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従軍薬師リーナの軌跡
解放への道筋(2)
しおりを挟む随分と、黒い笑顔になっているとは思うんだけど、そんな事はこの際、どうでもいいの。 向き直るのは、奴隷商の人へ。 その黒い笑顔を顔に張り付けたまま、顔を向けるの。
「さて、お話は良く聞き、理解いたしました。 あなた方は、指揮官でもなければ、軍籍にも入っていません。 単なる外国の一般人という訳でしたのね」
「なっ!」
「では、一般の商習慣通り、あの人達の主人登録を、” わたくし ” に、引き継がせて頂きますわ。 これでも、特別に指揮権を戴いております、第四四〇特務隊の指揮官ですから」
「急にそのような事を言っても無理だよ、お嬢ちゃん。 奴隷紋の主人登録変更には奴隷紋を打ち込んだ魔術師が必要なのだ。 そうさな、奴らは、本国にいるから…… まぁ、六ヶ月は必要だな…… さて、どうしようか? お嬢ちゃん」
「魔術師が必要なのですね。 とても幸いなことに、わたくしも 「魔術士」 の 称号を、王宮魔導院より頂いております。 そちらの国の魔術師がどのくらいの腕の方かは存じませんが、王宮魔導院より称号を戴く者よりも、強大とは思えません。 どうぞ、お気遣いなく」
「なっ!! し、しかし、奴隷紋の変更は、その契約書が!!」
「必要ありませんね。 その、奴隷紋を打ち込まれた者の血を一滴と、前マスター、それに、継承する者の血が必要なだけです」
「……じゅ、準備には時間がかかるのだ! ほ、本国の管理倉庫の中にある、契約書は絶対に必要なのだ!! あれが無ければ、主人登録の変更などは、”無理”だ」
「いいえ、可能ですわよ? 必要な術式は知っておりますし、このような事も有ろうかと、正規の術式を描いた羊皮紙を準備いたしておりますもの。 そちらで流通している、奴隷紋ならば、わたくしの紡ぐ術式で、如何様にもなります故、ご心配いりませんわ」
敢えて嫌らしく、蔑んだ笑みを頬に載せる。 あんまり、こんな笑い方したくないんだけれど、これだけゴネられてたら、ちょっとは仕返ししたくなるでしょ? 私は、敢えてその部屋の人達に聞こえる様に、【遠話】を起動させて、ラムソンさんに話しかけたの。
「あぁ、ラムソンさん? 聞こえてる? そう…… 良かった。 それでね、やっぱり、必要になったの。 昨日の夜に打ち合わせた通り、私が作った例の羊皮紙の魔方陣。 必要になっちゃったの。 それで、打ち合わせた通り、皆さんの同意の上で血を貰えた? …… そう、 それはよかった。 シルフィーに持って来て貰って。 それで、皆さんの様子は? そう、穏やかで何よりね。 それじゃぁ、お願いね」
【遠話】を切り、奴隷商の人に云うの。
「準備は終わっているようです。 こちらに、変更用の術式を書いた羊皮紙を持ってまいります。 宜しくて? 貴方達…… 三名の血をその羊皮紙の所定の場所に落としていただけるだけで、問題は無くなりましてよ?」
沈黙が執務室を包み込む。 その静けさの中に、奴隷商の人だけでは無く、事実誤認をしていた、第四軍の方達の焦りも垣間見れたわ。 でも、問題が有れば、直ぐに修正すればいいの。 特に、” 最初 ” の出来事ならばね。 だって、「 前例 」が無いもの。
^^^^^
冷ややかの時間が、ゆっくりと進むわ。 一緒に来てくれている、アントワーヌ副師団長様以外の人が、額に汗が浮かんできてた。 特に目の前の奴隷商の人は、明らかに動揺しているのが手に取る様に判るわ。
さて…… シルフィーが主人登録の【契約更新】の術式を描いた羊皮紙を持って来て来てくれたわ。
「リーナ様、此方に。 全員の血は戴きました。 勿論、無理強いはしておりません。 きちんと ” お話合い ” をしましたから」
「そう…… お疲れ様。 ありがとう。 さて、獣人さん達の同意は取れました。 では、最初にわたくしの血を……」
そう告げてから、腰の山刀の鯉口を切り、指を滑らせる。 人差し指に血の珠が浮かび、それを、継承者の欄を枠内に落とし込む。 ぼんやりと、羊皮紙の術式が光り出す。 準備は整ったわ。
「さぁ、どうぞ。 術式は作動を始めております。 あなた達の血を、この欄に落とし込んで頂ければそれで、主人登録はわたくしに切り替えられますわ。 さぁ」
ジリッ、ジリッ って、迫るのよ。
「もし、小刀がお手元に無いのならば…… シルフィー、お貸ししてあげて」
シルフィーが何処からともなく、小型の投げナイフを取り出すの。 目に剣呑な光を宿してね。 さて、どうしますか? 色々とやらかしておられますから、別にあなた達が、ご自分で血を落されるのも、わたくしが、お手伝いするのも、どちらでも構いません事よ?
強烈な殺意と、殺気を浴びせられて、折れたのは、その人たちの心。 力なく指を咥え、指に傷をつけ、血を羊皮紙に落とす。 そうね、それが、貴方たちのやり方だものね。
術式が輝き、固定される。 コレで、主人登録は私の元に来たの。
「お、おのれ、小娘…… お前の国の、教会が黙っては……」
「何を仰っているのかしら? これで、わたくしの疑問がすべて解消されたとは、一言も言っていませんわ?」
「何!」
「先程、ご確認申し上げました。 代金を支払い、第四軍が購入した、” 亜人族 ” の方々。 第四軍は、その軍規上、彼等を ” モノ ” としてしか扱えません。 ですから、彼等は、第四軍の備品となります。 もう一つ。 購入した備品を、故意に壊した場合…… いえ、害した場合でも…… そのモノは、一般軍規により処罰の対象となります。 そうですわね、法務参謀様?」
「そうだ、その通りだ」
頭のいい、参謀様達が私が狙っている事を理解し始めた様ね。 確固とした自信と共に、そう云い切られた法務参謀様がいい例。 それに…… オフレッサー侯爵閣下は何も言わずに、事の推移を見守っておられるもの。
「 ” 紛れもなくそうであったかどうか、事実を調べ、故意が立証されたならば、軍一般刑法に則り、厳罰を与える ” と、先程、ミッドバース主計参謀様から、お話頂きました。 ならば…… あなた達は…… 明らかに、軍備品を傷つけ苛んだ。 確固たる証左として、駐屯地の治療兵の方からの報告書を提出させて頂きたいと存じます。 アントワーヌ副師団長様、宜しいでしょうか?」
「あぁ、構わない。 上級職への報告書である、あの報告書は、いずれ第四師団司令部に提出せねばならない報告書だ。 よって、提出先が法務参謀殿に変更されても、当職は問題は無いと解釈する」
「ありがとうございます。 では、その様に」
「なっ! わ、私達は! せ、聖堂教会から、依頼されて!」
「依頼されて、我が四軍の資産を毀損されたと? ますますもって、良く調べねばなりませんね。 そうでは無いでしょうか、法務参謀様?」
「あぁ、まさしくな。 薬師リーナ殿の言われる通りだ。 当職は、薬師リーナ殿の告発により、そこに居る、外国人三名の身柄を拘束する。 軍務規定により、「第四軍資産に対する、故意による毀損」の疑義が発生した。 よって、軍務令、百十五条八項をに則り、お前たちを捕縛する。 おい、拘束し重営倉に収監せよ」
「「 ハッ!! 」」
執務室に居た、武官さんが有無を言わせず、奴隷商の人達三人を引っ立てて行ったわ。 器物損壊の疑いなんだけれどもね…… 今は……
騎士団の軍馬を故意に殺しちゃった場合には、死罪も有り得るのよ。 よく訓練された軍馬は、その体重と同じ金塊の価値があるって云うじゃない…… さて、法務参謀様が、獣人族の人の命をどの程度に見ているか。 それが、判るわよね。
だったら、彼等の名誉と人権も復活させておかなくては。
より、罪が重くなるものね。
絶対に許さないから。
獅子王陛下と、先代様が夢見られた国に…………
奴隷は必要無いもの。
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