『魔王は養父を守りたい』

odo

文字の大きさ
上 下
6 / 40
第一章

第五話

しおりを挟む
「これから、君には私の自宅に来てもらうが……必要な日用品は揃えたつもりだ。何かそれ以外に必要なものはあるかな?」
「ありません」

 大通りにはたくさんの馬車が走る。
 貴族や庶民のもの、中には皇族関連の馬車もあった。
 他に商人の馬車が横を通る姿を横目に外の景色を眺めながら、しんっとした室内でアランは考えをまとめていた。
 誰が何のために、アランを過去に送り込んだのか。どうやってここに連れてきたのか。

 隣に座るビルシュを見るが、前と変わった所は見受けられない。
 疲れているのか、目を閉じていることぐらいだろう。そして、アランは一つの事に気が付いた。
 彼が光のマナを纏っており、魔力を巡回させている事に。
 魔術士が魔法を使っている状態だ。
 騎士学校の試験などでアランだけが持つ魔力を視る目――星の瞳で魔法を使う魔術師を簡単に見つけてやれば、レオンハルトに卑怯だとよく怒られた事が懐かしい。
 魔力を常に巡回させていれば、すぐにマナが枯渇して倒れてしまうだろう。

 ――何の魔法を使っているんだろうか。ちょっと調べてみるか。

 アランは不思議に思い、指先に闇のマナを纏わせ、傍にあった彼の掌を突いた。
 それと同時に彼の光のマナが霧散し、パリンッと鏡が割れる音が響き渡る。

「なっ!?」

 びっくりしたであろうビルシュが飛び起きた。
 アランは思わず彼の手を掴み、前の壁へ激突しそうになった彼を押さえた。
 彼の酷く狼狽した目がアランを見る。
 光のマナが彼を守る様に鏡のようなものを作っていたのだ。
 闇マナの放出をやりすぎたか、とアランが思えば、ビルシュはすぐに表情を戻し、じっとアランを見ていた。

「君は……闇のマナをもうそんな上手に扱えるのか」

 これにアランは驚く。彼が纏っていた光のマナを相殺しただけで、闇のマナだと彼はすぐに気が付いてしまった。
 アランは誤魔化すか、肯定するかで悩むが、養父に隠し事はしないと決めていたため、素直に頷く事にした。

「そうか……」

 ぴたりと言葉を止めて、「君は父親のホーエンに魔力の質が似たのだな」と呟くように言う。
 ただ、魔法の妨害をされた事に怒りもしないビルシュは何処か言葉を噛み締めたようでもあった。
 馬車の静寂さを感じながら、再び街中の様子を見ていた。

 沈黙が降りて、どれぐらい馬車に揺られただろうか。
 先ほど居た孤児院近くのスラム街からアデルライト家までは随分と長い距離だ。
 目的地は裕福層を中心とした貴族街。そして今馬車が走る城下町。先ほどまで居た少し奥に見えるスラム街。
 懐かしい街を眺めていれば、ガタンと振動が響き、こちらの頭付近へ体重がかかった事に気が付いた。

「えっ」

 驚いて横をみれば、寝てしまったであろう養父がこちらにもたれかかっていた。
 そういえば、過去では自分が泣き疲れて寝てしまっていたはずだ。
 だから、ここの移動での記憶がほぼない。このまま起こしてもいいけれども、とアランは思う。
 色々と手続きで疲れてしまった可能性もある。放っておこうとアランも目を瞑ることにした。

 屋敷につく頃、ガタンと音が響いた。
 馬車が石を跳ねたようだ。隣にいた養父が起きたのか、慌てたように顔をあげて、横にいるアランをじっと見ていた。
 とても驚いた表情をしており、「すまない」と言う。

「よだれ……」
「えっ」

 指摘してしまったとアランは思う。しかし、今までの彼の様子を思い出し、アランはそんなに気にしないかと思う。
 しかし、アランの想いとは逆に彼は口元をぱっと隠した。そして、みるみる顔が赤くなっていく。
 あれっとアランが思えば、彼は口元を拭くものを探しているのか、おろおろとする。
 そういえば、光のマナで纏っていた魔法の鏡を弾いてから、彼の表情がくるくると変わる事に気が付いた。
 アランが彼の求めていた物を渡せば、彼はぱっと口元をそれで隠してしまった。そして、アランとは反対方向を向いて、ハンカチで口元を拭いている。

「みっともないものをすまない。洗って返すから……」
「いえ……あの、さっきの魔法って光と水の複合魔法ですか? それで、屈折させて表情のかわらないミラージュを作ってたとか?」
「えっ」

 養父は素っ頓狂な声を出す。
 初めて見るあたふたとする養父にアランはふっと笑ってしまった。
 正解だったらしい。顔が真っ赤なままで、アランを困惑したように見ている。
 この情報で取って食われると思っているのか、彼はやっぱりどこかおろおろとしていた。

「これは秘密に……」
「解りました。でも、俺はビルシュさんの表情が解った方が良いです」

 悪戯っぽく言えば、養父は困った表情を作った。
 彼は眉を下げてしまい、「善処する……」と消え入りそうな声で言う。
 まるで、こっちが虐めているみたいだとアランが思えば、馬車が止まった。窓から外の景色を眺めれば、懐かしい屋敷がそこにはあった。

「ここは」
「商家の君の家よりは小さいかもしれないが」

 アランは首を振った。養父は少し申し訳なさそうな顔をしている。
 彼はすぐに運転手にお金を払い、ゆっくりとした足取りで馬車を下りた。
 そして、アランに手を差し出す。彼はアランの顔色を伺っているようにも見えた。
 アランは今回ばかりはお礼を伝え彼の手に委ねる事にする。

 降りた先は見慣れた屋敷で、ぱっと目につくものは美しい庭だ。
 様々な花がゆらゆらと風で揺れている。
 大きい花は奥に、小さい花は手前と、遠くから見る人を楽しませるような配置、そして、庭を進めば、一つ一つに手入れがされているのだと知ることができる。
 彼と共に屋敷の道を進んでいき、「執事さんはいますか?」と尋ねた。
 テリーという高齢な執事がいる。彼は重要参考人として城に連れていかれたが、果たしてここではとアランは思い悩む。

しおりを挟む

処理中です...