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Chapter5.真意と終わりの音

5-2.曇り無き純朴さ

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「全く、アデリナ変な事言わないでよ!」

 外に出て直ぐ、アルマが腕を払って真っ赤になって捲し立てれば、彼女はケラケラと声を出して笑う。

「だって、事実じゃない。まぁ、なんかテオファネスさんってエーファには妹みたいに可愛がってるって見えるけど。アルマに対してはなんか特別視みたいな……」

 アデリナがそう切り出したと同時だった。

「アルマ、アデリナ? エーファがどうしたの?」

 途端に後方から鈴の鳴るような愛らしい声がして、アルマとアデリナは同時にピクリと肩を震わせる。振り向けば、箒を持ったエーファがいた。その両脇には、落ち葉のたんまりと入った麻袋を持つあの問題児、レオンとロルフの姿がある。

「なんか玄関の方がやたらと喧しいって思ったらやっぱりアルマだわ」

「うんうん。うるせーから直ぐに分かった」

 全く双子は相変わらずに口が悪い。

「失礼ね、ちょっと色々あったのよ」そう言って鼻を鳴らすと、双子は目を細めて「あっそ」なんて悪態をつく。
 生意気さは相変わらずだ。それでも、テオファネスの本気の脅しと院長直々の説教が利いた所為か双子は随分と大人しくなった。

 しかし修道院側とすれば、あの卑劣な暴力は目を瞑れない。
 当初は親戚を探して突き返す事も視野に入れていたそうだが、双子の親戚の所在は帝都の方面で都市部だ。

 帝都は瓦礫の山との噂もあり、疎開した可能性もうかがえた。親戚と手紙のやりとりをするにしてもまずは探し出す所から。あまりに時間がかかるので、この手段は直ぐに断念した。
 しかし、この二人は現在十二歳。あと四年……十六になれば職にありつける事から、独り立ちとなる。
 それならば、立派に社会に出られるよう更生させるべきだろうと院長は判断した。
 彼らに課した罰は、勉学時以外はエーファと孤児院での務めを徹底して付き添い手伝う事。

 二度あることは三度ある。アルマもアデリナも同じ事を危惧した。
 それでも、子供は学習能力が高い。それに彼らは本来割と素直な性質だ。少しずつではあるが角が取れつつあった。
 
 また、エーファもあの晩以降少しずつ変わり始めた。相変わらず口数は少ないが、彼女は言葉を発するようになったのだ。

「ねぇ、アルマ。お兄さんは一緒じゃないの?」

 小首をかしげてエーファは問う。アルマは談話室の方に目をやった。

「聞いてなかったっけ? 今日から初授業よ。小さな子達に計算を教えてるの」

「そうなんだ。いいなぁ……エーファもお兄さんにお勉強を教わりたいな」

 ふわふわとした調子でそう言われて、妙に心がムズ痒くなる。そう、エーファは喋ると、とてつもなく可愛いのだ。しかしその反面で、アルマはどうにも胸が突っかかる。

 実の兄と似ているそうだが、本当に物凄い懐きようだろう。彼はエーファを〝下の妹のようで可愛い〟と言うが、果たして彼女はどういった感情を向けているのだろう。テオファネスを好きだと認めてしまったアルマからすると、少しばかり気がかりになってしまう。恐らく、その想いは恋愛感情的なものでなかろうが、こうもやきもきしてしまう自分が情けない。悩ましく思えてアルマがこめかみを揉んだと同時だった。

「そんなん、あの人に頼らなくても俺が教えてやるよ!」

「そうそう俺だって!」

 途端に双子がエーファにそう捲し立てるものだから、アルマはぽかんと口を開けてしまう。その隣でアデリナも全く同じ表情を浮かべていた。

 しかし──

「いらない。二人とも少し前まで一緒にお勉強してたけど、エーファよりお勉強出来ないもん。暇だからって、いつも鉛筆噛んでるし」

 エーファは真顔で答えると、双子はなんとも言えぬ間抜け面になる。
「でも、ありがとうね」と、続けて彼女は花が綻ぶように笑み礼を言う。

 初めてエーファの笑った所を見ただろう。そのおもてれんでいてあまりに愛らしい。鈴の転がるような愛らしい笑い声。その様はまさに天使に相応しい。
 しかし、礼を言われた双子は相当照れたのか、首まで顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「きっとエーファ、アデリナを越える初恋泥棒になりそう」

 エーファと双子と別れた後、アルマがそんな事を口ずさめば「何その称号」とアデリナは苦笑いを浮かべた。

「そもそも気を引きたかったくらいだし、遅かれ早かれエーファに惚れそうだって思うけどね……あの子、可愛いし」

 そう言ってアデリナは後方に視線をやる。そこには双子に囲われ楽しそうに笑うエーファの姿がある。
 もうあの子は大丈夫だろう。安心をするものの、いつか本当の兄の件を伝えなくてはならないと思うと少し胸が痛んだ。彼女を見つめるアデリナも同じ事を思ったのだろう。

「だけどもう少し、時間が必要かもしれないね……」

 そう語ったアデリナの表情は、どこか切なげだった。

  ❀

 ──テオファネスが子供達に算数を教えるようになって数日後。
 親身な教え方や見かけに反した穏やかな性格が影響してか、彼は子供達に完全に懐かれていた。その他にも……力仕事や修理作業、清掃などを彼は率先して行う程。この働きぶりに院長や修道女達の関心を集め、彼は修道院内で大きな信頼を勝ち取った。そして今では十歳以上のレオンとロルフにも勉強を教え始めていた。

 アデリナの話によると、二人でいれば勉強にもなりもしない。大声で雑談を始める他、席を立って別の事を始める事もあるので、そうなってしまったらもう放棄していたとの事。
 そんな部分からあの二人が真面目にやるか……。と、当初は危惧していたが、初対面の影響もあるからだろうか。彼らは一切テオファネスに刃向かおうとしなかった。

 間違いなく緊張しているのだろうとうかがえた。
 しかし、存外緊張が解れる早く、テオファネスが一人一人交代でつき、親身になって教えるだけ、彼らは真面目に話を聞く。
 その顔も普段の小生意気そうなものとは一変して、やがて問題が解ける達成感から瞳には光が爛々と踊り始めたようにも見えた。
 出来ない事は責めやしない。出来る事は少しばかり大袈裟な程に褒める。だが、決してお世辞に聞こえない。テオファネスは子供を褒める事がとてつもなく上手だった。 

 二人に対してはあんな初対面だったのだ。少し不自然に思えてしまう節はある。だがアルマはふと、ある事に気がついてしまった。
 修道院という環境だ。ここは当たり前のように女性しかいない。きっと同性の存在に安心出来たのだと憶測が立つ。ましてやレオンとロルフは現在孤児の中では最年長。十二歳……と、年齢的に彼らはそろそろ思春期に差し掛かる。照れ臭くて女性に無条件で甘えられる年齢でない。だからこそだと思えた。

 初めこそ顔色をうかがっている事を目に見て取れたが、その後、授業が重なる程に彼らは次第にテオファネスに心を開き、彼を〝テオ先生〟と呼び慕うようになった。
 その呼び名は、一ヶ月も経過すると随分と浸透した。今では子供達が皆そう呼ぶようになった程。朝昼晩の食事も一緒に取るようになり、彼は双子を含め男児達に大人気となった。 

 ──人を姿だけで判断してはならない。その人の過去がどうであれ、今を真っ直ぐ見つめる事。それが、曇り無き眼というものか。誠意と人柄は必ず報われる。
 半年以上前のある日の自分を省みて、アルマは何度もそう日記に綴っていた。
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