怪奇幻想恐怖短編集

春泥

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「それは鏡です」というのがそのなぞなぞの答えだった。

 なあんだ、とカズキは思い、そんな簡単なことに気付かなかった自分に腹を立てた。

「それは鏡」

 なんて単純な答えだろう。カズキが右手を上げると向こうは左手を上げる。カズキが泣き出すと向こうも泣き出す。カズキが面白い顔をすれば向こうも面白い顔をする。いつもカズキと同じ服を着て、カズキそっくりな顔をしたあいつ。

「鏡」

 カズキは、自分の真似ばかりするそいつのことが大嫌いだった。

「真似するなよ」

 とこちらが怒って言えば、向こうも怒っている。

「真似するなってば!」

 と二人同時に叫んで、余計腹立たしい思いをする。

 だからカズキは、お母さんが

「ちょっとコンビニまでお豆腐を買いに」出かけたときに、かねてからの計画を実行に移すことにした。

「五分で戻るから!」とお母さんは言っていたけど、それだけあれば充分だ。

 台所から持ち出した果物ナイフを右手に握りしめ、カズキは憎たらしいそいつの胸に突き立てた。そいつの左手にも凶器が握られているのが見えたが、カズキの方が素早かった。ナイフの刃はそいつの胸に吸い込まれ、そいつは言葉もなくくずおれた。



 実際には十三分でコンビニエンスストアから帰って来たお母さんは、床に倒れて動かない息子の異変にすぐ気が付いた。駆け寄って抱き起すと、胸からナイフの柄が突き出ているのが見えた。お母さんは悲鳴をあげた。

「カズマ! カズマ! 一体どうして、こんなことに」

 カズマの左手から転げ落ちた大きな裁ち鋏が、フローリングの床の上で、ごとりと音を立てた。

「いつもぼくの真似ばっかりするから、こらしめてやったんだ。だってそいつは、ぼくの鏡だから」

 カズキは、ぐったりした我が子の体に縋って泣きじゃくるお母さんにそう言った。

「ああ、なんてことなの」

 お母さんは絶望して叫んだ。

「あなたは小さいから、わからないのね。この子は、鏡に映った自分の姿じゃないのよ。あなたの双子の弟なのよ」

 カズキとカズマは、もうじき七歳になる一卵性の双子の兄弟だった。まるで互いが互いの鏡像のように瓜二つの兄弟は、唯一、カズキが右利きでカズマが左利きという違いだけで見分けることが可能であった。

 お母さんは震える声で一一九番に電話をかけたあと、カズキを優しく抱きしめた。

「可哀想な子。あなたに責任はないのよ。カズキはまだ小さくて、何も知らなかったんだから」

 カズキは暖かく柔らかい母親の胸に顔を埋めて、内心こう呟いた。

 そんなことぐらい、ぼくちゃんと知ってるよ。鏡だったら、カバーをかけるとか裏返すとか、見えないようにすればいい。だけどこいつは、このオトウトってやつは、ぼくの行くところには、どこへでもくっついてくるし、ぼくがお母さんに甘えたいときに、先に甘えていたりする。だから、鏡を粉々にするみたいに、消してやったんだよ。カズマも、ぼくと同じことを考えていた。だってぼくたち、フタゴだから。だけどカズマの鋏はすごく大きかったから、重すぎて一瞬遅れたんだ。ぼくは小さい果物ナイフを選んだ。そうじゃなければ、床に倒れて動かなくなっていたのは、ぼくのほうだったかもね。

「ねえ、お母さん」

 カズキは、口元にうっすらと笑みを浮かべながら、こう言った。

「カズマは欲張りだったよね。おやつでもおもちゃでも、なんだってぼくより大きい方をとろうとするんだから」
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