その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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従軍薬師リーナの軌跡

対決の時

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「座ってくれ」




 お部屋に入ってらした、ブロンクス=グラリオン=ニトルベイン大公様がそう仰ったの。 御自身は上座のお席にドカリとお座りになるわ。





「突然、予定の変更をして済まなかったかな、オフレッサー卿。 第四軍の状況は宰相から、聴いている。 よく四軍を纏め、運用している。 国王陛下に成り代わり、礼を云う」




 この場の最上位者である、ニトルベイン大公閣下が、そう告げられる。 素直に敬礼を解き、ソファに腰を下ろすの。 従卒の方が、薫り高いお茶を差し出してくれる。 




「突然の予定変更に戸惑いましたが、仰せのままに。 第四四〇特務隊 指揮官、「薬師」リーナを伴いお待ち申し上げました」

「大儀であった。 本日の視察は、非公式といたす。 また、予定されていた、公式の視察は、この視察をもって完了すると、そう理解してもらってよい」

「……突然の予定変更の理由をお伺いしても?」

「そうだな、ノリステン卿、説明してやってくれぬか?」




 大人の男の人…… それも、この国の重鎮の方。 謀略と、奸計と、思惑の源泉…… ちょっとした仕草でも、物凄い威圧感があるわ。 ニトルベイン大公様は、相当な御歳の方なのよ。 先代様の御世から、ずっと国務大臣をお続けになっている、王宮のぬしの様な…… 一部では妖怪とも云われているわ。

 衰えなんて、全く見せない、国務の要人。 ガングータス国王陛下と同年代である、ニトルベイン大公閣下の御子息様達も高い職位に御着きになり、それぞれ辣腕らつわんを振るっておられるのも、周知の事実。

 ニトルベイン大公家の者達の暗躍により、聖堂教会の横車が、そうは簡単には押せないって云うのは、シルフィーの集めてくる、裏の情報でも確認済み。

 この方もまた、戦ってらっしゃるのよ。 王国が衰亡の道を歩まぬ様に…… 限界は、有るらしいけれどもね。 宰相ノリステン公爵様が、言葉を紡がれるの。 この時間の非公式な訪問になった理由をね。





「本日、宰相府に入った情報が、私に「決断」を求めたのだ。 知っての通り、「薬師」リーナ殿の軍への配属は、ウーノル王太子殿下の肝煎りでもある。 殿下御自身を二度に渡って、命の危機から救い出したる「薬師」リーナ殿に、並々ならぬ思いがお有りになるようだ。 王太子府より、宰相府に何度も登城の申請を送って来れられた。 が、薬師リーナ殿の身分は、貴族では無い。 よって、諸規則が、リーナ殿の登城を阻む。 そうであったな、リーナ殿」




 私に確認するような事? 第一、登城お目見えの許しを与えるのは、” 宰相府 ” のお仕事でしょ? 王立ナイトプレックス学院へ、” 未だ、礼法を修めてはおらず、礼典側は未修得 ” って、言わせてたんじゃないの? ニコリともせずに、頭を下げるの。




「海道の賢女様との密約により、聖堂教会に取り込まれぬよう、王宮薬師院に在籍させたが、その折、聖堂教会の手が伸びた場合、軍に異動する事を取り決めていた。 賢女様が、それほど気にかけておられるのだよ。 それを、第四軍の司令部は、教会の者に会わせるばかりでなく、直接リーナ殿が聖堂教会と対決姿勢を鮮明に打ち出される所まで放置した。 宰相府はそう考えたのだ」




 それは、強弁も過ぎると云うモノ。 第四軍は、その密約を知らない。 その上、” 護れ ” とは言われていたけれども、方法は丸投げよ? 軍なら、物理的な攻撃に備えるに決まっているじゃない。 だから、王城外苑という、他の軍にも協力を要請しやすい場所で「従軍薬師」の任に付かせたんでしょ? 

 それに、私が王都に留まる事は、王宮薬師院の方も願っていたわ。 聖堂教会のお膝元で、私と彼等からの接触を遮断するのは、至難の業よ? その事を云うのなら、なぜ、その対応できる組織なり、部署なりに私を異動させなかったのよ。


 決まっているわ。


 色々と理由は付けても、” 使えるかどうかわからない、『市井の民草』 を、重要視する必要を感じなかった ” でしょ?

 もし、最初から密約を果たすつもりが有るのならば、理由付けはどうであれ、王城内に引き込んでしまえばよかったのよ。 私ならそうする。 賢女ミルラス様の『懸念』と、『願い』を、聞くのならばね。 でも、そうしなかった。 ” 使える ” と、判った時点で、囲い込もうとする。 

 それはね、” 前世のエスカリーナに対しての所業 ” と同じ思考から来る、遣り口なのよ。 全く変わっていない。 だからこそ、私は戦わねば成らないの。 この首に掛かる鎖を、太く重くしないためにもね。

 宰相様は続けられるの。




「今回の仕儀に至った件については、突発的な数々の出来事も有ると理解している。 まさに、聖堂教会に取り込まれる所であったと、認識もしている。 そこで、宰相府は王立ナイトプレックス学院の報告を排し、薬師リーナ殿に登城の許可を与える事とした」




   偉そうに……




「緊急且つ、賢女ミルラス様の想いを叶えるため、「薬師」リーナ殿の身柄を、王城内、王宮薬師院、調剤局で保護してはどうかと、そう云う意見も出た。 これに付いては、王太子殿下にも諮り、現在審議中となっている。 特に第四四〇特務隊の指揮官、薬師リーナ殿の列席を求めたのも、ここに在る」




 ほらね…… やっぱり、そうでしょ。 囲い込んで、使える駒として利用するつもりが、まるわかり。 貴方達はそれで、護った気になれるでしょうが、私にとっては、単に鎖の太さが増して、重くなるだけよ。 王宮がどのような所かは、骨の髄まで知っているわ。 

 あんな所では、「精霊様」との誓約は果たす事は出来ない。 市井の民の声など、聞こえる訳もない。 まして、傷付き倒れたる善良な人々に救いの手を差し伸べる事すらできない。 賢女ミルラス様が、どのような ” 言葉 ” を残し、王宮から出られたのか…… ご存知ないの?

 ニトルベイン大公閣下が、その年老いた顔に、様々な思惑の色を浮かべながら、言葉を紡がれるの。




「オフレッサー卿、どうだろう、薬師リーナ殿の身柄を王宮に引き渡してくれないか」

「ニトルベイン大公閣下。 貴方の眼と耳は、よく見え、よく聞こえて居られる筈に御座いましょう。 ならば、お判りになっている筈。 第四四〇特務隊の指揮官である、「薬師」リーナ殿の第四軍における重要性が。 教会と財務大臣によって、押し付けられた獣人の奴隷達の事もまたしかり。 宰相府も止めては下さらなんだ。 あの部隊を、教会と財務大臣から引きはがしたのは、何を隠そう、この「薬師」リーナに他なりませんな」

「それは、軍務に付く卿等の力不足では無いのか」

「予算を削られ、厳しき状況下で、臨時予算を餌に毒の様な ” 奴隷部隊 ” を引き受ける事を、強要されたのですぞ? さらに、受け入れねば、新兵の配属も変更され、補充兵の見込みもまた、潰えますな。 いうなれば、両手、両足を鎖で戒められたまま、闘技場に放り込まれ、百手鬼ヘカトンケイルと対戦するようなもの。 その戒めを解いたのが、ここに居る「薬師」リーナ殿。 判りますかな? 第四軍の責任者として、御意向は断固として拒否させて頂く」




 最初から、拒否される事は織り込み済みだったようね。 ニトルベイン大公閣下はオフレッサー侯爵閣下の言葉に、怒るでもなく真正面から見詰め、言葉を紡がれる。




「では、第四軍に置いて、「薬師」リーナ殿を護れると? そう申されるか?」




 オフレッサー侯爵閣下は、厳しい顔をされながらも、お応えになる。




「第四四〇特務隊の勤務地を、ここ王都外苑より、エスコー=トリント練兵場に変更とする。 可及的速やかに。 王宮薬師院、人事局にも使いは出した。 ウーノル王太子殿下にも願い奉っている。 この魑魅魍魎の跋扈する王都よりも、遥かに安全だと愚考する」




 言いきっちゃった…… おばば様と同じような言葉を…… オフレッサー侯爵閣下もまた、王都は…… 王宮はそんな場所だと、感じておられたのね…… これは…… 私にとっても、ちょっと嬉しい事。




「手厳しいな。 しかし、その方策は、第四軍で囲い込む事と同義なのでは無いか」

「閣下……「薬師」リーナ殿の誓約に付いて、ご存知か」

「誓約?」

「「精霊誓約」の事であります。 薬師リーナ殿の行動は、すべからく、その「精霊誓約」が規範となり申す。 軍の命令の上に有る、彼女の使命。 第四軍は、その使命を尊重するとお約束いたしました。 我が四軍全体のお約束に御座います。 「精霊様」との誓いを破らせるわけにはいきますまい! この世に生を受けている者ならば!!」




 少しづつ、オフレッサー侯爵閣下の声が大きくなる。


 激情が彼の中を駆け巡り始めているのは明白。


 ニトルベイン大公閣下もそれは肌で感じておられるわ。


 険しい視線が、相互に絡みつく。 緊迫した空気が、応接室の中の空気を引き絞る。


 誰もが、オフレッサー侯爵閣下の言葉の正当性を認めているにも関わらず……


 実現がひどく難しい現実もまた……






 ” 認識 ” しているもの……




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