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①〈フラップ編〉

12『命の危機に起こりうる出来事、それは……』

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ゴロゴロゴロ……。

どこか遠くのほうで、雷鳴の轟く音がします。

ゆっくりとまぶたを開けたレンの瞳に、
灰色の暗雲が広がる空がフェイスガード越しに映りました。
どこか地面の上に寝転がっているようです。
自分の背中に、サリサリと冷たく乾いた土の感触があります。

(そうだった。ぼくたち、落としたバッグをつかまえようとして……)

レンは、そっと上半身を起こしてみました。どこも強くは打っていないようです。

ただ……明らかな違和感がありました。
自分の身のまわりにぽつぽつと生えている草が、異様なほどノッポなのです。
まるで樹を見上げるように、レンは細長い野草の筋を呆然と見つめました。

(ぼく、いつの間に小さくなったんだ?)

フラップの背中から落下する前、
バッグからチヂミガンを取り出したことは、うっすらと覚えています。
けれど、落下している最中の記憶がとてもあいまいで、
自分が空中に投げ出されながら銃を使ったのかどうか、見当もつきません。

レンはその場で立ち上がってみました。
見回せば、そこは小さな神社の境内のようでした。
清らかで、何もない、ひっそりとした空気感。
そして、見上げるような石階段の上にそびえる、苔むした社殿。
なるほど、ここは日頃より人の訪れがとぼしい場所なのでしょう。
参道の横にたたずむ石灯籠にも、苔が確認できます。
こんな場所に倒れていたのも、フラップがこれにぶつかったからでしょう。

振り返ったレンのそばに、そのフラップが横ざまに伸びていました。
今やその体は、ネズミ一匹乗せてやっと飛べるくらいにまで縮んでいます。

「フラップ、起きてよ!」

レンに脇腹をゆすられると、フラップは、うーんと小さくうなってから、
のっそりと起き上がりました。

「いったたた……鼻先が。レンくん、無事みたいだね」

「うん、そっちこそ。ところで、どうしてぼくまで小さくなってるの?」

「え……?  ああ、それはね……」

フラップは、鼻先を手でいたわりながら、ゆっくり立ち上がりました。

「ぼくがあなたに、チヂミガンを撃ったからなんです……空中でね」

「フラップが使ったの!?」

「ええ……。落ちる最中、あなたが手放した銃が、偶然……
ぼくの顔の前に迫ってきたものだから、思わずキャッチして……。
その時、地上に近づくならふたりとも小さくならなきゃと、とっさに思って、
あなたに銃口をむけたんです……ちゃんと当たってよかった」

「――そうだったのか。それで、銃はどこ?  ぼくのバッグは?」

「バッグなら、えっと……あ、ここにありました!」

フラップが横を見ると、こんもりとした小山のように大きなレンのバッグが、
草花の間に転がっていました。

「よかった、荷物は無事みたいだ」

「でも、チヂミガンはどこかに行っちゃいました……。
ああ、困ったなあ!  ぼくの元気ドリンクボトルも行方不明です」

フラップは、腰回りのベルトに差したはずの銃がないのに気がついて、
がっくりと肩を落としました。

「探そう。あの銃がないとぼく、元の大きさに戻れないよ。
ドリンクも取り戻さないと、キミも飛ぶのキツイでしょ。
ガラクタの中に落ちてないと、いいけどなあ……」

「はあ~、なんだかぼく、エネルギー切れかも……とてもぐったりします。
それに、なんだかこの辺、いやにカビ臭いし――」

フラップは、すんすんと鼻を鳴らしながら周囲のにおいをかぎ、
そして……ピンと耳をおっ立てました。

「――何かいます。ひとりやふたりじゃないです」

フラップが頭をかがめて、周囲を警戒しはじめます。
歩き出していたレンも、「えっ?」となり、
あわててもう一度、周辺に目をこらします。

するとその時、
境内のまわりに生い茂しげる草むらの中から、何者かが姿を見せました。

(あれは!)


猫でした。
鋭い目をした猫が一匹、悠々とした足取りで境内に現れたのです。

(なあんだ、猫か)

と、レンが安心したのもつかの間。
その猫の後ろに続いて、もう一匹、二匹。別の猫が入ってきました。
さらに境内のまわりからもう一匹、また一匹、その後ろからもう一匹……
猫は続々と増えていき、まっすぐにレンたちのいる方へむかってくるのです。
まるで猫の楽しい密会をもとめ、なだれこんでくるかのように。

その数は、優にニ十匹を超えています。これは、なんともまずい!
なぜなのか……そんなものは決まっています。

(ぼくらは今、ネズミ並みに小さいんだ……!)

猫は、小さな動くものに、めっぽう反応しやすい生き物。
下手に動いたが最後、レンとフラップは、彼らの餌食です!

「レンくん。あれは……なんなんですか?」

「『ねこ』と書いて、とにかくやばい、と読む生き物だよ!
フラップ、キミ、まだ飛べる?」

「……どうかなあ。お腹ぺっこぺこですし。
あんな急降下と、顔面激突の後で、何よりヘトヘトだから」

フラップは、まだズキズキ痛む鼻をさすりながら答えました。

「ほんの少しでいいんだ。
この神社をぬけて、猫に追いつかれない場所まで逃げれれば……」

「でも、ここにあるキミのバッグはどうするんです?  銃も、ドリンクも」

「それは、あとで考えよう。今は、ぼくたちの身の安全が最優先だから」

猫たちは、どうやらレンたちの姿に気がついたようです。
どの猫も野良の食い意地をあらわに、見慣れない小さな生き物に釘づけ。
じりじりと忍びよるように距離をつめてきます。

もう、考えている余裕はありません。

「……やってみます」

「よく言った。じゃあ……頼んだよっ!」

レンは素早くフラップの背中に飛び乗りました。
それを見た猫たちが、獲物が逃げようとしていると悟ったのか、
いっせいに飛びかかってきます!

「空へ!」

びゅわっ!!

猫たちの爪が届く寸前に、フラップは地を離れました。
憂うつな曇り空にむかって。猫の手も届くことのない高みへむかって――。


「ああ……だ、だめだぁ、やっぱり……!」


無理がたたった、と言わざるを得ないのか。
四メートルも昇らないうちに、フラップは体をぐらりと前に傾かせながら、
ずるずると地上へ落ちていきました。

「うわわわわぁぁぁ……!」


ずずぅぅん……!

フラップは再び土の上へ、ぐったりと胴体着陸しました。
ここまでの光景を見て、あっけに取られていた猫たちでしたが、
獲物が弱っていることを知るや、もう一度ゆっくり距離をつめてきました。
爪も牙もおさめたまま、静かに、今度こそ仕留めるような目で。

「フラップ、だめだ!  しっかり!  ……こうなったら」

レンは、身動きもしないフラップの背中から飛び降りると、
猫たちの前に両腕を広げて立ちはだかり、その身をかばいました。
――目に涙を浮かべながら。

(守りながら、食べられてやる!)


いい人とは死ぬ直前、何を思って行動するのか。
レンは、その身をもって答えを出したのです。最後まで友達を守る。
たとえそれが、なんの役にも立たない小人の悪あがきだとしても。

「――レ、レンくん」

彼の姿を見たフラップは、その瞬間、心の底から強く奮い立たされました。

「やめろ!  レンくんには手を出すなぁー!!」

感じたことのないエネルギーが、怒りと恐怖とともに体じゅうにみなぎり、
フラップは爆発したかのような勢いで立ち上がりました。

……ズズズズズズンズンズンズン!

フラップの体が、みるみるうちに巨大化していきます。
成長の時間を早めた苗木が、強くたくましい樹に変身するように。
その足元では、度肝をぬかれたレンが地面に崩れ落ちていました。

彼だけではありません。
フラップの大変化を目撃した猫の群が、蛇ににらまれたカエルのごとく、
立ちすくみ、おびえているのが見えます。

体が熱い……血が燃えているみたいだ。ぼくの魂が、烈火のごとく叫んでいる。
さあ、今こそ吹けと!


ゴオォォォォオオオ!!


フラップの口から、天にむかってごうごうと噴き上がる炎の柱。
ある種の神の逆鱗のような迫力に、
成すすべもない猫の群れは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してゆくのでした。

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