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失われた少女
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「今日、チトセさんが来たよ」
彼の言葉に、猫から発せられる彼女の声はたちまち不機嫌になる。
「また? 何しに来たの?」
「アメリカの研究機関に配属になったんだって。しばらく会えなくなるって」
「なんですって。わたしを一人にするの? 結局、パパやママと一緒じゃない」
彼女の声は怒りに満ちていた。
でも、君が最初にお兄さんを一人ぼっちにしたんだけどね、という意地の悪い言葉は胸にしまっておく。
「チトセさんは、君のお父さんじゃないから。それに、誰にだって、自分の将来のために努力して幸せになる権利がある」
「研究って、ただオモチャで遊んでるだけじゃないの!」
正確にはロボット工学だが、彼女が腹を立てているのは、兄が自分の病気を治すために医学の道に進まなかったことだ。
「なによ、わたしをこんなところに放り込んで、実験動物みたいにしておいて」
「それは、お兄さんじゃなくて、ご両親の判断だよ。そんなに怒るなら、戻って来て直接言うんだね。ぼくが連れて行ってあげるよ」
彼は上着の内側から折り畳んだ捕獲網を取り出す仕草をして見せた。冗談のつもりだったのだが、彼女が怯えて金切声をあげたので、猫が驚いて塀から庭に飛び降りた。
「タイチなんか、大っ嫌い!」
猫がそのままダッシュで逃げていこうとするので、タイチは時間を停止させた。
表の道路を走っていた車の音が途絶え、庭の雑草を揺らしていた風も途切れた。
タイチの胸の奥でむくむくと形容し難い感情が湧き上がってくるのが感じられた。その半分は明らかに怒りであったが、もう半分は――
猫は自分以外のものが停止したのを見て取り、立ち止まって振り向くと、怒りの声をあげた。
「何するのよ!」
「君は、ぼくより年上のくせに、未だに幼い子供のように振る舞う。置き去りにされた人達がどんな気持ちでいるかは、どうだっていいのか」
「そっちこそ、全てを置いて逃げ出したくなった人の気持ちなんて、わからないくせに」
猫はシャーと威嚇音を発して走り去った。
静止していた時間が再び動き始める。
彼の言葉に、猫から発せられる彼女の声はたちまち不機嫌になる。
「また? 何しに来たの?」
「アメリカの研究機関に配属になったんだって。しばらく会えなくなるって」
「なんですって。わたしを一人にするの? 結局、パパやママと一緒じゃない」
彼女の声は怒りに満ちていた。
でも、君が最初にお兄さんを一人ぼっちにしたんだけどね、という意地の悪い言葉は胸にしまっておく。
「チトセさんは、君のお父さんじゃないから。それに、誰にだって、自分の将来のために努力して幸せになる権利がある」
「研究って、ただオモチャで遊んでるだけじゃないの!」
正確にはロボット工学だが、彼女が腹を立てているのは、兄が自分の病気を治すために医学の道に進まなかったことだ。
「なによ、わたしをこんなところに放り込んで、実験動物みたいにしておいて」
「それは、お兄さんじゃなくて、ご両親の判断だよ。そんなに怒るなら、戻って来て直接言うんだね。ぼくが連れて行ってあげるよ」
彼は上着の内側から折り畳んだ捕獲網を取り出す仕草をして見せた。冗談のつもりだったのだが、彼女が怯えて金切声をあげたので、猫が驚いて塀から庭に飛び降りた。
「タイチなんか、大っ嫌い!」
猫がそのままダッシュで逃げていこうとするので、タイチは時間を停止させた。
表の道路を走っていた車の音が途絶え、庭の雑草を揺らしていた風も途切れた。
タイチの胸の奥でむくむくと形容し難い感情が湧き上がってくるのが感じられた。その半分は明らかに怒りであったが、もう半分は――
猫は自分以外のものが停止したのを見て取り、立ち止まって振り向くと、怒りの声をあげた。
「何するのよ!」
「君は、ぼくより年上のくせに、未だに幼い子供のように振る舞う。置き去りにされた人達がどんな気持ちでいるかは、どうだっていいのか」
「そっちこそ、全てを置いて逃げ出したくなった人の気持ちなんて、わからないくせに」
猫はシャーと威嚇音を発して走り去った。
静止していた時間が再び動き始める。
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