その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
195 / 714
第四軍での「薬師錬金術士リーナ」

従軍薬師の辞令 

しおりを挟む




 ライダル伯爵様が、殊更 面倒そうに、オフレッサー侯爵様を見やってから、私に向き合い言葉を連ねたのよ。 そう、今になってね。




「「薬師」リーナ。 本日、君を王宮薬師院 第九位薬師として、ファンダリア王国軍 第四軍 第四師団に出向を命じる。 第四軍総司令、王太子ウーノル殿下よりの勅許状も合わせて下賜された。 君の人事権は王宮薬師院にあるが、君の現場での判断を尊重せしむ事との、お言葉も戴いている。 王宮薬師院としては、忸怩たる思いもあるが、君の現場判断を尊重する事にする。 第四軍、第四師団長 アルバート=フェンサー=エドアルド伯爵。 いいですね。 決して彼女に無理強いをしないでください。 彼女は、王宮薬師院の「薬師」なのですからね」




 やっと、辞令が下りたのよ。 これで、お話が出来るわ。 ソファから立ち上がって、部屋に入ってこられた、第四軍の高位指揮官の方々に、深々と頭を下ろし、淑女の礼を捧げてから、言上申し上げたの。




「ただいま、辞令を戴きました、王宮薬師院 第九位薬師。 リーナに御座います。 何卒、良しなに」




 何故か絶句されている、御三人様。 やっと、私がここに居た事を理解されたようね。 執務室に入って来た時に、見たでしょ? まさか、配属される当の本人の「私」が居るとは、思っていなかったの? でも、先程のお言葉じゃぁ、少なくとも、オフレッサー侯爵閣下以外のお二人は、私の事を知っていたような口ぶりだったけれど?




「き、君が、あの、可憐なお嬢さんなのか?」

「た、確かに、黒髪に紅い二房の髪…… 漆黒の瞳…… し、しかし…… 印象がまるで違う……」




 あら、随分な仰りようですわね。 あの時は、舞踏会でしたし、フルーリー様が施して下さった、渾身のドレスアップでしたもの。 別人の様に仕上がっておりましたものね。 苦笑いが頬に浮かび、お言葉をくださったお二人に、流し目で見つめてあげたの。 ほんと、こんな小娘で、申し訳ございませんでしたねっ!




「い、いや、済まない。 私はアルバート=フェンサー=エドアルド 爵位は伯爵を戴いている。 第四軍 第四師団の師団長を拝命している。 宜しく願う」

「第四師団、師団長のエドアルド伯爵閣下に御座いますね。 どうぞ良しなに。 わたくしの直属の上司になられる……のかしら?」

「……まぁ、指揮下に入ってもらうのだが、薬師リーナ君は正式には王宮薬師院の薬師のままであるからなぁ…… どう思う? グスタフ」

「あー 薬師リーナ。 私は、第四軍、副師団長 グスタフ=ノリス=アントワーヌ 爵位は、子爵位を戴いている。 宜しく願う」

「副師団長 アントワーヌ子爵閣下に御座いますね。 「薬師」リーナに御座います。 どうぞ、良しなに。 それで、わたくしの立場は如何様なものに御座いましょうか?」

「……大勢の王宮薬師院の下級薬師の者達が、軍の要請に従って、従軍薬師として転属させられ、北の荒地に散った。 もしくは捕らえられ、あちらの国に連れていかれても居る。 その事に関しては、同じ軍務に就いている我らも忸怩たる思いがある。 そして、それは、王宮薬師院の者も同じ思いだ。 だから、出向という形になったと、理解している。 軍だけで、従軍薬師殿の勤務先を変更出来ない様にする為と、愚考するが…… そうなんだろ、ライダル伯爵」




 腕を組んで成り行きを見ていた、ライダル伯爵は苦い顔をしながらも、肯定するように頷かれたの。 そうか、暴虐とか、理不尽な命令から護って下さっているのか…… 軍に異動なら、軍の指揮命令系統に属しちゃうから、大きく見れば、第四軍から、第一軍への内部異動も考えられるし、そうなれば北の前線に送られ、聖堂教会の” 聖堂騎士団付き ” 「薬師」とかに、直ぐに移動させられる可能性だってあるものね。

 出向という形ならば、所属する軍や、任地を変更する場合、必ず王宮薬師院へ申し出なければならないし、許可を受けなければならないものね。 無茶な王国軍内の異動は出来ないって事。 




「アルバート、「薬師」リーナは、指揮命令系統には入らない、師団長付きの個人秘書官と同じ立ち位置に成ると思う。 アレは、君の家の者だろ? 直接軍の命令は受けない。 君だけの命令を受ける者だ。 「薬師」リーナも同じだと思う。 ただし、出向として、第四軍、第四師団に異動するから、君の命令には従うな。 位置としたら…… そうだな…… 幕僚達と同じでいいと思うのだが?」

「かなり特殊な立ち位置に成るな……」

「あぁ、勿論、かなりの独自性を持った「薬師」となるね。 それでも、いいのではないか? 我らがアレコレ云うより、実際に見て、感じてもらった方がいいかも知れないしな」




 お二人の遣り取りから、何かしらの問題が山積しているような気配が有るわ。 眉を顰め、互いに目配せをするお二人。 ジリジリしていた、オフレッサー侯爵閣下がお二人に言葉を掛けられたの。




「エドアルド伯爵! この事は貴様に一任して良いか? この小娘がどれだけ役立つか、判らんが…… 兎に角、四軍の薬品事情は切迫しているのは、貴様たちも理解している筈だ」

「「御意に」」




     ゴーン




 鐘が鳴ったの。 昼一刻の鐘ね。 ハッとした感じのオフレッサー侯爵閣下。 慌てて周囲を見渡し、宣下されるわ。




「もう、こんな時間か! 王太子殿下からの、『お呼び出し』が、有るのだ。 私はこれで失礼する! では!」




 荒々しく、執務室を立ち去るオフレッサー侯爵閣下。 ほんと、嵐のような方ね。 言いたい事を言ったら、さっさと消えて行っちゃったわ。 お忙しいのだろうけれど、礼典なんかまるっきり関係無いって…… そう言っているようなものね。 下位の貴族様に対しては、そうなのかしらね。 軍関係者って、やっぱり、軍事バカって噂は、本当なのね。




「済まない、「薬師」リーナ。 あの方は…… 矜持高き御方なんだよ」




 眉を下げられた、エドアルド伯爵様がそう仰られるの。 聴きたい事は色々あるんだけれど、此処じゃ聞きにくいし、場所を改めようと思ったの。




「師団長様。 わたくしは、第四軍第四師団への出向命令を受け取りました。 これより、師団長様の指揮下に入ります。 色々な事をお伺いしたいのですが、如何いたしましょうか?」

「そうだね…… 一度、王城外苑の第四師団司令部に出頭してもらえないかい? 引き合わせたい者達も居る。 第四軍…… いや、第四師団についても、話しておきたい事もある。 どうだね?」

「御供致します。 ライダル伯爵様、御前を辞しても宜しでしょうか? ご許可頂きたく」

「うむ…… 出来るならば、手放したくは無かったのだが…… 致し方ない。 何かあれば、人事局に相談せよ。 悪いようにはせぬからな。 あちらでは、薬師リーナ、君の判断で動きなさい。 そういう命令が出ている。 何が必要か、何を成すのか…… 君次第でもある。 第四軍が困っているのは、周知の事実でもあるのだがな…… 軍の自業自得とも云うが…… そのおかげで……………… クソッ! 。 武運を。 退出を許可する」

「ありがとうございます。 お心遣い、「」リーナ、忘れません。 では、失礼いたします」




 ソファから、立ったままだったから、そのまま執務室を出るの。 ええ、師団長様、副師団長様の後に続いてね。 私の後ろには、ラムソンさん、シルフィーが続くの。 部屋の出口で、くるりと振り返り、深々と頭を下げて、礼を捧げるわ。 




 第十三号棟での、仕分けのお仕事とかを思い出しながらね。




 とても苦い顔をされている、王宮薬師院 人事局 局長 コスター=ライダル伯爵様の御顔が……

 とても印象に残ったの。

 これから向かう所は、新しい仕事場。

 多分、お仕事は、調剤とお薬、ポーションの錬成。

 それと……

 治療師的な…… 何かかな?




 それは、辺境の町々でやって来た事。

 おばば様に叩きこまれた、「薬師」本来のお仕事。




 なんか……





 ” やる気 ” が、出て来たわ!!





 頑張るわよ!!





しおりを挟む
感想 1,880

あなたにおすすめの小説

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。