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日記
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しおりを挟む七月六日(火)晴れ
久し振りに母屋に行った。
敷地内だから母屋、離れ屋で合っているはずだが遠い。歩いて五分、もしか十分はかかる。そういう訳で、母屋に戻るというより、実家に帰る気分になる。
帰ったのは、手持ちの金が底を着いたのが原因でやむなく。
そうでなければ、帰りたくはない。
親父はもとより、爺さんもお袋も快活すぎて疲れる。おまけにすぐに手が出るから、下手に喋ることも出来ない。俺は今年で成人したというのに、まだ殴られる。だから金の無心をするにも気を遣う。
今日は婆さんがいたので、こっそりお願いした。
白花色の着物に、白藍の帯を締めた、ふくよかなのに涼しげな姿だった。
婆さんは綺麗な人だ。そして、あまり語らない人でもある。優しさの権化だと俺は思っている。
側に寄り添い、微笑んで見守り、共に悲しみ、困っていれば手を差し伸べてくれる。
今日も、優しい顔をにっこりさせて何も言わずに千円くれた。家族の中で、そういう接し方をしてくれるのは婆さんだけだ。有り難くて泣きそうになった。
あとは好恵か。また綺麗になっていた。兄の贔屓目ではなく、嘘偽りなくべっぴんだ。心根から何から婆さん似だと思う。
どこぞの金持ちが見初めてくれないかと期待している。そうすればそちらにも金を頼めるのだが、などと、くだらんことを考えてしまった。
金がないから頭がおかしくなっている。
好恵はまだ十五だ。来年には嫁に出れるが、そう早く結婚を決めるとも限らない。爺さんが猫可愛がりしているから、手放さないかもしれない。
自分の卑しい腹のうちをここに書いても一銭にもならない。と、また金のことを考える。働いて稼がねばならないが、仕事がない。
俺みたいな馬鹿は、外では相手にされないのだ。
だからといって家業を継ぐ気にはなれない。俺には大工は向いていない。
今日も帰るなりに爺さんから跡を継げと言われたが、好恵の話を出して茶を濁した。
カンカン照りの中で、あんな重たい建材を肩にのせて、足場の悪いところを通るなんていうのは、俺にはどう考えたって無理だ。
爺さんと親父は、体つきと性格が向いているからできる訳で、人には向き不向きっていうのがある。
俺みたいに立端があって虚弱な者には、高所は向かない。落ちて死ぬのが目に見えている。連中は俺を殺したいのかもしれない。
最近、気づいたことだが、どうも俺は、高所恐怖症の気があるようだ。俯いただけで、動悸がしてヒヤヒヤする。自分の身長でそうなるというのは少しユーモアがあると思って、好恵に話してみたら、案の定、笑った。
文房具をくれないかとお願いしたら、いっぱいあるからと、気前良く分けてくれた。それから、日記はその日にあったことを好きに書くと良いと教えてくれた。
こういう当り前過ぎることを、馬鹿にせずに教えてくれるのは、俺からすると、とても有り難い。
分かっているが、それで良いのか不安になることが多くあるので助かる。俺は馬鹿で臆病だから、確認しないと何もできないのだ。
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