48 / 82
日記
37
しおりを挟む書く手が震える。まだ怖れているが、何があったかを記す。
俺は母屋で、二親が失踪したことを知った。婆さんの葬式後、お袋が忽然と姿を消し、親父はお袋を捜しに出たまま戻っていないということだった。
爺さんもまた二人を捜しに出ているらしく、この話は、家にただ一人残っていたイツ子さんから聞いた。
「何があってそういうことに」
と訊くと、イツ子さんは、寸の間、躊躇いを見せた後に、
「やはりもう隠しておけません」
と、俺を家の奥に連れて行った。
以前と変わらず板戸が閉め切られていた。窓もカーテンで覆われていたので、家の中は奥に向かうほど暗くなった。臭いも漂っていた。いつか嗅いだ腐臭と糞便臭。歩みを進めると、あるところで臭気がぐんと強くなり、めまいを起こすほどの、強烈な悪臭が鼻をついた。形容できない臭いに顔を歪めて鼻をつまむと、
「鼻はつままず、口と鼻を手で覆ってください。そちらの方が、幾分、楽になります」
と、イツ子さんが囁いた。俺は言われた通りにした。イツ子さんもそうしていた。
板の間を歩くと、みしみしと軋む音がした。その音だけが、はっきりと響いていた。他には衣擦れの音が少しと、遠い蝉の鳴き声。家にある音はそれだけだった。
家は変わっていた。快活な主人に合ったものではなくなっていた。
陰気で、不気味なものに変容していた。
イツ子さんが、奥座敷の襖を開けた。目の前には、隙間の少ない木造の格子。隅に小さな格子扉が設けられていた。
俺は、呆気に取られてしまい、一瞬、それが何であるか分からなかった。少しずつ時間をかけて、それが牢であるということを理解した。
座敷牢。その言葉が頭に浮かぶなり、ばんっ、という床を平手で叩いたような音がした。
暗闇の中、二度、三度とその音が続いて近づいてきた。それに伴い、四つん這いの影もこちらに向かってくる。
暗く、視界も格子で遮られているので、闇の濃さでしか判断ができなかったが、あれは、間違いなく人だった。四つん這いになった人だった。
座敷の中から獣が呻いているような声が聞こえた。いや、その間際に、イツ子さんが襖を閉めていた。そして、俺の手を引いて表座敷に連れて行った。
中に入り、襖を締め切ると、俺に抱きついて、
「良一郎さん、私を連れて、この家を出てください。お願いします。この家はもう駄目です。旦那様は変わってしまわれました。いいえ、旦那様だけじゃありません。この家の人は、皆、変わってしまわれたんです」
と、涙を流して言った。俺は、その独りよがりな尻すぼんでいく掠れ声に、心を動かされることはなかった。何一つとして、状況が掴めていない。胸にあるのは、広漠たる不安のみ。感傷の入り込む余地など、心のどこにもなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~
榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】
ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。
八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。
===
エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中
【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】
【怖さレベル】
★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度
★★☆ ふつうに怖い話
★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話
※8/2 Kindleにて電子書籍化しました
『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
霊和怪異譚 野花と野薔薇
野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。
静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。
『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。
一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。
語られる怪談はただの物語ではない。
それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。
やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。
日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。
あなたも一席、語りを聞いてみませんか?
完結いたしました。
タイトル変更しました。
旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる