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第十章

掃除

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 放課後、真兼病院旧館を訪ねると、朱美は不機嫌そうな表情を顔いっぱいに湛え、何か作業を続けていた。
 顔には不機嫌そうな表情が張り付いていたが、それでも改めて見ると、息を呑むような美少女だ。真っ赤な髪の毛と、ピンク色の縁をした眼鏡が素っ頓狂な印象を与えるが、それでも掛け値なしの美少女に変身している朱美を目にすると、僕は正直に胸の高鳴りを抑えることが出来ない。
 もっとも外見は確かに美少女だが、中身はドSで、無慈悲で、自己中心身勝手な独裁者そのものだから油断はできない。
 朱美は入ってきた僕を見つけると、早速命令を下した。
「流可男、いいところへ来た。手伝え!」
「手伝うって、何を?」
 僕はドギマギして朱美に聞き返した。朱美は苛々と手を振り、周囲を指し示した。
「掃除だよ! こう散らかっていちゃ、研究や実験が出来やしない……。朝から片付けているんだが、全然、進まねえ……」
「え~~~っ! そっ、掃除だってえ!」
 僕は朱美の意外な言葉に、心底仰天していた。
 そのつもりで朱美の研究室を見渡すと、成程、いつもより床面が見えている。いつもは作りかけの発明品とか、科学雑誌、本、食べ散らかしたコンビニ弁当、カップ・ラーメン、数式などを書きなぐったメモの切れ端で隙間もなく埋まっている床が、僅かではあるが顔を覗かせている。

 僕の記憶が確かなら、朱美が旧館手術室を自分の研究室として使い始めてから、一度たりとも、掃除などしたことはないに違いない。
 母親の美佐子院長は、口喧しく朱美に「掃除をしなさい!」と言い聞かせているのだが、朱美は「今、研究に取り掛かっていて忙しい」とまったく取り合わなかった。
 それが自主的に朱美が掃除を思い立った。
 まさに驚天動地、空前絶後、前後不覚、一反木綿の出来事である。
 地震か何か、起きるのではないかと僕は心配になった。
「何、ボーっと突っ立っているんだ? 手伝え!」
「う、うん。判った……」
 朱美に急かされ、僕は慌てて腰を屈め目についたゴミを次々にゴミ袋に放り込んだ。

 しばらく無言で作業を続けていたが、僕は合間を縫って朱美に話し掛けた。
「なあ朱美、このところ僕らが経験していることは、妙な事ばかりだと思わないか」
 朱美は上目遣いになって、僕をジロリと睨んだ。
「何が言いたい?」
「い、いや、その……。変じゃないか。最初に僕に朱美が薬を注射して、僕が変身した。近視が治り、痩せて背も高くなって僕としては嬉しい限りだが、でもこんなこと普通はあり得ないはずだぞ」
 朱美は可愛い唇をぐいっとヒン曲げた。
「オイラの天才的な頭脳が産み出した薬の成果だ! そこがどう、変なんだ」
 僕は朱美を指さした。
「それに朱美だ! あの薬で朱美は百キロあった体重が半分以下になった。考えられないことだ。第一、あんなに体重が激減したら、皮膚が体重の減少に追いつかず、だらーんと垂れ下がってしまうはずだ。でも、朱美は元々その体重のように、皮膚はちゃんとなっているじゃないか」
 これには朱美はさすがに一言もなかった。
「そうだな。確かに妙だ……」
 僕はさっきの一件を朱美に細大漏らさず、報告した。
「新山姉妹に僕がデートを申し込んだ、ということもその一つだ。普段の僕だったら、絶対そんなことできやしない。たとえ申し込んだとしても、あの双子が即座に受けるなんてこともあり得ない! あり得ないことが次々に起きているのに、朱美は全く気にしていないのも、変だぞ。いつもの朱美なら、徹底的に原因を探るはずじゃないか」
 眼鏡の奥の、朱美の両目が驚きに一杯に見開かれた。両手を頭に持っていき、がしがしと髪の毛を掻きむしった。
「そうだ! 何でオイラは調べようとしなかったんだろう? まてよ」
 朱美は素早く動くと、ゴミの山から巨大なディスプレイを引っ張り出した。ごそごそとゴミの山に上半身を突っ込むと、今度はケーブルを引っ張り出し、ディスプレイに手早く接続を終えた。
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