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第五章「告白は二人っきりで!」

15 いいトコロ

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「エンキ様!」

 ……良かった、幽霊じゃなくてエンキ様で!!

「キトリー君、ここは皇族と一部の神官のみが入ることを許されている場所だよ?」
「す、すみません! 俺、道に迷っちゃって! 本を返しに行こうと図書室に向かったんですけど、途中からわかんなくちゃって……」

 すぐさま謝罪し、事情を説明するとエンキ様は優しく微笑んだ。

「そうだったんだね。この建物は古く何度も増築しているから、慣れていないと迷うのも無理はない。私が図書室まで送ってあげよう」
「いいんですか?!」

 ……まさに天の助け! エンキ様に道案内させていいものかどうかは別として。

「勿論だよ。だが、そうだな……。時刻もいい頃合いだし折角だ、いい所に連れて行ってあげよう」

 エンキ様はフフッと笑って俺に言った。

「いいトコロ??」

 俺が尋ねればエンキ様は「行けばわかるよ。さ、行こう」と先を歩いた。俺はその”いいトコロ”がどこかも知らず、エンキ様にとりあえずついていくことにした。そしてエンキ様に連れられ、廊下を右へ左へと歩き、古い螺旋階段を上って、エンキ様は木の扉の前で立ち止まった。

「エンキ様、ここは?」
「見てのお楽しみ」

 エンキ様は答えると、そっと扉を開けた。
 すると途端にオレンジ色の夕日が目に入り、俺は一瞬目を細めるが、光に慣れてくるとそこに見えたのは夕暮れに染まる美しい街並みだった。

「うわぁ!」

 ……きっれーい!! なんかイタリアの街並みみたい。

 エンキ様が案内してくれたのは大神殿に作られた塔のてっぺんで、そこからの見晴らしは壮観だった。

「綺麗だろう? この時間は特に美しくてね、私のお気に入りの場所なんだ」

 エンキ様は優しい口調で俺に言った。でも俺は不思議に思う。

「すごい綺麗です。でも、どうして俺にこの場所に?」

 ……昨日出会ったばかりの俺にお気に入りの場所を教えてくれるなんて。俺が母様の息子で、アシュカと仲がいいから? でも、それ以上に何となくエンキ様には親近感を持たれているような気がするんだよなぁ~。なんだろなー、この感じ。なんかこの前もどっかで同じような対応を受けた気が。そして好意とはまた違うような??

 俺が悶々としていると、エンキ様は街並みを眺めながら答えた。

「そうだな。キトリー君は特別だから、かな」
「特別?」

 ……俺、何かしましたっけ??

 俺はますます不思議に思う。だがエンキ様は答えずにニコニコとするだけだった。まあ嫌われるより全然いいけど。

「それより、キトリー君は本が好きなの? 一体何の本を読んだのかな?」

 エンキ様は俺が持っている本を見て尋ねた。

「えっと神聖国の建国について。もう一度復習しようと思って」

 俺は表紙を見せて言った。それはアントニオが店で一番売れている本だと俺に教えてくれた本だった。

「建国のお話……聖女様か。彼女も子孫がこんなことになるとは思ってもみなかっただろうな」

 エンキ様は本の表紙を見ながらしみじみと言った様子で呟いた。その瞳には憂いを帯びている。だから俺はわかってしまった。
 この人は今この国で起こっている騒動の全てを知っているのだと。でなければ、この言葉や表情は出てこない。

「エンキ様。これから……これから一体、どうするおつもりなんですか?」

 俺は聞かずにはいられず、尋ねた。するとエンキ様は俺の簡素な質問に『何が?』と問い返すことはなく、誤魔化すこともなく、ただただ夕暮れに染まる街並みを背に俺に答えてくれた。

「私はね、このまま私の代で終わりたいと思っているよ」

 エンキ様は風に髪を靡かせながら俺に静かに告げた。

「エンキ様の代で……」
「ああ、私は生涯誰とも結婚するつもりはないのでね」
「国に尽くす為ですか?」

 俺は以前エンキ様が生涯国に尽くす為に独身を貫いているのだと噂で聞いていた。だがエンキ様の答えは違った。

「それは違うよ。私には心に決めた人がいてね、その人以外と番いたくないと言うだけさ。まあ、もうその人は亡くなってしまったんだがね……」

 未だに忘れられないんだ。

 その言葉は続かなかったけれど、エンキ様の顔にはありありと書かれていた。

 ……やっぱり噂は噂だな。こうして話をしてみないと真実はわかんないもんだ。

「でも、現れた皇女様の娘さんは? 彼女にも譲らないという事ですか?」

 俺が尋ねればエンキ様は首を横に振った。

「彼女は姉さんの娘じゃないよ」

 あまりにもハッキリと答えるので俺はちょっと驚いてしまう。

「どうしてそんなにハッキリと? 皇女様の手紙を持っていたと聞きましたが」
「手紙は偽造だ。確かによく似た筆跡だが、私にはわかる。それに姉さんが自分の子を送り出すはずがないんだよ」

 エンキ様には妙な確信があった。もしかしたら手紙だけでなく、他の何かを知っているのかもしれない。

「じゃあ、エンキ様の後は一体誰に任せるおつもりで?」
「私は、ナギが適任だと思っているよ。ナギは若いが、優秀だし、皆をまとめ上げられる力がある。聖女の一族が消えれば、女性であることに縛られることもなくなるだろう。民の一部はそう願っているようだし、そろそろ新しい時代に明け渡す時なんだ」

 エンキ様は穏やかな目をして言い、その答えを聞いて俺はこの騒ぎを前にエンキ様だけが未来を見ているように思えた。

「なるほど。……でも、そんな大事な事を俺に言って良かったんですか?」

 自分で聞いておきながら、俺は色々聞きすぎてしまったかもしれないと思った。でもエンキ様はそうは思わなかったようだ。

「いいんだ、キトリー君になら。君は他国の人間だし……こんなに喋ったのは誰かに胸の内を聞いて欲しかったのかもしれない」

 エンキ様はくすっと笑って言った。

 ……エンキ様の立場なら誰かに言うのは難しいのかもしれない。ナギさんにも姉さんにも、きっと言ってしまったら反対されるか心配されるか、二つに一つだから。その点、俺は他国で関わりのない人間だ、だからこそ言いやすかったのかも。

 俺はエンキ様を見つめて思った。

「さて、もう日が落ちる。本は私が戻しておこう。部屋に送るよ」

 エンキ様はにこやかに言い、俺は頷いた。でも俺の中には解けない疑問が一つだけ残った。

 ……エンキ様は俺の事を特別だって言ったけど、どうして? 何か、何か……引っかかるんだよな。

 俺は何か喉の奥に小骨が刺さっているような違和感を覚えながらエンキ様に案内されて部屋へと戻った。

 そして、その頃にはいつの間にかオレンジ色だった空には紺色の夜が訪れ、星が瞬き始めていた――――。



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