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第七回 悪党弁天丸の追跡の巻
二
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雨が上がって、空はからりと晴れ上がり、太陽は燦々と……いや、江戸の町を意地になって炙るように、強烈な日差しを投げかけている。雨雲に遮られた分を、取り返そうと一層の熱を送っているようだ。
あちこちから、物売りの声が聞こえてくる。
水や~水~。
天秤棒に、素焼きの瓶をぶら下げ、水売りが歩いている。素焼きの瓶の表面は、じっとりと汗を掻いたように、湿っている。毛細管現象で、瓶の中の水が表面に浮かび、蒸発する時に気化熱が奪われ、瓶の水を冷やす。
ちりん、ちりんと涼しげな音を立てているのは、風鈴屋だ。ビードロ、つまりガラス器の風鈴が、ずらりとぶら下がった売り台を前に「風鈴はいかが?」と声を掛けている。
が、押し付けがましい態度ではなく、何となく暇を持て余しているといった様子を作っている。もっとも、風鈴の押し売りなんて、有り得ないだろうが。
地面に茣蓙を敷き、正座して鮨を握っている鮨職人が、客の応対に追われている。職人が屋内に立って鮨を握るようになったのは、幕末から明治に掛けてで、江戸時代では鮨は露天商が多かった。握った鮨は、木枠の中にきちんと勢ぞろいしている。
江戸時代、鮨は御馳走というより、今の軽食……ハンバーガー……などの立ち食いに近い感覚で、侍らしい着流しの男が、他人目を気にしてか、顔を手拭で隠して摘んでいる。
吉弥が、早速、口一杯に涎をたらたらと零し始めたので、俺は慌てて袖を引っ張って、その場から離れた。まったく、吉弥は、食い物となると、前後の見境がない。
あっ! あのまま、放り出しておけば良かったか? 畜生、今度は置き去りにしてやろう……と決意を新たにしたら、今度は晶の足が止まった。
何を見つけたのだろうと、晶の視線を追うと、その先に飴屋があった。飴を器用に練って、棒の先に纏いつかせ、くるくると引っ張って形を作っている。
本来の江戸では、飴屋の作るのは、干支の動物くらいだが、こちらの江戸では、ちょっと違う。
江戸写し絵のキャラクター……、要するに、今風に言えばフィギアである。美少女や、豪傑の姿を、飴で表現している。
飴屋の前に並んでいるのは、子供ではなく、いい年をした大人である。連中の言い方に倣えば〝大きなお友達〟だ!
飴屋が作る美少女フィギアを見る、奴らの口許には、涎が溜まっている。あの美少女フィギアを、べろべろと舐めるつもりか?
わあ! 想像してしまった!
飴屋の隣には、根付屋が商いを広げている。こちらも、写し絵のフィギアを、溜息が出そうな細かい細工で彫り出している。
「凄ーい! あたしも、一つ買っていこうかな……」
目を爛々と輝かせる晶に「後にしろ」と叱りつけ、無理矢理ぐいぐい引っ張っていく。まったく、吉弥も晶も、手が掛かる!
玄之介が、だらだら顔中から汗を噴き出させながら、俺に話し掛けてきた。玄之介の顔を見ながら、疑問が湧いた。
当時の侍は、暑くとも汗を掻かないのが嗜みだったというが、本当だろうか? 人間、暑い時には、誰だって汗を掻くもんだ!
「鞍家殿。弁天丸を探索するため、悪党を締め上げようという心積もりで御座ろうが、いったい、どの悪党を探すので御座る?」
俺は玄之介に、眉を大きく上げて見せた。
「締め上げる? いいや、そんな手荒な真似をする必要は一切ない。きちんと、手順を踏んで、話を持ちかければ、充分だ」
玄之介は「訳が判らん!」とばかりに、首を振った。
俺は笑いを浮かべ、説明してやった。
「江戸にいる悪党の総てが、退治される対象とは限らねえ。中には、話がわかる悪党だっていらあね!」
益々、玄之介は、俺の言葉に困惑しているようだ。俺はこれ以上、説明する気力をなくし、通りで客待ちをしている人力車の車夫に声を掛けた。
「一丁、頼むぜ!」
二人の車夫は、客がついて嬉しげに威勢の良い返答をする。
「へい、どちらまで参りましょう?」
引き手らしいがっしりとした身体つきの男が、ちらりと俺の背後に立っている吉弥を見やった。目分量で、吉弥の重みを計っている。俺は頷いてやった。
「心配するな。酒手は弾むぜ!」
俺を《遊客》と判断したのか、車夫たちは揉み手をして、ほくほく顔になった。《遊客》は金払いが良いと、江戸の町人には常識だ。
「どちらでも、早手で参りますぜ!」
俺は目的地を告げた。
「石川島だ。人足寄場までやってくれ!」
俺の言葉に、二人は、あんぐりと口を開けていた。
あちこちから、物売りの声が聞こえてくる。
水や~水~。
天秤棒に、素焼きの瓶をぶら下げ、水売りが歩いている。素焼きの瓶の表面は、じっとりと汗を掻いたように、湿っている。毛細管現象で、瓶の中の水が表面に浮かび、蒸発する時に気化熱が奪われ、瓶の水を冷やす。
ちりん、ちりんと涼しげな音を立てているのは、風鈴屋だ。ビードロ、つまりガラス器の風鈴が、ずらりとぶら下がった売り台を前に「風鈴はいかが?」と声を掛けている。
が、押し付けがましい態度ではなく、何となく暇を持て余しているといった様子を作っている。もっとも、風鈴の押し売りなんて、有り得ないだろうが。
地面に茣蓙を敷き、正座して鮨を握っている鮨職人が、客の応対に追われている。職人が屋内に立って鮨を握るようになったのは、幕末から明治に掛けてで、江戸時代では鮨は露天商が多かった。握った鮨は、木枠の中にきちんと勢ぞろいしている。
江戸時代、鮨は御馳走というより、今の軽食……ハンバーガー……などの立ち食いに近い感覚で、侍らしい着流しの男が、他人目を気にしてか、顔を手拭で隠して摘んでいる。
吉弥が、早速、口一杯に涎をたらたらと零し始めたので、俺は慌てて袖を引っ張って、その場から離れた。まったく、吉弥は、食い物となると、前後の見境がない。
あっ! あのまま、放り出しておけば良かったか? 畜生、今度は置き去りにしてやろう……と決意を新たにしたら、今度は晶の足が止まった。
何を見つけたのだろうと、晶の視線を追うと、その先に飴屋があった。飴を器用に練って、棒の先に纏いつかせ、くるくると引っ張って形を作っている。
本来の江戸では、飴屋の作るのは、干支の動物くらいだが、こちらの江戸では、ちょっと違う。
江戸写し絵のキャラクター……、要するに、今風に言えばフィギアである。美少女や、豪傑の姿を、飴で表現している。
飴屋の前に並んでいるのは、子供ではなく、いい年をした大人である。連中の言い方に倣えば〝大きなお友達〟だ!
飴屋が作る美少女フィギアを見る、奴らの口許には、涎が溜まっている。あの美少女フィギアを、べろべろと舐めるつもりか?
わあ! 想像してしまった!
飴屋の隣には、根付屋が商いを広げている。こちらも、写し絵のフィギアを、溜息が出そうな細かい細工で彫り出している。
「凄ーい! あたしも、一つ買っていこうかな……」
目を爛々と輝かせる晶に「後にしろ」と叱りつけ、無理矢理ぐいぐい引っ張っていく。まったく、吉弥も晶も、手が掛かる!
玄之介が、だらだら顔中から汗を噴き出させながら、俺に話し掛けてきた。玄之介の顔を見ながら、疑問が湧いた。
当時の侍は、暑くとも汗を掻かないのが嗜みだったというが、本当だろうか? 人間、暑い時には、誰だって汗を掻くもんだ!
「鞍家殿。弁天丸を探索するため、悪党を締め上げようという心積もりで御座ろうが、いったい、どの悪党を探すので御座る?」
俺は玄之介に、眉を大きく上げて見せた。
「締め上げる? いいや、そんな手荒な真似をする必要は一切ない。きちんと、手順を踏んで、話を持ちかければ、充分だ」
玄之介は「訳が判らん!」とばかりに、首を振った。
俺は笑いを浮かべ、説明してやった。
「江戸にいる悪党の総てが、退治される対象とは限らねえ。中には、話がわかる悪党だっていらあね!」
益々、玄之介は、俺の言葉に困惑しているようだ。俺はこれ以上、説明する気力をなくし、通りで客待ちをしている人力車の車夫に声を掛けた。
「一丁、頼むぜ!」
二人の車夫は、客がついて嬉しげに威勢の良い返答をする。
「へい、どちらまで参りましょう?」
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「心配するな。酒手は弾むぜ!」
俺を《遊客》と判断したのか、車夫たちは揉み手をして、ほくほく顔になった。《遊客》は金払いが良いと、江戸の町人には常識だ。
「どちらでも、早手で参りますぜ!」
俺は目的地を告げた。
「石川島だ。人足寄場までやってくれ!」
俺の言葉に、二人は、あんぐりと口を開けていた。
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