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自称悪役令嬢な妻の観察記録。1
自称悪役令嬢な妻の観察記録。1-2
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私たちが庭に進むのに合わせて、子供たちがついてくる。私に対する警戒はまだ解いていないけれど、バーティアと遊べる機会を逃す気はないようだ。
「殿下、私は院長と少し話をしてきます」
私が子供たちと遊ぶ流れになったのを見て、クールガンが私の傍らに寄り、そう告げた。
チラッと視線を向ければ、私が何を言いたいのかを察したようにコクリと小さくうなずく。
さっきクールガンに渡した書類の中に、いくつか院長に頼む仕事があった。
今の感じだと、きちんとそのことについて情報収集もしくは仕事の依頼をしてきてくれるだろう。
「こうやって、有能な人材を手に入れられたのもティアのおかげだね」
私のもとを離れ、院長に声をかけに行ったクールガンの背中を目で追いながらボソリと呟く。
「え? 何か仰いました?」
「いや、私は良いお嫁さんをもらって幸せだなってね」
コテンと首を傾げたバーティアにニッコリと笑顔で答えると、彼女の顔がボッと赤くなった。
「な、な、な! そ、それは私の台詞ですわ‼」
「そう? なら、ティアも言ってくれる?」
「えっと、それはその……」
私の返しにさらに顔を赤くして口ごもるバーティア。
あぁ、本当に彼女は見ていて飽きない。
あわあわと真っ赤になりながら焦っているバーティアを見ていると、ボスッと背中をクロの尻尾に叩かれた。
ジーッと見てくるクロの視線に、「子供たちの前でいつまでもイチャイチャするな」という非難の色が含まれているのを感じる。
「そうだね。そういうことは二人だけの時に言ってもらおうかな?」
赤くなりながらも、一生懸命私が言ったのと同じ言葉を言おうと頑張っていたバーティアにそう告げる。
彼女は「えっ?」と少し残念そうな顔をした後、周囲の視線に気付いて全身を朱色に染めた。
「そ、そ、そうでしたわ! 今は悪役令嬢ごっこをするのでしたわね‼」
誤魔化すように大きな声でそう宣言した彼女は、私の手を放し庭の奥のほうへ駆けていく。
そんな彼女を子供たちが慌てて追いかけていった。
「それじゃあ、十数えたら捕まえに行くからね」
私は離れていくバーティアと子供たちを見送り、数を数え始めた。
この後、悪役令嬢ごっこで私が圧勝してしまい、悔しがったバーティアが、負けず嫌いな男の子たちと一緒に「次こそは絶対に一回は勝つ!」と宣戦布告してきたり、おませな女の子たちが私たち夫婦を妄想の対象にして盛り上がっていたりなんかした。けれど、それはそれで『仲が良くなった』結果だと考えれば、有意義な時間だったと言えるだろう。
***
孤児院から帰り、可愛い妻との楽しい食事の時間を堪能した後、私とバーティアは今日の打ち合わせの会場として指定してあった部屋へ向かった。
簡単な打ち合わせや相談であれば私の執務室で行うこともあるけれど、今回は参加メンバーが多く、さらに色々と確認しないといけない物品もあって場所を取る。そのため、簡単な会議ができるような王宮内の一室を使うことにしたのだ。
「待たせたね。……うん、皆揃っているみたいだね」
「皆様、お待たせしましたわ!」
バーティアと共に部屋に入り室内を見渡すと、彼女の友人たちと私の側近たち、そして弟のショーンが既に集まっていた。
私たちの登場に椅子から立ち上がり頭を下げる彼らの脇を抜け、正面最奥の席にバーティアと並んで座る。
中央に長方形のテーブルがあり、向かって右側に私の側近、左側にバーティアの友人のご令嬢がいるような配置だ。
身振りで座るように促し、全員が座ったのを確認したところで口を開く。
「それじゃあ、例の……ティアが頼まれたウミューベ国のリソーナ王女の婚礼の件について話し合おうか」
「皆様、よろしくお願いしますわ!」
そう、今日私たちが集まったのは、以前にバーティアが頼まれ、現在話を進めているリソーナ王女の結婚式の演出についての進捗状況の確認と、打ち合わせをするためだ。
ちなみに、この話が動き出したのは、今から三ヶ月ほど前のこと。
***
今から三ヶ月前。
新婚旅行から帰り、留守中に溜まっていた仕事も一段落ついて、生活が落ち着いた頃、いつものように私の妻が勢いよく私の執務室に突撃してきた。
「セシル様! 大変ですわ‼」
君の周りはいつも大体大変だよね? まぁ、それが楽しくて良いんだけど。
「何かあったの? ティア」
手に紙を握り締め、興奮した様子で駆け寄ってきたバーティアをひとまず宥めて、執務室にある応接用ソファーに座らせる。
バーティアが事あるごとに私のところに駆け込んでくるのは昔も今も変わらない。だから周囲の対応ももはや慣れたものだ。
ゼノは何も言わなくてもバーティア用のお茶とお菓子の準備に向かい、一緒に仕事をしていたクールガンは空気を読んで私が既に署名を済ませた書類を手に退室していく。おそらく、ある程度溜まってから届けに行く予定だった書類を先に各部署へ渡しに行ったのだろう。
「あのですわね! あのですわね‼」
興奮に少し頬を赤くして、一生懸命話そうとするバーティア。
でも、気持ちのほうが急いてしまって、話したい内容がなかなか出てこない。
……まぁ、これだけ目をキラキラさせているということは悪い内容ではないだろう。
「うん、どうしたの?」
彼女の背中をさすり、言葉を促しつつ彼女の手の中のものへチラッと目を向ける。
……ウミューベ国の封蝋か。リソーナ王女からの手紙かな?
リソーナ王女とは、私たちの結婚式にウミューベ国の代表として参加し、並々ならぬ気合でブーケトスに挑んだ王女だ。
私はそのあまりの必死さに少し引いてしまったのだけれど、バーティアとは気が合ったらしく、その後も交流が続いている。
私も度々バーティアからリソーナ王女についての話を聞いているから、それらの情報を組み合わせれば、バーティアの話は大体予想がついた。
「……リソーナ王女から、何か連絡があったの?」
「そうなのです! 先日、セシル様にもお話ししましたリソーナ様の結婚式の演出依頼の件を、正式にご依頼いただくことになったのですわ‼」
内容は予想できたけれど、きっとバーティアは自分の口から報告したいだろう。会話のきっかけだけを提示して続きを促すと、満面の笑みを浮かべたバーティアが嬉しそうに話し始める。
「私たちの結婚式の際に、リソーナ様とはいっぱいお話をして仲良くなりましたの。それからずっと手紙のやり取りをしていたのですわ! そして、彼女が結婚すると聞いて一緒に喜んでいるうちに、結婚式の演出を頼みたいと言われたんですの。それが遂に、ウミューベ国と嫁ぎ先のシーヘルビー国から連名で、正式な依頼として連絡が来たんですの‼ リソーナ王女とは萌えのツボが合うので好みの把握はバッチリですわ! よく手紙でも恋バナをしながら理想の結婚式について語り合ったりしてますもの。それにですね……」
喜びから、いつもより少し早口で喋るバーティアの姿を面白……可愛いなと思いつつ、眺める。
嬉しそうな彼女を見ていると、なぜだか私の心も少し温かくなるような気がする。
自分自身のことでは『嬉しい』なんて感情はあまり湧いてこないのに、なんだか不思議な感じだ。
「……セシル様、聞いておられます?」
一生懸命話しているバーティアがひよこみたいで可愛くて、ついつい見入ってしまっていた私に、バーティアが不安そうに首を傾げた。
ダメだな。彼女を観察することに集中しすぎてしまっていたようだ。
「もちろん聞いているよ。それじゃあ、リソーナ王女の手紙を携えた使者が正式な依頼書も持ってきたということなんだね」
「そうですわ! 報酬やその他の細々とした内容についてもその方と相談することになっておりますの」
要するに交渉役も兼ねた使者ってことだね。
「やっと私にも王太子妃としてこの国の役に立てる時が来ましたわ! リソーナ様にも喜んでいただきたいですし、頑張って交渉して――」
「いや、交渉は他の人に任せようか。チャールズあたりが良いんじゃないかな?」
「え? でも私がいただいた依頼ですし……」
自分でやる気満々だったバーティアが、私の言葉にしょぼんとする。
ちょっと可哀想な気もするけれど、このお人好しな妻に交渉事を任せていたら、ただの奉仕活動になりかねない。
特にバーティアは友達を大切にするから、「どうかリソーナ王女のために」とでも言われたら、こちらに不利益となるようなことでも引き受けてしまう恐れもある。
バーティアのそういう優しいところも私は好きだけど、交渉事には向いていないと言えるだろう。
「国同士の交渉事は専門の人がやったほうが、手続きとかを理解しているからスムーズに行くんだよ。確か、リソーナ王女の結婚式まであと半年くらいしかなかったよね? ティアが交渉に時間をかけることでその後の時間が足りなくなって、やりたかったことができなくなったりしたら勿体ないだろう?」
「あっ、そうですわね! 確かに私は手続きとかよくわかりませんし……そうさせていただきますわ。そして、私はリソーナ様のために結婚式の演出に全力投球させていただきます‼」
私の言葉に納得がいったのか、両手をギュッと握り締めて何度も大きくうなずく。
……後は私に丸投げされるであろう、チャールズの手腕次第かな?
だけど、まぁ、その辺はきっと大丈夫だろう。
この程度のこともできない人間を私は側近にはしないからね。
「ティア、頑張るのは良いけれど、一人で頑張りすぎるのはいけないよ? 君には頼もしい友人がたくさんいるんだから、きちんと相談して協力してもらいながらやろうね? もちろん、私にも相談や報告はしてね?」
バーティアも王太子妃教育をきっちりと受け、それなりに王太子妃としての振る舞いや対応は理解している。きっと、任せればそれなりにできるんだろうけど……彼女は思わぬところで思わぬことをしてくれることが多い。
彼女のストッパー役でもあるご友人たちをつけた上で、さらに釘を刺しておいたほうがいいだろう。
「わかっていますわ! 私一人ではできることが限られていますもの。皆様にもお力をお借りしますわ」
ニコニコと満面の笑みでうなずく彼女に、やはり少し不安を感じてはしまうけれど……まぁ、友人という名の保護者をつければなんとかなるだろう。
「これから忙しくなりますわね‼」
スキップでもし始めそうな軽い足取りで部屋を出ていくバーティア。
「……ひとまず、使者のところにチャールズを、バーティアのところにシーリカ嬢と……ちょうど登城しているはずのジョアンナ嬢を向かわせようか」
ウミューベ国とシーヘルビー国からの依頼を携えてきた使者を長々と待たせるわけにはいかない。
バーティアのほうも、喜びでテンションがいつも以上に高いから、暴走される前に友人という名の保護者を送り込んでおかないといけない。
「ゼノ、頼んだよ」
「畏まりました。チャールズ様、シーリカ様、ジョアンナ様、それぞれに今の件を伝えてまいります」
ゼノも私が感じているのと同じような不安を抱いているのだろう。苦笑いを浮かべながら、素早い動きで退室していった。
「これが王太子妃として初めての大きな仕事になりそうだね。……初めての仕事が友人からの依頼というのが、実にティアらしいよ」
今回のリソーナ王女の依頼は、立場上国を通した依頼という形になる。しかし、実質的には仲の良い友達としてのバーティアを頼ってのものだ。
要するに、王太子妃という地位を頼られたのではなく、バーティア個人の人柄がこの依頼を引き寄せたということになるのだろう。
「彼女が、彼女らしく友人を祝えるように私も精一杯協力することにしようか」
王太子妃の友人の王女の輿入れだ。
国としてもある程度のお祝いは用意したほうが良さそうだね。
それに、まだ正式な知らせは届いていないけれど、この流れなら間違いなく結婚式にも招待されるだろう。
リソーナ王女の輿入れ先のシーヘルビー国は、ここからは少し距離がある。行くなら、ある程度仕事を休めるようにしておかないといけない。
「やることはいっぱいだね」
予算確保と休み確保。
可愛い妻のために、私も頑張らないといけないね。
***
そして、現在。
「無茶ぶりだ!」と叫びつつもなんとか交渉を終えたチャールズのおかげで、無事リソーナ王女の結婚式の演出を適切な条件で引き受けた今、色々な話が進んでいる。
その国ごとに慣習のようなものがあるので、すべてをバーティアプロデュースで行えるわけではない。特に、リソーナ王女の輿入れするシーヘルビー国は独特の文化や慣習が多い。
そのため、リソーナ王女の希望が通る自由度の高い部分をメインに提案していく形になる。相手方と細かくやり取りをしてすり合わせを行いながら進めないといけない分、難しいことも多い。
「『三々九度』は、人前で同じ杯を使って飲み物を飲むのは恥ずかしいし、はしたないと思われると困るからと却下されてしまいましたわ。リソーナ様は後で夫となる王太子殿下と二人きりの時にやりたいとは言ってましたけど」
少ししょんぼりした様子で話すバーティア。
まぁ、この辺は仕方ないことだろう。
私たちの結婚式での『ファーストバイト』だって、本来ならストップがかかってもおかしくないものだった。
……バーティアのやりたいことだったし、彼女の周りの人は協力的だから、私が力技で「問題ない」ことにしたけれど。
「バーティア様はその『三々九度』というのを行うために新しいお酒まで準備されていたのに、残念ですわね」
シーリカ嬢が眉尻を下げて言った。
学生時代、同学年のバーティアの友人として共に行動することが多かったシーリカ嬢とシンシア嬢は、今はバーティア付きの女官をしてくれている。「バーティア様を他の方に任せるなんてできません!」「バーティア様を守るのは私ですわ!」と言い切り、他の女官候補を押しのけ、見事その地位に就いたのだ。
まぁ、私としても彼女たちにバーティア付きの女官をしてもらえればと思っていたからちょうど良かった。ただ、シンシア嬢に「バーティア様を守って情報収集もできる女官を目指しますわ!」と宣言された時には反応に困ったけれど。
結局、護衛や諜報活動もできる人間がバーティアのそばにいるのは助かるから、そのままにしている。
ちなみに、アンネ嬢にも女官をやりたい気持ちがあったようだ。しかし、いずれ外交の仕事をメインにやっていくであろうチャールズを支えられるようになりたいからと、最終的には同じ外交方面で頑張る道を選んだ。
バーティアからこの話を聞き、後でこっそりとチャールズに教えてあげたら涙やらで顔が大洪水になっていたっけ。
そんなアンネ嬢は、今は社交の場や国外の賓客の接待等の場面でバーティアを助けてくれている。
他の令嬢たちほどではないけれど王宮に来ることも多いから、その度にバーティアに会いに来て、手伝いをしてくれたり仕入れてきた情報を提供してくれたりしている。
ジョアンナ嬢については……私の弟の婚約者だからね。今は王子妃になるための準備中だ。
彼女もバーティアのことが大好きだから「いずれ国の中心となられるバーティア様をショーン様と共に支えられるように、王子妃として頑張りますわ!」と言っていた。
一応、国の中心となるのは『王』だから、バーティアではなく私のはずなんだけれど……きっとわざとだろうから、敢えてツッコミは入れずに満面の笑みを返しておいた。
「まぁ、ティアが提案した三々九度はできなくても、ティアと私で新しく作ったニホン酒は味も良いし、作り始めたばかりで希少価値も高いから、お祝いの品の中に入れておけばいいよ。それで、ティアがこっそり『二人で楽しんでください』とリソーナ王女に伝えれば問題ないんじゃないかな?」
公の場でできなくても、リソーナ王女は王太子と二人きりの時にこっそりやりたいと言っている。
それなら、バーティアがそう伝えることで、非公式の場での『三々九度』はきっと行われるだろう。
「それは良いですわね! 折角セシル様にも協力していただき作ったものですもの。是非お二人にも楽しんでいただきたいですわ‼」
私の言葉に、ちょっと暗くなっていたバーティアの顔がパッと明るくなる。
それを見てシーリカ嬢の顔もホッとしたものになった。
この話題に上っている『ニホン酒』というものだが、実はこれはバーティアの前世の記憶を基に作られたものである。
リソーナ王女の結婚式の件が始動した頃、バーティアが難しい顔をして悩んでいるのを見つけてどうしたのかと尋ねると、「『三々九度』をやりたいけれど、『日本酒』がないからできない」と言われた。
聞き慣れない言葉に、前世に由来した何かかと思って詳しく話を聞くと、前世の世界のバーティアが暮らしていた国で親しまれていたお酒のことだった。
『三々九度』は、決まった工程を踏んでお酒を酌み交わす儀式だそうだ。形だけなら他のお酒でも代替できるが、バーティア的には「それは何か違う」と感じてしまうらしい。
一応バーティアのほうでも、どこかに『日本酒』に似た飲み物はないかと探してはみたようだけれど、見つからず困っていたらしい。
不思議に思って「なんで造らないの?」と尋ねると、バーティアは驚いた顔をして「お酒は資格がある人しか造ってはいけないんですの」と言ってきたから、今度は私が首を傾げた。
アルファスタ国にはそんな法律は存在しない。
もちろん、酒の造り方を秘伝にしている場所もあるから、その知識を盗み出して勝手に造る……なんてことにはそれ相応の対応をしているけれど、酒を造ること自体はなんの問題もない。
つまり、バーティアの言う「資格のある人しか造ってはいけない」というルールは前世のものであって、現世のものではないのだ。
そのことを伝えるとバーティアは最初キョトンとした顔をしたが、すぐにハッとして「造りますわ!」と宣言した。
宣言した……が、しばらくして進捗状況を確認したら、彼女は無駄に職人魂を発揮して、より美味しいお酒を造るため色々な種類の米を作って酒造りにチャレンジするんだと、田植えから始めていた。
そこから始めていたら、どう考えてもリソーナ王女の結婚式には間に合わない。
というか、それ以前の問題として、植える時期もちゃんと考慮しないといけないのではないだろうか?
少し気まずさを感じつつ、バーティアにそのことを伝えると、彼女は絶望に染まった顔をした。
それがあまりに可哀想で、思わず裏技を伝授したのだ。
裏技――ゼノに頼んで精霊の力を借りるという方法をね。
もちろん、米作りに精霊の力を借りていることを周囲に知られるわけにはいかない。
精霊については、精霊の保護のために一部の高位貴族以外には存在を秘密にしているからだ。
だから表向きには、バーティアがクロにあげる『いなり寿司』用に確保していた米を使って酒を造ったと説明することにした。その裏でこっそり精霊に協力してもらい、王宮の敷地内にある王族しか入れない森の中に『田んぼ』を作って何種類かの米を作る。
それにより、短期間で何種類もの米を収穫することができ、色々な米を使った『日本酒』造りが実現した。
それらを呑み比べてみて、バーティアが一番気に入ったものを最初に世にお披露目する『ニホン酒』と決め、量産したのだ。
ちなみに、造る工程でももちろん精霊に協力してもらっている。
バーティアの話によると、『日本酒』というのは米だけでなく、良い水と『米麹』とかいうものが必要だそうだ。
それがどういうものかはよくわからなかったんだけど、バーティアが「多分菌とか使って発酵させる感じですわ!」と言っていたから、それを参考に酒造りに使えそうな菌を探すことにした。
ただ、普通に一つずつ可能性を潰しながら探していくと、それなりに時間がかかってしまう。
だから、そのあたりのことに関係していそうな精霊たちの協力を得て、いくつかの候補を用意してもらって実験し、正解を見つけ出すことにした。
そうしてできたのがベースとなるニホン酒。
『日本』というのはバーティアが前世で住んでいた国の名前だそうだから、敢えてそこは変えず『ニホン酒』という名前のままにした。
で、そこから米や水を変えてどれが良いか呑み比べ、現段階で作れる最良を探っていったのだ。
こうして無事ニホン酒を造ることに成功したから、バーティアも満を持して『三々九度』を提案したみたいだけど、結果はこの通り。
『三々九度』をやらせたがっていたバーティアには気の毒だけど、リソーナ王女には贈り物として楽しんでもらえばバーティアの努力は無駄にはならない。
そしてその後はニホン酒を我が国の新しい名産品として売り出せば、このニホン酒造りはかなり有意義なものだったとすら言えるだろう。
「あ、そうですわ! 先日、皆様に協力していただいたウエディングドレスの件ですけど、私の一押しだった『マーメイドドレス』をリソーナ様が気に入ってくださって、そのデザインでもう製作段階に入っているそうですわ! 皆様ご協力ありがとうございましたわ」
自分の考えたドレスのデザインをリソーナ王女が気に入ってくれたことが嬉しいのか、満面の笑みで報告するバーティア。
「あのデザインでしたら当然ですわね。『マーメイドドレス』? とかいうあのドレスは今までにない斬新さがある上に、とても美しかったですもの」
ジョアンナ嬢がニコニコしながらバーティアに話しかける。
……ジョアンナ嬢、君、本当はバーティアがあのデザインを他国の王女に送ったことに嫉妬しているね? というか、リソーナ王女があのデザインを選ばなかったら自分の結婚式にそのデザインのドレスを作る気だったんだろう?
目がそう言っているよ。
そんな思いを込めてジョアンナ嬢に視線を向けていると一瞬目が合った。
彼女はそれだけで私が考えていることを察したのか、表情は一切変えず周囲に聞こえないくらいの小さな音で舌打ちした。
……他の人たちには聞こえなかったみたいだけど、令嬢的にそれはアウトだからね?
「あ、そういえば、バーティア様がお考えになったドレスのデザインのうち、リソーナ王女に送るものとして選ばれなかったものがいくつかありましたわよね?」
小さく咳払いをした後、ジョアンナ嬢はまるで今ふと思い出したといった風を装って話題を微妙にずらす。
「ええ、ありましたわ」
「デザイン画はまだ残っていますかしら?」
リソーナ王女のドレスのデザインはもう決まり、既に製作段階に入っている。
「殿下、私は院長と少し話をしてきます」
私が子供たちと遊ぶ流れになったのを見て、クールガンが私の傍らに寄り、そう告げた。
チラッと視線を向ければ、私が何を言いたいのかを察したようにコクリと小さくうなずく。
さっきクールガンに渡した書類の中に、いくつか院長に頼む仕事があった。
今の感じだと、きちんとそのことについて情報収集もしくは仕事の依頼をしてきてくれるだろう。
「こうやって、有能な人材を手に入れられたのもティアのおかげだね」
私のもとを離れ、院長に声をかけに行ったクールガンの背中を目で追いながらボソリと呟く。
「え? 何か仰いました?」
「いや、私は良いお嫁さんをもらって幸せだなってね」
コテンと首を傾げたバーティアにニッコリと笑顔で答えると、彼女の顔がボッと赤くなった。
「な、な、な! そ、それは私の台詞ですわ‼」
「そう? なら、ティアも言ってくれる?」
「えっと、それはその……」
私の返しにさらに顔を赤くして口ごもるバーティア。
あぁ、本当に彼女は見ていて飽きない。
あわあわと真っ赤になりながら焦っているバーティアを見ていると、ボスッと背中をクロの尻尾に叩かれた。
ジーッと見てくるクロの視線に、「子供たちの前でいつまでもイチャイチャするな」という非難の色が含まれているのを感じる。
「そうだね。そういうことは二人だけの時に言ってもらおうかな?」
赤くなりながらも、一生懸命私が言ったのと同じ言葉を言おうと頑張っていたバーティアにそう告げる。
彼女は「えっ?」と少し残念そうな顔をした後、周囲の視線に気付いて全身を朱色に染めた。
「そ、そ、そうでしたわ! 今は悪役令嬢ごっこをするのでしたわね‼」
誤魔化すように大きな声でそう宣言した彼女は、私の手を放し庭の奥のほうへ駆けていく。
そんな彼女を子供たちが慌てて追いかけていった。
「それじゃあ、十数えたら捕まえに行くからね」
私は離れていくバーティアと子供たちを見送り、数を数え始めた。
この後、悪役令嬢ごっこで私が圧勝してしまい、悔しがったバーティアが、負けず嫌いな男の子たちと一緒に「次こそは絶対に一回は勝つ!」と宣戦布告してきたり、おませな女の子たちが私たち夫婦を妄想の対象にして盛り上がっていたりなんかした。けれど、それはそれで『仲が良くなった』結果だと考えれば、有意義な時間だったと言えるだろう。
***
孤児院から帰り、可愛い妻との楽しい食事の時間を堪能した後、私とバーティアは今日の打ち合わせの会場として指定してあった部屋へ向かった。
簡単な打ち合わせや相談であれば私の執務室で行うこともあるけれど、今回は参加メンバーが多く、さらに色々と確認しないといけない物品もあって場所を取る。そのため、簡単な会議ができるような王宮内の一室を使うことにしたのだ。
「待たせたね。……うん、皆揃っているみたいだね」
「皆様、お待たせしましたわ!」
バーティアと共に部屋に入り室内を見渡すと、彼女の友人たちと私の側近たち、そして弟のショーンが既に集まっていた。
私たちの登場に椅子から立ち上がり頭を下げる彼らの脇を抜け、正面最奥の席にバーティアと並んで座る。
中央に長方形のテーブルがあり、向かって右側に私の側近、左側にバーティアの友人のご令嬢がいるような配置だ。
身振りで座るように促し、全員が座ったのを確認したところで口を開く。
「それじゃあ、例の……ティアが頼まれたウミューベ国のリソーナ王女の婚礼の件について話し合おうか」
「皆様、よろしくお願いしますわ!」
そう、今日私たちが集まったのは、以前にバーティアが頼まれ、現在話を進めているリソーナ王女の結婚式の演出についての進捗状況の確認と、打ち合わせをするためだ。
ちなみに、この話が動き出したのは、今から三ヶ月ほど前のこと。
***
今から三ヶ月前。
新婚旅行から帰り、留守中に溜まっていた仕事も一段落ついて、生活が落ち着いた頃、いつものように私の妻が勢いよく私の執務室に突撃してきた。
「セシル様! 大変ですわ‼」
君の周りはいつも大体大変だよね? まぁ、それが楽しくて良いんだけど。
「何かあったの? ティア」
手に紙を握り締め、興奮した様子で駆け寄ってきたバーティアをひとまず宥めて、執務室にある応接用ソファーに座らせる。
バーティアが事あるごとに私のところに駆け込んでくるのは昔も今も変わらない。だから周囲の対応ももはや慣れたものだ。
ゼノは何も言わなくてもバーティア用のお茶とお菓子の準備に向かい、一緒に仕事をしていたクールガンは空気を読んで私が既に署名を済ませた書類を手に退室していく。おそらく、ある程度溜まってから届けに行く予定だった書類を先に各部署へ渡しに行ったのだろう。
「あのですわね! あのですわね‼」
興奮に少し頬を赤くして、一生懸命話そうとするバーティア。
でも、気持ちのほうが急いてしまって、話したい内容がなかなか出てこない。
……まぁ、これだけ目をキラキラさせているということは悪い内容ではないだろう。
「うん、どうしたの?」
彼女の背中をさすり、言葉を促しつつ彼女の手の中のものへチラッと目を向ける。
……ウミューベ国の封蝋か。リソーナ王女からの手紙かな?
リソーナ王女とは、私たちの結婚式にウミューベ国の代表として参加し、並々ならぬ気合でブーケトスに挑んだ王女だ。
私はそのあまりの必死さに少し引いてしまったのだけれど、バーティアとは気が合ったらしく、その後も交流が続いている。
私も度々バーティアからリソーナ王女についての話を聞いているから、それらの情報を組み合わせれば、バーティアの話は大体予想がついた。
「……リソーナ王女から、何か連絡があったの?」
「そうなのです! 先日、セシル様にもお話ししましたリソーナ様の結婚式の演出依頼の件を、正式にご依頼いただくことになったのですわ‼」
内容は予想できたけれど、きっとバーティアは自分の口から報告したいだろう。会話のきっかけだけを提示して続きを促すと、満面の笑みを浮かべたバーティアが嬉しそうに話し始める。
「私たちの結婚式の際に、リソーナ様とはいっぱいお話をして仲良くなりましたの。それからずっと手紙のやり取りをしていたのですわ! そして、彼女が結婚すると聞いて一緒に喜んでいるうちに、結婚式の演出を頼みたいと言われたんですの。それが遂に、ウミューベ国と嫁ぎ先のシーヘルビー国から連名で、正式な依頼として連絡が来たんですの‼ リソーナ王女とは萌えのツボが合うので好みの把握はバッチリですわ! よく手紙でも恋バナをしながら理想の結婚式について語り合ったりしてますもの。それにですね……」
喜びから、いつもより少し早口で喋るバーティアの姿を面白……可愛いなと思いつつ、眺める。
嬉しそうな彼女を見ていると、なぜだか私の心も少し温かくなるような気がする。
自分自身のことでは『嬉しい』なんて感情はあまり湧いてこないのに、なんだか不思議な感じだ。
「……セシル様、聞いておられます?」
一生懸命話しているバーティアがひよこみたいで可愛くて、ついつい見入ってしまっていた私に、バーティアが不安そうに首を傾げた。
ダメだな。彼女を観察することに集中しすぎてしまっていたようだ。
「もちろん聞いているよ。それじゃあ、リソーナ王女の手紙を携えた使者が正式な依頼書も持ってきたということなんだね」
「そうですわ! 報酬やその他の細々とした内容についてもその方と相談することになっておりますの」
要するに交渉役も兼ねた使者ってことだね。
「やっと私にも王太子妃としてこの国の役に立てる時が来ましたわ! リソーナ様にも喜んでいただきたいですし、頑張って交渉して――」
「いや、交渉は他の人に任せようか。チャールズあたりが良いんじゃないかな?」
「え? でも私がいただいた依頼ですし……」
自分でやる気満々だったバーティアが、私の言葉にしょぼんとする。
ちょっと可哀想な気もするけれど、このお人好しな妻に交渉事を任せていたら、ただの奉仕活動になりかねない。
特にバーティアは友達を大切にするから、「どうかリソーナ王女のために」とでも言われたら、こちらに不利益となるようなことでも引き受けてしまう恐れもある。
バーティアのそういう優しいところも私は好きだけど、交渉事には向いていないと言えるだろう。
「国同士の交渉事は専門の人がやったほうが、手続きとかを理解しているからスムーズに行くんだよ。確か、リソーナ王女の結婚式まであと半年くらいしかなかったよね? ティアが交渉に時間をかけることでその後の時間が足りなくなって、やりたかったことができなくなったりしたら勿体ないだろう?」
「あっ、そうですわね! 確かに私は手続きとかよくわかりませんし……そうさせていただきますわ。そして、私はリソーナ様のために結婚式の演出に全力投球させていただきます‼」
私の言葉に納得がいったのか、両手をギュッと握り締めて何度も大きくうなずく。
……後は私に丸投げされるであろう、チャールズの手腕次第かな?
だけど、まぁ、その辺はきっと大丈夫だろう。
この程度のこともできない人間を私は側近にはしないからね。
「ティア、頑張るのは良いけれど、一人で頑張りすぎるのはいけないよ? 君には頼もしい友人がたくさんいるんだから、きちんと相談して協力してもらいながらやろうね? もちろん、私にも相談や報告はしてね?」
バーティアも王太子妃教育をきっちりと受け、それなりに王太子妃としての振る舞いや対応は理解している。きっと、任せればそれなりにできるんだろうけど……彼女は思わぬところで思わぬことをしてくれることが多い。
彼女のストッパー役でもあるご友人たちをつけた上で、さらに釘を刺しておいたほうがいいだろう。
「わかっていますわ! 私一人ではできることが限られていますもの。皆様にもお力をお借りしますわ」
ニコニコと満面の笑みでうなずく彼女に、やはり少し不安を感じてはしまうけれど……まぁ、友人という名の保護者をつければなんとかなるだろう。
「これから忙しくなりますわね‼」
スキップでもし始めそうな軽い足取りで部屋を出ていくバーティア。
「……ひとまず、使者のところにチャールズを、バーティアのところにシーリカ嬢と……ちょうど登城しているはずのジョアンナ嬢を向かわせようか」
ウミューベ国とシーヘルビー国からの依頼を携えてきた使者を長々と待たせるわけにはいかない。
バーティアのほうも、喜びでテンションがいつも以上に高いから、暴走される前に友人という名の保護者を送り込んでおかないといけない。
「ゼノ、頼んだよ」
「畏まりました。チャールズ様、シーリカ様、ジョアンナ様、それぞれに今の件を伝えてまいります」
ゼノも私が感じているのと同じような不安を抱いているのだろう。苦笑いを浮かべながら、素早い動きで退室していった。
「これが王太子妃として初めての大きな仕事になりそうだね。……初めての仕事が友人からの依頼というのが、実にティアらしいよ」
今回のリソーナ王女の依頼は、立場上国を通した依頼という形になる。しかし、実質的には仲の良い友達としてのバーティアを頼ってのものだ。
要するに、王太子妃という地位を頼られたのではなく、バーティア個人の人柄がこの依頼を引き寄せたということになるのだろう。
「彼女が、彼女らしく友人を祝えるように私も精一杯協力することにしようか」
王太子妃の友人の王女の輿入れだ。
国としてもある程度のお祝いは用意したほうが良さそうだね。
それに、まだ正式な知らせは届いていないけれど、この流れなら間違いなく結婚式にも招待されるだろう。
リソーナ王女の輿入れ先のシーヘルビー国は、ここからは少し距離がある。行くなら、ある程度仕事を休めるようにしておかないといけない。
「やることはいっぱいだね」
予算確保と休み確保。
可愛い妻のために、私も頑張らないといけないね。
***
そして、現在。
「無茶ぶりだ!」と叫びつつもなんとか交渉を終えたチャールズのおかげで、無事リソーナ王女の結婚式の演出を適切な条件で引き受けた今、色々な話が進んでいる。
その国ごとに慣習のようなものがあるので、すべてをバーティアプロデュースで行えるわけではない。特に、リソーナ王女の輿入れするシーヘルビー国は独特の文化や慣習が多い。
そのため、リソーナ王女の希望が通る自由度の高い部分をメインに提案していく形になる。相手方と細かくやり取りをしてすり合わせを行いながら進めないといけない分、難しいことも多い。
「『三々九度』は、人前で同じ杯を使って飲み物を飲むのは恥ずかしいし、はしたないと思われると困るからと却下されてしまいましたわ。リソーナ様は後で夫となる王太子殿下と二人きりの時にやりたいとは言ってましたけど」
少ししょんぼりした様子で話すバーティア。
まぁ、この辺は仕方ないことだろう。
私たちの結婚式での『ファーストバイト』だって、本来ならストップがかかってもおかしくないものだった。
……バーティアのやりたいことだったし、彼女の周りの人は協力的だから、私が力技で「問題ない」ことにしたけれど。
「バーティア様はその『三々九度』というのを行うために新しいお酒まで準備されていたのに、残念ですわね」
シーリカ嬢が眉尻を下げて言った。
学生時代、同学年のバーティアの友人として共に行動することが多かったシーリカ嬢とシンシア嬢は、今はバーティア付きの女官をしてくれている。「バーティア様を他の方に任せるなんてできません!」「バーティア様を守るのは私ですわ!」と言い切り、他の女官候補を押しのけ、見事その地位に就いたのだ。
まぁ、私としても彼女たちにバーティア付きの女官をしてもらえればと思っていたからちょうど良かった。ただ、シンシア嬢に「バーティア様を守って情報収集もできる女官を目指しますわ!」と宣言された時には反応に困ったけれど。
結局、護衛や諜報活動もできる人間がバーティアのそばにいるのは助かるから、そのままにしている。
ちなみに、アンネ嬢にも女官をやりたい気持ちがあったようだ。しかし、いずれ外交の仕事をメインにやっていくであろうチャールズを支えられるようになりたいからと、最終的には同じ外交方面で頑張る道を選んだ。
バーティアからこの話を聞き、後でこっそりとチャールズに教えてあげたら涙やらで顔が大洪水になっていたっけ。
そんなアンネ嬢は、今は社交の場や国外の賓客の接待等の場面でバーティアを助けてくれている。
他の令嬢たちほどではないけれど王宮に来ることも多いから、その度にバーティアに会いに来て、手伝いをしてくれたり仕入れてきた情報を提供してくれたりしている。
ジョアンナ嬢については……私の弟の婚約者だからね。今は王子妃になるための準備中だ。
彼女もバーティアのことが大好きだから「いずれ国の中心となられるバーティア様をショーン様と共に支えられるように、王子妃として頑張りますわ!」と言っていた。
一応、国の中心となるのは『王』だから、バーティアではなく私のはずなんだけれど……きっとわざとだろうから、敢えてツッコミは入れずに満面の笑みを返しておいた。
「まぁ、ティアが提案した三々九度はできなくても、ティアと私で新しく作ったニホン酒は味も良いし、作り始めたばかりで希少価値も高いから、お祝いの品の中に入れておけばいいよ。それで、ティアがこっそり『二人で楽しんでください』とリソーナ王女に伝えれば問題ないんじゃないかな?」
公の場でできなくても、リソーナ王女は王太子と二人きりの時にこっそりやりたいと言っている。
それなら、バーティアがそう伝えることで、非公式の場での『三々九度』はきっと行われるだろう。
「それは良いですわね! 折角セシル様にも協力していただき作ったものですもの。是非お二人にも楽しんでいただきたいですわ‼」
私の言葉に、ちょっと暗くなっていたバーティアの顔がパッと明るくなる。
それを見てシーリカ嬢の顔もホッとしたものになった。
この話題に上っている『ニホン酒』というものだが、実はこれはバーティアの前世の記憶を基に作られたものである。
リソーナ王女の結婚式の件が始動した頃、バーティアが難しい顔をして悩んでいるのを見つけてどうしたのかと尋ねると、「『三々九度』をやりたいけれど、『日本酒』がないからできない」と言われた。
聞き慣れない言葉に、前世に由来した何かかと思って詳しく話を聞くと、前世の世界のバーティアが暮らしていた国で親しまれていたお酒のことだった。
『三々九度』は、決まった工程を踏んでお酒を酌み交わす儀式だそうだ。形だけなら他のお酒でも代替できるが、バーティア的には「それは何か違う」と感じてしまうらしい。
一応バーティアのほうでも、どこかに『日本酒』に似た飲み物はないかと探してはみたようだけれど、見つからず困っていたらしい。
不思議に思って「なんで造らないの?」と尋ねると、バーティアは驚いた顔をして「お酒は資格がある人しか造ってはいけないんですの」と言ってきたから、今度は私が首を傾げた。
アルファスタ国にはそんな法律は存在しない。
もちろん、酒の造り方を秘伝にしている場所もあるから、その知識を盗み出して勝手に造る……なんてことにはそれ相応の対応をしているけれど、酒を造ること自体はなんの問題もない。
つまり、バーティアの言う「資格のある人しか造ってはいけない」というルールは前世のものであって、現世のものではないのだ。
そのことを伝えるとバーティアは最初キョトンとした顔をしたが、すぐにハッとして「造りますわ!」と宣言した。
宣言した……が、しばらくして進捗状況を確認したら、彼女は無駄に職人魂を発揮して、より美味しいお酒を造るため色々な種類の米を作って酒造りにチャレンジするんだと、田植えから始めていた。
そこから始めていたら、どう考えてもリソーナ王女の結婚式には間に合わない。
というか、それ以前の問題として、植える時期もちゃんと考慮しないといけないのではないだろうか?
少し気まずさを感じつつ、バーティアにそのことを伝えると、彼女は絶望に染まった顔をした。
それがあまりに可哀想で、思わず裏技を伝授したのだ。
裏技――ゼノに頼んで精霊の力を借りるという方法をね。
もちろん、米作りに精霊の力を借りていることを周囲に知られるわけにはいかない。
精霊については、精霊の保護のために一部の高位貴族以外には存在を秘密にしているからだ。
だから表向きには、バーティアがクロにあげる『いなり寿司』用に確保していた米を使って酒を造ったと説明することにした。その裏でこっそり精霊に協力してもらい、王宮の敷地内にある王族しか入れない森の中に『田んぼ』を作って何種類かの米を作る。
それにより、短期間で何種類もの米を収穫することができ、色々な米を使った『日本酒』造りが実現した。
それらを呑み比べてみて、バーティアが一番気に入ったものを最初に世にお披露目する『ニホン酒』と決め、量産したのだ。
ちなみに、造る工程でももちろん精霊に協力してもらっている。
バーティアの話によると、『日本酒』というのは米だけでなく、良い水と『米麹』とかいうものが必要だそうだ。
それがどういうものかはよくわからなかったんだけど、バーティアが「多分菌とか使って発酵させる感じですわ!」と言っていたから、それを参考に酒造りに使えそうな菌を探すことにした。
ただ、普通に一つずつ可能性を潰しながら探していくと、それなりに時間がかかってしまう。
だから、そのあたりのことに関係していそうな精霊たちの協力を得て、いくつかの候補を用意してもらって実験し、正解を見つけ出すことにした。
そうしてできたのがベースとなるニホン酒。
『日本』というのはバーティアが前世で住んでいた国の名前だそうだから、敢えてそこは変えず『ニホン酒』という名前のままにした。
で、そこから米や水を変えてどれが良いか呑み比べ、現段階で作れる最良を探っていったのだ。
こうして無事ニホン酒を造ることに成功したから、バーティアも満を持して『三々九度』を提案したみたいだけど、結果はこの通り。
『三々九度』をやらせたがっていたバーティアには気の毒だけど、リソーナ王女には贈り物として楽しんでもらえばバーティアの努力は無駄にはならない。
そしてその後はニホン酒を我が国の新しい名産品として売り出せば、このニホン酒造りはかなり有意義なものだったとすら言えるだろう。
「あ、そうですわ! 先日、皆様に協力していただいたウエディングドレスの件ですけど、私の一押しだった『マーメイドドレス』をリソーナ様が気に入ってくださって、そのデザインでもう製作段階に入っているそうですわ! 皆様ご協力ありがとうございましたわ」
自分の考えたドレスのデザインをリソーナ王女が気に入ってくれたことが嬉しいのか、満面の笑みで報告するバーティア。
「あのデザインでしたら当然ですわね。『マーメイドドレス』? とかいうあのドレスは今までにない斬新さがある上に、とても美しかったですもの」
ジョアンナ嬢がニコニコしながらバーティアに話しかける。
……ジョアンナ嬢、君、本当はバーティアがあのデザインを他国の王女に送ったことに嫉妬しているね? というか、リソーナ王女があのデザインを選ばなかったら自分の結婚式にそのデザインのドレスを作る気だったんだろう?
目がそう言っているよ。
そんな思いを込めてジョアンナ嬢に視線を向けていると一瞬目が合った。
彼女はそれだけで私が考えていることを察したのか、表情は一切変えず周囲に聞こえないくらいの小さな音で舌打ちした。
……他の人たちには聞こえなかったみたいだけど、令嬢的にそれはアウトだからね?
「あ、そういえば、バーティア様がお考えになったドレスのデザインのうち、リソーナ王女に送るものとして選ばれなかったものがいくつかありましたわよね?」
小さく咳払いをした後、ジョアンナ嬢はまるで今ふと思い出したといった風を装って話題を微妙にずらす。
「ええ、ありましたわ」
「デザイン画はまだ残っていますかしら?」
リソーナ王女のドレスのデザインはもう決まり、既に製作段階に入っている。
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