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Chapter2.人より人らしく
2-1.リタイア宣言で蒼白展開
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アルマは孤児院を飛び出して礼拝堂に向かって駆けていた。
やはり自分に務まる訳がない。いくら普段が人間のようとはいえ、あんなものを修道院内で匿うなど無理に決まっている。
息が上がり、心臓が早鐘を打っているのにも関わらずアルマの顔は真っ青だった。礼拝堂の扉を体当たりで開き、叩扉もせずにドアノブを捻り、アルマは院長室に飛び込んだ。
乱暴な入室に驚いたのだろう。書き物机の前に座した院長は黒目がちな目を丸く開いてアルマを見る。その対面に座していた女性軍人──カサンドラ准士官も、切れ長の瞳をこれでもかと大きく開いていた。
こんな無作法な入室は、直ぐにドヤされてもおかしくない。しかし、血相を変えたアルマに驚いたのか院長は直ぐに立ち上がる。
「……アルマ、どうしたのです?」
訊かれて、アルマはゆるゆると首を振るう。
「私には無理です……」
自分でも驚く程に声は震え上がっていた。否、言葉に出した途端に涙が滲んできた。
それ以上は上手に言葉が出てこない。院長はアルマに近付き、背を摩ると包み込むように抱き寄せた。
それから一拍もせず、カサンドラはスッと立ち上がり、無言で院長室を出て行こうとする。
「カサンドラ……」
院長がカサンドラの背に呼びかけると、彼女はピタリと立ち止まり、僅かに振り返って視線をやる。
「孤児院へと参ります。余程の事をしたのでしょう」
──そこまでの阿呆とは思いませんでした。この願いは無かった事にしましょう。毅然とそう告げて、カサンドラは静かに去って行った。
無かった事に。つまり……本来のあり方に戻す。
余計な責任が無くなる事は願ったり叶ったりだ。いくら心に深い闇を抱えているといえ、乙女にあんな事を言う人でなしを看なくて済む。そう思うと、心の中で安堵する筈が──自分が放棄した事によって人が死ぬ。それが結び付き、アルマは震えつつも院長の腕を解いてよろよろと部屋を出ようとした。
「アルマ……?」
「やだ、あんな怖いのは嫌だけど。私が断ったからって人が死ぬのは嫌だ……」
ぶるぶると震えつつも、アルマは踵を返して急ぎカサンドラの後を追った。
彼女も走ったのだろうか。いくら全速力で駆けようがその背中は見えてこない。孤児院の内部に辿り着いても、彼女の姿は見えず、アルマはぜいぜいと息を切らしながら階段を駆け上った。
それから幾許か。やっとの事で彼に宛てた部屋に辿り着き、叩扉もせずドアノブを捻って直ぐ──テオファネスの胸ぐらを掴んだカサンドラの姿が見えた。
「貴様、私の厚意も思いも全て踏みにじる気か」
罵声は極めて静かで冷ややかなものだった。片や、彼は項垂れるように俯き無言だった。
「カサンドラさん……」
アルマは蒼白になってカサンドラに近付くと、彼女はちらりとアルマの方を一瞥する。
「何をしたかと訊いたが、答えもしない。どうにも人が変わったようになるのは、時折戦場ではあったらしいがな。君の様子を見る限り、余程の事をしたのだと窺える。テオファネスは試験段階で作られた原初の機甲だ。人の部分が強過ぎるが、それでも機甲だ。こやつらは、感情が処理しきれなくなれば、相手の本質を演算し分析する。そして相手を脅かす。恐らく君の本質を計るような真似でもしたのだろう。君が最も恐れる事。無理矢理、唇を奪うやら、組み敷くなどの無礼を働いたのだろう?」
そんな事はされていないが……。カサンドラの憶測にアルマは息を飲む。
冷静になって思い返せばまさにその通りのような気がした。
エーデルヴァイスの力を〝胡散臭い〟と侮るような事を彼は言ったからだ。
だが「裏切らない?」「裏切ったら純潔を奪って良い?」とは……。あれだけは悲壮な懇願と脅しのようだったと思う。
「そんな事はされてませんが……仰る通りかと。ただ言葉で……」
内容は詳しく言えなかった。
いや、言ってしまっても良いだろうが、自分の発言で人が死ぬ方がもっと恐ろしい。それだけ告げて間もなく、カサンドラは「具体的に」と続きを促した。
「その、あの……ただ口で言うのも恥ずかしい事を言われたので……」
修道院にいるくらいなので、そういう耐性が無い。と、ぼかして伝えると、カサンドラは呆れきった視線をテオファネスに送って手を離す──その一拍後、彼の頬に平手を入れた。
先程自分が入れた平手打ちは電流入りだったが、音的に言えばこちらの方が痛烈だった。
「だそうだ……貴様は理知的だろう。自分の行動に恥よ」
冷ややかに言って、カサンドラは一つ息を抜くと「個人的に話がある」と、アルマに外に出るように促した。
俯いて突っ立つ彼を気にしつつ、アルマは彼女の後について退出した。
やはり自分に務まる訳がない。いくら普段が人間のようとはいえ、あんなものを修道院内で匿うなど無理に決まっている。
息が上がり、心臓が早鐘を打っているのにも関わらずアルマの顔は真っ青だった。礼拝堂の扉を体当たりで開き、叩扉もせずにドアノブを捻り、アルマは院長室に飛び込んだ。
乱暴な入室に驚いたのだろう。書き物机の前に座した院長は黒目がちな目を丸く開いてアルマを見る。その対面に座していた女性軍人──カサンドラ准士官も、切れ長の瞳をこれでもかと大きく開いていた。
こんな無作法な入室は、直ぐにドヤされてもおかしくない。しかし、血相を変えたアルマに驚いたのか院長は直ぐに立ち上がる。
「……アルマ、どうしたのです?」
訊かれて、アルマはゆるゆると首を振るう。
「私には無理です……」
自分でも驚く程に声は震え上がっていた。否、言葉に出した途端に涙が滲んできた。
それ以上は上手に言葉が出てこない。院長はアルマに近付き、背を摩ると包み込むように抱き寄せた。
それから一拍もせず、カサンドラはスッと立ち上がり、無言で院長室を出て行こうとする。
「カサンドラ……」
院長がカサンドラの背に呼びかけると、彼女はピタリと立ち止まり、僅かに振り返って視線をやる。
「孤児院へと参ります。余程の事をしたのでしょう」
──そこまでの阿呆とは思いませんでした。この願いは無かった事にしましょう。毅然とそう告げて、カサンドラは静かに去って行った。
無かった事に。つまり……本来のあり方に戻す。
余計な責任が無くなる事は願ったり叶ったりだ。いくら心に深い闇を抱えているといえ、乙女にあんな事を言う人でなしを看なくて済む。そう思うと、心の中で安堵する筈が──自分が放棄した事によって人が死ぬ。それが結び付き、アルマは震えつつも院長の腕を解いてよろよろと部屋を出ようとした。
「アルマ……?」
「やだ、あんな怖いのは嫌だけど。私が断ったからって人が死ぬのは嫌だ……」
ぶるぶると震えつつも、アルマは踵を返して急ぎカサンドラの後を追った。
彼女も走ったのだろうか。いくら全速力で駆けようがその背中は見えてこない。孤児院の内部に辿り着いても、彼女の姿は見えず、アルマはぜいぜいと息を切らしながら階段を駆け上った。
それから幾許か。やっとの事で彼に宛てた部屋に辿り着き、叩扉もせずドアノブを捻って直ぐ──テオファネスの胸ぐらを掴んだカサンドラの姿が見えた。
「貴様、私の厚意も思いも全て踏みにじる気か」
罵声は極めて静かで冷ややかなものだった。片や、彼は項垂れるように俯き無言だった。
「カサンドラさん……」
アルマは蒼白になってカサンドラに近付くと、彼女はちらりとアルマの方を一瞥する。
「何をしたかと訊いたが、答えもしない。どうにも人が変わったようになるのは、時折戦場ではあったらしいがな。君の様子を見る限り、余程の事をしたのだと窺える。テオファネスは試験段階で作られた原初の機甲だ。人の部分が強過ぎるが、それでも機甲だ。こやつらは、感情が処理しきれなくなれば、相手の本質を演算し分析する。そして相手を脅かす。恐らく君の本質を計るような真似でもしたのだろう。君が最も恐れる事。無理矢理、唇を奪うやら、組み敷くなどの無礼を働いたのだろう?」
そんな事はされていないが……。カサンドラの憶測にアルマは息を飲む。
冷静になって思い返せばまさにその通りのような気がした。
エーデルヴァイスの力を〝胡散臭い〟と侮るような事を彼は言ったからだ。
だが「裏切らない?」「裏切ったら純潔を奪って良い?」とは……。あれだけは悲壮な懇願と脅しのようだったと思う。
「そんな事はされてませんが……仰る通りかと。ただ言葉で……」
内容は詳しく言えなかった。
いや、言ってしまっても良いだろうが、自分の発言で人が死ぬ方がもっと恐ろしい。それだけ告げて間もなく、カサンドラは「具体的に」と続きを促した。
「その、あの……ただ口で言うのも恥ずかしい事を言われたので……」
修道院にいるくらいなので、そういう耐性が無い。と、ぼかして伝えると、カサンドラは呆れきった視線をテオファネスに送って手を離す──その一拍後、彼の頬に平手を入れた。
先程自分が入れた平手打ちは電流入りだったが、音的に言えばこちらの方が痛烈だった。
「だそうだ……貴様は理知的だろう。自分の行動に恥よ」
冷ややかに言って、カサンドラは一つ息を抜くと「個人的に話がある」と、アルマに外に出るように促した。
俯いて突っ立つ彼を気にしつつ、アルマは彼女の後について退出した。
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