その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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従軍薬師リーナの軌跡

解放への道筋(1)

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 第四軍の司令部の建物、通称「四紅錬石赤レンガ」。



 とても威厳が有り、威圧感のある建物なの。 この王城外苑の中でもひときわ目立つ建物ね。 第四軍の司令部はその中でも特にピリピリした空気を漂わせる、そんな場所。

 他の三軍と比べて、かなり色んな意味で、王宮や聖堂教会から、 ” 目を付けられている ” から。 獣人部隊の先行試験を実施する為に選ばれたのも、その一環らしいわ。

 とても…… 根の深い嫌がらせでもある。 ある意味、第四軍を解体させるべく動いていると云っても、大げさな表現じゃない。 獣人族の奴隷兵をだしに、マグノリア王国や、統一聖堂の人達の息がかかっている者を組織の中に入れ、情報の奪取や指揮命令系統を混乱に落とし込むくらいの芸当は目論んでいたと思うの。

 だって、第四軍は、そんなマグノリア王国との国境線を支える軍でもあるし、今、まさに小競り合いの最中なんですものね。 あちら側の、目に余る動きも最近は多くなってきて居るのに、王都、王城の中ではそんな事に成っていると思っていない高級官僚は多いらしい。

 そして、なにより、王国の聖堂教会は、あちらの統一聖堂の聖職者を多く受け入れても居る。 文化交流の為だけならば、別に構わないんだけれども、その結果、あちらの思想が相当深く、聖堂教会の枢機卿達にまで及んでいると云うのは、周知の事実。

 つまりは、教会が王権を侵害する事を ” 是 ” とする、そんな動きが顕著にみられるのよ。 間違っても、善政を目指しているからなんて、言えないわよね。




 ” 権を求めて、利にたかる。 神の名をもって、『権』と『富』を我が手に収める ”


 

 それが今の聖堂教会であり、マグノリア王国の統一聖堂なのよ。 そんな者達の手先が、今、目の前に居るの。 第四軍司令部の執務室の中にね。 自分たちは、神官長補佐に護られているという、そんな、自信からか、かなり尊大な態度で、この場に臨んでいるのよ。

 ちょっと考えれば、敵地に三人だけで居ると云うのにね。 何をもって、そんな自信があるのか…… ちょっと理解できない。

 参集してくださった、オフレッサー侯爵閣下 以下、第四軍司令部の皆さん。 和やかな雰囲気を醸そうとちょっとばかり無理をなさっているのが手に取る様に判るわ。 

 じゃぁ、始めましょう。 オフレッサー侯爵閣下に慣れない敬礼を捧げ、第四軍、最高司令官様の御言葉を待つの。 




「薬師リーナ殿。 第四四師団司令部の師団長代理からの申請があった。 第四四四・十六中隊の事について疑義が有るとな。 その答えを欲していると云うのだな。 なんの疑義があるのか、この儂に、問うてみよ」

「足下に罷り越す事、お許しいただけたこと、誠に感謝申し上げます。 また、わたくしの疑義にお応えいただける事、大変うれしく思い、感謝の念に堪えません。 では、早速ではございますが、ご質問させて頂きとう御座います。 第四四〇特務隊の護衛として、推挙されております、第四四四・十六中隊に関しましてのご質問に御座います。 第十六中隊に関しましては、試験部隊と、そう聞き及んでおります。 間違いは無いでしょうか?」

「あぁ、その通りだ。 初めての試みである、―― 奴隷部隊 ―― の、試験運用中の部隊であるな。 他の欠損した部隊に送り込む新兵の代わりに、獣人を投入する試みと理解している。 が、そのあまりに強い ” 個性 ” 故に、その見込みはかなり薄い。 よって、第十六中隊として、集中運用する事を考えておった」

「左様に御座いましたか。 では、駐屯地に置いて、獣人兵を電撃鞭で折檻するのは、お聞き及びで御座いましょうか?」

「うむ、そう云う報告は受けておる。 が、何でも、そうしないと、獣人兵が動かないと報告書にはあった」

「それは……『動かない』では無く、『動けない』の、間違いでは、御座いませんか?」




 私の言葉に、ピクリと反応する奴隷商の人。 その報告書を書いたの、この人達ね。 同じ報告は、上がっているのよ、第四四師団の司令部にもね。 でも、他の報告だってあるの。 相当手荒く扱っているって。 傷付き動けなくなっている森狼族の兵を、鞭で叩いて、叩いて…… 駐屯地の治療兵の方が見るに見かねて、治療をしたと、そう報告にあったもの。




「それは違う! 獣人の反抗的な態度に、修正を加えただけだ!!」




 吠える様に、そう弁明されるの。 嫌になるわね。 まだ、貴方の話を聞く段階では無いのよ。 サクッと無視して、次の質問に移らせてもらうわ。




「加えて、ご質問が御座います。 第四軍は、獣人族の兵を、この方たちを通し ” 買われた ” のでしょうか? もし、そうであれば、どなたがお支払いになったのでしょう? 少々疑問に思いまして」




 オフレッサー侯爵閣下は背後に立つ一人の人を見たの。 そう、第四軍、主計参謀の ミッドバース=リフターズ様ね。 その方が ” 答え ” を、お教えくださったの。




「第四軍の予算より購入代金を支払った。 そこにいる、三名の ” 指導者 ” の俸給も第四軍持ちである」

「左様に御座いましたか。 では、購入後の獣人族の兵の主人登録は? 王宮薬師院では、薬師院人事局の局長か、もしくは、直属の上司が主人として、”奴隷紋”に登録されます。 軍の方では今まで、奴隷を受け入れた事は無かった筈ですので、ご存知なかったと思われますが、どうなのでしょうか?」

「……寡聞にして、聞いていなかったな。 そこの ” 指導者達 ” からも、奴隷商の者からも一切そのような話は無かった」




 私は三人の奴隷商の人を、流し目で見たの。 なんだ、その気が無かったのか…… せめて、形だけでもそういう風に繕っておけば、こんな突っ込みは受けなくて済んだのにね。 軍では、奴隷の売買について、何も知らない。 今までかかわってこなかったものね。 だから、売る方がしっかりと説明しなくては成らないの。 でも、それをこの人達は教えなかった。



「おかしいですわね。 売買が終了と同時に、奴隷の主人登録は変更される筈なのでは? 通常の業務だと思われますが?」



 なんか、奴隷商の人が顔色を変えているね。 敢えて、教えなかったのね。 やっぱりそうなんだ。 売り主の説明責任を放棄して、本来、絶対に必要な、主人登録を変更していないんだね。

 奴隷紋を打ち込まれた人は、マスターには逆らえない。 奴隷紋からの、肉体的懲罰も有るし、精神感応系の制限魔法も組み込まれている。 どんな意思の強い者でも、ある程度は従わざるを得ない。

 そんな大切な鍵を、軍に渡していないと云う事なのね。




「あいつらはとても反抗的だ! その道の玄人でないと御せ無い!! だから、私達が居る訳だ!! なにも、おかしな事はないだろう!!」




 そんな屁理屈が通るとでも思っているのかしら? 仮にも奴隷商なのに? おかしいよね。 そんな事を民間でやってみなさいよ、あなた達、二度とファンダリア王国内で商売は出来ないわよ? 誰の肝煎なの? ちょっと考えただけでも、ニ、三 心当たりが出てくるのが憂鬱な事ね。

 でもね、屁理屈なら、多分私の方が上手いよ。 




 ――― さて、反撃の時間 ―――  ね。



「第十六中隊の指揮官は、貴方たちという訳ですか? そういえば、貴方たちの立場は、如何様なモノで御座いましょうか? 先程、” 指導者 ” と、軍の職位に無い御立場とお伺いしましたが?」

「そうだ、販売した奴隷の状態を維持する為に第四軍に雇われている! それがどうした!」




 無茶な論理なのよ、この人の云う事は。 そんな事、認めらる訳が無いわ。 でも、一つの証拠になる。 次に移らせてもらうわよ。




「もう一つ、貴方達はファンダリア王国人では無いのですか? 寡聞にして、王国人の奴隷商人は聞いた事が無いもので」

「あぁ、お前達ファンダリア王国には、奴隷を制御する術を持つ者は居ないからな! 来てやっているんだ! わざわざ、国境を越えてなっ!!」




 国名は名乗らないけれど、外国人と云うのが、確定したわ。 王国人では無いとの『 言質 』取りました。 暫くは、放置するわよ。 喚くその人を無視して、オフレッサー侯爵閣下の後ろに立つ、幕僚さん達の一人にお声を掛けたの。 




「第四軍 法務幕僚様にご質問が御座います」

「何であろうか、「薬師」リーナ殿」

「王国国軍の採用規定に、” 国軍に入軍希望せし者は、すべからく、ファンダリア王国人で有る事 ” と、明記されております。 主に国への忠誠を最低限保証する為と、そうお聞きしておりますが?」

「あぁ、その通りだ。 間違いなくな」

「では、ファンダリア王国の国民では無い、「獣人族の兵」は…… 人では無く、” モノ ” として、扱われているのですね」

「…………そう、判断せざるを得ない」




 渋い顔をされる法務幕僚様。 きっと、無理強いされた際にも、お困りになっていたのよね。 どうやっても、正規兵には出来ないんだもの。 だけど、この言葉が聞きたかったの。 つまりは、言質を取ったって事。 今度は、ミッドバース主計参謀様にお伺いするの。





「ミッドバース主計参謀様。 例え話ですが、宜しいでしょうか?」

「あぁ、構わない。 何か判らぬことが有るのか?」

「はい。 例えば、この第四軍で新型の魔道具…… それも、難解な操作を必要とする、魔道具を購入された場合、その魔道具の使用方法を教授に来る、符呪師の方は軍に所属したと、言えるのでしょうか?」

「……取り決めに寄るが、通常は、出向扱いとなるな。 とすれば、通常の軍命令系統には含まれることは無い。 そして、軍人として、軍に籍を置くことも無いな」

「特別な場合を除き、通常、軍 部隊の指揮官には……成れないと?」

「あぁ、そうだ。 第四軍に籍を置かぬ以上、指揮官には成れない。 上位組織からの特別な命令と共に、第四軍により『任命』された特別な者には、特務隊 隊長の職位を渡す事はあっても、通常の軍独自の大隊、中隊、小隊の指揮官には成る事は無い」

「では、その魔道具の使用者が決まり、魔道具の使用にも問題が無ければ、符呪師の人は?」

「お帰り頂く」

「もう一つ…… もし、その符呪師の方が、故意に魔道具を破壊しようとした場合は、如何なさいますか?」

「紛れもなくそうであったかどうか、事実を調べ、故意が立証されたならば、軍一般刑法に則り、厳罰を与える」

「なるほど。 判りました」




 ――― ニンマリと微笑む私 ―――



 そう、私が聞きたかった事を全部まとめて、御答え頂いたわ。

 この奴隷商の人達は、第四軍の軍人さんでも無ければ、王国軍の兵士でも無い。 

 軍令がそう言っているんだものね。



 判った。 



 私が知りたかった、事は此処で確定した。

 オフレッサー侯爵閣下にも、これで、これからの起こる事の、前情報はすべて開示したことに成る。




 思わず、頬に笑みが……




 黒い笑みがこみ上げてくるのが判ったの。




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