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自称悪役令嬢な妻の観察記録。1
自称悪役令嬢な妻の観察記録。1-1
しおりを挟む一 バーティア妻六ヶ月
アルファスタ国王太子である、私――セシル・グロー・アルファスタの朝は、半年前に婚約者から妻になったバーティア・イビル・ノーチェス改め、バーティア・イビル・アルファスタの可愛い寝顔を見ることから始まる。
「……オーホホホ。この一流悪役令嬢バーティア様から逃げられると思わないでくださいませ‼ さぁ、どら猫ちゃん、そのお口に銜えたたい焼きを返すのですわ‼ ……その代わり、この高級猫缶を差し上げますから……むにゃむにゃ……」
……否。正確には可愛い妻の寝顔と面白い寝言から始まる……だな。
「……ティア。今日は一体どんな面白い夢を見てるんだい?」
思わずクスリと笑いながら、未だに起きる気配のないバーティアの寝顔を見つめる。
彼女の夢の中では、今どのような面白い光景が広がっているのだろうか?
彼女が婚約者になったその時から、彼女の面白い言動を観察することを趣味としている私には、内容が非常に気になるけれど……さすがに他人の夢を覗き見る手段は持ってはいない。
ただひとまず、彼女が起きたら、どら猫が銜えたものを食べるのは衛生面的に問題があるからダメだということは注意しておこうと思う。
そんなことを考えながら、いつの間にかどこか誇らしげな表情になっている妻の顔にかかった髪を指先で退ける。
「それにしても『悪役令嬢』か……。久しぶりにその言葉を聞いたな」
彼女の寝顔を眺めながら、彼女が『自称悪役令嬢』だった頃のことを思い出す。
私の妻であるバーティアは、出会った当初からちょっと……いや、かなり変わった令嬢だった。
彼女と私が婚約したのは、私が十歳、彼女が八歳の時のことだ。
初顔合わせのその時、彼女は私に対して突然「私は悪役令嬢ですの‼」と宣言した。
正直、まったく意味がわからなかった。
わからなかったけれど、色々なことが簡単にできすぎてしまい物事に関心が持てず、常に暇を持て余していた私は、彼女のその突拍子もない発言に興味を惹かれた。
そう、単純に面白そうだと思ったのだ。
それ以降、彼女が話す『乙女ゲーム』の『シナリオ』とかいう予言のような話を聞くことを楽しむようになった。使える情報は使い、都合の悪いことに関しては徹底的に軌道修正をして、私が望むように物事が動くよう調整しつつ、彼女の観察を続けた。
その『乙女ゲーム』とかいうものの中で、彼女は『悪役令嬢』であり、私と結ばれる予定の『ヒロイン』を虐めて最後には『ギャフン』され、婚約破棄される役割を担っているとのことだったけれど……彼女を気に入っていた私がそんなことを許すわけがない。
必死で一流の悪役令嬢になろうと頑張る彼女を掌で転が……応援しつつも、可愛い彼女を手に入れるべく暗躍……色々な物事を調整し、彼女と一緒に幸せになる道を切り開いた。
それに、彼女自身も悪役令嬢になるには純粋で優しすぎる上に……少々お馬鹿なところもあったため、彼女の目指す一流の悪役令嬢になどなれるわけもなく、結果見事なまでの『自称』悪役令嬢へと成長していった。
悪役令嬢ぶりつつも周囲を気遣う彼女の突拍子もない言動には、周りの人間を振り回す一方で笑顔にもする不思議な力がある。
気付けば彼女は多くの人々に愛でら……慕われ、今では私の隣で良き王太子妃として日々奮闘してくれている。
ちなみに、彼女の企んだ悪役令嬢になるための些細な悪事はほとんど失敗に終わっていたし、それ以外にも問題になりそうなことはすべて私が潰していたため、彼女が言っていた『ギャフン』は起こらなかった。
いや、正確には無理矢理『ギャフン』をしようとするヒローニア男爵令嬢という女子生徒がいたが、『ギャフン』に繋がるものはすべて私が叩き潰した。
まぁ、それでも最終的に本来の道筋よりも良い結末になったのだから問題はないだろう。
後は私が良き王、良き夫となれば良いだけだ。
彼女が嬉しそうに笑っていられるようにするためであれば、その程度はたいしたことではない。
「へへへ……セシル様にこのたい焼きを食べていただくのですわ」
「……」
学生時代を思い出し懐かしさに浸っていたけれど、その間に彼女の夢の中のストーリーは進んでいた。私はどら猫が銜えていた『たい焼き』とやらを食べさせられそうになっているようだ。
……どうやら心配すべきはバーティアのお腹ではなく自分のお腹だったらしい。
夢の中の彼女は珍しい食べ物を私に食べさせてくれるため善意一〇〇%で行動しているようだが、正直それは謹んで辞退したい。
いくら愛しい妻の用意してくれたものとはいえ、王太子である私がどら猫が一度銜えたものを奪い返して食べ、腹痛を起こしたなんて、あまりにも外聞が悪いからね。
「……ティア、君は昔も今も私の予想の斜め上を行ってくれるね」
思わず苦笑を浮かべつつ、時計を見るともう少しで私たち付きの侍従とメイド――に擬態している契約精霊のゼノとクロが起こしに来る時間だ。
「今日も私を楽しませてね、ティア」
そっと彼女の額に口付けると、擽ったそうに顔を逸らしつつもニヘラッと笑うバーティア。
うん、今日も楽しい一日になりそうだ。
***
「殿下、先日殿下より確認するようご指摘をいただきましたシルクジート領の税収の件ですが、調べましたところシルクジート男爵が商売に失敗し、その損失を補うために数値を誤魔化して書類を提出していたようです」
執務室で午前分の仕事をしていると、クールガン・デレス・ウラディールがそう報告をしてくる。
彼は、学院にいる間から、バーティアの父であるノーチェス侯爵と協力しながら国内の膿を出すために働いてくれていた。元々頭脳明晰と言っても良いレベルだった彼だが、宰相であるノーチェス侯爵に実践で鍛え上げられたこともあり、卒業後には即戦力として使える程度に育っていた。
だから、私が卒業して一年後に彼が卒業してからは私の手足となって動いてもらおうと、こうして執務の補佐役に任命している。
ちなみに、彼にはウラディール伯爵家の養子として、伯爵の不正を暴くためのスパイをしてもらっていたのだが……私の学院卒業時にその辺の膿を一掃したことで、ウラディール伯爵は失脚した。
その後のウラディール家をどうしようかという話になったのだが、折角彼が養子に入っているのだから、ついでに家のことも任せてしまうことにした。
もちろん、不正のあった家だ。跡継ぎとなるクールガンはそもそもスパイとして潜入したこちら側の人間で、彼自身の潔白は証明されている状態なのだが、そのままの家格で存続させるのは他の貴族の手前、少し問題がある。
だから、爵位を伯爵から子爵に落としてから、クールガンに継がせることにした。
クールガンは元々ノーチェス一族の末端の家の息子で、貴族位などとてもではないが継げない状態だったのだから、彼からしたらこれでもかなりの昇進と言えよう。
貴族内での彼の立場は……本来なら不正のあった家の当主なんて爪弾きされてもおかしくないのだが、彼が王家の命令でウラディール家にスパイとして潜入していたことは既に公になっている。尚且つ彼が私の側近となったことから、彼自身を馬鹿にするような人間は多くない。
そんなことをすれば、『自分は情報収集がきちんとできていない人間だ』と周囲に言って回るようなものなのだから当然だ。
「対応は?」
「既に済んでおります。詳細はこちらに……」
クールガンから差し出された書類を受け取りサッと目を通す。
まぁ、シルクジート男爵は初犯であり、金額も小物らしく小さなものだ。
処罰は必要だが、書いてある通りこの程度が妥当と言えるだろう。
「ありがとう。うん、特に問題はなさそうだね。じゃあ、次はこれを頼むね?」
私が差し出した紙の束を見て、クールガンの頬が引き攣る。
彼がこの件で動いている間に、彼にやってほしい仕事が結構溜まっていたんだよね。
彼はスパイをしていたこともあり、表の仕事だけでなくある程度裏の仕事も任せることができる。
情報収集のノウハウもノーチェス侯爵がしっかりと教え込んでくれた。
実に使い勝手が良い……頼りになる存在だ。
だから、頼みたい細々とした仕事がどうしても出てきてしまう。これはもう仕方ないよね?
「で、殿下、この量は……」
「君だったらできるよね?」
私だったら一時間もあれば終わる内容だ。
……私の側近たちからはいつも「こんなにできません」と文句を言われる量だけど。
まぁ、なんだかんだでクールガン含む私の側近たちは優秀だから、最終的にやり遂げてくれる。
それに、私もバーティアと出会って、他人が私と同じことをできるとは思わないほうが良いということは既に学んだから、そこはきちんと調整している。
……彼らができるギリギリのラインにね。
「うっ……はい……お任せください」
クールガンがやや肩を落としながらも引き受ける。
「よろしくね。部分的にチャールズに協力してもらうと楽なところがあるから、必要なら頼んでみるといいよ」
学院を卒業し私の側近となったチャールズには、現在外交関係の仕事をメインに任せている。本格的な実践経験はまだ浅いから、ひとまず国内でできる仕事をメインにやらせているけれど、そのうち国外にも出す予定だ。
「……そうさせていただきます」
私とバーティアが結婚し国政に関わるようになってから、私の側近たちや、バーティアの側近兼お友達のご令嬢たちの連帯感が増した。
先日、チャールズに「最近、君たち、前にも増して仲が良いね」と言ったら「魔王からの攻撃に対抗するには一致団結しないともちませんからね!」と少しキレ気味に返された。
彼らはいつから魔王に対抗する勇者になったのだろうか?
まさか、私が魔王というわけではないよね?
ひとまず、面白い話を聞かせてくれたチャールズには、お礼に仕事を一つ追加でプレゼントしておいた。
喜んでもらえなかったから、追加でバーティアを通して彼の思い人であるアンネ嬢に、チャールズが疲れているようだから差し入れをしてあげてほしいと頼んでおいた。そうしたら彼は頑張って増えた分の仕事もしていたから、よしとしよう。
「あぁ、そろそろ昼だね。ティアはまた孤児院に慰問に行っているんだっけ?」
部屋の片隅に控えていたゼノに声をかける。
「はい。本日はシャウルドネート孤児院に足を運ばれています。昼食時には戻ってこられる予定になってますが……」
ゼノが苦笑いを浮かべる。
それもそのはずだ。バーティアは孤児院の慰問に行くといつも子供たちに遊んでほしいとねだられて、帰るのが遅くなってしまうのだから。
「なら、仕事も一区切りついたし、迎えに行こうか。……午後には例の件についての打ち合わせもあるしね」
午後の打ち合わせはバーティアがいないと始まらない。
帰城が遅くなって、昼食も食べられずに午後の打ち合わせに突入なんてことになったら、食べることが大好きなバーティアが可哀想だし、やはり迎えに行くのが良いだろう。
「クールガンもついておいで。……何か有益な情報があるかもしれないよ」
「……そうですね。ご一緒させていただきます」
少し思案するような素振りをした後、納得したようにうなずく。
本来なら、孤児院に有益な情報を求めて行くなんて言われたら首を傾げるだろう。
しかし、シャウルドネート孤児院は特別だ。
なぜなら、ここの実態は、国のために裏で情報収集をする人材の育成も手掛けている施設だからだ。ちなみに運営者は、バーティアが王太子妃として城に引っ越すのと同時に、自身の妹に仕事を引き継いで引退した元「おつかい」である。元「おつかい」は私が観察できない時のバーティアの様子を私に教えてくれる役割を担っていた。
そうした裏の事情はあるものの、もちろん、入所中の孤児全員にそれを強要しているわけではない。
そもそも、この孤児院は、幼少の頃からバーティアの様子を見てきた元「おつかい」が、いつの間にか子供好きになっており、子供たちの面倒を見る仕事がしたいと言い出したことで設立された施設だ。
子供好きが子供(孤児)の面倒を見たいからという気持ちで設立した施設で、子供たちの気持ちを無視するような行為が推奨されるわけがない。
まず運営者である元「おつかい」が拒否するのは目に見えている。
だから、運営者の元「おつかい」が子供たちの中で諜報活動に向いていそうな子たちに声をかけ、希望を聞き、同意が得られれば指導していくという形をとっている。
拒否されれば無理強いはしないというこのやり方では、当然実態が明るみに出やすくなり、色々な面で危険が生じる可能性もあるのだが……その辺は慎重に話を進め、勧誘するにしても最初は必要最低限の情報しか与えないようにすることで対応している。
まぁ、その辺は元「おつかい」に任せておいて大丈夫だろう。
元「おつかい」とも付き合いが長いからね。大丈夫と言えるくらいには信頼している。
「それじゃあ、ゼノ。馬車の手配をしてきてくれるかい?」
「畏まりました」
ゼノが軽く頭を下げて退出する。
彼自身が準備をするのではなく、他の者に指示を出しに行っただけだろうだから、すぐに戻ってくるはずだ。
「準備ができたら出発するよ」
私が渡した書類の束を抱えたまま立っていたクールガンに声をかけると、彼も外出の準備をすると言って書類を置き退室した。
「さて、私の可愛い奥さんは今頃何をしているかな?」
頭にバーティアの姿を思い浮かべると、フッと口元が緩んだ。
***
私専用の馬車でシャウルドネート孤児院へ向かった私たちは、目的地に着き、馬車から降りて早々に動きを止めた。
「ちょっと、お待ちになって~」
「嫌ですわ~」
「オーホホホ! 私が悪役令嬢ですのよ! 捕まえて差し上げますわ‼」
子供たちが男女問わず腰に長い布を巻いて早歩きで追いかけ合い、ご令嬢のような口調で騒いでいる。
その中にバーティアも交じっているのだが……これは一体どういう状況だろうか?
見た感じ、やっているのは鬼ごっこのようなものだが、明らかに普通の鬼ごっことは違う。
「……また、ティアが新しい遊びを生み出したのかな?」
こういう変なことが起こった時、その中心には高確率で私の妻がいる。
妻も交じって一緒にやっている時点で、ほぼ犯人は確定していると見て間違いないだろう。
「あ、セシル様‼」
私が来たことに気付いたバーティアが、子供たちに一言二言断りを入れ、彼らの輪を離れて私のもとへ来た。
「やぁ、ティア。楽しそうなことをしているね。一体なんという遊びだい?」
「悪役令嬢ごっこですわ‼」
「……」
ちょっとゼノ。私が微笑みをキープしているのに後ろでこっそり噴き出すのはどうなのかな?
クールガンは……あぁ、向こうでなんだか微笑ましいものを見る目になっているね。
子供の成長を見る父親のようだけど、きっと彼的には妹を見ているような感覚なのだろう。
「……随分、変わった名前の遊びだね。どんな遊びなんだい?」
「所謂鬼ごっこですわ! 孤児院の子供たちに遊ぼうと誘われて鬼ごっこをすることになったのですが、私が鬼になろうとしたら王太子妃を『鬼』と呼ぶわけにはいかないという話になりまして……」
まぁ、子供たちはともかく、大人たちは王太子妃であるバーティアに無礼があってはいけないと考えているだろうから、慎重になってしまうかもしれないね。
私からしたら『余計な気遣い』という部類のものとしか思えないけれど。
「それで、鬼ではなく別の呼び名で呼んではどうかという話になりまして、悪魔とか小悪魔とか色々な案が出たのですが、どれもいまいちで……」
悪魔ごっこじゃあ、鬼と変わらないもんね。
小悪魔ごっこは……別の意味になってしまうしね。
「最終的に、悪役令嬢ごっこにしたら良いのではないか、と私が提案しましたの!」
……そこでなんで悪役令嬢が出てくるのかな?
鬼とか悪魔は人外だけど、悪役令嬢は人の枠に入っているから良いとでも思ったのかい?
「悪役令嬢なら、悪に『役』という言葉がついているので、本人が悪なのではなく役を演じているという意味になりますし、令嬢という言葉も入っているので完璧だと思いましたの」
どうしよう。
私は頭が良いと皆に言われているけれど、彼女の言っていることの意味がわからないよ。
他の人たちは……あぁ、柔軟性のある子供たち以外は皆困惑しているね。
そうか。王太子妃が満面の笑みで名案だとばかりに提案し、子供たちもそれに乗っかって、ドレス代わりに布を腰に巻いたりご令嬢っぽい話し方をして楽しみ始めてしまったから、誰も止められなくなったんだね。
バーティアは気にしないだろうけど、普通、王太子妃に平民が進言するなんて恐れ多いと思われることだから、彼女を止められなかったとしてもおかしくない。
「ところで、セシル様はなぜこちらへ? 今日は午前中は執務室でお仕事ではありませんでしたか?」
バーティアが不思議そうに首を傾げる。
「もうすぐ昼食の時間だからね。君を迎えに来たんだよ」
ニッコリと笑みを浮かべると、「わ、私のためにお忙しい中、迎えに来てくださったんですの⁉」とうっすら頬を染めながらバーティアが嬉しそうに微笑む。
その様子が可愛く思えて頭を撫でると、彼女はさらに真っ赤になって俯いてしまった。
こんなに可愛い反応を見せてくれるのならば、迎えに来て正解だったな。
後ろをチラッと見れば、ゼノが「やれやれ」という風に肩を竦めている。まぁ、今はバーティアの反応を堪能したいから放っておこう。
そんな時間を楽しんでいたら、遊びを続けていた孤児院の子供たちが徐々に集まってきた。
バーティアがそろそろ帰ることになりそうだと感じ取ったのだろう。
「バーティア様、帰っちゃうの? 次はいつ来る?」
「もうちょっと遊びたい」
「行かないでぇ」
集まった子供たちが一様に残念そうな顔をする。中には涙目になっている子もいた。
どうやら、バーティアはここでも大人気らしい。
私たちのために働いてくれる子供たちを育てる場で、人気があるのは良いことだ。……将来彼らに裏切られる可能性が減るからね。
……まぁ、彼女自身はここで情報収集のための人材を育成していて、目の前の子供たちがその候補生だなんて夢にも思っていないんだろうけど。
相変わらず、バーティアは無自覚で良い働きをしてくれる。
「まぁ、どうしましょう」
私を警戒しているのか、私たちから二メートルほど離れたところに留まった子供たちがウルウルとした目でバーティアを見つめている。
それを見て少し困りつつもどこか嬉しそうなバーティア。
彼女は子供好きだから、こうして子供に遊んでほしいとせがまれるのも嬉しいのだろう。
「午後から例の件の打ち合わせが入っているから、あまり長居はできないけれど、もう少しなら遊んできてもいいよ。クールガンも院長と話がしたいみたいだしね」
私に話を振られて、クールガンがバーティアに向かって軽く頭を下げる。
「本当ですの? セシル様のご迷惑になりませんか?」
「大丈夫だよ。私も午前の業務はもう終わらせてきたからね。午後の業務に入る前に一緒に昼食を食べようと思って、少し時間にゆとりを持って迎えに来たんだ」
私の言葉を聞き、バーティアは孤児院の庭から見える時計塔で時間を確認すると、少しホッとした表情を浮かべた。
「ありがとうございますわ! あ、良かったらセシル様も悪役令嬢ごっこに参加なさいませんか?」
「……あの、布を腰に巻くのはルールなのかい?」
さすがに王太子という立場上、スカートに見立てた長い布を腰に巻いて遊ぶのはどうかと思う。
事情を知らない人間に見られたら、「王太子が奇妙な行動をしていた」と言われ、王太子としての評判を落としかねない。
ちなみに、バーティアは外出用の動きやすいドレスを着ているためスカートに見立てた長い布を腰に巻く必要がなく、そのままの格好で遊びに参加している。
あの布を巻くはめになるとしたら私と……私に無理矢理巻き込まれるゼノだけだ。
「いいえ、あれは子供たちが自主的にやっているだけですわ。私が悪役令嬢とはどういうものか説明した際に演じて見せたら、格好も真似したいと言い出して、あのような格好になったのですわ!」
……悪役令嬢について説明するだけでなく、演じてまでみせたんだね。
面白そうだし、ちょっと見てみたかったよ。残念だな。
「それなら、参加させてもらおうかな?」
「まぁ! 良かったですわ。子供たちも皆喜んで……あら? 皆様、どうしてそんなに警戒してますの?」
私が参加を表明した途端、子供たちの表情が強敵を前にしたかのように緊張したものになった。
まぁ、バーティアが例外なだけで、本来なら王族と遊ぶなんてもの凄く緊張することだからね。こうなってもおかしくはないか。
……ゼノ、「子供って敏感だから、殿下の本質に気付いているんですね」って呟いているの、聞こえているからね?
君はそんなに私にお仕置きされるのが好きなんだね?
チラッと斜め後ろのゼノに視線を向けると、サッと目を逸らされた。
もちろん、そんなことで逃がすつもりはないよ?
「ティアと違って、まだ私は彼らとそこまで親しくないからね。きっと緊張しているんだよ」
子供たちの様子に首を傾げているバーティアに視線を戻し、笑顔でそう告げる。
私の笑顔を見ると、警戒してこちらを見ていた子供たちのうち何人かの女の子が「王子様だ!」と呟いて瞳を輝かせた。
……一人だけ、「腹黒王子様だ」と言った子がいた気がするけど、きっと気のせいだろう。
だから、孤児院の先生方はそんなに焦らなくて大丈夫だからね?
「なるほど! さすがセシル様! よく子供たちの気持ちを理解していらっしゃるのですわね!」
バーティアが私をキラキラした尊敬の眼差しで見てくるけど、バーティアより少し遅れて子供たちとやってきたクロが「え~」と納得がいかないような顔をしている。
まぁ、この点に関しては私もクロに同感かな?
基本的に私が人への興味が薄いのは確かだし、人の感情にも疎いほうだからね。
でもまぁ、バーティアが喜ぶなら子供たちと仲良くなるにやぶさかではないよ。
……今後私たちの手足となって働いてくれる人物に成長する可能性もあるのだから、親睦を深めておくのもいいだろう。
「では、まずは私が『悪役』をやろうか」
子供たちに笑顔を向けて宣言してから、バーティアの手を取り孤児院の庭へ入っていく。
……さすがに「悪役令嬢をやる」とは言わないよ? 私は『令嬢』じゃないからね。
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