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朗読
朗読 変わる現実と変われないもの。
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恋人と別れ
1人になった部屋の中
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時計の針だけが時間の経過を伝える。
止まるはずのない2人の時間。
だけど、そんな不変のように思われた時間は、形を変えた。
時間が止まったように感じていたのは、きっと何もかもが変わっていったからだろう。
しかし、目を凝らしてみれば
現実だけが変わり、自分自身は何も変わっていなかった。
これから先も続くと勘違いしていた、そんな記憶だけが、自分自身に残り続けている。
1人になった部屋。
少なくなった荷物。
ふとこぼれる、ため息混じりの深い呼吸が、部屋の中に充満する。
心臓が熱い。
痛い。
苦しい。
しかし、身体の内側は心底冷えきっている。
左手を伸ばしても、その手は冷たいLEDの色に照らされる、そんな空気に触れるだけだ。
広くなった1LDKの部屋。
初めてここに来た時と状況は同じはずだ。
それなのに、何もかもが違う気がする。
家具も同じ、間取りも同じ、住んでいる人も、もとに戻った。
何もかもが元に戻った現実の最中、そこに残る冷たさの奥で、いつもの香りが鼻腔をくすぐる。
変わってしまった。
終わってしまった。
なのに、それを理解させまいと、記憶の奥にまでこびれついた香水の香りが離れない。
変わらないで欲しかった。そんな願望だけが脳裏に溢れていく。
いないはずなのに、隣にいる。
いないはずなのに、手を伸ばせば手が届きそうに感じてしまう。
いないはずなのに、身体と共に、空気を抱きしめてしまう。
きっとそれも、全部あいつが悪いんだ。
そう自分に言い聞かせる。
あいつが残していったとある癖
それは、指先に香水を纏い、触れるものに自分を残していく事だった。
そんな、癖から生まれた指先が…
香水が、身に纏う衣服ごと、身体ごと、心ごと、思考と現実を変えてしまったのだ。
自分は…何も悪くない。
こんなにも苦しいのも、悲しいのも、寂しいのも、元に戻ったはずなのに、それなのに、こんなにも心が重く空っぽで、脆いのは、全部あいつのせいなんだ。
強く握りしめたはずの手のひらには、浅い爪の跡が残る。
きっとこの先、ここにいる限り、忘れられないのだろう。
この先、どんなに立ち直ろうとも、その感覚だけは埋められないのだろう。
この時間が、自分の本来の時間だと学習してしまったこの自分の脳には、あいつの残した香りが永遠とも感じられるほど、残響する。
このままでは
変わり果てた現実と、希望に満ち溢れていた未来と理想とのギャップに朽ち果ててしまうのだろう。
だからこそ、無意識にでも
そんな感覚を洗い流そうと、目頭に涙が溜まる。
堪る。
黙る。
溢れる。
こぼれる。
「…ずるい」
流れる涙の後ろ。
尊い気持ちだけが行き場を失い、自分の心を蝕み、満たし、壊していく。
もう、変わってしまったものは戻れない。
変わらない。
何度後悔しても、悔やんでも。
それなのに、それなのに、それなのに
現実だけは残酷で、ずるくて、尊くて
形を変えて動いていってしまう。
1人になったそんな部屋で、いつものように、依存する意識に身体を動かされる。
そんな身体は、ふと目に付いたアトマイザーを強く1口、ゆっくり押し込んだ。
残りの少ない香水のアトマイザー。
微かにこぼれる、ダマになった水滴。
そんな
大切な香りを、大嫌いな香りを
深く、呼吸で取り込む。
肺に入れる。
身体に入れる。
脳に入れる。
心に入れる。
指先だけでなく、全部に届くように。
忘れないように
忘れるように
全てが変わるように
全てが変わらないように
この先、抱え続ける複雑な感情の形を捉えるために。
この先、抱え続ける複雑な感情を早く忘れるために。
そっと、冷たい心にいきわたるように。
そっと、冷たい心から出て行けるように。
肺から追い出す。
身体から追い出す。
脳から追い出す。
心から追い出す。
…追い出す
…追い出す
…追い出す
…追い出せない。
深いため息とともに
空になった何かを吐き出した。
寂しく、冷たい
現実に溶け込んでく何かに、自分自身が混ざりあっていく。
寂しさに溢れた身体の中では
心の中では
時は、動き出さない。
変われない。
遠く離れていくはずの現実に
脳裏を埋める、その感情を胸に
私は、しがみつくしか無かった。
1人になった部屋の中
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時計の針だけが時間の経過を伝える。
止まるはずのない2人の時間。
だけど、そんな不変のように思われた時間は、形を変えた。
時間が止まったように感じていたのは、きっと何もかもが変わっていったからだろう。
しかし、目を凝らしてみれば
現実だけが変わり、自分自身は何も変わっていなかった。
これから先も続くと勘違いしていた、そんな記憶だけが、自分自身に残り続けている。
1人になった部屋。
少なくなった荷物。
ふとこぼれる、ため息混じりの深い呼吸が、部屋の中に充満する。
心臓が熱い。
痛い。
苦しい。
しかし、身体の内側は心底冷えきっている。
左手を伸ばしても、その手は冷たいLEDの色に照らされる、そんな空気に触れるだけだ。
広くなった1LDKの部屋。
初めてここに来た時と状況は同じはずだ。
それなのに、何もかもが違う気がする。
家具も同じ、間取りも同じ、住んでいる人も、もとに戻った。
何もかもが元に戻った現実の最中、そこに残る冷たさの奥で、いつもの香りが鼻腔をくすぐる。
変わってしまった。
終わってしまった。
なのに、それを理解させまいと、記憶の奥にまでこびれついた香水の香りが離れない。
変わらないで欲しかった。そんな願望だけが脳裏に溢れていく。
いないはずなのに、隣にいる。
いないはずなのに、手を伸ばせば手が届きそうに感じてしまう。
いないはずなのに、身体と共に、空気を抱きしめてしまう。
きっとそれも、全部あいつが悪いんだ。
そう自分に言い聞かせる。
あいつが残していったとある癖
それは、指先に香水を纏い、触れるものに自分を残していく事だった。
そんな、癖から生まれた指先が…
香水が、身に纏う衣服ごと、身体ごと、心ごと、思考と現実を変えてしまったのだ。
自分は…何も悪くない。
こんなにも苦しいのも、悲しいのも、寂しいのも、元に戻ったはずなのに、それなのに、こんなにも心が重く空っぽで、脆いのは、全部あいつのせいなんだ。
強く握りしめたはずの手のひらには、浅い爪の跡が残る。
きっとこの先、ここにいる限り、忘れられないのだろう。
この先、どんなに立ち直ろうとも、その感覚だけは埋められないのだろう。
この時間が、自分の本来の時間だと学習してしまったこの自分の脳には、あいつの残した香りが永遠とも感じられるほど、残響する。
このままでは
変わり果てた現実と、希望に満ち溢れていた未来と理想とのギャップに朽ち果ててしまうのだろう。
だからこそ、無意識にでも
そんな感覚を洗い流そうと、目頭に涙が溜まる。
堪る。
黙る。
溢れる。
こぼれる。
「…ずるい」
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尊い気持ちだけが行き場を失い、自分の心を蝕み、満たし、壊していく。
もう、変わってしまったものは戻れない。
変わらない。
何度後悔しても、悔やんでも。
それなのに、それなのに、それなのに
現実だけは残酷で、ずるくて、尊くて
形を変えて動いていってしまう。
1人になったそんな部屋で、いつものように、依存する意識に身体を動かされる。
そんな身体は、ふと目に付いたアトマイザーを強く1口、ゆっくり押し込んだ。
残りの少ない香水のアトマイザー。
微かにこぼれる、ダマになった水滴。
そんな
大切な香りを、大嫌いな香りを
深く、呼吸で取り込む。
肺に入れる。
身体に入れる。
脳に入れる。
心に入れる。
指先だけでなく、全部に届くように。
忘れないように
忘れるように
全てが変わるように
全てが変わらないように
この先、抱え続ける複雑な感情の形を捉えるために。
この先、抱え続ける複雑な感情を早く忘れるために。
そっと、冷たい心にいきわたるように。
そっと、冷たい心から出て行けるように。
肺から追い出す。
身体から追い出す。
脳から追い出す。
心から追い出す。
…追い出す
…追い出す
…追い出す
…追い出せない。
深いため息とともに
空になった何かを吐き出した。
寂しく、冷たい
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寂しさに溢れた身体の中では
心の中では
時は、動き出さない。
変われない。
遠く離れていくはずの現実に
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