探偵は思い出のなかに

春泥

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失われた少女

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 時間が流れ始めても、狭い庭越しの座敷に見える光景は、まるで静止画像のようだ。現時点(この記憶の時点)ではまだ兄チトセにだけは目で応じたり、握られた手を弱々しく握り返したりしているものの、ほどなく外部からの呼びかけには一切応じなくなり完全失踪を遂げる八歳のハナが、ベッドに横たわっている。
 発症前のハナは、栗色の髪をした可愛らしい少女だった。症例の大半は大人であるから、彼女のような子供のケースは非常に珍しい。

 縁側の廊下を通って、兄のチトセがやってきた。チトセは妹のベッドサイドの椅子に腰かける。タイチが座っている庭の塀からは、彼の背中しか見えない。
 十三歳のチトセは、妹と同じ栗色の髪をした、体の線の細い、少年だ。十年後には、長身で穏やかな微笑を湛えた青年に成長する。タイチが実際に会ったことがあるのはもちろん、青年になってからのチトセだ。

 チトセは初め、「検体」に接触する回数が他の実習生より桁違いに多いタイチに対し不信感を抱いていた。

 当たり前だ。

 彼にとっては大切な妹なのだから。両親が妹を研究材料として研究機関に差し出すことにも、彼は強く反対していたという。

 いよいよ病状が進行し、自発呼吸をしなくなったハナがチューブで機械に繋がれるようになったのは、彼女が完全失踪を遂げてからほんの数ヶ月後のことで、彼女はまだ八歳。今タイチの目の前に広がる記憶の地点から、一年も経たないあいだの、急激な病状進行だった。八歳にして植物のように外界からの刺激に反応を示さなくなった彼女を、生命維持装置の助けを借りながらなんとか一年ほど生かしたのち、両親はある決断をした。

 それは、国の研究機関に娘を『献体』すること。そう、医学生の解剖実習のために遺体を献上するのに似ているが、ハナの場合は人工呼吸器に繋がれた状態のまま供されたのであった。

 以降、ハナの生命維持費は公費によって賄われるようになった。そして、検体として様々な研究に利用されるようになった彼女は、国家資格である記憶探偵養成課程における実演用ボディとなった。
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