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第三章「キスは不意打ちに!」

22 出立の朝

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 ――朝のひと騒ぎの後。
 朝の支度を終え、今度こそようやく別邸へと向かう準備が整った。なので俺は父様と母様、ロディオン、セリーナ率いる使用人達に見送られることに。

「キトリー、もう行っちゃうのか? もう少しいたらいいじゃないか」

 ロディオンは俺の手を両手でぎゅっと握り、寂しそうに言う。その姿はまるで恋人を引き留めるよう……というか、孫を引き留めるお爺ちゃんカナ?

 ……前世で姉はいたけど、世の中の兄ってこんなに弟好きなものなのだろうか。

 不思議に思いつつも俺はやんわりロディオンの手を離す。

「いや、もう行くよ。予定より一日押してるし、別邸でお爺達も待ってるから」

 ……そして俺は推しカプのヒューゴやフェル。ザックとノエルの新しいカプを見守るという重要な任務があるのだ!! 二ヒッ。

「そうか。残念だが、キトリーがそう言うなら。でも、いつでも帰ってきていいからな!」
「うん、また帰ってくるよ。兄様も仕事し過ぎないようにね。もしよかったら、息抜きで別邸においでよ」

 俺が何気なく言うとロディオンはハッとした顔を見せて「その手があったか」と顎に手を当てた。しかしそんなロディオンの肩に父様が手を置く。

「こらこら、ロディオンに長期休みを取られると私が困るんだが?」

 ロディオンはすでに次期宰相として父様の仕事を手伝っているので、抜けられたら色々と大変なのだろう。ディエリゴの王妃教育もあるしな~。

「今は忙しいから長期休みは取るとしても数カ月後だ、ロディオン」
「む……わかりました。でも必ず行くよ、キトリー!」

 ロディオンは不服そうにしながらも父様の言う事を素直に聞いて、俺に告げた。まあ、俺としてはいつ来てくれても構わないのだが。

「うん。まー、来るときは連絡して。父様も母様も来るときがあったら連絡してね」

 俺はちらりと父様と母様に視線を向ける。

「キトリー、レノに迷惑を掛けないようにね」
「母様。なんで俺がレノに迷惑を掛ける前提なの」

 俺が告げると、母様は呆れた眼差しを俺に向けた。

 ……ちょっとーっ、なんで呆れた目で俺を見るの! そりゃまあ、今までレノに迷惑かけてきたかもしれないけど、ちょっとよ??(たぶん)

「ま、爺もいることだし大丈夫でしょう。けれど、やんちゃし過ぎないように。怪我だけはしないのよ」
「へいへーい」
「はい、でしょう。全く貴方は」

 母様はますます呆れた顔で俺を見る。だが俺は母様の呆れた眼差しを受け流し、気になっている事を尋ねた。

「それよりさ。母様、お爺ってマジで何者なの?」

 俺は母様に聞いてみる。母様とお爺は、母様が隣国でお姫様をよろしくやっていた時からの付き合いなのだ。つまり母様はお爺は長い付き合い。お爺の正体も知っている……はず。
 しかし返ってきた答えは。

「爺は爺よ」
「やっぱ、教えてくんないのかー」

 俺はジト目で母様を見る。昔から何度かお爺の正体について母様に聞いてはいるが、返ってくる答えはいつもこれなのだ。

 ……お爺って本当に何者なんだろ? まー、いつか俺にもわかる日がくるのだろうか。それはそれで、ちょっと怖い気もするが。

 俺は腕を組んで一人うーんと唸る。だが、父様が。

「キトリー、爺にもあまり心配をかけないようにな」

 そう俺に声をかけた。

「わかってる。別邸では大人しくしてるよ」
「どうかな? 私の予想だと、帰宅早々面倒ごとに巻き込まれそうだが」
「ストーップ! それ、フラグ(予言)になるから!」

 ……帰宅早々面倒ごとなんて勘弁! 俺は帰ったらゴロゴロまったり、お昼にはウキウキウォッチングをするんだから!!

「ハッハッハ、すまんすまん。……それよりキトリー」

 父様は俺の名を呼ぶと、俺に近寄って耳元でこそっと告げた。

「神聖国の国内が少しごたついているらしい。こちらまで影響はないだろうが……一応心に留めておきなさい」

 父様の忠告に俺は小さく頷く。そうすれば父様はフッと微笑んだ。

「帰る時は気を付けてな」
「レノもいるから大丈夫だよ」
「それもそうか」

 俺の返答に父様は納得したように頷いた。母様だけでなく、父様にまで信頼度が高い従者である。そして信頼度の低い息子の俺……ナンデッ!?
 だが、そこへタイミングよくその従者がやってきた。母親であるサラおばちゃんと一緒に。

「ではキトリー様、そろそろ参りましょうか」
「そうだな。ぐずぐずしてると宿屋に泊まるのが夜になっちまう」

 レノの言葉に俺は頷き、サラおばちゃんに視線を向ける。

「じゃ、サラおばちゃん。行ってくるね……レノ、借りちゃうけどいい?」
「はい、キトリー坊ちゃん。レノをよろしくお願いします」

 ……いや、よろしくされてるのは俺の方なんだけど。そしてついでに貴方の息子に貞操も狙われているんですけど。

 なんてことは勿論言えないので。

「ウン。マカセテ」

 俺は顔を少し引きつらせて答えた。そうすればサラおばちゃんはホッと安堵した顔を見せる。

 ……人には時に嘘が必要なのだ。優しい嘘が。

 俺は少々罪悪感を感じながらも、胸に手を当てて心に言い訳をしておく。

「では、キトリー様」
「行くか」

 俺はレノの呼びかけに答え、荷物とお土産、大事なローズ先生のサイン本と陛下に貰った初版本を乗せた馬車に乗り込む。
 だが、その前に俺は言い忘れた事を思い出してセリーナに声をかけた。

「あ、そうそうセリーナ」
「はい、なんでしょうか?」

 セリーナは馬車のステップに足を掛けた俺に尋ねた。

「アントニオに『贈り物、アリガトウ。俺も今度何か贈るネ?(訳:変な物贈ってくるな。今度は俺がお前に贈るぞ(怒))』って伝えておいてくれる?」

 俺がにっこり笑って言うと、言葉の意味をわかっていないセリーナは「わかりました」と快く頷いてくれた。

 ……アントニオの奴、今度同じようなものを俺に贈ってきたら突き返してやる。まあ、今回は他のところで活用されることになったからいいけど。

「じゃあ、セリーナもまたね。アントニオによろしく」
「はい。キトリー様もお気をつけて」
「うん」

 俺はセリーナに見送られながら今度こそ馬車に乗り込み、そして俺の後ろにレノも続く。だがレノは俺が席に着くと、当然のように隣に座ってきた。

「おいっ」
「どうかしました?」

 レノはしれっとした顔で俺に言う。

 ……こいつぅ。本当、子供の頃は素直で可愛かったのに、どーしてこうもグイグイくる男になったのか。

 俺は横目で見るが、レノは俺に笑顔を見せるだけだった。
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