アデルの子

新子珠子

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第三章 明日へ

77. 先手

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「お疲れ様でした」

 稽古を終えると、ジェイデンが僕にタオルを差し出す。僕はそれを受け取ると、顔や首筋を拭った。僕は村屋敷に寄ってジェイデンと剣術の稽古をしていた。
 
「今日はいつもよりは惜しかったかな」
「……ええ、そうですね」
 
 何となく上の空のようなジェイデンを横目に見る。僕は苦笑いをして首を横に振った。

「冗談だよ、ジェイデンは本調子じゃなさそうだね」
「え?いえ……」
 
 ジェイデンは驚いたように顔を上げた。今日のジェイデンは何か考え事をしていたのか、稽古の最中も精彩を欠いていた。

「何か考え事?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
「そうかなぁ、何かあるなら言って欲しいんだけどな」

 ジェイデンは一瞬躊躇うような素振りを見せた。
 
「…………」
 
 そしてしばらく黙り込んでいたが、やがてゆっくりと口を開く。
 
「ティト様は……」
「ん?」
「…………セレダと……寝ているのですか?」
 
 思いもよらない言葉に、僕は思わず固まった。
 
「えっ……?」

 
 戸惑っていると、ジェイデンは言葉を続ける。
 
「最近、セレダの雰囲気が変わったように感じるのです。ティト様と近くにいると穏やかな表情をするようになったというか……」
「そ、う……」

 確かに、最近のセレダは少し変わったかもしれない。今まででは見せない表情を見せてくれるようになったし、僕への接し方も以前よりも柔らかくなったと思う。
 
「やはり、そうなんですね……」
「…………うん、まあね」
 
 肯定すると、ジェイデンはそうですか、と呟いて目を伏せた。
 
「……どうしてそんなことを訊くの?」
「それは……」
「それは?」
 
 僕の問い掛けに、ジェイデンは言い淀む。
 
「それは、その……ただ気になって……」
「……そう」
 
 何だか歯切れが悪い気もするが、追及するのもどうかと思い、曖昧に返事をした。
 
「……あのさ、もし嫌だったら答えなくてもいいんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
「僕とセレダが寝ていると知ってジェイデンはどう思った?」
「…………私は……」

 そう呟いて、ジェイデンはまた黙り込む。だが、ややあってから意を決したように口を開いた。

「……ティト様、もう一試合しませんか」
「え?」
「もう一試合して頂ければ、答えが出る気がするんです」

 真っ直ぐな瞳で見つめられれば、断ることなどできるはずもなかった。僕は首を縦に振る。
 
「分かった」
 
 結局、先程のように剣で試合をすることになった。
 
「15本先取で良いんだよね?」
「はい」
 
 始まりの礼をすると、僕はすぐに地を蹴る。まずは小手調べだとばかりに突きを放った。それを軽く受け流されると、すかさず胴を狙う。だがそれも防がれてしまう。
 ジェイデンの攻撃は重くて鋭い。そして何より、動きを読んでいるかのように僕の攻撃を防ぐのだ。まるで心を見透かされているような気分になる。
 けれど、やはりいつもよりも精彩を欠いていて隙があるように思えた。だからなんとか食らいついていけたのだが……
 
(やっぱり強いな)
 
 最後の一本を取られそうになったところで、僕は一旦後ろに下がって距離を取る。その一瞬の攻防の間に息を整えながら考える。
 
(ジェイデンは何を考えてる?)
 
 そう思いながらも、次はどんな攻撃をしようかと考える。そんな時だ。ふと違和感を覚えた。それは本当に些細なものだったが、確かに何かが違うと感じた。
 その時、僅かにジェイデンがふっ、と力を抜いた気がした。僕はその隙を見逃さず、素早く距離を詰めると、そのまま突きを繰り出す。
 
 14対14――
 
 ここまで迫って来れたのは初めてだった。だけど、まだ油断はできない。僕は再び気を引き締めると構え直した。
 先に動いたのは僕だ。だが、予想に反してジェイデンはその攻撃を受け流すのではなく避けようとした。咄嵯に反応が遅れてしまったのか、その顔には焦りの色が見える。僕はそれを逃すまいと追撃する。
 
 15対14――
 
 僕は初めてジェイデンとの試合に勝ったのだった。
 
(でも……なんだろう……この感じ)
 
 喜びよりも前に、どこか違和感を感じる。なんだか少しおかしい。
 
「……おめでとうございます、ティト様」
 
 目の前に立つジェイデンから祝福の言葉を掛けられた瞬間、違和感の正体に気付いた。
 そうか、ジェイデンはわざと負けたんだ。
 そう思った途端、何故か胸の奥がチクリとした気がした。
 
『……僕がジェイデンから剣術で15本先取をとれる様になったら、……僕はその時、公爵の言葉を考える』

 僕は数年前、彼にそう告げたのだ。

――彼を妻にするという選択肢を取ることもできる。お前が選択した行動は未来永劫そのままでなくてはいけないと言うものではない。

 ジェイデンはその言葉を僕に考えてほしいと思っているのだろうか。それでも、なぜわざと負けたのか、と聞く気にはなれなかった。
 僕は額の汗を拭い、彼をゆっくりと見据える。

「ジェイデン」
「はい」

「――共に湯に入ろうか」

 僕は彼にそう告げたのだった。
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