電脳遊客

万卜人

文字の大きさ
上 下
39 / 68
第七回 悪党弁天丸の追跡の巻

しおりを挟む
 雨が上がって、空はからりと晴れ上がり、太陽は燦々と……いや、江戸の町を意地になって炙るように、強烈な日差しを投げかけている。雨雲に遮られた分を、取り返そうと一層の熱を送っているようだ。
 あちこちから、物売りの声が聞こえてくる。
 水や~水~。
 天秤棒に、素焼きの瓶をぶら下げ、水売りが歩いている。素焼きの瓶の表面は、じっとりと汗を掻いたように、湿っている。毛細管現象で、瓶の中の水が表面に浮かび、蒸発する時に気化熱が奪われ、瓶の水を冷やす。
 ちりん、ちりんと涼しげな音を立てているのは、風鈴屋だ。ビードロ、つまりガラス器の風鈴が、ずらりとぶら下がった売り台を前に「風鈴はいかが?」と声を掛けている。
 が、押し付けがましい態度ではなく、何となく暇を持て余しているといった様子を作っている。もっとも、風鈴の押し売りなんて、有り得ないだろうが。
 地面に茣蓙を敷き、正座して鮨を握っている鮨職人が、客の応対に追われている。職人が屋内に立って鮨を握るようになったのは、幕末から明治に掛けてで、江戸時代では鮨は露天商が多かった。握った鮨は、木枠の中にきちんと勢ぞろいしている。
 江戸時代、鮨は御馳走というより、今の軽食……ハンバーガー……などの立ち食いに近い感覚で、侍らしい着流しの男が、他人目を気にしてか、顔を手拭で隠して摘んでいる。
 吉弥が、早速、口一杯に涎をたらたらと零し始めたので、俺は慌てて袖を引っ張って、その場から離れた。まったく、吉弥は、食い物となると、前後の見境がない。
 あっ! あのまま、放り出しておけば良かったか? 畜生、今度は置き去りにしてやろう……と決意を新たにしたら、今度は晶の足が止まった。
 何を見つけたのだろうと、晶の視線を追うと、その先に飴屋があった。飴を器用に練って、棒の先に纏いつかせ、くるくると引っ張って形を作っている。
 本来の江戸では、飴屋の作るのは、干支の動物くらいだが、こちらの江戸では、ちょっと違う。
 江戸写し絵のキャラクター……、要するに、今風に言えばフィギアである。美少女や、豪傑の姿を、飴で表現している。
 飴屋の前に並んでいるのは、子供ではなく、いい年をした大人である。連中の言い方に倣えば〝大きなお友達〟だ!
 飴屋が作る美少女フィギアを見る、奴らの口許には、涎が溜まっている。あの美少女フィギアを、べろべろと舐めるつもりか?
 わあ! 想像してしまった!
 飴屋の隣には、根付屋が商いを広げている。こちらも、写し絵のフィギアを、溜息が出そうな細かい細工で彫り出している。
「凄ーい! あたしも、一つ買っていこうかな……」
 目を爛々と輝かせる晶に「後にしろ」と叱りつけ、無理矢理ぐいぐい引っ張っていく。まったく、吉弥も晶も、手が掛かる!
 玄之介が、だらだら顔中から汗を噴き出させながら、俺に話し掛けてきた。玄之介の顔を見ながら、疑問が湧いた。
 当時の侍は、暑くとも汗を掻かないのが嗜みだったというが、本当だろうか? 人間、暑い時には、誰だって汗を掻くもんだ!
「鞍家殿。弁天丸を探索するため、悪党を締め上げようという心積もりで御座ろうが、いったい、どの悪党を探すので御座る?」
 俺は玄之介に、眉を大きく上げて見せた。
「締め上げる? いいや、そんな手荒な真似をする必要は一切ない。きちんと、手順を踏んで、話を持ちかければ、充分だ」
 玄之介は「訳が判らん!」とばかりに、首を振った。
 俺は笑いを浮かべ、説明してやった。
「江戸にいる悪党の総てが、退治される対象とは限らねえ。中には、話がわかる悪党だっていらあね!」
 益々、玄之介は、俺の言葉に困惑しているようだ。俺はこれ以上、説明する気力をなくし、通りで客待ちをしている人力車の車夫に声を掛けた。
「一丁、頼むぜ!」
 二人の車夫は、客がついて嬉しげに威勢の良い返答をする。
「へい、どちらまで参りましょう?」
 引き手らしいがっしりとした身体つきの男が、ちらりと俺の背後に立っている吉弥を見やった。目分量で、吉弥の重みを計っている。俺は頷いてやった。
「心配するな。酒手は弾むぜ!」
 俺を《遊客》と判断したのか、車夫たちは揉み手をして、ほくほく顔になった。《遊客》は金払いが良いと、江戸の町人には常識だ。
「どちらでも、早手で参りますぜ!」
 俺は目的地を告げた。
「石川島だ。人足寄場までやってくれ!」
 俺の言葉に、二人は、あんぐりと口を開けていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

声劇・シチュボ台本たち

ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。 声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。 使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります) 自作発言・過度な改変は許可していません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

仏間にて

非現実の王国
大衆娯楽
父娘でディシスパ風。ダークな雰囲気満載、R18な性描写はなし。サイコホラー&虐待要素有り。苦手な方はご自衛を。 「かわいそうはかわいい」

処理中です...