その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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出会いと、お別れの日々 (2)

助けを求めている手。 

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 イグバール様にお伝えした私の考え。




 少し、当初の物とは形が変わったわ。 出来るだけ、周囲に迷惑をかけない様とずっと考えていたんですもの。

 わたしの最初考えでは、もう一人の私が必要だったわ。 ” 身代わり ” さんを建てて、私を二人に分けようとしたの。 でも、イグバール様が商会を建てられたのなら、外に出ない事務員として身代わりなんな必要なくなると思ったの。

 だから、その部分を変更して、お伝えしたのよ。

 まさかのダメだしは、イグバール様ご本人から伝えられたわ。




「そりゃ、ダメだ。 グリュックの監視が付くんだ。 実体が無けりゃ、アイツだって気が付く。 そして追う。 最悪、リーナがエスカリーナだと気付かれる。 そうしたら、君の考えの骨子が吹き飛ぶな。 韜晦するんなら、身代わりが必要だ」

「……でも」

「なに、あいつ等に、エスカリーナが俺ん所に居ると、誤解させればいいだけの話だ。 身代わりって言っても、なにもエスカリーナと同じ事をする訳じゃない。 単に事務仕事やら、お使いやら、お手伝いをして貰うだけでいいんだ。 俺の所にエスカリーナと同じような年恰好の女の子が居るってだけでいいんだよ」

「……」




 イグバール様が、核心を突かれるの。 そうね、実体がなければダメなのかしら? やっぱり…… でも…… 逡巡する私に、ブギットさんが声を掛けられるの。




「あぁ、イグバールよ、事務員なら…… 教会の司祭が、お前になんか言ってたな。 お前に雇って欲しいって…… あの子なら、すぐにでも、来て貰えるはずだぞ? なぁ、イグバールよ」

「あぁ…… まぁ、そうなんだが…… ” 訳アリ ” だぞ? 俺ん所に来るって事は、ブギットの旦那にも関係あるんじゃないのか? 旦那も俺の商会の会員なんだし…… その、商売上も色々と……」

「” 訳アリ ” って、言うのは、フリューゲル=エストの連中の事か?」

「あぁ、知っていたのか…… あの子に目を付けていて、まともな職に付けない様に、色んな圧力を方々に掛けているからな…… 久々なの上玉に、あいつ等が目の色変えてるって寸法だぜ、まったく反吐が出る」




 フリューゲル=エスト…… 歓楽街…… 大人なお店が沢山ある場所…… 上玉…… 眼の色を変える…… 嫌な想像と、脳裏に浮かぶ色々な情景で、思わず吐き気がしたわ。




「そ、それは……」

「その子を抱えて、遣り合うには、ちょっと大きな相手だ。 幾ら司祭からの頼みでも、あいつ等の手からかっさらうと、面倒が起きる……な」

「その方はどの様な方なのですか? 教会からのご紹介と云う事ならば、孤児なのですか?」

「あぁ、孤児は、孤児なんだがね……」




 イグバール様のお話は、ちょっと辛いものがあった。 ダクレール男爵様が嵌められた、大規模な詐欺事件。 アレの魔の手に掛かったのは、なにも、男爵様だけじゃ無かったの。 それまで、堅実にこの領の経済を支えていた、商会があったのよ。 


 真面目に、堅実に。


 あちらの詐欺集団からしてみれば、目障りでしょうがなかった――― それに、その商会が無くなれば、男爵領の経済はガタガタになる。 それは、誰の目にも明らかだったわ。 そして、狙われた。 海千山千の商人を出し抜く詐欺集団は、その商会の番頭さんとか、支配人クラスの人を、蜜の罠でとらえて、裏切らせた。


 手足を捥がれ、内部をごちゃまぜにされた商会は…… あっという間に虫の息


 ダクレール男爵様が、なんとか手を差し伸べようとされるのも見越して、奴等はその商会に手を出したって訳ね。 ものの見事に、罠に嵌った男爵様。

 律儀で、堅実で、情に厚いその商会の会頭さん…… 責任を感じちゃって、売り払えるものは全て売り払って…… でも、全然ダメだったの。 身内に裏切り者を抱えた状態で、そんな事をしたら、あとは解体されるだけ…… 

 万策尽きて…… その会頭さん…… 自身の身を儚くさせてしまわれたの…… 残された家族は…… たった一人の娘さん。 まだ三歳になったばかりらしいのだけど…… その時には、男爵家も火の車だったし、どうしようも無かったらしいわ……

 結果、彼女は孤児院に引き取られたの。 とても可愛らしいお子さんだったんだって。 御父様がお亡くなりになったって事も、余り判ってらっしゃらなかったんだって。 お家の中で大切に育てられていたのだけど、ご両親との交流はほぼ皆無だったんだって……
 
 お母様は産後の肥立ちが悪くてそのまま儚くなって…… お父様も、忙し過ぎて、お家に帰ってられなかったらしいの……



 ずっと一人だったって……




 教会の孤児院に引き取られて、司祭様が親代わりになって育てて来られたんだって。 その境遇があまりに哀れで…… 出来得る限りの教育を施し、何処に出しても問題がない位に、素敵になったって…… 

 だけど、教会の孤児院は、基本未成年しか受け入れられない。 十二歳の第一成人までね。 修道女になるって道はあるんだけど、司祭様は彼女には幸せになってもらいたいがって居てたの。 だから、堅実な商会なんかに就職できるようにって、一生懸命だったんだって。

 彼女は、まだ十二歳。 でも、その花が零れ落ちるような笑みとか、綺麗な立ち居振る舞いとか、教会の孤児院の中でも際立っていたのよ。 そして…… 眼を付けられた。 大人なお店の人達にね。 商会の関係者だった人も、手引きをしようとしていたみたいね。



 思わず、毒付いてしまいたくなった……



 主家を裏切り、そして、その娘さんまで、極道に落とそうとする…… もう、何も言いたくない。 でも、歓楽街の人達の人脈って、凄いのよ。 司祭様がどんなに頑張っても、大手の商会の人達は、首を立てには降らないの。

 まして、中小の商家の人達は、歓楽街とも繋がりが有るから……

 職人さんの店でも、商家に睨まれたら、商売出来ないもの……

 八方ふさがりになって…… 司祭様が頼られたのが、イグバール様。 御実家が、この領――― というより、南部辺境領でも有数の符呪師の御家。 いかな歓楽街の猛者でも、そうは簡単には手は出せないもの。

 でも、そうは言っても…… エランダル家は、準男爵位を授かっているお家。 

 本家の方にはお話を持って行っても、ダメなのは初めから判っていたらしいの。 ―――貴族の体面、って奴が、邪魔をするんだって! だから、三男で今は馬車屋さんのイグバール様の所にお話が回って来たんだって……




「あの娘の状況は…… 判ってはいるが…… 今後の商売に……」

「なにか問題は有るのか?」

「いや、確実に邪魔してきそうだなって」

「ほう、お前らしく無いな」

「なに?」

「馬車組合に喧嘩を売っているお前らしくもないと、言っているんだ」

「…………」




 黙り込んじゃったわ。 そうよね、今でも、イグバール様は、馬車組合の人とか、アラウネア馬車店の人達に、色々とヤラレテいるって、そういうお話だったわね。 えっと…… どうしようかしら? イグバール様にも、ご都合が有るし……




「どうせ、事務方はいるんだ。 エスカリーナは常に一緒に居る訳じゃない。 司祭は、お前を見込んで頼んできている。 救いの手を持っているお前にな。 もし拒絶したら、お前…… 後悔するぜ?」

「……そ、そうかもな」




 私がどうこう言えるような立場じゃないけれど……  イグバール様が何に対して、迷ってらっしゃるのかは、判らないんだけど、それでも、助けを求める手が其処に有るのなら、そして、掴めるのなら…… 私は、その手を掴むべきだと思うの。 


 情けは人の為だけではないわ。 精霊様も見ていらっしゃる。 神様だってご照覧あそばされている。


 なにより、自分が見ている。 自分に嘘を吐く事は、とてもいけない事だと思うの。 嘘を吐き尽くした上げく、自分に裏切られれた、前世の私が言うのよ。 間違いないわ。




「一度、逢ってごらんになれば、良いのではないのかしら?」

「うっ…… ま、まぁ、そうなんだが……」

「ええい、ハッキリせんな! お嬢、行くか? お前も」

「はい、お願いしたいわ。 どの様な方なのかを知りたいですから」

「決まりだな、イグバール。 行くぞ。 何て名前だっけか、その娘」




 イグバール様が、ちょっと良い淀んだ。 小声で云うのうよ。 ほんと、小さな声でね。



「”エカリーナ”と、云う名だ……  エカリーナ=ファージスト。 今は亡き、ボンゴレ=ファージスト、ファージスト総合百貨商会の忘れ形見だよ……」

 そうか…… エカリーナって云うんだ…… 

 私の名前と響きがよく似てるね。 うん、とっても会いたくなった。 行こう! ね、いいでしょ?

 おばば様は、何か事情を知ってらっしゃるのか、苦笑いを浮かべてらした。

 でも、問題は無いようだし、おばば様も、目で行ってこいって言われているわ。

 教会で……

 困っているお嬢様を助けに……



 白馬じゃないけど、

 荷馬車だけど、

 ドワーフの怖い顔のおじ様も一緒だけど、

 小娘の錬金術士も一緒だけど、




 騎士ナイトなイグバールさん。




 御一緒に、行きましょう!
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