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22‐1 正木誠司、最大の危機(前編)
しおりを挟む俺は生まれてから一度も、これほどの危機に直面したことはなかった。
今から二十二年前、両親が交通事故で死んだときも、既に成人を迎えていた俺は一人で生きていくだけの力があった。もちろん多くの苦労があったことも確かだ。
上司に馬鹿にされたことや、生意気だと殴られたこともある。
知り合いになったばかりの同僚から恫喝されたこともある。
パワハラやモラハラがうるさく言われていなかった時代だ。それを当たり前のように受け入れろという同調圧力に屈し、若い頃には随分と酷い目に遭った。
だがそれを危機と呼ぶのは違うように思う。
少なくとも、最低限の尊厳と、命の保証はされていたのだから。
目の前にいるのは、俺がこれまで見たことのない生物だ。ゴブリンやオウガにしてもそうだった。奴らはそれが当たり前であるかのように、平然と命を奪いに来る。
元の世界にも猛獣はいたが、今の俺なら大剣の一振りで両断できてしまうだろう。それができていない時点で、ものが違うと言わざるを得ない。
大型の魔物は災害とさして変わらない。生物の枠からは外れている。
俺は現在、それを実感しているところだ。
オルトロスワームとの戦闘が始まってから、既に三十分が経過しようとしている。だが俺は最初の攻撃以降、奴を脅かすような一撃を加えることができずにいた。
「キシャアアアアア!」
「ちっ、またかよ!」
ドガァン──。
執拗に俺との距離を詰め、大口を開いた頭が素早く突っ込んでくる。尚且つ俺がそれを避ける方向を見定め、回廊の床を尻尾で叩き上げてくる。
床は破壊され、瓦礫となって周囲に散る。第六感を100%にしている為、嫌な予感を頼りにどうにか避けてはいるものの、流石に全てを躱すことはできずにいた。
足場が減る上、勢いよく飛ぶ瓦礫の欠片が体に当たってHPを削る。
大したダメージではない。精々2といったところ。だが、何度も受け続けていれば消耗は避けられない。現在のHPは20にまで減っていた。
対処を試みはした。しかし、どれも上手くはいかなかった。
死角からの攻撃を避ける為に一階に下りれば、長く巨大な胴体を活かした素早い攻撃に翻弄され、攻撃どうこう以前に避けることすら難しくなった。
上から続々と降りてくる魔物の群れが邪魔だった。オルトロスワームがただ移動しただけで、硬い鱗に覆われた胴体に擦り潰されてしまうのも鬱陶しい。
吹き飛んでくる魔物。飛び散る血肉。血溜まりで濡れる足場。そこを俊敏に動く奴の体。ダメージを受ける要素が多すぎる。一階はまさに奴の独壇場だ。
商店に隠れてやりすごそうともしたが、建物ごと叩き潰された。慌てて窓から逃げ出して事なきを得たが、危うく大ダメージを負うところだった。
時間稼ぎも楽にはできない。面倒臭いことこの上ない。
奴が怒りに任せて攻撃を行ったのは最初だけ。侮りが消えてからは狡猾極まりない知恵を見せた。俺を弱らせてから仕留めようという魂胆が透けて見える。
厄介なことに、STのデバフが解けていない。急速な減少が足を引っ張ることもしばしば起きている。正直、手を拱いていた。
名案が一つとして浮かばないままHPだけが削られていく。救いは痛みがほぼないことと、安心感と安定感をいじってあるお陰で挫けずにいられることだけだ。
せめてストレージが使えれば……。
何度そう思ったかわからない。エレスとポチが側にいてくれれば、ここまで追い詰められることはなかっただろう。しかし、ないものねだりをしても意味はない。
俺一人で勝つ必要はない。今はこれでいい。
削られてはいるが、致命的な一撃は避けている。大剣を盾にしてもHPを8も持っていかれる頭部の突撃など何度も受けてはいられない。
奴が狡猾に俺を追い詰めようとしているのは、それだけ脅威と見做しているということだ。なら俺は奴が痺れを切らすまで、我慢を続けるべきだろう。
前向きに、冷静に。的確に、慎重に。
そうだ。そもそも俺は、足りないものを探していただけだ。
勝ちたいという思いに流されて目的を見失っていただけだ。
どういう攻撃が行われるかを観察していた。向かって右側の頭の首がじわじわと再生しているのを確認し、たまに毒液らしきものを噴出するのも見た。
敵の狡猾さも理解したし、STデバフを行うサイレントバンシーが隠れ潜んでいることも知っている。既に情報は大量に得られているじゃないか。
俺は何故そんな大事なことを忘れていたんだ?
そんなの決まってる。
頭に血が上ったからだよ!
ムカつくのを我慢してたら段々おかしくなったんだ!
自慢じゃないがストレス耐性が低いんだよ俺は!
あの野郎、ハメ技みたいなことしてちまちま削りやがって。
昔のゲーセンの対戦格ゲーだったらリアルファイトになってるとこだぞ。
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