竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井

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28.シルターンの魔術師2

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 これは逆効果でした。
 自分のせいでジークハルトが彼に狙われていると思ったリディエールが、ジークハルトと行動を共にするようになってしまったのです。
 あまつさえ、彼が何度頼んでも入れて貰うことができなかったパーティーに、ジークハルトは名を連ねたのです。

 彼はますますジークハルトへの憎しみを募らせました。
 やさしくてきれいなリディエールは、彼のものなのですから。
 だんだんと親密になっていく二人に、彼の心は乱れます。どうしたらあの忌々しい竜人を消してしまうことができるでしょうか。
 彼は手を尽くしましたが、リディエールはやがて空に登り、竜の国のお妃様になってしまいました。
 
 竜の国は遥か空の上で、彼にとってもおいそれと近づける場所ではありません。
 まして、王の伴侶となったリディエールは、王宮の強力な結界に守られているのです。

 彼は待ちました。いつかリディエールが空から地に降りてくるのを。
 そして、来る日にあの竜人を完全に始末するため、魔術の研究を続けたのです。
 人としての寿命が尽きぬよう、数多の命を吸いながら、ずっと、ずっと。
 
 150年経ったある日、突然その夢は叶いました。
 空に飛ぶ憎き竜王の姿を見つけたのです。
 彼は竜王がリディエールを探しているのを知り、歓喜します。この地のどこかに、愛しい人がいるのです。

 今度こそリディエールの愛を得るため、彼は見知らぬ女性を操り、ジークハルトを騙して近付きました。
 リディエールの話をすると、彼は簡単に騙され、あっさりと罠にかかったのです。
 竜の命の灯が消え去ったことを確認して、彼はリディエールを探しに出掛けました。
 今度こそ彼に好きになってもらうのです。
 そのためには、彼に愛される努力をしなければなりません。

 彼に愛され、彼の魂を吸ってひとつになる。
 そのために彼はこの長い時を待っていたのですから。


 ※※※


「おぞましい、とんだ狂人ではありませんか」

 エルマンは過去にサイラスが俺とジークハルトにしてきたことを聞いて吐き捨てるように漏らした。
 命を奪うことに呵責を覚えず、正常な良識を持ち合わせない猟奇的魔術師が未だに生きているなんて、ホラーもいいところだ。

「正直、ほんとにあいつなのかなって気持ちはある。頭のおかしいやつだったけど、種族的にはただの人間だったはずなのに……」

 元々長命であるエルフのソーニャや、竜人であるジークハルトと血の盟約を交わして竜人と同じ寿命を得た俺とはわけが違う。
 一体どうやって150年間も生きていたのだろうか。

「頭はいかれていましたが、魔術師としての能力だけはずば抜けていましたからね。……眉唾な噂と思っていましたが、他者の命を吸うというのはあながち出任せではなかったということでしょうか」

「バカな、人が人の命を吸うなど……!!」

 俺もそう思う。いくらなんでもトンデモすぎるだろ。
 だけど、人間は150年生きない。それだけは確かなはずだ。
 もし本当に生きているのだとしたら、そこには普通では考えられない理由があるはず。
 それが他人の魂を吸うということなら、妙に納得できる。

「アイツからヤバい思想を受け継いだ別人だってことはないのかな」

 普通で考えれば、その方がずっと常識的なはずだ。
 エルマンもその可能性の方が強いと頷いている。
 ソーニャだけは難しい顔をして黙り込んでいた。

「ともかく、ネモに戻りましょう。リディはここにと言いたいところですが、あの変態はあなたを血眼になって探しているはず。ギルドには行先を告げて来ていますから、居場所を気取られるのも時間の問題でしょう」

「それならば、砦で籠城戦を仕掛けた方が有利に運ぶのでは?」

 エルマンの側近である騎士が進言する。
 普通なら有効な手段だと思うが、ことあの狂人に関しては通用しないだろうな、と俺は思った。
 ソーニャも同じ考えだったようで、即座にその意見を否定する。

「あの変態は、魔術師としての能力だけは異常に高いのです。私が知り得る頃の奴でも相当な実力だったのですから、今もし生きているとすればその頃とは比べものにならない力を有している可能性が高いでしょう」

「高レベルの魔術師を相手にして、ひとところに固まるのは悪手だ。広範囲で一瞬で焼かれる」

 勿論、砦もそれを警戒して相当な結界を張っているのだが、万が一相手に結界を破られたら大変なことになる。
 収容所で100人以上の人間を始末してのけた事実は無視できない。あそこだって、ソーニャがそれなりの強さの魔法を掛けておいたはず。それがあっさりと破られたのだから。

「それに……ここにはエルマンの屋敷がある。万が一にも巻き込みたくない」

 俺のためにと言って、俺の周囲に居る人間を始末しようとする相手だ。
 とてもじゃないが、大事な身内の住んでいる土地になんか近づけられない。
 砦なんかに籠ったら、屋敷に向かって人質を取られるのが関の山。いや、人質ぐらいならまだいい。下手すると先にほとんどの家族を殺され、子供だけ残して連れて来るなんてことも充分あり得る。
 そうさせないためにも、俺は早急に辺境を離れたほうがいいに違いない。

「しかし……、ネモに戻ってどうなります。ソーニャ様には失礼だが、まともに高レベルの魔術師と渡り合えるだけの戦力はありますまい」

 エルマンの指摘は正しい。
 だが、それでもネモに戻ることが最善だと俺は考えていた。恐らく、ソーニャも俺と同じことを考えているに違いない。

「いや、ネモは現状で最もアイツを迎え撃つに相応しい場所だよ」

 俺の考えを組んで、ソーニャも頷く。
 強大な魔力を持った魔術師との戦闘は、無関係の人間を巻き込みかねない。そんな相手と戦うのに、絶好の場所。ネモにはそれがある。



「あいつと戦うのに最も適した場所。それは――――――ダンジョンだ」
 


 
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