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72.この後はお若いおふたりで⋯⋯ピンチに陥る

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「それよりグラウコスねぇ⋯⋯となると⋯⋯でも、リラだよねぇ」

「ん?」

「確かに 軽挙妄動けいきょもうどう君なら海でフラフラしててもおかしくないって思うし、ミュウが言うんなら間違いなくいたんだと思う。んで、リラで目が覚めたならこれも間違いなくセイレーンが関係してる⋯⋯とは思うんだけど。
セイレーンとグラウコスの繋がりが見えてこなくて⋯⋯グラウコスは能力的にもショボショボだし。
あそこにいたメンバーで海を自由に動けるのは誰かなぁって考えてたの。
まあ、この話は保留にして、もうちょっと考えてみるね」

 ロクサーナが言う軽挙妄動君はもちろん海神グラウコスの事。元漁師のグラウコスは興味本位で口にした薬草のせいで魚人になり、その後たまたま海神になれたラッキーなのかアンラッキーなのかよく分からない神。

 手に入れた能力も不死と予言だけと言う、これもラッキーなのかアンラッキーなのか分からない微妙なもの。

 さて、それはしばらくの間横に置いておき⋯⋯。




【暫くは海に落ちない事だね】

「が、頑張る」

 ヒョロヒョロの腕でガッツポーズを決めたロクサーナが『ハッ!』とを思い出して、ジルベルト司祭から顔を背けた。

 海に落ちた⋯⋯飛び込んだ原因となったジルベルト司祭来訪時の出来事が、ロクサーナの頭の中で駆け巡る。

 いつも通りそばにいるのはミュウ達だけだと信じ切っていたロクサーナは、ボロボロと愚痴をこぼし本音をダダ漏れさせていた。

【さ~て、僕はちょっと遊びに行ってくる。ピッピ、行くよ!】

【やん! これからが面白いとこなの~。ピッピ、一番近くで見物した~い】

【⋯⋯氷漬け、氷河に埋める、永久凍土の中に檻⋯⋯】

【ダメなの~、それはピッピでも泣いちゃうの~。卵ちゃんと遊んでくるも~ん】

 壁をすり抜けてミュウから逃げ出したピッピが、満天の星空の下、ドラゴンの住む山に向けて一目散に飛んでいった。

(ドラ美ちゃん達、起きてるかな~。寝てたらごめんね~)

(フェンリルはフェニックスより強いのか⋯⋯そうか、氷属性と火属性だもんな)



 ミュウの姿も消えた部屋には、居心地の悪さを誤魔化そうとしてプリンをつつきはじめたロクサーナと、妙に機嫌の良さそうなジルベルト司祭の2人だけ。

「で、思い出した?」

「な、何のことかな~。ジルベルト司祭はちょっと寝てから教会に戻った方がいいですよ。目の下のクマさんが今にも暴れそうな迫力ですからね! ベッドにクリーンをかけますから、安心して使ってくださいね。なんなら、浄化と消臭も追加しちゃいますし?
あと、何日も心配かけてごめ⋯⋯」

「話を逸らそうとする時は、すっごい早口で話し続ける癖があるから分かりやすいんだよね」

「うぐっ! えっと、その⋯⋯どの辺から聞いてたのかなぁとか、気になってたり⋯⋯いや、もう何日も経ってるなら忘れてますよね~。あはっ、えへへ」

「確か⋯⋯キャパオーバーしすぎだって言ってた辺りからだね」

「キャパ⋯⋯キャパ⋯⋯キャパオーバー⋯⋯えーっと」

 ロクサーナの脳内で数日前の記憶が巻き戻しと再生をはじめた。

「さ、さ、最初っからじゃないですかぁぁ!? なら、もっと早く声かけてくださいよお。そしたらちょびっとは理性とか常識とか建前とか⋯⋯元上司への態度とか節度とか。
無礼者で、なんかすんませんでしたぁ!」

 ガバッと頭を下げたロクサーナの旋毛に向かって、ジルベルト司祭の柔らかい笑い声が聞こえてきた。

「僕としては、ロクサーナの本音が聞けてちょっと嬉しかったんだけどなあ。月一とか半年に一度って言われたのは寂しかったけど」

「あ、いや⋯⋯へ? えーっと、ちょっと何を言ってるのか分かんないですけど、本音はまあ⋯⋯我儘放題してましたから、これ以上迷惑かけちゃうのはいけないって分かってます。
あっ、そうだ! 前々から決めてたんですけどね、外注ってやつで仕事を受けられたらって⋯⋯ジルベルト司祭からの限定ですけど。聖女を辞める時から決めてたのは本当ですから! 私が役に立ちそうだな~って思う事があったら、通信鏡で連絡してもらえば⋯⋯いつでもどこでもシュタタッとお伺いしようと思ってます。
何しろ、のんびりまったりのスローライフなんで、暇だけはいっぱいありそうですし!」

「通信鏡かあ⋯⋯やっぱりまだ、おねだりとかしてくれないのか」

 話しているうちに、スプーンを握りしめたままテーブルに手をついて、身を乗り出していたロクサーナは、意味が分からず首を傾げた。

「おね、おね、おねだり?」

「じゃあ、僕からおねだりしよう。アラクネと僕のお茶会があるよね? ほら、ロクサーナが約束してたやつ」

 こくこくと首を縦に振るロクサーナは冷や汗をたらり⋯⋯。

「か、か、勝手に決めてごめんなさい。それも反省してますです!」

「いや、それはオーケーなんだけど、ロクサーナも参加してね」

「⋯⋯はい? あーっ、あれですね。お、お茶の準備とか頑張るです。もちろんそのつもりでしたし、お菓子の準備も了解しました!」

 器用そうなアラクネだが、蜘蛛の鋏角とか触肢ではお茶の準備はできないし、無理矢理巻き込んだジルベルト司祭に頼むのは言語道断。

「で、その後夕食を一緒にしよう」

「⋯⋯ぅ⋯⋯プシュー⋯⋯ほぇぇ」

 うっかり『2人で食事タイム』を妄想してしまったロクサーナが、全身茹蛸のようになって撃沈した。

「⋯⋯ぁぅぅ⋯⋯む、むりぃ⋯⋯」

「転移門で毎日3時くらいに来てお茶会をして⋯⋯夕食は、う~ん、7時くらいかなぁ」

「そそ、そりは⋯⋯ま、まい、まい⋯⋯」

「家がまだ出来てないとは思ってなかったから、簡易版のガゼボを作るのはどうだろう。夜景も見れるし、毎日食事をする場所としてはなかなか良いと思うんだ」

 ぽかんと口を開けたまま、赤くなったり青くなったり忙しかったロクサーナを、優しい目で見つめていたジルベルト司祭が『大きな口を開けてるのは、プリンをあ~んして欲しいとか?』と揶揄った。

「あ、あの⋯⋯お気遣いは嬉しいですけど⋯⋯プリンじゃないです⋯⋯えっと、なんだっけ⋯⋯あ、そうだ。私の妄想とか色々漏れたのは忘れてもらってですね。あれは悪夢の一環⋯⋯パロディって感じでスルーしていただければ良いと。
お忙しいジルベルト司祭を長時間拘束とか⋯⋯そこまで鬼畜にはなりませんから」

 ロクサーナが勝手に取り決めたアラクネとの約束をジルベルト司祭が守ったら、それだけで毎日会えるわけで⋯⋯それ以上を望む必要はない。

(お茶会の約束は、アラクネに謝りに行くべきだからなくなると思うけど、勝手に決めたのが悪いんだし⋯⋯アラクネにも変な期待させちゃって、謝らなくちゃだし)

「アラクネにはごめんねって言おうと思ってて、色々準備も済ませてて」



「⋯⋯準備? う~ん、すっごい嫌な予感がしてきたのは偶然かなあ。背筋がゾワゾワ~ってなって、妙な気配がしてるんだよね~」

「ええっ! マジですか!? それは間違いなく、風邪ですね」

 そぉっと椅子から立ち上がりながら部屋の壁に張り付いた。

「すぐに薬を調合してきますから、ベッドに入っててください」

 壁に背をつけてドアに向けてカニ歩きをはじめ⋯⋯。

「ジルベルト司祭は普段から無理してるから。そこにこの数日の疲⋯⋯」

 あと少しでドアノブに手が⋯⋯。

「ロクサーナァァ、吐けぇ~! それ以上カニになったら、お膝に座らせるわよ! こっちにきて、ぜ~んぶ吐きなさい。で、な~に~を~、準備したのかしら~?」




 ロクサーナ、絶体絶命のピンチ!

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