【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません

との

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71.もしかして、女をどこかに置き忘れた?

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「やだ! ゴホン、目が覚めてよかった。喉は乾いてないかな?」

「お」

「お?」

「おしっ⋯⋯トイレェェェ!」

 ベッドから転げ落ちたロクサーナは、受け止めようとしたジルベルト司祭を振り払って、よろよろとしながら飛び出して行った。

【う~ん、流石はロクサーナだね。ここは普通、感動のシーンのはずだけど】

【感動のラブラブはぁ、ロクサーナには無理だね~。ジルちゃん、がんば】



「ふ、ふはっ⋯⋯良かった、間違いなくロクサーナでした」

 ロクサーナにほぼ突き飛ばされた状態で、床に座り込んでいるジルベルト司祭が、泣き笑いしていた。

「ほんとに良かった⋯⋯俺じゃダメかもって⋯⋯目が⋯⋯目が覚めてくれて、ありがとう」

【かなり重症だねえ。ピッピ、実体化できるなら頭なでなでしてあげたくなったよ】

【やめとけ、ジルベルトがチリチリになったらロクサーナが怒る⋯⋯うーん、怒るかな?】

 首を傾げたミュウが、実験したそうな顔でジルベルト司祭の顔をまじまじと見て、ニヤリと笑った。

【よし、試してみようか】




「あのぉ⋯⋯先ほどは大変失礼をいたしまして」

 ドアからそっと顔を覗かせたロクサーナが赤い顔で頭を下げた。

(めちゃめちゃ恥ずかしいっす。目が覚めた途端ジルベルト司祭を突き飛ばして、トイレって叫ぶとか。うっかり、女の子廃業してたのかも)

【ロクサーナ、正座! んで、反省!】

「はいっ!」

 ぴょんと飛び上がり部屋に飛び込んだロクサーナは、ミュウの言いつけ通りに正座して⋯⋯手はお膝で、背筋を伸ばした。

「あの、できれ⋯⋯」

【ロクサーナは海に飛び込んだ3日⋯⋯ほぼ4日前から説明するからね】

「えーっと、飛び込んだのではなくですね。あ⋯⋯」

【だーまーれー! 地面がなくなってるのに気付かない間抜けだったから、海に落ちた⋯⋯の方がいい?】

「あ、いえ、ごめんなさい」

「あの、できれば話のま⋯⋯」

【ミュウがお小言する時は、ピッピも入れないの~。『待て』ができないと叱られちゃうの~】

 ジルベルト司祭の話を完全に無視するミュウと、チラチラと司祭を横目で見ながら何も言えないロクサーナの間で、話が進んでいった。



 海に落ちた場面からはじまり目が覚めるまでを、ミュウが淡々と説明をするとロクサーナの顔がどんどん青ざめていった。

「そそ、そんなに経ってた? え、あ、ええーっ、マジっすか!! ジルベルト司祭、お仕事休ませてごめんなさい。執務室が書類でとんでもないことになってたらどうしよう⋯⋯簡単な計算とかなら⋯⋯他にお手伝いできるのはな、なんだろ⋯⋯うう、ジルベルト司祭の仕事内容が分かんないよお」

「あの、できれば話の前に何か飲むか食べるかしよう。ずっと寝てたからね」

「い、いえいえそれよりも、ホントの本当にごめ⋯⋯」


  グウ~


【プハッ!】

【プププッ!】

「くくっ」

 こういう場面でお決まりの音が鳴り響き、真っ赤な顔になったロクサーナがお腹を抑えた。

「⋯⋯もうやだぁ、タイミング最悪~」

「カジャおばさんがスープを作ってくれたはずなんだ。もらってくるから待ってて」

 腰を上げかけたジルベルト司祭の腕を掴んで、ロクサーナが腰を上げた。

「自分で行ってきます。これ以上ご迷惑はかけられませんから」

「病み上がりは大人しくして、ベッドで待っていな⋯⋯」

「いやいや、ジルベルト司祭こそ今世紀最大のクマを飼育し⋯⋯」

 2人がモタモタと言い合っている間に、開いたままのドアから美味しそうな匂いが漂ってきた。



「ロクサーナちゃんの目が覚めたみたいじゃけん、お水とスープを持ってきたよ~。食べれそうなら食べてみんちゃい。ミュウちゃんとピッピちゃんのも司祭さんのもあるけんね~」

 身体のサイズに見合わない大きなトレーに、アレコレと山盛りに乗せたカジャおばさんが部屋に入ってきた。

「司祭さんはそこのテーブルをこっちに⋯⋯重たいけん、気をつけんさいね。ほんで、ロクサーナちゃんはクッションを持ってきんちゃい。ほら⋯⋯そこの隅にあるじゃろ? んで、ミュウちゃんとピッピちゃんは応援団じゃね。
ほれほれ、さっさと座りんちゃい。夜はちいと冷えるけんねえ、クッションの上じゃないといけんよ。
さてと⋯⋯あとは⋯⋯ほうじゃ、スプーンはここじゃけんね。熱いけん、気をつけて食べんにゃいけんよ」

 テキパキと指示を出してササっと料理を並べ終わると、スタスタと部屋を出ていくカジャおばさん。2人はテーブルに向かって座りスプーンを手にした。

「カジャおばさん、ありがとう」

「司祭さんにええ音楽を聞かせてもろうたけん、サービスでプリンもつけといたけんね」

 ヒラヒラと手を振ったカジャおばさんが『ふっふふ~ん』と鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。

「今のメロディ⋯⋯」

「凄いですね、あっという間に覚えたなんて」

【⋯⋯(半日以上聴き続けたら覚えると思うけどなぁ)】

 そんなに長い時間弾き続けた自覚のないジルベルト司祭は、素直に『ドワーフは耳もいいのか』と感心していた。

【食べる?】

「うん」

「そうですね」



 胃が小さくなっているのか。久しぶりの食事は少ししか食べられなかったが、ロクサーナとジルベルト司祭の顔色は格段に良くなった。

 山の奥に住んでいたドワーフはずっと肉メインの料理ばかりだったが、島に来て魚介に目覚めたカジャおばさん達の進化が目覚ましい。

『ロクサーナちゃん、過去にどんな料理を食べたか吐きんちゃい! おばちゃん達がぜ~んぶ再現したげるけんね!』

『肉とおんなじで、魚も骨まで使い倒してやるけん!』

 ロクサーナが行く先々で手当たり次第に集めまくり、モグモグ自慢の畑に植えまくった野菜も、おばさん達の手で料理され⋯⋯その手腕はプロの料理人並み。

『山の奥じゃ楽しみもあんまりないじゃろ? 男らは飲んでばっかりじゃしねえ。女で集まって、料理して⋯⋯亭主らをこき下ろすんが、一番の楽しみじゃったけんね』




「リラかぁ⋯⋯」

 プリンにスプーンを突き刺したロクサーナがポツリと呟いた。

「って事は⋯⋯敵認定だよね~。そんなつもりじゃないですって言ったら、許してくれるかなぁ?」

「ねえ、何故リラが有効だったのか⋯⋯リラじゃないといけなかったのか、教えてくれないかな?」

「リラの音色はセイレーンの歌声を打ち消すことができるんです。ただ、セイレーンが岩礁を離れられるはずはないと思うんですけどね~⋯⋯て事は、誰かが手を貸した。う~ん」

 歌を聞かせて生き残った人間が現れた時には死ぬ運命と定められていたセイレーンは、キルケーの入れ知恵でオデュッセウスが生き残った後、海に身を投げて自殺した。

【岩になって岩礁の一部になったからね】

【セイレーン、可哀想だよ~】

「リューズベイにセイレーンがいたなんて初めて知った⋯⋯ホントに、ちゃんと話を聞いておけば良かった」

 肩を落として項垂れたジルベルト司祭がミュウに向かって頭を下げた。

「大変申し訳ありませんでした」

【貸し一個だから、楽しみにしてるよ~】

「ミュウ、貸し借りは良くないんだよ~。いつでもニコニコ現金払いってね」



 ジルベルト司祭にとってミュウ達精霊は敬い奉る存在なので、とても腰が低い。

 ロクサーナにとっては愛すべき家族なので、とても話し方が雑⋯⋯ゲフンゲフン⋯⋯距離が近い。

「それよりグラウコスねぇ⋯⋯となると⋯⋯でも、リラだよねぇ」

「ん?」

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