229 / 279
真実
2
しおりを挟む
驚愕の表情がその場にいた全員にうかんだ。
そこにいたのはもはやハルマン教皇とよばれる老人ではなかった。
全身緑色の鱗におおわれた、人間というよりは爬虫類を思わせる人間に似たなにかであった。
「魔物だわ……」
ケイがつぶやいた。
しゅうーっ、と魔物は息をはきだし、口もとから先端がふたつに割れた真っ赤な舌をへらへらと出し入れしている。その目は真っ赤で、瞳孔は縦に裂けていた。
「どうして判った……わしの正体を、どうして見破ることが出来る……お前は、本物の魔王なのか……」
とぎれとぎれに魔物はつぶやいた。その声はすでに人間のものではなく、口の構造からか、発音にひどく苦労しているらしかった。
「そうさ、おれは魔王ヘロヘロ。かつてはその名で呼ばれたこともある」
ヘロヘロはなぜか憂鬱そうにつぶやいた。
「だがいまは魔王の力をうしない、ただのエルフの姿をかりたヘロヘロさ……。さて、お前にすこし聞きたいことがある」
「なんだ?」
「お前はいつ、教皇とすりかわった。どうしてそんなことが出来た?」
ぐうぐうぐう……と、魔物は奇妙な声で笑い声をたてた。
「数ヶ月前のことだ……季節は夏だったな……おれはお前とおなじように千年前、突然魔法がこの世界から消えうせたとき、身体を失った……。なにしろおれたち魔物は〝魔〟のちからで生きているからな、魔法が消えうせれば死ぬしかない。しかしおれたち魔物のうち、知能のたかい魔物はじぶんの魂を身体から引き離せることができる者がいたんだ。おれは魔法が消えうせたとき、このままでは身の破滅とさとり、魂だけ抜け出しこの世にとどまることにした」
夏……ミリィはロロ村の山で聖剣が折れたときのことを思い出した。
そう、あれからこの世界には魔法のちからが蘇ったのだ。
「それからおれは千年のあいだ、この世界にさ迷うこととなった。身体をうしない、魔法のちからもなくなったおれにはただ魂としてさ迷うしかなかったのさ。ところが、突然魔法のちからが世界にもどってきた。そのちからで、おれは人間に憑依するちからを取り戻すことができた。もっとも、憑依する相手の同意が必要なのだが……そのとき、この国のハルマン教皇に目がとまったのさ。教皇は死の恐怖におびえていた。死を免れるなら、なんでも取り引きに応じるとおれに約束した。おれは教皇の身体を手に入れた。約束どおり、教皇のいのちはおれの魔法のちからでよみがえることとなった。だが、おれは教皇の記憶、人格まで手につけないとは約束しなかった。おれは教皇の記憶、人格をおいだし、かわりに自分の魂を吹き入れることにしたんだ……」
「それでは教皇を殺したのもおなじではないか!」
ワフーが叫んだ。
魔物はじろりとワフーをにらんだ。
「なにが悪い? おれは教皇の身体を生かすことに同意しただけだ。記憶、人格までそのままにしてやるとは約束していない」
にやりと魔物は笑った。その顔にはかつての教皇のおもかげがわずかに見てとれる。
魔法医師はつぶやいた。
「それでは血の交換の儀式は……あれはなんだったのだ」
わはははは……と、魔物は高らかに笑った。
「そこの兵士長はおれを吸血鬼と呼んだな。そうだ、おれは吸血鬼なのだ! おれのちからを維持するには、人間の血が必要なのだからな! たっぷり人間の生き血を吸わせてもらったよ! そこのエルフの娘の血はおしかった……一度、エルフの血を吸ってみたいと思っていたのだからな……」
がくぜんと魔法医師は崩れ落ちた。じぶんのやってきたことが、教皇を生きながらえさせることではなく、吸血鬼の命を永らえさせることに気づいたのだ。うずくまった魔法医師はしばらくそのまま震えていたが、やがて顔を上げた。その顔には決意の表情がある。
「それではわしはこの魔物のためにゴランの国民の命を……!」
苦悶の表情になった魔法医師は立ち上がると、もうぜんと壁に走り出した。
額を壁にまともに打ち付ける。ごつ! という、にぶい音が響く。ずるずると壁にもたれかかった魔法医師の額はふたつに割れ、脳漿があふれていた。医師はその場で絶命していた。かれは自殺していた。
あっけにとられているミリィたちの前で、吸血鬼はくすくすと笑っていた。
「あはははは! 死におったか! まったく人間という生き物は、簡単に死ぬなあ……」
おのれ! と、ホーバンは身構えた。
「殺してやる! ハルマン教皇のかたきだ!」
ひいひいひい……教皇の身体をのっとった吸血鬼は腹をかかえて笑っていた。
「いいのかな、そんなこと言っている場合かな?」
「なに?」
そこにいたのはもはやハルマン教皇とよばれる老人ではなかった。
全身緑色の鱗におおわれた、人間というよりは爬虫類を思わせる人間に似たなにかであった。
「魔物だわ……」
ケイがつぶやいた。
しゅうーっ、と魔物は息をはきだし、口もとから先端がふたつに割れた真っ赤な舌をへらへらと出し入れしている。その目は真っ赤で、瞳孔は縦に裂けていた。
「どうして判った……わしの正体を、どうして見破ることが出来る……お前は、本物の魔王なのか……」
とぎれとぎれに魔物はつぶやいた。その声はすでに人間のものではなく、口の構造からか、発音にひどく苦労しているらしかった。
「そうさ、おれは魔王ヘロヘロ。かつてはその名で呼ばれたこともある」
ヘロヘロはなぜか憂鬱そうにつぶやいた。
「だがいまは魔王の力をうしない、ただのエルフの姿をかりたヘロヘロさ……。さて、お前にすこし聞きたいことがある」
「なんだ?」
「お前はいつ、教皇とすりかわった。どうしてそんなことが出来た?」
ぐうぐうぐう……と、魔物は奇妙な声で笑い声をたてた。
「数ヶ月前のことだ……季節は夏だったな……おれはお前とおなじように千年前、突然魔法がこの世界から消えうせたとき、身体を失った……。なにしろおれたち魔物は〝魔〟のちからで生きているからな、魔法が消えうせれば死ぬしかない。しかしおれたち魔物のうち、知能のたかい魔物はじぶんの魂を身体から引き離せることができる者がいたんだ。おれは魔法が消えうせたとき、このままでは身の破滅とさとり、魂だけ抜け出しこの世にとどまることにした」
夏……ミリィはロロ村の山で聖剣が折れたときのことを思い出した。
そう、あれからこの世界には魔法のちからが蘇ったのだ。
「それからおれは千年のあいだ、この世界にさ迷うこととなった。身体をうしない、魔法のちからもなくなったおれにはただ魂としてさ迷うしかなかったのさ。ところが、突然魔法のちからが世界にもどってきた。そのちからで、おれは人間に憑依するちからを取り戻すことができた。もっとも、憑依する相手の同意が必要なのだが……そのとき、この国のハルマン教皇に目がとまったのさ。教皇は死の恐怖におびえていた。死を免れるなら、なんでも取り引きに応じるとおれに約束した。おれは教皇の身体を手に入れた。約束どおり、教皇のいのちはおれの魔法のちからでよみがえることとなった。だが、おれは教皇の記憶、人格まで手につけないとは約束しなかった。おれは教皇の記憶、人格をおいだし、かわりに自分の魂を吹き入れることにしたんだ……」
「それでは教皇を殺したのもおなじではないか!」
ワフーが叫んだ。
魔物はじろりとワフーをにらんだ。
「なにが悪い? おれは教皇の身体を生かすことに同意しただけだ。記憶、人格までそのままにしてやるとは約束していない」
にやりと魔物は笑った。その顔にはかつての教皇のおもかげがわずかに見てとれる。
魔法医師はつぶやいた。
「それでは血の交換の儀式は……あれはなんだったのだ」
わはははは……と、魔物は高らかに笑った。
「そこの兵士長はおれを吸血鬼と呼んだな。そうだ、おれは吸血鬼なのだ! おれのちからを維持するには、人間の血が必要なのだからな! たっぷり人間の生き血を吸わせてもらったよ! そこのエルフの娘の血はおしかった……一度、エルフの血を吸ってみたいと思っていたのだからな……」
がくぜんと魔法医師は崩れ落ちた。じぶんのやってきたことが、教皇を生きながらえさせることではなく、吸血鬼の命を永らえさせることに気づいたのだ。うずくまった魔法医師はしばらくそのまま震えていたが、やがて顔を上げた。その顔には決意の表情がある。
「それではわしはこの魔物のためにゴランの国民の命を……!」
苦悶の表情になった魔法医師は立ち上がると、もうぜんと壁に走り出した。
額を壁にまともに打ち付ける。ごつ! という、にぶい音が響く。ずるずると壁にもたれかかった魔法医師の額はふたつに割れ、脳漿があふれていた。医師はその場で絶命していた。かれは自殺していた。
あっけにとられているミリィたちの前で、吸血鬼はくすくすと笑っていた。
「あはははは! 死におったか! まったく人間という生き物は、簡単に死ぬなあ……」
おのれ! と、ホーバンは身構えた。
「殺してやる! ハルマン教皇のかたきだ!」
ひいひいひい……教皇の身体をのっとった吸血鬼は腹をかかえて笑っていた。
「いいのかな、そんなこと言っている場合かな?」
「なに?」
0
あなたにおすすめの小説
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる