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第二章
ログオン
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うわっ!
キモーい……。
という声が聞こえそうだが、放っておいてくれ!
藍里はどこからどう見ても、完全に人間の女の子で、多分、ゲームの背景でなく、現実の風景で登場しても、本物の人間と見分けはつかないだろう。
以前はゲームのキャラクターは、いかにもアニメ絵っぽい外見をしていたが、今ではきわめてリアルな表情と質感を持っている。
違いは実際に触ることが出来ないだけだ。
メディアに登場する本物の人間の女の子、いわゆるアイドルの熱心なファンとなっても近しく会話できなかったり、ただ単にディスプレイを介して眺めるだけに比べ、ゲームの中とは言え親しく会話できたり、冒険のパートナーとして一緒に行動してくれるほうがよっぽど楽しい。
「お兄様、今日のご予定は?」
なぜか藍里は僕に話し掛けるとき、「お兄様」と呼びかける。設定したとき、妹属性は付加していないはずだが、まあこの呼びかけは気にならないし中々「萌える」呼びかけなのでそのままにしている。
藍里に尋ねられ、僕は「さて」とばかりに腕を組んだ。もっとも、これからのことはすでに決まっている。
僕の居室の真ん中に、巨大な機械が鎮座している。何本ものパイプが繋がり、数本のシリンダーと、中央にスクリーンがある。
蒸気コンピューターだ。
僕が暮らすゲームの世界では、あらゆる装置が蒸気で動いている。
船、車、汽車はもとより、冷蔵庫やコンピューターも蒸気で作動する。冷蔵庫やコンピューターがどうして蒸気で動くのか? という疑問がわくだろうが、そうなっているんだからしかたがない。
僕は蒸気コンピューターの始動スイッチを入れ、スクリーンを見詰めた。
しゅっ、しゅっ、しゅっ! とパイプから蒸気が送られ、シリンダーが快調に動き出した。スクリーンがゆっくり明るくなり、文字が浮き出した。
スクリーンに現れたのは、僕宛の〝依頼イベント〟だ。多くは戦闘への参加募集で、戦闘場所と時間が表示されている。
ゲームでは一年中、どこかで戦闘が行われている。僕の所属する「蒸汽帝国」と「共和国」「神聖皇国」という三つの政体が覇権を争い、ぶつかり合っているからだ。ゲームのプレイヤーは、三国志のような世界で戦闘に加わり、経験値やゲームのお金を手に入れることが出来る。
画面の表示を眺め、僕は参加の意思を表明するため、ログオンした。
砂漠地帯での戦闘が良さそうだ。相手は共和国で、近代的な戦車や戦闘機同士の戦いが楽しめそうだ。もう一つの神聖皇国相手だと、魔法や魔獣などが登場して、魔法の使えない僕には苦手な分野になる。
そうだ、「蒸汽帝国」というゲームでは魔法が使える。魔法を使うには初期設定で〝魔法使い〟〝神官〟〝言霊使い〟などを選択する必要がある。僕は普通の人間として登録したので、魔法は使えない。
砂漠地帯での戦闘参加を申し込むと、即座に参加を希望する仲間の名簿が表示された。僕はゲームでの経験が長いから、戦闘小隊を率いることになる。
参加を志望するプレイヤーの名簿を眺め、さて誰を入隊させようかと思案した。大抵はいつものメンバーに落ち着くのだが、ふと名簿の中に見慣れない名前を見つけ、気が変わった。
今回は初顔のメンバーを入れよう。
経験値を確かめると、ゲームに参加してまだ日が浅そうだ。こういった新加入のプレイヤーに経験を積ませるのは、僕ら古顔プレイヤーの義務でもある。
新顔のプレイヤーは漆黒の肌をしたエルフの少女で、名前を「アイリス」と名乗っている。詳しいプロフィールを見て、興味がわいた。
なんと出身がアメリカのフロリダという。
「蒸汽帝国」というゲームは、世界中でプレイされているから、アメリカからの参加は珍しくはないが、選択している言語が日本語というのが珍しい。ゲームでは同時翻訳のアプリがあるから、言語でのハンデはないことになっているが、それでも翻訳にはタイムラグが発生する。だからプレイヤー同士、同じ言語でないと敬遠されることがある。
もしかしたらアメリカ在住の日本人かもしれない。
それよりも、僕がアイリスというエルフの少女を選んだのは、プロフィールにあった彼女の顔を見た時、不思議な衝動を感じたからだった。
僕はアイリスという少女を知っている!
何の根拠もないが、湧き出た奇妙な確信は、僕の胸にずっしりと居座っていた。
「お兄様……」
いつの間にか、僕の後ろに藍里が立っていて、僕の目の前の蒸気コンピューターの画面を食い入るような視線で見詰めていた。
「どうした、藍里?」
僕が尋ねかけると、藍里は「はっ!」とした様子で我に返った。
「何でもありません!」
急いで答えたが、こんな藍里の様子を見たのは初めてだった。
どうしたんだろう?
微かな疑問が僕の胸をよぎった。
キモーい……。
という声が聞こえそうだが、放っておいてくれ!
藍里はどこからどう見ても、完全に人間の女の子で、多分、ゲームの背景でなく、現実の風景で登場しても、本物の人間と見分けはつかないだろう。
以前はゲームのキャラクターは、いかにもアニメ絵っぽい外見をしていたが、今ではきわめてリアルな表情と質感を持っている。
違いは実際に触ることが出来ないだけだ。
メディアに登場する本物の人間の女の子、いわゆるアイドルの熱心なファンとなっても近しく会話できなかったり、ただ単にディスプレイを介して眺めるだけに比べ、ゲームの中とは言え親しく会話できたり、冒険のパートナーとして一緒に行動してくれるほうがよっぽど楽しい。
「お兄様、今日のご予定は?」
なぜか藍里は僕に話し掛けるとき、「お兄様」と呼びかける。設定したとき、妹属性は付加していないはずだが、まあこの呼びかけは気にならないし中々「萌える」呼びかけなのでそのままにしている。
藍里に尋ねられ、僕は「さて」とばかりに腕を組んだ。もっとも、これからのことはすでに決まっている。
僕の居室の真ん中に、巨大な機械が鎮座している。何本ものパイプが繋がり、数本のシリンダーと、中央にスクリーンがある。
蒸気コンピューターだ。
僕が暮らすゲームの世界では、あらゆる装置が蒸気で動いている。
船、車、汽車はもとより、冷蔵庫やコンピューターも蒸気で作動する。冷蔵庫やコンピューターがどうして蒸気で動くのか? という疑問がわくだろうが、そうなっているんだからしかたがない。
僕は蒸気コンピューターの始動スイッチを入れ、スクリーンを見詰めた。
しゅっ、しゅっ、しゅっ! とパイプから蒸気が送られ、シリンダーが快調に動き出した。スクリーンがゆっくり明るくなり、文字が浮き出した。
スクリーンに現れたのは、僕宛の〝依頼イベント〟だ。多くは戦闘への参加募集で、戦闘場所と時間が表示されている。
ゲームでは一年中、どこかで戦闘が行われている。僕の所属する「蒸汽帝国」と「共和国」「神聖皇国」という三つの政体が覇権を争い、ぶつかり合っているからだ。ゲームのプレイヤーは、三国志のような世界で戦闘に加わり、経験値やゲームのお金を手に入れることが出来る。
画面の表示を眺め、僕は参加の意思を表明するため、ログオンした。
砂漠地帯での戦闘が良さそうだ。相手は共和国で、近代的な戦車や戦闘機同士の戦いが楽しめそうだ。もう一つの神聖皇国相手だと、魔法や魔獣などが登場して、魔法の使えない僕には苦手な分野になる。
そうだ、「蒸汽帝国」というゲームでは魔法が使える。魔法を使うには初期設定で〝魔法使い〟〝神官〟〝言霊使い〟などを選択する必要がある。僕は普通の人間として登録したので、魔法は使えない。
砂漠地帯での戦闘参加を申し込むと、即座に参加を希望する仲間の名簿が表示された。僕はゲームでの経験が長いから、戦闘小隊を率いることになる。
参加を志望するプレイヤーの名簿を眺め、さて誰を入隊させようかと思案した。大抵はいつものメンバーに落ち着くのだが、ふと名簿の中に見慣れない名前を見つけ、気が変わった。
今回は初顔のメンバーを入れよう。
経験値を確かめると、ゲームに参加してまだ日が浅そうだ。こういった新加入のプレイヤーに経験を積ませるのは、僕ら古顔プレイヤーの義務でもある。
新顔のプレイヤーは漆黒の肌をしたエルフの少女で、名前を「アイリス」と名乗っている。詳しいプロフィールを見て、興味がわいた。
なんと出身がアメリカのフロリダという。
「蒸汽帝国」というゲームは、世界中でプレイされているから、アメリカからの参加は珍しくはないが、選択している言語が日本語というのが珍しい。ゲームでは同時翻訳のアプリがあるから、言語でのハンデはないことになっているが、それでも翻訳にはタイムラグが発生する。だからプレイヤー同士、同じ言語でないと敬遠されることがある。
もしかしたらアメリカ在住の日本人かもしれない。
それよりも、僕がアイリスというエルフの少女を選んだのは、プロフィールにあった彼女の顔を見た時、不思議な衝動を感じたからだった。
僕はアイリスという少女を知っている!
何の根拠もないが、湧き出た奇妙な確信は、僕の胸にずっしりと居座っていた。
「お兄様……」
いつの間にか、僕の後ろに藍里が立っていて、僕の目の前の蒸気コンピューターの画面を食い入るような視線で見詰めていた。
「どうした、藍里?」
僕が尋ねかけると、藍里は「はっ!」とした様子で我に返った。
「何でもありません!」
急いで答えたが、こんな藍里の様子を見たのは初めてだった。
どうしたんだろう?
微かな疑問が僕の胸をよぎった。
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