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29.大切なもののために
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俺達は馬を走らせて、ネモへの道を急いだ。
エルマンも付いてくると言い張っていたが、あいつには砦と家族を守る義務がある。
万が一あいつが襲ってきたときに、少しの間でも持ちこたえることができるのはエルマンしかいない。
出発する前、ソーニャは屋敷と砦に強力な結界を張り直した。
俺の異次元収納庫に入れていた魔導具も使ってさらに強度を高めてあるので、まず破られることはないだろう。
加えて、エルマンや屋敷の人間には、もしサイラスが現れたら『リディエールがネモで待っている』という伝言を告げるように言い含めてある。
カードを見る限り、サイラスの目的は俺なのだから、そう言えばここに拘って無駄に危害を加えることはしないだろう。
むしろ、俺を庇って行先の提示を拒んだり、逆らったりする方がまずい。
一体どんな手段で危害を加えて来るかわかりゃしない。
あのクソサイコパス野郎に大切な家族や孫の部下たちを傷つけられるなど耐えられない。
ネモから辺境までは馬車で6時間。馬で飛ばせば2時間というところか。それまでにダンジョンへ潜り、準備を整えなくてはならない。
「リディ、あなたこの期に及んでまだ帰らないつもりですか?」
ソーニャが帰城を勧めて来るが、俺は『つもりだな!』と叫んで一蹴した。
確かに俺セキュリティとしてはアルディオンに戻るのが一番なのだろうが、その後残された皆がどんな目に遭わされるかを考えたら、恐ろしすぎる。
恐らく奴のことだ、俺に会うことのできなかった怒りを他人に向けて八つ当たりするに違いない。
それこそ、最悪だけど身内を人質に取られて体の一部なんかを送りつけて来かねないぞ。
今までそういう手段を取らなかったのは、俺とエルマンの一家が脅しの材料になるほど親しい存在だと思われていなかったのだろう。実際、エルマンと会ったのも23年ぶりだし、アレクシアちゃんに会ったこともなかった。
俺としてはもっとみんなに会いに行きたかったんだけど、誰か一人のところに行くと娘たちが喧嘩になるから、他の2人のところにも行かなくちゃいけない。
そうすると、ジークハルトは絶対に俺を一人で外出させてくれないから、日程の調整が大変なんだ。竜王であるジークハルトは多忙で、まとまった休みを取ることは難しい。
ラインハルトに譲位したらいくらでも行けると思っていたんだけど、少しばかり先送りになっていたしな。
だが、アイツが生きているのなら、結果オーライもいいところだ。
もし俺が頻繁に孫の顔でも見にやってきていたら、絶対に人質にされるに違いない。きっとまずは俺の身の回りの世話をした侍従やメイドを捕まえる。そして反応がなければもう少し近しい間柄の人間を試すぐらいのことはするに違いない。
嫁いだ娘が狙われなかったのは、きっと自分の娘を傷つけられたら流石に俺も許さないと思ったからだろう。
ここが意味不明で難解なところだが、アイツの目的は俺に好かれることなのである。
どうやったら好きになる要素があるんだと思うぐらい猟奇的でこちらの精神を病ませるようなことしかしていないが、本人の中では辻褄が合っているらしいのが恐ろしい。
「俺だけ安全地帯に行ったってしょうがないだろ!それに、アルディオンには今、ジークがいない」
「………そういえばそうでした。あのトカゲ、どこまでも使えない男ですね!」
ソーニャはそれ以上何も言わず、馬を走らせた。
昼過ぎにネモに到着した俺は、一旦ソーニャと別れて真っ先にダンジョンへと飛び込む。
ソーニャは一度ギルドと衛兵の詰所に行って事情を聴き、同時にもし奴が現れた場合に渡すよう俺からの手紙を撒いている。
俺からの自筆の手紙となれば、あいつはまず喜んで受け取るだろうし、呼び出されたら来ないわけがない。
割と情動が子供っぽいところが変わっていなければ、その時機嫌が良ければわざわざ他人を害することはないはずだ。
ノエルはソーニャに頼んで安全なところに保護してもらおうと思っていたが、ノエルは嫌がって俺から離れない。
見た目はただの子犬だけど、人語を完全に理解しているんだから当然かもしれない。俺が明らかにヤバいやつに狙われているんだもんな。
首輪で能力を封じてはいるが、ノエルのHPは俺と比べても遜色ないほどだ。いざとなれば異空間に匿うことにして、俺はノエルを連れて行くことにした。
目指すは魔の20階、因縁のワープフロアだ。
あれほど苦しめられた迷宮が、まさかここに来て絶好の舞台になるとは。
魔術師にとって狭くて広範囲魔法を使いにくいところは戦闘に不向きだ。しかも、こちらには地の利がある。
何度も繰り返し挑まされたお陰で、20階のマップはワープ位置の繋がりも含めて7割以上は把握していた。ワープをうまく使えば、魔法を空撃ちさせて消耗戦を狙えるはずだ。
当然ポーションでMPの補充はしてくるだろうが、ポーションは使いすぎるとデメリットも発生するから乱発するにも限界がある。
うまくこちらからも攻撃を仕掛けてHPを削れば勝機はあるだろう。
「来いよ……糞サイコパス野郎。今度こそ決着をつけてやる」
俺を待ってお前も150年生きたというなら、俺がその妄執に引導を渡す。
周囲に悲劇を巻き起こす存在を、絶対にこの世界に残してはおかない。
地上で暮らす俺の大切な人達のために。
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風邪のため熱が38°↑ですので、次回更新は回復後になります。ぴえん。
エルマンも付いてくると言い張っていたが、あいつには砦と家族を守る義務がある。
万が一あいつが襲ってきたときに、少しの間でも持ちこたえることができるのはエルマンしかいない。
出発する前、ソーニャは屋敷と砦に強力な結界を張り直した。
俺の異次元収納庫に入れていた魔導具も使ってさらに強度を高めてあるので、まず破られることはないだろう。
加えて、エルマンや屋敷の人間には、もしサイラスが現れたら『リディエールがネモで待っている』という伝言を告げるように言い含めてある。
カードを見る限り、サイラスの目的は俺なのだから、そう言えばここに拘って無駄に危害を加えることはしないだろう。
むしろ、俺を庇って行先の提示を拒んだり、逆らったりする方がまずい。
一体どんな手段で危害を加えて来るかわかりゃしない。
あのクソサイコパス野郎に大切な家族や孫の部下たちを傷つけられるなど耐えられない。
ネモから辺境までは馬車で6時間。馬で飛ばせば2時間というところか。それまでにダンジョンへ潜り、準備を整えなくてはならない。
「リディ、あなたこの期に及んでまだ帰らないつもりですか?」
ソーニャが帰城を勧めて来るが、俺は『つもりだな!』と叫んで一蹴した。
確かに俺セキュリティとしてはアルディオンに戻るのが一番なのだろうが、その後残された皆がどんな目に遭わされるかを考えたら、恐ろしすぎる。
恐らく奴のことだ、俺に会うことのできなかった怒りを他人に向けて八つ当たりするに違いない。
それこそ、最悪だけど身内を人質に取られて体の一部なんかを送りつけて来かねないぞ。
今までそういう手段を取らなかったのは、俺とエルマンの一家が脅しの材料になるほど親しい存在だと思われていなかったのだろう。実際、エルマンと会ったのも23年ぶりだし、アレクシアちゃんに会ったこともなかった。
俺としてはもっとみんなに会いに行きたかったんだけど、誰か一人のところに行くと娘たちが喧嘩になるから、他の2人のところにも行かなくちゃいけない。
そうすると、ジークハルトは絶対に俺を一人で外出させてくれないから、日程の調整が大変なんだ。竜王であるジークハルトは多忙で、まとまった休みを取ることは難しい。
ラインハルトに譲位したらいくらでも行けると思っていたんだけど、少しばかり先送りになっていたしな。
だが、アイツが生きているのなら、結果オーライもいいところだ。
もし俺が頻繁に孫の顔でも見にやってきていたら、絶対に人質にされるに違いない。きっとまずは俺の身の回りの世話をした侍従やメイドを捕まえる。そして反応がなければもう少し近しい間柄の人間を試すぐらいのことはするに違いない。
嫁いだ娘が狙われなかったのは、きっと自分の娘を傷つけられたら流石に俺も許さないと思ったからだろう。
ここが意味不明で難解なところだが、アイツの目的は俺に好かれることなのである。
どうやったら好きになる要素があるんだと思うぐらい猟奇的でこちらの精神を病ませるようなことしかしていないが、本人の中では辻褄が合っているらしいのが恐ろしい。
「俺だけ安全地帯に行ったってしょうがないだろ!それに、アルディオンには今、ジークがいない」
「………そういえばそうでした。あのトカゲ、どこまでも使えない男ですね!」
ソーニャはそれ以上何も言わず、馬を走らせた。
昼過ぎにネモに到着した俺は、一旦ソーニャと別れて真っ先にダンジョンへと飛び込む。
ソーニャは一度ギルドと衛兵の詰所に行って事情を聴き、同時にもし奴が現れた場合に渡すよう俺からの手紙を撒いている。
俺からの自筆の手紙となれば、あいつはまず喜んで受け取るだろうし、呼び出されたら来ないわけがない。
割と情動が子供っぽいところが変わっていなければ、その時機嫌が良ければわざわざ他人を害することはないはずだ。
ノエルはソーニャに頼んで安全なところに保護してもらおうと思っていたが、ノエルは嫌がって俺から離れない。
見た目はただの子犬だけど、人語を完全に理解しているんだから当然かもしれない。俺が明らかにヤバいやつに狙われているんだもんな。
首輪で能力を封じてはいるが、ノエルのHPは俺と比べても遜色ないほどだ。いざとなれば異空間に匿うことにして、俺はノエルを連れて行くことにした。
目指すは魔の20階、因縁のワープフロアだ。
あれほど苦しめられた迷宮が、まさかここに来て絶好の舞台になるとは。
魔術師にとって狭くて広範囲魔法を使いにくいところは戦闘に不向きだ。しかも、こちらには地の利がある。
何度も繰り返し挑まされたお陰で、20階のマップはワープ位置の繋がりも含めて7割以上は把握していた。ワープをうまく使えば、魔法を空撃ちさせて消耗戦を狙えるはずだ。
当然ポーションでMPの補充はしてくるだろうが、ポーションは使いすぎるとデメリットも発生するから乱発するにも限界がある。
うまくこちらからも攻撃を仕掛けてHPを削れば勝機はあるだろう。
「来いよ……糞サイコパス野郎。今度こそ決着をつけてやる」
俺を待ってお前も150年生きたというなら、俺がその妄執に引導を渡す。
周囲に悲劇を巻き起こす存在を、絶対にこの世界に残してはおかない。
地上で暮らす俺の大切な人達のために。
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風邪のため熱が38°↑ですので、次回更新は回復後になります。ぴえん。
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