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最終章「プロポーズは指輪と共に!」

4 お爺の恋愛遍歴

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 ――――翌日の昼。
 俺は執務室で悶々としながら考えていた。

「ちゅーの次にえっちなこと……うむむっ」

 呟いた後、俺の頭の中で今まで読んできたBL本が蘇る。そうすれば、めくるめくドッキングシーンがちらつき。

「ちっがーう!!」

 俺は顔を真っ赤にさせて思わず叫ぶ。

 ……ちゅーの次、なんかあるだろ!?

 そう思うが全然思い浮かばない。というかレノとの事を考えれば、きちんと手順を踏んでいるような気がする。

 ……レノに告白されて、デートして、キスして……そもそも子供の頃から一緒だからお互いの事、大抵のことは知ってるし。……あれ? 残すはドッキングのみじゃね?

 けどレノの服の下に隠れているアナコンダ君を思い出して、俺の尻はぷるっと震える。

 ……お、俺のおちりが割れる! ぴぇっ!

 俺は一人戦々恐々とした。しかしドアがノックされ、「失礼しますぞ」という声と共に、カートを押してお爺が部屋に入ってきた。

「ほっほっほっ、おやつを持ってまいりました」

 お爺はそう言って俺が座っている執務机の側までカートを押してやってくる。しかし机の上に残っている手つかずの書類を見て、にこっと笑った。

「お仕事が終わっていないようですが、なにか心配事でもおありですかな?」

 お爺は優しく尋ねる。これがレノであれば、チクチクと『仕事をまだ終わらせていないんですか? しっかりしてください』と言われていた所だ。

 ……うーむ、さすがお爺。レノとは違って、先に俺の心配をしてくれるなんて!

「うん、ちょっとね。おやつを食べたら、ちゃんと仕事します」
「ほっほっ。なに、そんなことは心配しておりませんよ。坊ちゃんが仕事をないがしろにしないことは、この爺め、わかっておりますゆえ」

 ……お爺!

 俺は心の中でお爺の優しさに感動する。そしてお爺と言えば、熟練の手つきで紅茶を俺の為に淹れ始めた。

 ……うーん、この流れるような所作と品格。レノも大したもんだけど、お爺はやっぱりすごい。

 俺はその手つきに見入ってしまう。

「で、何をお悩みですかな? この爺に聞かせてもらえませんか?」

 お爺は何気なく俺に尋ねた。なので俺はちょっと考える。

 ……お爺なら答えてくれそうだけど、でもお爺にレノとの事を話すの恥ずかしいしなぁ。チューの次って何? って聞くのは……うーむ。

 俺はそう思いながら、不意にある事に気がついた。

 ……でも、そういやお爺の恋バナって聞いた事ないな? そもそもお爺は独身だし。セリーナは養子だし。え、お爺の恋バナとか気になるかも?!

「悩みじゃないんだけど、お爺に聞いてもいい?」
「はい、なんなりと」
「あの、答えたくなかったらいいんだけど。お爺って今までどんな恋、してきたの?」

 俺が聞くと、まさかそんな事を尋ねられるとは思っていなかったのかお爺は少し驚いた顔を見せた。だがすぐににこやかな笑顔に戻る。

「ほっほっほっ。恋、ですか。この爺の恋愛遍歴が気になりますかな?」
「うん。お爺、若い頃とかすっごいモテてそうだなっと思って」

 俺は言いながらお爺を見る。
 六十過ぎの、ちょび髭が似合う渋い紳士。シルバーグレイの髪に、水色の瞳は思慮深く。顔に刻まれた深い皺は老齢さより、理知と格を感じさせる。
 そして、何と言ってもこの物腰の柔らかさ! 男女問わずにモテただろう。

 ……うーむ、若い頃は今よりもっとモテモテだっただろうな。めちゃくちゃ断言できるぞ。

 俺はお爺の若かりし頃を想像し、一人頷く。しかし、お爺から返ってきた答えは意外なものだった。

「ほっほっほっ、残念ながらそこまでモテませんでしたよ」
「ええー!? 嘘だぁ!」

 お爺の言葉に俺はすぐに反論する。だって、このお爺ですよ!? モテない訳ないでしょ! 今だって、老若男女にモテそうなのに!!

「いえいえ。お恥ずかしながら仕事ばかりでしたし、セリーナもいましたらかね」

 お爺は紅茶を淹れたティーカップとおやつを俺の前に差し出しながら、恥ずかしそうに答えた。ちなみに今日のおやつはバナナパウンドケーキだ。おいしそぉ。

「それに私には好きな人がおりますから」
「ええっ!?」

 初耳の事に俺は思わず声を上げて驚く。だって好きな人がいたってだけでも驚きなのに、『いました』じゃなくて『おります』ってことは現在進行形じゃん!?

「お爺、好きな人がいるのッ!?」
「はい」

 お爺は少し照れた顔で答えた。なんだか可愛いじゃないですか~っ!

「えー、どんな人!?」
「そうですね、とても素敵な方ですよ。美しく、強く、その上優しくて。紺色の長い髪をお持ちの綺麗な方なんです。それに逞しくて」

 ……逞しく? 精神的にってことかな? それに紺色の髪って、珍しいなぁ。

 俺はそう思いつつ、話を続ける。

「へぇ~。その人は今どこにいるの?」
「帝都よりずっと遠い場所に」
「そうなんだ。お爺はその人に告白したりしないの?」
「そうですな……。もし一緒になれるなら、とは思いますが、その方はとても身分の高いお方なのです。私などが恋心を抱いている事が失礼なくらいに」

 ……お爺がそこまで言うとは……しかし身分が高い人って、貴族? それともどっかの王族とか?? うーむ。

 俺は腕を組んで考えるが、お爺はふふっと笑った。

「まあ、私の話はここまでです。これ以上は照れ臭いですから」

 お爺は話を打ち切り、俺は「えー?!」と不満の声を上げる。

「お爺の話、俺、もっと聞きたい。あんまり昔の事とか話してくれないしぃ」
「ほっほっ、話すほどの事もないからですぞ」

 お爺は笑って言った。どうやらこれ以上は教えてくれなさそうだ。

 ……でも、お爺に好きな人がいるってことが聞けただけでもすごいかも。お爺ってなーんか謎に包まれてるんだよなぁ。まさにMr.ミステリアス。

 俺は淹れてくれた紅茶を飲みつつ、ちらりとお爺を見る。だが、俺は今更ながらにある事に気がついた。

「あ。そーいえば、レノはどうしたの?」

 ……お爺がスムーズに入ってきたから忘れてたけど、レノはどうしたんだろう? 俺におやつをいつも持ってくるのはレノなのに。

「レノには所用を頼んでおりましてな。村の方に行っております」
「レノに所用?」
「ええ、夕方には戻ってくると思います」
「そっか、わかった」

 ……それまでには仕事を終わらせないとな。あいつに仕事してないことがバレたら何を言われるか。

 俺はそう思いつつもバナナパウンドケーキをフォークで一口に切り、パクっと食べる。程よい甘さがこれまたうまい!
 だが、俺がパウンドケーキに舌鼓を打っていると。

「坊ちゃん、レノはずっと我慢してきましたから、どうぞ優しくしてあげてくださいね」

 お爺に言われ、俺は思わずパウンドケーキをむぐっと喉に詰まらせそうになる。

 ……お爺ってば、どこまで知ってるんだろう。

 俺はちらりと見るが、お爺はニコニコするばかりだった。

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