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77.壊れた?それとも偽物?

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「美味しそうだね、僕ももらっていいかな?」

「あ、はい。今出しますね」

 ジルベルト司祭用には、がっつりお肉のサンドイッチとイカや帆立の串焼きと、ゴロゴロ野菜のスープ。

 いそいそと隣に座ったジルベルト司祭に『どうぞ』と言って差し出すと、にっこり笑ってスコーンを⋯⋯ロクサーナの食べかけをパクリ。

「うん、美味しいね。ラズベリーの酸味が好きなんだけど、マーマレードの苦味がこんなに合うとは思わなかったな。これは病みつきになりそうだ」

 ポカンと口を開けたままで放心状態のロクサーナの手に、ジルベルト司祭がサンドイッチを持たせた。

「はい、ロクサーナの分。大きな口を開けてるけど、あ~んする?」

「へ? いやいや、違う⋯⋯違ーう! ジルベルト司祭、一体何があったんですか? 疲れ過ぎてキレちゃいました? それか、仕事できなくて壊れたとか。それとも⋯⋯もも、もしかして偽物? 幻影魔法ですか!?
はっ、本物のジルベルト司祭はどこですか!? ジル、ジルベルト司祭を返せえぇぇ」

 支離滅裂で涙目になったロクサーナの頭を撫でてから、ハンカチを出し涙を拭いて『鼻かむ?』とお世話をするジルベルト司祭の姿は、まるで子煩悩な父親のよう。

「ちょっと、やり過ぎたな」

【かなりやり過ぎ。ロクサーナには理解できてないからね!】



「えーっと、ロクサーナが教会に所属している間は上司と部下だっただろ? ここまではオーケー?」

 ジルベルト司祭はこくりと頷いたロクサーナの顔を覗き込んで、ゆっくりと噛んで含めるように話しはじめた。

「で、それなりに距離を置かないといけないと思っていたんだ。で、この間ロクサーナは教会を離れたから、食事に誘った。これからは友達とかに変われたらいいなと思ってね」

「友達⋯⋯食事とか買い物とか」

「そう、昨夜話をしたアレだね。ずっとそんな風になりたいと思ってたから⋯⋯ちょっと勢いがつき過ぎたんだ。驚かせてごめん」

 ようやく関係が変わると安堵した数日後に、ロクサーナが海に落ちて溺れかけた。その後目を覚まさないロクサーナのそばで過ごした間の不安で、ストッパーが外れていたと反省したジルベルト司祭。

(やり過ぎて大失敗だな)



 俯いたままのロクサーナはボソボソとなにか呟いては、首を傾げたり頷いたりと忙しそうにしている。

(友達って言うのは確か⋯⋯食事にはじまって、買い物に行くんだよね。その次はなんかあったっけ? えっと、人の食べかけを食べるのはどこに入る?
その前に膝に乗せるのには理由があった気がするし⋯⋯あ~んとかも普通って事かあ。友達って言うのは結構ハードモードなんだなぁ。
頑張れるか自信がないけど⋯⋯サブリナ達は友達と出かけるのは楽しいって言ってたから、もしかして『あ~ん』なんて余裕でできるのかも⋯⋯膝乗せはどっちが上かどうやって決めるの?
ああっ! て事は⋯⋯友達になるから私がジルベルト司祭を膝に乗せ、乗せ、ええーっ!)

 完全に『友達』を勘違いしたロクサーナだが、ジルベルト司祭にとって吉と出るか凶と出るか⋯⋯。



「ロクサーナ、戻って来~い」

「へ? あ⋯⋯えーっと、そっ、その⋯⋯上司と部下から膝に⋯⋯じゃなくて、とっ、友達に変化したジルベルト司祭が目の前にいると。えとえと、だから、別人みたいな変? な行動になってるわけですね! りょ、了解です。
友達がよく分かってなくて、ちょっと、ちょびっと混乱してました。ごめんなさい⋯⋯えっと、これからよろしくです?」

「うん、よろしく。気になる事とか疑問があればすぐに(ミュウ達じゃなくて)僕に聞いてくれるかな? ロクサーナと僕の関係については、2人で話し合っていきたいって思うんだ」

 ロクサーナがミュウ達に聞けば、もっと一般的な『友達関係』を教えてくれたはずだが⋯⋯。

「はい! わからない事があったらすぐ聞きますね。その、どっちが上とか、えっと、その時になったら、はい」

 腹黒ジルベルトの囲い込み作戦成功の兆しに、ミュウがこっそり溜め息をついた。

【また、誑かされてるよ】

【ウルウル~、これはジル君の愛ってことなのぉ?】

【僕のみたところ、長年耐えてる間に拗らせた男って感じだから、ピッピにはまだ難しいかな~】

【束縛系だな】

【既にかなり調教済みだしな】

【用意周到モグッ】

 わざわざジルベルトの近くに並んで噂をする精霊と時の神達は、能天気に騙されるロクサーナと、上手に掌で転がすジルベルトのやり取りで盛り上がっている。

【騙されてますよ~。友達の概念、壊されてるぞ~】

【ミュウ、邪魔しちゃだめなの~。これから面白そうなの~】

【クロ、最初はどっちが上か、賭けるか? ププッ】

【いいねえ⋯⋯なら俺はジルベルトが上に賭ける。ロクサーナが上は上級すぎだろ?】

【上の意味が違うモグッ】

 精霊や神がジルベルトにだけ聞こえるように話している上級テクのせいで、彼らの話が何も聞こえていないロクサーナは、ご機嫌のままワッフルに手を伸ばした。

(問題解決! ふふ~ん、膝だけ身体強化できるか試しとかなくちゃ。ジルベルト司祭は細いけど、男の人だもんね)



 精霊達の揶揄いに顔を赤くしたジルベルト司祭に気付かないまま、ロクサーナは今度はチョコブラウニーを口に放り込んだ。

「家の材料は、いいの見つかった?」

「うん、どれもまっすぐ伸びたいい木ばかりだね。ゼフィンが手伝ってくれるって言うから、思ったより早くに住めるようになりそうだよ」

「材料の搬入の時とドワーフが仕事をする姿を、人に見られないようにするのがちょっと大変そう」

 転移門を設置するのは簡単だが、ドワーフや資材の出入りを見られるとすぐに大騒ぎになるだろう。

 安全な場所に引っ越したばかりの彼らに、迷惑はかけられない。

「う~ん、(島にはロクサーナしかいないから)そこは問題ないと思う。それより場所をきちんと決めて、ゼフィンに連絡しなきゃな」

「そっか、何か方法があるなら安心だね。場所って広いの?」

「結構広いよ。ねえ、ここに家を一軒追加するとしたら、ロクサーナならどこにする?」



 村長やゼフィン達はジルベルト司祭が引っ越したいと言うと、諸手を挙げて賛成してくれた。

『ワシらが来た言うても種族が違うけんの、分からん事もようけあるじゃろう思うんで。ジルベルトさんが来てくれたら、ロクサーナも喜ぶじゃろうし、安心じゃ』

『わしらぁ、ずーっと山に篭っとったけん、外のことはよう分からんし、魔法やらはさーっぱりじゃしの。ロクサーナが悩んでも無茶ぁしても、分からんし手伝えん。よろしゅう頼むで』

『ほうよね、ロクサーナちゃんはおうた会ったばっかりの私らの無理を聞いてくれたんじゃけど⋯⋯後から色々知ってびっくりするやら、申し訳ないやらで。あげなこまいあんな小さい子に無茶ぁさせてもうてからに⋯⋯って反省したんよ。
あん時は、魔法はなんでも出来るんじゃけえ、簡単じゃろう思うとったけんねえ』

 帝国から救い出されたドワーフの話を聞いて、村のドワーフ達は初めて『どれほど危険だったか』に気付かされた。

『ワシらは武器は作るくせに、戦いの事はなんも知らん。無知なのは恐ろしいて、よう分かったんよ』

 ロクサーナはドワーフひとりに対し剣一本の報酬を要求したが、ドワーフは生涯ロクサーナを支えると決めている。

『島への引っ越しはその決意の表れなんじゃが、ロクサーナには伝わっとらんのよ』

『呑気なんかなんなんか⋯⋯自分が凄いことをやったって、気付いとらんけん。お礼を言うたら困った顔をするんじゃもんねえ』



「ここにもう一軒の家? 人が増えるとか想像した事なかったからなあ。でも、例えばだよね⋯⋯だとしたら⋯⋯」

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