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第四軍での「薬師錬金術士リーナ」
新たな、始まりの日。
しおりを挟む翌日、だいぶ体調も良くなった私の元に、ティカ様がやって来た。 もう、” 侍女姿 ” の、ティカ様にも慣れたものね。 彼女は私の体調を心配しつつも、目的の魔方陣の事が気になって仕方ない って感じだったの。
苦笑いが浮かぶわ。
^^^^^
ティカ様が来る前に、ご飯もしっかりと頂いたし、簡易お風呂もきちんと入った。 サッパリしたわ。 なんか、もう、ほんとに、嫌になるくらい、汚れていたって感じたんだもの。 思考は澄み渡り、魔力の流れも良い。 軽く魔力を体内循環させた。 ついでに純化も。 勢いよく魔力回復回路が回るのが、感じ取れるわ。
盛り上がる様に、体内魔力が溜まっていく。 十分な量にまで戻った感じがするわ。 早速だったけれども、髪に魔力を通す。 銀灰色の髪が、リーナの黒髪に紅い二房の髪に戻る。 制限付き【詳細鑑定】の魔方陣を描き出し、群青色(ロイヤルブルー)の瞳に載せる。
制限なしだと、【完全鑑定】なんだよね、コレ。
色々な情報が、一気に目の前に浮かぶの。 目を閉じて、ほぼすべての制限を掛ける。 おばば様が教えて下さった方法。 目を開けると、何時もの視界に戻っているわ。 近くにあった手鏡を覗くと、そこには、紅い縁取りの漆黒の瞳が写り込んでいた。
何時もの、薬師錬金術士リーナが…… 帰って来たわよね。 手鏡ににっこり微笑んでしまったの。
「リーナ様、お帰りなさいませ」
「待っていた。 その方が、お前らしい」
シルフィーと、ラムソンさんが、私にそんな事を言って呉れるの。 なんだか、嬉しいな。 シルフィーが、薬草茶を淹れてくれたの。 いつもの「 お茶 」なんだけれども、とても美味しいわ。 湧き上がるように、魔力が増大するのが、自覚できるの。
流石は、おばば様特製の茶葉。
また、お願いして…… 送ってもらおうかなぁ……
^^^^^
ティカ様がいらしたのは、午後になってすぐ。
私が元の姿になっているのを見て、ホッとされていた。 フフフフ、薬師リーナ、完全復活よ! そんな私を見て、さっそくティカ様は、本来の目的を思い出されたのか、ソワソワされていたの。 苦笑いを浮かべつつ、仕切りの向こう側に彼女を誘ったの。
綺麗に片づけた、ラムソンさんと、シルフィーの鍛錬場。 床には何も置いていないわ。 壁際に全て片付けてもらったの。 広く開けたその場所は、大体、あの場所と同じくらい。 これなら、十分に書ききれるわ。
「ティカ様、此処に書き出します。 あのお部屋の、制御魔方陣と同等の大きさになります」
「ええ、お願いするわ。 でも、大丈夫なの、リーナは」
「問題は無いと思います。 制御魔方陣を書いても、起動術式は書き出しませんから、起動はしませんし、単に魔力で描き出すだけですもの」
「……” 普通の魔術師 ” なら、それだけで、倒れるわよ?」
「そうなんですか? 起動しなければ、どうと云う事は無いでしょ?」
「あのね、リーナ。 貴女の保有魔力の量は非常識な量なの。 書き出すだけって言っても、この大きさよ? それだけで、” 普通の魔術師 ” なら魔力は枯渇するわ」
「王宮魔導院の魔術師様もですか? 魔力を限界まで使って、魔力回復回路で回復すれば、おのずと保有魔力量は増えるのに?」
「そんな非常識な方法で鍛練する人は、い・ま・せ・ん!」
「そうなのですか? おばば様も、それでいいと、仰っていたのですが?」
「海道の賢女様迄…… おかしいわ、この師弟は……」
「まぁ、そんな事は…… では、描き出します」
ティカ様に変なところで驚かれてしまったわ。 常識じゃないのかな、私が云った事は……
良く判らないわ。
両手に数個の魔方陣を呼び出し、床面に封印から解かれた、お母様の最後の書き換え以前の大魔方陣を描き出すの。 今日はとっても、魔力の通りがいいわ。 中央部分から端の方に掛けて、流れ出す私の魔力。 微々たるものよ。 細かな術式が繋がり、絡み、編まれていく。 巨大な魔方陣が波紋の様に広がっていく。
記憶の通り、精緻に間違いなく。
ティカ様は食い入る様に、その魔方陣を見つめているの。 流石に「ミルラス防壁」をすべて描き切るには、時間が係るわ。 半刻の時間を掛けて、記憶の ” あらん限りの「ミルラス防壁」” の、魔方陣を描き切ったの。 うん、とってもいい出来ね。 本来なら、此処に起動魔方陣を描いて、魔力を流すんだけど、それは、しない。 だって、また、魔力枯渇しそうなんだもの、そんな事をしたら。
一人で起動するなら、補助用に魔力を貯めた、大きな魔石を幾つも準備するわ。 だって、この魔方陣、一気に魔力を注入しないと、起動出来ない種類の魔方陣なんだもの。
普通、これだけ大きな魔方陣だったら、段階的に起動させて行く筈なんだけれど…… きっと、何かしらの理由があるんでしょうね。 一気に複数の魔法術式を起動させないと、魔方陣全体が起動できないように編まれているのよ。
ほら、きっと、誰でも簡単に起動できないようにしているんじゃないかな?
それに、この種の魔方陣には、利点もあるの。 起動限界がとても低く抑えられるの。 段階的に起動するタイプの魔方陣だったら、保持魔力が少なくなると、段階的に停止し始めるんだけど、このタイプの魔方陣は、ギリギリまで全体が稼働するのよ。 一部機能は、かなり性能が落ちるけど、それでも止まらないわ。
そうか…… それを狙っているのかぁ……
おばば様の起草された、「ミルラス防壁」は、ギリギリまで全機能が、稼働するように…… たとえ、魔力不足に陥っても、性能は落ちても、防壁として立ち塞がるって事なのね…… おばば様らしい仕様ね。
「リーナ…… この、魔方陣は……」
「海道の賢女ミルラス様が起草されたモノを土台に、改造されたモノですわ」
「そうよね。 今の魔方陣とは…… 違う」
「ええ、魂の生命力を魔力変換して使用している現在の魔方陣とは違います。 大幅な変更点は、ここ、そして、ここ。 この魔方陣は、祈りをもって稼働します。 民は王国の為、王国は民の為。 支配者階級の者は、民を慈しみ、大切に大切に守り、民は尊敬を感謝を捧げ、王国に奉仕する。 すべては、祈りから。 平穏と、安寧に対する感謝から。 獅子王陛下の御世には…… それが、当たり前の事だったのですね」
「……私利私欲に走る、支配者階層…… 不安に怯え、明日の安寧を疑問に思う民。 祈りは消え、疑心暗鬼と、権謀術数がこの国を覆うとき、「ミルラス防壁」は崩れ去る…… と、言う事ですね」
「そのような国は、護る必要も無いと…… 海道の賢女ミルラス様は仰っておいでのようです。 でも……お母様は、そんな国でも愛し、慈しんで護りたかった。 故に、変更された…… と思うべきでしょうか」
「判らないわ。 エリザベート王妃殿下の御宸襟は。 でも、あの方の成された施政は、飢えた者、親亡き者、貧困に喘ぐ者に安らぎと慈しみを与えられる施政でしたね。 孤児院に、布施院に、教会での炊き出し。 王都ファンダルではあまり見ませんが、辺境の領では民に安堵をもたらしていますね。 制度として残る、エリザベート王妃殿下の業績ですね。 王国の中で、最も裕福な王都が、祈りの面で云えば、最も貧困…… 皮肉なモノですね。 最も祈りが必要とされる場所が、王国の中で最も祈りから遠いとは……」
ティカ様の仰る通りね。 祈りが薄く、聖堂教会が魔力を捧げず、「ミルラス防壁」は弱体化。 その上、頻繁に外部のモノに寄って、攻撃を受け穴をあけられ…… お母様が非情の手段を取られるのには、理由があった訳なのね。 非人道的な手段を取られたのは…… 建国の理念を忘れた、王都の民と貴族の人々の行いの為。 聖堂教会が王権以上の権を望んだため…… 王国崩壊の序曲と云う事なのかもしれない。
” 王国は民と共に、民は王国と共に ”
獅子王陛下が現状の王国をご覧になられたら、なんと、仰るのかしら。 ウーノル殿下の双肩にかかる使命は、果てしなく重いと感じてしまう。
でも…… でもね。 私は思うの。
ウーノル殿下ならば、光に通じる未来への道を示して下さるかもしれないって。 きっと、ティカ様もそう思ってらっしゃると思うの。 だから…… 彼女…… 「ミルラス防壁」の保守整備なんて、重いお役目を、お受けになられたんだと、そう思っているの。
王国が、民を慈しんで、平穏と安寧に包まれた国になった時……
ロマンスティカ様に繋がれた鎖と頸木は、解き放たれるのかも……
知れないわね。 微力ながら、私も、そのお手伝いをしようと思うの。
だって……
私も、それを望んでいるんだもの。
床面に描き出された、大魔方陣をキラキラした目で見つめているティカ様。 彼女に全てを託すわ。 「ミルラス防壁」の事は、全てね。 私は、私で、出来る事をする。
明日、辞令が下りるわ。
第四軍、従軍薬師と成る事を、命じられるの。
軍隊かぁ……
なんか、薬師のお仕事とは…… 随分と違った事に成りそうな予感がするわ。
まずは、王城外苑ね。
何が始まるか。 何が出来るか。
ちょっとだけ……
ワクワクしているのは。
―――― 秘密。
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