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第一章「レノと坊ちゃん」
15 誘拐
しおりを挟む西日の眩しい光を感じて、俺は目が覚めた。
「うぅーんっ」
「キトリー様ッ!」
目を開けると今にも泣きだしそうな顔で俺を見つめるノエルがいた。
「……ノ、エル?」
「よ、良かった! 目が覚めないかと!」
ノエルに言われて、俺は頭を軽く振るとゆっくりと体を起こした。周りを見れば、どこかの部屋のベッドの上にいた。
「ここは一体?」
問いかける俺にノエルはテーブルに置かれていた水差しからコップに水を注いで俺に持ってきてくれた。
「僕にもわかりません。目隠しをされて、ここまで連れてこられて……。とりあえず水をどうぞ」
「ありがとう。俺、どれくらい寝てたかわかる?」
俺は尋ねてから水を飲んだ。
「六時間ほどだと思います。僕の家に行った後、キトリー様はすぐに薬品を嗅がされて」
「ああ、そう言えばそうだったね」
ノエルの説明を聞いて俺は昼前の出来事を思い出した。
◇◇◇◇
まだ爽やかな午前中。俺は運動がてら厩舎へ向かっていた。
……今日は久しぶりに馬達にブラッシングしてやろう。その後は軽く散策しに行くかな~。
そんなことを思いながら歩いていると、そこへノエルがやってきた。
「あ、ノエル。今日は今から仕事?」
俺が声をかけるとノエルは青ざめた顔で俺を見た。
「ノエル?」
「あ、キトリー様。あの……これを」
ノエルはおもむろに俺に一通の手紙を渡した。
「手紙?」
俺はその手紙を受け取り、中身を読む。
「これはっ! ……すぐに向かおう」
俺はざっと手紙を読むと、すぐさまポケットに手紙を入れて厩舎にノエルと共に向かった。だが、そこには馬の世話をしているフェルナンドがいて。
「坊ちゃん? どうなさったんです?」
フェルナンドは不思議そうな顔で俺にそう問いかけたが、俺は答えないまま愛馬のシロに鞍をかけ、すぐさま足を鐙にかけて乗るとノエルの手を取り、俺の背後に乗せた。
「坊ちゃん?」
「フェルナンド、少し出てくる。レノには巡回にでも行ったと言っておいて!」
俺はそれだけを告げると、シロを走らせた。
そしてノエルの家に着いた後、ドアを開ければノエルの父親が奥で縛られているのが見えて。俺はすぐさま駆け寄ろうとしたが後ろから誰かに拘束され、布を口と鼻に当てられた。布には催眠剤が染みこまされていたのだろう、俺はそのまま気を失った……。
……あれから六時間ぐらいか。ノエルの親父さんは大丈夫かな。
俺はそう思いつつも、コップをベッド脇のサイドテーブルに置き、ポケットに入れていた手紙を再び開いた、そこには。
『キトリー・ベル・ポブラット。誰にも何も言わずに、手紙を渡した者と一緒に早急に家に戻ってこい。でなければ渡した者の父親を殺す』
そう脅迫文が書かれていた。
「すみません、こんなことになってしまって」
ノエルは項垂れて俺に言った。だが謝るのは俺の方だろう、この誘拐事件は明らかに俺が目的だ。
「いや、謝るのは俺の方だよ。ノエルと親父さんを巻き込んでしまった。ごめんな」
「いえ、僕は何にもできなくて」
「いいんだよ。それで」
俺がぽんっとノエルの肩に手を置くと、部屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。俺とノエルはパッとドアの方へ視線を向け、そして足音の人物はノックもナシにドアを開けた。
「おや、お目覚めですか。キトリー君」
そう言って俺の前に現れたのはサウザー伯爵だった。
「サウザー伯爵! どうしてあなたがここに?」
「キトリー君と殿下の婚約を再び結ぶ為ですよ」
サウザー伯爵はにっこりと笑って俺に言った。
「僕とジェレミー王子の!? どうしてっ……僕、言いましたよね? 王子との婚約は正式に破棄されたとッ!」
「ええ、覚えておりますよ。ですが、それでは我々が困るのです」
「困る? ……一体、何が困ると言うのです?」
俺は眉間に皺を寄せて尋ねた。
「これ以上、この帝国に獣人をのさばらせる訳にはいかないのです。王子と君には再び婚約をしていただきます」
「なんだって? どうして……獣人をのさばらせる訳にはいかないって?」
「とりあえず、お食事でもいかがですかな? 夕食の席でゆっくりとお話をしましょう」
俺が問いかけるとサウザー伯爵は微笑みながら提案した。俺はちらりと心配そうな顔のノエルを見て、頷いた。
それから俺とノエルはサウザー伯爵に連れられ、食堂へ移動した。
古びれた食堂だったがテーブルセットは完璧にされ、磨かれた銀食器や染み一つない白磁の皿がナフキンと共に用意されていた。
「どうぞ、おかけください」
サウザー伯爵に促され、俺は席に着き、俺の隣にノエルが座った。
それからサウザー伯爵がチリリンッとテーブルに置いていたベルを鳴らすと、メイド服を着た女性の羊獣人が二人、カートを押しながら部屋に入ってきた。
丸まった角を持つ彼女達は手慣れた様子でワイングラスにワインや水を注ぎ、前菜を給仕する。だが、彼女達を眺めていると、なんだか疲労感と悲壮感に包まれていて覇気と言うものがなかった。
……うちのメイドさん達とは大違いだな、うちは元気有り余ってるからなぁ。それにしても、顔色も悪いな。
そう思いつつも勝手に彼女達に声をかけるわけにもいかず、俺はただただ押し黙るしかなかった。それはノエルも同じで。
……うーん、空気が重い。
空気の重さに息苦しさを感じ始めた頃、メイドさん達は壁際に待機し、サウザー伯爵がおもむろにワイングラスを片手に声を上げた。
「では食事を始めましょうか。神の恵みに感謝を」
サウザー伯爵の言葉に、俺も続けて祈りの言葉を口にした。そして俺の後にノエルも小さく呟く。
サウザー伯爵はワインを飲み、前菜を口にする。それを見てから、俺もフォークを手に取った。ホストより先に食べ始めるのはマナー違反だから。
毒は入ってないよな? と思いつつ、昼飯も食べていない俺は空腹から一口マリネを食べた。
うちの料理人(ヒューゴ)の腕が良すぎるのか、ここの料理はまあまあの味付けだ。だが味に文句は言ってられない。腹が減ってはいざという時、力が出ないからな。
なので俺はもぐもぐして、隣で戸惑っているノエルに食べる様に視線を促した。ノエルは俺の視線に気がつき、おずおずと食事をし始める。
それからは、しばらく静かな食事が進んだ。
だが、給仕されるのは豪華な料理ばかりなのに、いつもワイワイと賑やかな中で食べているせいか、静かな食事はなんだかあまりに味気なく、料理が余計不味く感じた。それはノエルも同じなのか、あまり食が進んでいなかった。
そしてやっとの思いでメインの肉料理も食べ終わりデザートに差し掛かった頃、ようやくサウザー伯爵が話し始めた。
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