『魔王は養父を守りたい』

odo

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第一章

第四話

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 記憶とあまり変わらない姿。表情も変わらないその立ち姿。
 孤児院の先生たちは背後に控えており、アランの様子を伺っているようだった。

 昔、どう反応しただろうかとアランは考え、ぴたりと動きを止める。

 ――そうだ。泣きじゃくって、この人に八つ当たりをした。

 両親が死んだ事に対して、叔父だと慕っていたはずの人に裏切られた事、父の親戚の行方が分からない事。それらをぶつけるように彼に泣いて怒った。
 けれども、彼は怒らず、アランをこの地獄のような場所から引き取ってくれた。
 アランは何と反応していいか迷っていた。
 もしかして、今までが夢でこれが現実だろうかと。

「すまない。困惑させただろうか」

 返事がない事に、彼は怖がらせたと思ったのだろう。
 彼はベッド前に来て、子供の目線までしゃがみこむと、アランの顔を覗き込んだ。
 あまりじっくりと見る事のなかった綺麗な青い星空のような瞳がアランをじっと見つめている。

「遅くなってすまない。アラン、君は王家の血を持つ。君はこんなところに居てはいけない。君がよければ、私と共にここを出よう」

 今度は恐る恐ると手が伸ばされる。
 まるで、猛獣相手に手を差し出しているようだ、とアランは思った。
 その様子から、当時の幼いアランでは分からなかったものがそこにあった。良くみれば、彼が緊張しているのだと知る。
 アランは思わずその手を握ってしまう。どうして、という気持ちも強かった。
 彼は無表情だったが、雰囲気が和らいだ気がした。

 アランは彼に連れられるように孤児院の廊下を歩いていた。
 所々痛んでおり、ギシギシと壊れてしまいそうな音が鳴り響く。
 羨ましがるたくさんの子供たちの視線。
 アランにとっては二度目の視線だ。この視線は当時怖かった。けれども、今は怖くない。

 ――多分、この人がいるからだ。

 アランは横にいる養父を見上げた。彼は相変わらず表情は変わらない。昔はこの変わらない表情が怖かった。嫌われていると思った。

 ――真実を知ってしまえば、どうってことはなかったのに。

 子供たちの様々な視線を抜けて、地獄のような世界を出た。
 見慣れたレンガに彩られた街を眺め、アランは未来で潰れたはずの店が営業し、まだ残っていることを知る。そして、手から伝わるぬくもり。ここが本当に過去なのだと理解した。

「私の兄であるジェイク……君にとっては叔父か。彼と話をしたり、純血派や皇族派とも話し合いをしてきた。君の不利益になる事はないように立ち回ったつもりだ。けれども、君の王族利権だけは戻せそうになかった。すまない」

 淡々と業務的な口調で続ける彼に対しアランはどう返そうか悩む。
 死んだ時の記憶はあるかと尋ねようとしたが、彼を刺し殺した時の記憶がよみがえり、喉が渇いたように声がでなくなる。
 やがて、彼は馬車の前で立ち止まった。皇族が乗るとは思えないような庶民的な物。
 アデルライト家が皇族から離れた事をさしている。幼いアランが気づきこそしなかったものだ。

「どうして、そこまでして、俺を助けようと? 叔父……ジェイクさんに睨まれるとわかっているのに」

 やっとの思いで声が出た。
 彼にとって自分を引き取ることは、全くプラスにはならなかったはずだ。
 それなのに、どうして育てようと思ったのか。彼は相変わらず表情こそ変わらなかった。
 けれども、子供から質問されると考えてもいなかったに違いない。

「どうして、か……」

 黙り込んでしまった彼は、少し考えてからこう言った。

「君の母親のアンジュや父のホーエンが君を大事にしたように、私も君を大事に思っている。何せ、名づけ親として……と言えば答えになるだろうか」

 今度はアランが驚く番だった。

「アランという名は君の祝福の名。古代語でビルシュは明けの明星を差す名前ならば、君の名アランは宵の明星を示す。朝のはじまり、そして夜の終わり……」
「それは……」
「君が嫌であれば……名前を変えてもらうこともできる」
「いえ、気に入ってます」

 ――全く、知らなかった。
 彼の表情は全く変わらない。だからこそ、アランは彼の考えが分らなかった。

「少し揺れるかもしれないが……馬車には乗ったことは?」
「あります」

 アランが頷けば、ビルシュは「失礼」と声をかける。
 そして、少しよろめきながらもアランを抱き上げて、馬車に乗せてくれた。
 母親アンジュは軽々と持ち上げていたことを思い出し、「自分で乗り降りできます」と答えた。
 彼は車内に入ろうとしていた手をぴたりと止める。言われた事に驚いたのだろう。

「すまない。そう、だな」

 少しだけ傷ついたような言い方にアランは不思議に思う。
 表情こそ分からなかったが、少し動揺しているようにも思える。
 だからこそ、アランは彼に手を差し伸べた。
 自分を持ち上げただけでふらふらするなら、この馬車に乗り込む際に辛いだろうと。
 騎士経験から、様々な人をみてきたアランだからこそ解る事だ。
 きっと色々あって疲れているのだろうとアランは思う。

「手をどうぞ」

 彼は乗り込もうとしていた動きをピタリと止めた。
 そういえば、七歳の子供がやる行動ではなかったと思う。
 けれども、彼はそんな事を気にせず、「ありがとう」と手をとってくれた。
 彼はアランに負担をかけないようにと馬車に乗り込む。運転手がそれを確認した後に馬車がゆっくりと動き出した。

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