務隊指揮官、薬師リーナ殿。 居留地の森に帰還せしむ、友好国国民の方々を、お預かりいたす」

「宜しくお願いします。 荷物もおお御座います故、間違いなく彼の地へ送り届けて下さいませ」

「輜重隊の名において、必ずや二十五名の方々を、軍命により、居留地の森まで、お送り申し上げる。 第四軍 第四四師団 師団長代理殿より発令さる。 第四四三一輜重中隊がその任を受けた。 任務を、全うする」




 体躯の大きな中隊長様が、小さな私に向かって、軍令則に則た敬礼を捧げてくるの。 ぎこちない答礼でそれに応える…… 慣れないのよね…… これ。 出立に当たり、第四軍から贈られた、第四軍の軍装を纏っているから余計にね…… 私は「薬師」よ? それなのに……




「よくお似合いですよ、薬師リーナ殿。 俄然、凛々しく見えます。 エスコー=トリント練兵場では、その御姿でいらしてください。 他の兵は、制服でその人物を認識します。 四軍の記章、薬師の記章はお忘れなく。 では、総員出立準備!!」




 中隊長様が、凛々しい笑顔を浮かべそう云われたの。 あ、あのね…… そ、そうじゃなくて…… 

 森に帰る人達が載った馬車が、輜重中隊の最後尾に付くの。 幌馬車なんだけれど、皆とても晴れやかな御顔。 中には私に…… いえ、残る獣人さん達に手を振る人もいるわ。 

 私は両手を組み、精霊様にお祈りを捧げるの。




 ” 居留地の暮らしは厳しいです。 どうか、どうか、あの方々の未来に光を。 真摯な心を持って、祈りを捧げます ”




 ふわりと、頬を撫でられた様な気分がした。 最後尾に付いた二台の馬車に、光が舞い降りる。 ……精霊様、ありがとうございます。 祈りが届いたような気がしたの。




 ********




 エスコー=トリント練兵場。



 その名前が示す通り、近くにはエスコーの街と、トリントの街があるの。 任地変更に伴い、第四四師団司令部において、アントワーヌ副師団長様から、この場所についてのお話をして頂いたの。 なぜ、このエスコー=トリント練兵場がこの場所に設営されているかも。

 エスコーの街と、トリントの街。 街って言っても、小さなもの。 村よりも大きく市街地よりも小さい。 穀倉地帯である、王国東部に広がる平原を農地にし、そこで、大量消費される穀物や野菜類を栽培している。


 その拠点となる街。


 農産物の取引所や、種苗店をはじめとする、農に関するお店が沢山集まっているって、そう聞いているの。 民は皆、大地を相手に奮闘する、実直な方々。 自然を相手にその恵みを戴く、良き市民。


 でもね、そんな人たちにも天敵は居るわ。


 まずは、魔獣、野獣、獣。 農産物を喰らい、平和な町や村を襲い、婦女子を捕らえその巣に引きずり込む者達。 そして、夜盗、山賊の類。 辺境領域の村々ほどでは無いけれど、それなりに被害も出ているわ。 

 エスコー=トリント練兵場での練兵では、その対応も訓練の内側に組み込まれているの。 対人、対魔物、対魔獣…… この訓練場で、戦闘経験を積み、任務地に赴任する。

 任務地の魔獣、魔物、そして ” 人 ” は、ココの周囲の者と比べても強い。 だから、この練兵場で訓練するのよ。 錬成が終わり、正規の部隊の消耗を、新兵さん達で補った後、任地へ向かう。 でもその間は……


 エスコーの街と、トリントの街の防衛と、周辺の治安維持も任務に組み込まれているんだもの。 


 ファンダリア王国の実直な民を護る為に。 それこそが、軍の在り方で在り、大切な「役割」なんですもの。 この広い練兵場も、その為の施設。 将兵を鍛練する為だけでなく、周囲の危険地帯を平定するのよ。 第四四師団が、遠くの任地でその任務を全うする間は、平穏が続くように、大規模に、徹底的に…… 最後の仕上げの代わりにね。


^^^^^

 広い練兵場の中を歩く。 背後にはラムソンさんと、シルフィーが付いて来てくれる。 王宮薬師院の御恩情ね。 私一人で行けって云われなくて、本当に良かったわ。 心強いし…… 第四四〇〇護衛隊の人達には、一足先に、割り当てられた宿舎に向かって貰ったの。 

 色々と、準備も有るしね。 私は…… まずは、ご挨拶をしなくちゃね。

 そこかしこで、訓練に励む人たちを見たの。 少し…… 違和感が有るんだけれど…… 何なんだろう? 皆さん、良く鍛練しているのだけれど…… そうか…… アレか…… 

 訓練の合間、合間に、何か飲んでいるのが判る。 あの瓶…… ポーション瓶じゃない…… お薬の使い方が、間違っている。 ええ、アレじゃぁ…… なにも成らないわ!

 私の知っている訓練方法と、大きな違いが有るのが、見て取れたの。 練兵の方法が、ダクレール領の「海兵式」訓練方法と全く違う。 この場所では、個人の…… 剣技、体技、戦技を中心に鍛練している…… 基本が…… 違う

 ちょっと、不思議な感じ。 やはり…… 本領の軍は、思っている程、精強じゃないって事なの?


^^^^^


 着任の挨拶をする為に、練兵場の中にある、唯一の錬石で出来た建物に向かう。 第四四師団全員が寝起き出来る様な大きなたてものだったわ。


 武器庫も、薬品庫も付随しているから、相当なモノね。


 薬品庫には、現在、王城外苑から薬剤類が移送されているから、それこそ、パンパンに貯蔵されているわ。 順次、王都の王城外苑に戻すとは云われているけれどもね。 聖堂教会の眼を盗みながらね。


 第四四師団の司令部は、王都外苑にいる。


 ここに居るのは各部隊の隊長さんと、それを取りまとめる、戦務幕僚であるリヒャルト=フランシス=アーバスノット子爵。 異例な事だけど、謹慎中で指揮権を停止されている、アルバート=フェンサー=エドアルド伯爵だったの。

 そう、アントワーヌ副師団長様がボソリと呟かれた……


 ” 戦闘馬鹿の集団 ”


 の元締め、エドアルド伯爵様がいらしたのよ。




 副師団長様が仰ったわ…… 


 ” 困った事が有れば、リヒャルトに相談しなさい。 あれは、からな。 こちらとも、ちゃんと繋がっている。 固い漢では無い。 理を説けば、理解する。 薬師リーナ殿。 頼みます ”


 アントワーヌ副師団長様のお声が……


 脳裏に浮かび上がったのよ……




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