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第11話 月が綺麗ですね

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「ゴメンね、情けないところを見せて……」

 泣き止んだ俺は、着物の裾で目元を拭った。
 なんか俺、カッコイイところ見せてないよな。基本的に優柔不断だし、すぐ慌てるし、泣いちゃったし。


「そんなことないです。アマネ様の色んな顔が見られて僕は嬉しいです」
「恥ずかしいよー。好きなこの前ではカッコよくいたいのに……」

 もっと神様凄いってところを見せたいところだけど、そんな見栄のためだけに力を乱用するのは良くない。
 だから、人様に迷惑をかけない程度に何かしてあげたいな。

 俺はそう思って空を見上げた。

「…………あ」
「どうしました?」
「俺に出来ること、あったよ!」
「え? っうわぁ!」

 善は急げだ。俺は龍の姿に戻り、潮くんに頭に乗るように言った。
 何が何だが分かっていない潮くんは首を傾げながら、俺の上に乗ってくれた。

「しっかり捕まっててね」
「は、はい!」

 俺は体を浮かせ、そのまま一気に雲の上へと飛んだ。
 この土地から出ることは出来ないから、湖の上から真っ直ぐ昇ることしか出来ないけど、地上からは見えない景色を見せてあげられる。

「潮くん、目を開けて」

 俺の力で風圧とかは平気だけど、一気に空へ上がったせいで少し怖がらせちゃったかな。
 俺の上でギュッと目を閉じていた潮くんに、俺は前を向くように言った。

「…………っ、わぁ」

 目の前に広がる、星空。そしてまん丸のお月さま。
 この世界でも月は丸くて、綺麗な金色の輝きを放っている。たまに赤くなる時もあるんだけど、それは百年に一度あるかどうかってレベルのこと。俺がこの世界に生まれたばかりの頃に一度だけあったかな。
 赤い月は大きな災厄が怒る兆しなんだけど、その時は遠い地で大きな地震があったんだよね。俺はここから離れられないから詳しいことは知らないんだけど。

「……綺麗です」
「気に入った?」
「はい。下から見るのとは全然違いますね」
「俺にはこんなことくらいしか出来ないけど……潮くんのために出来ることはしてあげたいんだ」
「……アマネ様」

 潮くんがムッと頬を膨らませて、俺の頭をぺちっと叩いた。

「アマネ様は僕に何かしていないと気が済まないんですか?」
「え?」
「言ったじゃないですか。僕はアマネ様に何かしてほしくいてお傍にいるんじゃないんです。一緒にいたいと思ったから、ここにいるんですよ。これ以上の望みはありません」
「潮くん……ゴメン。俺、なんか空回りしてるね」
「いいえ。僕のことを思ってくれたんですよね。それは嬉しいです。ありがとうございます」
「で、でも、何かしてほしいこととかあったら遠慮なく言ってね。お腹は、もう空かないだろうけど、何か食べたいものとか……」
「ふふ。大丈夫ですよ」

 なんか、潮くんの方が大人だな。俺、元の世界でも既に成人していたけど中身はてんで子供だったな。
 なんていうか、余裕がある。
 むしろ潮くんは、幼少時に捨てられたことで子供らしくいる時間がなかったのかもしれないな。村の人に拾われてから、みんなに迷惑をかけないようにって頑張ってきたんだろう。
 何となくだけど、そういう子なんだろうなっていうのが彼の胸に宿る龍玉を通じて理解できる。勝手に心を盗み見るようなことはしないけど、伝わってきちゃう。潮くんの心の優しさとか、清らかさが。
 本当に、俺には勿体ないくらいの良い子だな。
 ああ。好きだなぁ。

「…………ねぇ、潮くん」
「なんですか?」
「俺が前にいた世界ではね、愛の言葉を月が綺麗ですねって例えた偉人がいたんだよ」
「月が、綺麗ですね?」
「そう。愛してるって言葉を、そう言ったんだって」
「素敵な言葉ですね……」

 潮くんは月を眺めながら、そう呟いた。
 こんな風に誰かと月を眺める日が来るなんて思わなかったな。潮くんは、俺に沢山の初めてをくれる。

「……潮くん」
「はい……」
「月が、綺麗だね」
「はい。今なら手が届きそうです」


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