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宇津希をトイレに置いて戻ってから30分が経つけど一向に怒りはおさまらない。でも、ずっとあそこに居て寒くないだろうか、そう思ってしまってソワソワしてしまう。でも俺は悪くない。
「……あ゛ーもー…」
気になって仕方がない。いつまでそこに居るのだと聞こうとドアを開ける。
「ぁっ、」
「っ、びっくりした…」
トイレに居たはずの彼はいつの間にか廊下の隅で突っ立っていた。
「入ってくれば?寒いでしょ」
もちろん、話す気はない。今日はもう遅いから、宿を提供するだけ。どれだけ体調が悪かろうと知らない。そう、思っていたのに。
(…ああもう…その顔…)
涙をいっぱいに溜めて、遠慮がちに部屋の隅で座っている姿を無視出来るほど非情になりきれない。ズルい。
「何?言いたいことがあるなら言えば?」
「ぁの、っ、おれね、おれもね、」
「…なに、」
「おれも、っ、゛」
「え、なにちょっと…あーもー、」
息が詰まったかと思えば聞こえる小さな嗚咽。そんなになるならあんなこと言わなければ良いのに。背に触れるとびくりと跳ねる。ああ、まだ治まっていなかったんだ。
「おれ、女のひと、にがて、」
「あー、うん?まあそうなのかなとは…」
「で、…それ、は………っ、」
はた、と動きが止まった。止まったかと思えば勢いよく立ち上がって廊下に出てしまう。
「ぇ゛、ぅ…」
ドアを閉める余裕もなかったのだろう。でも、便器の中にはなにもない。唾液だけがダラダラと伝っている。
「あーあー…中身もう全部出ちゃってるから。どーにかして落ち着けない?」
「…された、」
「え?何を?」
「…れいぷ、された、」
から、分かる、そう言ったのだろう。小さい小さい、掠れた声で最後の方は聞こえなかったが。
「…っ、母親、しんで、そのいもうとが、…あし、とか、まえ…とか…さわってきて、」
「おれっ、女のひと、腕とかも、だめで、」
「………まってまってまって、もういいよ、分かった。俺も言いすぎたごめん、」
あまりの衝撃事実に一瞬フリーズしてた。宇津希の口は止まらない。
「そういう、ことばだけでも、毎日、どきどきして、」
「ごめんね、ほんとにごめんね?もう怒ってないよ、ね?」
「っ、よる、失敗とか、した、し、ねれないし、しんどくなる、わかる、」
居ても立っても居られず、きつくきつく抱きしめる。思い出すだけで吐いてしまうほどのトラウマを言わせてしまった。初めて会った日、性への異常な拒絶、ヒントはいっぱい隠れていたのに。言えない気持ちとか、焦りとか。俺が1番分かっているはずなのに。
「いうつもりだった、あのときっ、おれも、って、」
「でも、なんにもしてない、からっ、にげた、から、」
ああ、あの時のことか。何気なく、軽く言ったことがプレッシャーになってしまったのだろう。
『それ俺の目見ながら言ってごらん?』
ヘラヘラと笑って逃げていたことをふと思い出した。初めて真正面から向き合ってくれる人に出会った日を、言葉を。笑いながら宇津希に打ち明けた日もきっと、無意識に昔の癖が出ていたのだ。
「びょういん、っ、にげたし、ぜんぶ、拒絶した、だからっ、こんなに変なの、きもちわるいのっ、」
「俺だってね、最初は口に出すだけで泣いて喋れなかったよ?」
「でも゛っ、ちがうじゃんっ、今は、ちがう、じゃん、」
「宇津希と俺じゃ2年も違う。比べられない。ね?」
「にねんご、そんなふうになれない、」
「ならなくてもいいの。克服しなくても、元気でいられたらいいの」
苦しそうにしゃくりあげながら泣く体を、ただひたすらに抱きしめることしか出来ない。
「なれなかったら、ずっとひとりじゃん、」
子供みたいに泣いて、泣いて、泣いて。
「ちゃんと、できない、かのじょ、できたけど…、ちゃんとできなかったぁ゛…」
彼女。突拍子もなく聞こえるそのワードは、とっくの昔に諦めていたもの。まだ自分の周りには仕事盛りの同僚が多いけど、1人、結婚したらしい。
あまり考えていなかった。というより考えないようにしていた。だって、そういうことで悩むのはしんどいから。そういえば俺も、友人と恋愛話をする時に無意識に病んでいたなぁ。懐かしい。
「こんなおれ、だれも、…」
泣き声が落ち着いたタイミング。ぽつりと吐かれた言葉は掠れていて、弱々しい。
「さっきの、ひどいこといった、ごめんなさい、本心じゃない…、」
「もういいよ、分かってる」
抱きしめる力を弱め、背中を柔く叩いた。宇津希の熱い息が首筋に当たる。我慢しているのだろうが、時折小さく苦しそうに喘いでいるのが分かってしまう。
「あんまり床に擦り付けない方がいいよ」
びくりと跳ねる背中。何度も「ごめん」が絶え絶えに聞こえてくる。
「おさまらない?」
「ごめ、なさ、おれ…、おかしぃ、」
「ちゃんと処理したげないと。生理現象なんだから。ね?」
「ん…でも…こわい、っ、」
「…俺がしたげようか」
「…………え?」
「いやごめん変なこと言っ」
「…いーの?」
何言ってんだ俺。そう思ったけれど、意外な反応が返ってきた。こちらを見る目は不安そうな子犬そのもの。
「…俺もあんまり上手くないけど…」
「…おねがい、します、」
今から試験なのかってくらいに震えた声で、泣きそうに呟いた。
「……あ゛ーもー…」
気になって仕方がない。いつまでそこに居るのだと聞こうとドアを開ける。
「ぁっ、」
「っ、びっくりした…」
トイレに居たはずの彼はいつの間にか廊下の隅で突っ立っていた。
「入ってくれば?寒いでしょ」
もちろん、話す気はない。今日はもう遅いから、宿を提供するだけ。どれだけ体調が悪かろうと知らない。そう、思っていたのに。
(…ああもう…その顔…)
涙をいっぱいに溜めて、遠慮がちに部屋の隅で座っている姿を無視出来るほど非情になりきれない。ズルい。
「何?言いたいことがあるなら言えば?」
「ぁの、っ、おれね、おれもね、」
「…なに、」
「おれも、っ、゛」
「え、なにちょっと…あーもー、」
息が詰まったかと思えば聞こえる小さな嗚咽。そんなになるならあんなこと言わなければ良いのに。背に触れるとびくりと跳ねる。ああ、まだ治まっていなかったんだ。
「おれ、女のひと、にがて、」
「あー、うん?まあそうなのかなとは…」
「で、…それ、は………っ、」
はた、と動きが止まった。止まったかと思えば勢いよく立ち上がって廊下に出てしまう。
「ぇ゛、ぅ…」
ドアを閉める余裕もなかったのだろう。でも、便器の中にはなにもない。唾液だけがダラダラと伝っている。
「あーあー…中身もう全部出ちゃってるから。どーにかして落ち着けない?」
「…された、」
「え?何を?」
「…れいぷ、された、」
から、分かる、そう言ったのだろう。小さい小さい、掠れた声で最後の方は聞こえなかったが。
「…っ、母親、しんで、そのいもうとが、…あし、とか、まえ…とか…さわってきて、」
「おれっ、女のひと、腕とかも、だめで、」
「………まってまってまって、もういいよ、分かった。俺も言いすぎたごめん、」
あまりの衝撃事実に一瞬フリーズしてた。宇津希の口は止まらない。
「そういう、ことばだけでも、毎日、どきどきして、」
「ごめんね、ほんとにごめんね?もう怒ってないよ、ね?」
「っ、よる、失敗とか、した、し、ねれないし、しんどくなる、わかる、」
居ても立っても居られず、きつくきつく抱きしめる。思い出すだけで吐いてしまうほどのトラウマを言わせてしまった。初めて会った日、性への異常な拒絶、ヒントはいっぱい隠れていたのに。言えない気持ちとか、焦りとか。俺が1番分かっているはずなのに。
「いうつもりだった、あのときっ、おれも、って、」
「でも、なんにもしてない、からっ、にげた、から、」
ああ、あの時のことか。何気なく、軽く言ったことがプレッシャーになってしまったのだろう。
『それ俺の目見ながら言ってごらん?』
ヘラヘラと笑って逃げていたことをふと思い出した。初めて真正面から向き合ってくれる人に出会った日を、言葉を。笑いながら宇津希に打ち明けた日もきっと、無意識に昔の癖が出ていたのだ。
「びょういん、っ、にげたし、ぜんぶ、拒絶した、だからっ、こんなに変なの、きもちわるいのっ、」
「俺だってね、最初は口に出すだけで泣いて喋れなかったよ?」
「でも゛っ、ちがうじゃんっ、今は、ちがう、じゃん、」
「宇津希と俺じゃ2年も違う。比べられない。ね?」
「にねんご、そんなふうになれない、」
「ならなくてもいいの。克服しなくても、元気でいられたらいいの」
苦しそうにしゃくりあげながら泣く体を、ただひたすらに抱きしめることしか出来ない。
「なれなかったら、ずっとひとりじゃん、」
子供みたいに泣いて、泣いて、泣いて。
「ちゃんと、できない、かのじょ、できたけど…、ちゃんとできなかったぁ゛…」
彼女。突拍子もなく聞こえるそのワードは、とっくの昔に諦めていたもの。まだ自分の周りには仕事盛りの同僚が多いけど、1人、結婚したらしい。
あまり考えていなかった。というより考えないようにしていた。だって、そういうことで悩むのはしんどいから。そういえば俺も、友人と恋愛話をする時に無意識に病んでいたなぁ。懐かしい。
「こんなおれ、だれも、…」
泣き声が落ち着いたタイミング。ぽつりと吐かれた言葉は掠れていて、弱々しい。
「さっきの、ひどいこといった、ごめんなさい、本心じゃない…、」
「もういいよ、分かってる」
抱きしめる力を弱め、背中を柔く叩いた。宇津希の熱い息が首筋に当たる。我慢しているのだろうが、時折小さく苦しそうに喘いでいるのが分かってしまう。
「あんまり床に擦り付けない方がいいよ」
びくりと跳ねる背中。何度も「ごめん」が絶え絶えに聞こえてくる。
「おさまらない?」
「ごめ、なさ、おれ…、おかしぃ、」
「ちゃんと処理したげないと。生理現象なんだから。ね?」
「ん…でも…こわい、っ、」
「…俺がしたげようか」
「…………え?」
「いやごめん変なこと言っ」
「…いーの?」
何言ってんだ俺。そう思ったけれど、意外な反応が返ってきた。こちらを見る目は不安そうな子犬そのもの。
「…俺もあんまり上手くないけど…」
「…おねがい、します、」
今から試験なのかってくらいに震えた声で、泣きそうに呟いた。
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