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22巻

22-2

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「お前さんもそう見るか。単純に男女の話と結び付けて考えてよいかというと、ヴァジェの目と態度を見るに、そうでもなさそうなのがまた奇妙であるよ」

 首をひねるオキシスに、ジオルダが頷く。どうやらヴァジェの乙女心と恋心は、モレス山脈の同胞達にはすっかり知られてしまっているらしい。

恋慕れんぼまさる輝きが瞳に宿っているからな。相当に強い崇敬すうけいの念だ。ドラン殿の中身は我らが思う通りなのか、それ以上の高位の竜であったのか……。当人に語るつもりはなさそうであるから、推測しか出来ないわな。だが、面倒だとは言うてやるな、オキシスよ。それに男女の話がまるっきりないわけでもないだろうよ。そうなると、肉体としては人間のドラン殿と、心身共に竜であるヴァジェとでは、いささかわせの悪い組み合わせになってしまうのが心配じゃ」

 とはいえ、竜種と人類との婚姻こんいんというのは、長い歴史上、幾例いくれいか存在している。
 ドラゴニアンや竜人と呼ばれる種族とは異なる竜の特徴を持った人間などは、このように竜種と人類の血が混ざり合って誕生した場合が多い。
 歳を食った男連中がヴァジェを気に掛けるのは、彼らからしてみると娘に相当する同胞の行く末が気にかかって仕方がないからか。

「お主ら、余計な話はそこまでにせいよ」

 父親気分になっている男連中に釘を刺すように声をかけたのは、濃淡のある赤いうろこ花弁はなびらのように広がる幅の広い五本の角が特徴的な火竜のファイオラだ。
 ちょうどオキシスと同年代の女竜で、ヴァジェと同じ年頃の娘を持つ身である。

「ヴァジェの事はヴァジェに、ドラン殿の事はドラン殿に任せよ。我らはどちらかから話を持ちかけられたら、応じればよかろうに。いい歳をした男共が何を野次馬根性など出しおるか。……まったく、聞いていて気分の良い話ではなかったぞ」

 ファイオラにたしなめられたオキシスが苦笑する。

「母親を経験した者の立場からすればそうなるか。しかし、当のヴァジェの奴が怒っとらんから、良いではないか。……いや、火炎弾の一つくらいは撃ち込んでくるかと思ったが、この様子では話そのものが耳に入っとらんな。確かに性格が丸くなったとはいえ、あれは緊張でもしておるのか?」

 ヴァジェもベルンを訪問する一団に参加しているが、ジオルダ達の話に耳を傾けている様子はなく、多少緊張の面持おももちで眼下のドラン達を見つめているきりだ。
 古神竜ドラゴンとしてではなく、人間として振る舞っている分いくらかましとはいえ、ドランを前にしている以上、ヴァジェは緊張せざるを得ない。
 その様子を、ファイオラ達は事情を知らないなりに解釈していた。

「やはり、あのドラグサキュバスなる者が気にかかるのであろう。というか、この場にいる誰があの者を無視出来る? お主らとて気になって仕方がないのを、あえてヴァジェの話題を振って誤魔化ごまかしていたのではないか?」

 ファイオラの指摘は実に正確であった。
 この場にいる他の竜種達──雷竜クラウボルトや地竜ガントン、ウェドロらも、今回の協定の立会人として招かれたドラグサキュバスの女神の存在に、意識を引かれている。
 古神竜ドラゴンの偉大なる力によってサキュバスからドラグサキュバスへと変わり、眷属けんぞくとなった者達を、どうして竜種が無視出来ようか。
 ゴッゴッゴッゴと、岩と岩がぶつかっているような笑い声を上げながら、ジオルダがファイオラをからかう言葉を口にする。

「お主は遠慮を知らぬ女性よな、ファイオラよ。お主のような激しい気性の主でも伴侶はんりょを得られたのだから、ヴァジェもその内、良き夫を得られよう」
「余計な言葉を口走りすぎだ。年老いた大岩よ。あのドラグサキュバスの件がなくとも、ベルン村の者達の話は我らを集めるのに充分であった。それでも、ドラグサキュバスの存在は無視出来ぬほどに大きな案件であるのは確かよ」
「あの様子では、どうやら地上では神としての権能をふるえぬという話は真のようだ。それでもあの者の魂に刻まれた竜の因子からは、確かにドラゴン様の気配が感じられる。ドラゴン様が転生なされたのは最近の話と耳にしたが、一体いつの間にドラグサキュバスを眷属とされたのか。お会いした時にお教えくださっていたなら、また心構えも違っていただろうに……」
「我らの都合でドラゴン様をわずらわせるわけにはゆくまい。さて、そろそろ下りるとしようではないか。あまり空を飛んでばかりいても、他の人間達に余計な不安を与えるだけで何も良い影響はない」

 ファイオラの言葉をきっかけに、八体の竜達は思い思いに地上へと降下を始める。
 古神竜ドラゴンの生まれ変わりが目の前にいるなどとは、夢にも思わずに。


     †


 寸鉄すんてつも身に帯びず、無手のクリスティーナは、こちらへ向けて徐々に降下してくるヴァジェ達の姿を見つけて、小さく口角を吊り上げた。
 巨大な竜種達が空を飛ぶ姿は実に壮観そうかんで、見ていて飽きなかったが、今日は話をする為にわざわざ集まってもらったのだ。

「お、ようやく下りてくるつもりになったらしいぞ」

 屋敷の庭に用意された椅子に腰を下ろしたクリスティーナの呟きに、左隣に腰掛けているドラミナが応じる。

「少し言葉を交わしていらっしゃったようですが、モレス山脈に住むあの方達にとっても、前例のない話だと、慎重になっているのかもしれません」

 二人は今、着用者の外見をいちじるしくみにくく変化させる『アグルルアの腕輪』を着用している。
 本来の彼女達の美貌は、たとえ竜種であろうとも問答無用に効果を及ぼし、種族の違いによる美醜びしゅう感覚かんかくを軽く超越して魅了みりょうし、正気を失わせる危険性がある為だ。
 魅了された結果、空を飛ぶことも忘れて、あれだけの質量を持った竜種達が落下してきたら、ベルン村には決して小さくない被害が発生するだろう。

「そういえば、ドラミナの故郷でも竜種は珍しい存在だったのか?」

 領主としてこの場に立っているという意識から、クリスティーナはドラミナに対して上司としての言葉遣いと態度を選んでいた。
 これはこの場にいるドランに対しても同じだ。
 そのドランはというと、こちらに視線を向けるヴァジェを見つめ返し、ふむ、と意味ありげに口癖くちぐせこぼしている。
 ヴァジェはまだドランと接する機会があると、肩に力が入って心が休まらないらしい。

「こちらの大陸よりもだいぶ珍しい存在でしたよ。バンパイアは人類の中でもかなり長命な種族ですが、故郷で知恵ある竜種の話はほとんど聞きませんでした。亜竜の類でしたなら、また話は別ですが」
「バンパイア達と余計ないさかいを起こさないように避けていたのかな?」

 ドラミナの話に頷くと、クリスティーナは同席している会計官のシェンナと騎士団長バランの顔を見て微笑む。

「それにしても、皆、緊張しすぎだ。ドランとドラミナを見習ったらどうだ? 顔色が悪いか冷や汗がすごいかのどちらかだぞ」

 クリスティーナやドラミナはドランのみならず、アレキサンダーやバハムートなど、他の始原の七竜とも顔を合わせている為、今更何体の竜種を前にしても驚きはなかった。
 しかし、常人であるシェンナ達からすれば、一生のうちに一度でも遭遇そうぐうするかどうかの竜種相手に緊張を隠せていない。
 少しでもその緊張をほぐそうと、クリスティーナとドラミナが小話などしたわけだが、どうやらあまり成果は出なかったらしい。

「男爵様、その、緊張するなと言われましても、これでも精一杯努力はしているのです」

 眼鏡の奥の瞳をあちこちにさまよわせながら、シェンナはなんとか震える声を絞り出した。
 ベルン男爵領の財布のひもにぎる者として辣腕らつわんを振るい、その能力を存分に発揮している才女も、人間など一口で丸呑みにする巨大な存在を前に、身体の震えを抑えられずにいる。
 バランなどはまだ歯を食いしばってこらえてはいるが、文官である彼女に武官と同じ胆力を求めるのはこくすぎるだろう。

「いや、私も無茶な注文だとは思うよ。話は私とドラミナ、ドランに任せておいて、皆は気絶しないようになんとか堪えてくれれば格好は付くからな。まあ、後は興奮しすぎた竜教団の方達が乱入してくるような事態が起きなければ、特に支障なく話を終えられるだろうさ」

 僅かな気負いもなく笑顔で語るクリスティーナの姿を、シェンナ達はこの時ほど頼もしく思った事はない。
 複数の竜種達を前にして、今のクリスティーナのように全く怯まずにいられる者が、世界にどれだけいるだろうと、シェンナ達は感激さえしていた。
 そしてついに巨大な竜種達が音もなく大地へと降り立った。
 それに合わせてベルン側の全員が起立し、お互いに視線を交える。
 随分と高低差のある視線の交錯は、とりあえずは平穏に始まった。
 竜の側に侮蔑ぶべつ傲慢ごうまんといった感情は希薄で、人間側の出席者にも一部を除いて恐怖や不安の色はない。
 屋敷の外では竜教団の教徒や聖職者、野次馬達が様子を窺っていたが、いざ伝説の存在をたりにすると、圧倒的な威圧感と巨体を前にぱたりと声が絶えている。
 会談を見られる事自体は構わないが、内容を聞かれるのは好ましくないという判断により、この場には遮音効果のある結界が張られている。しかし少なくとも周囲のざわめきは、結界を張らなくても勝手に消えてくれたようだ。
 クリスティーナは眼前に並び立つ竜種達の姿を惚れ惚れと見回し、ドランの姿に体を半分ほど強張こわばらせているヴァジェの姿を認めて、ほおを緩める。
 ある意味、この中で一番面倒な立ち位置にいるのがヴァジェだった。
 ドランをドラゴンと知りながら同胞達にはそれを伝えられず、あくまでも友好関係を求めてきた人間として接しなければならず、その匙加減さじかげんについて常に頭を悩ませている。
 本来、彼女はあまり頭の回転がよろしくないというのに。

「オキシス殿、ウィンシャンテ殿、クラウボルト殿、ガントン殿、ジオルダ殿、ウェドロ殿、ファイオラ殿、ヴァジェ殿。本日は我々の呼び掛けに応じ、こうして足を運んでくださった事に、まずは感謝を。私がアークレスト王国からベルンの地を預けられた、クリスティーナ・アルマディア・ベルンだ。永らく交わる事のなかった竜種のあなた方と、これからは良きえにしを結べるようにと、心から願っている」

 舞台上の名女優のように大きく声を張り、堂々と言葉を連ねるクリスティーナに、竜達は少し感心したように目をパチクリとさせた。


 自分達を相手に一片の恐怖を抱かずに、心の底から本気で来訪を歓迎していると分かったからである。
 彼らにしてみても、ここまで度胸のある相手だとは思っていなかったのだろう。
 補佐官であるドランや秘書のドラミナは、あくまでこの会談のベルン側の主役はクリスティーナであるとして、求められない限りは口を閉ざしている。
 最初に竜側の年長者であるジオルダがクリスティーナに言葉を返した。明確な上下関係のない竜側でいて代表者を選ぶとなれば、この老地竜となる。

「なに、我らとて、言葉を交わす価値があると思えばこそ、こうして足を運んだのだ。貴殿の言う通りの良き縁を結べるかどうか、全てはこれから次第であるから、貴殿らと友好的な関係を結ぶかどうかは、まだまだ保障しかねるというものだ」
「交わりを持たぬと断じられるわけではないのでしょう? ならば、後は我々の努力次第なのですから、それだけで私達にとっては充分です。それと、事前にお伝えしましたゆえ、ご存じとは思いますが、こちらは今回の会談における立会人であるドラグサキュバスの女神リリエルティエル殿です」

 これまで沈黙を守っていたリリエルティエルが、クリスティーナの紹介に合わせてしずしずと歩み出る。
 クリスティーナ達と竜達の中間地点で足を止めた彼女は、たおやかな仕草で竜達に向けて深く腰を折る。

「ただ今クリスティーナ様よりご紹介に与りました、リリエルティエルです。この度は私と同胞達が古神竜ドラゴン様の眷属である事から、竜の方々とも関係があると、特別に立会人を依頼され、この場におります。古神竜ドラゴン様の眷属として、この度の会談の始まりから終わりまでを見届けさせていただきます。どうか私の事は気になさらず、お互いに忌憚きたんのない意見を交わし、飾らぬ相互理解を深められる事を願います」

 条件さえ整えば三竜帝三龍皇すら上回る力を発揮出来るドラグサキュバスの女神に、竜達の視線が殺到する。
 彼女から敵意が砂粒一つも感じないのを確かめて、竜達はようやく視線を引き剥がしたが、ドランの真実を知るヴァジェだけは比較的リリエルティエルへの警戒心は薄かった。
 もっとも、女としては、ドラゴンの気配をまとう〝サキュバス〟という存在に苛立いらだっている様子だ。
 そんなヴァジェの内心を見透かして、クリスティーナやドラミナなどは微笑していた。
 これは、既にドランと恋人である彼女達の余裕の表れとも言えよう。

「貴殿らの使者から聞かされてはいたが、これは確かにドラゴン様の気配。あの方が選ばれたというなら、立会人にこれ以上相応ふさわしい方はおるまい。強いて難点を挙げれば、立会〝人〟と言うのはいささか語弊ごへいがある事くらいか。よもや女神がその役を担うとはな」
「そのように認めて頂けるなら、私もドラゴン様に胸を張って立会人としての役目を果たせるというもの。私はあくまで公正中立の立場として、どちらかに肩入れする真似はしませんが、私情を申せば、ベルンとモレス山脈の竜達の間に良縁が結ばれる未来を願います」

 リリエルティエルは自分が口を出すのはひとまずここまでだ、と暗に態度で示し、クリスティーナと竜達に頷いた。
 ここから先は人間と竜の話し合いの時間だ。

「ではベルン男爵、改めて名乗らせていただこうかの。わしは地竜ジオルダ。モレス山脈で眠りこけてばかりいる老体じゃが、その分顔は広いので、纏め役のような真似をしている」

 竜達を代表するジオルダに続き、クラウボルトやウィンシャンテ達も名乗りを挙げていく。
 彼らからすればただ普通にしゃべっているだけなのだが、その巨体に見合う声量の大きさに、クリスティーナ達が少しだけ耳を塞ぎたい衝動に駆られていたのは、内緒の話だ。
 ジオルダを皮切りにこの場にいる全員の自己紹介が済んでから、クリスティーナがこの会談の目的を口にする。

「私達があなた方に協力関係、あるいは同盟関係の締結を持ちかけたのは、今後、モレス山脈に我がベルンの人間が多く足を踏み入れる機会が増えるのを見越しての事です。その際に不幸な行き違いが生じないように、あらかじめ正式に関係を結んでおくのを目的としています。そして、私は竜であるあなた方とも友好的な関係を築きたいと願っています。竜と人類とでは生物としてあまりにかけ離れてはいますが、こうして近くに暮らしているのですから。お互いに協力出来る点を見つけ出し、交流を重ねる事は、良い未来へ繋がると信じています」

 これは嘘偽りのないクリスティーナの心情だった。
 以前の古神竜ドラゴン殺しの罪にさいなまれていた時期の彼女ならば、とてもではないがこのような提案は考えられなかったが、今となってはこうした言葉もおくせず口に出来る。
 また領主の立場から見ても、モレス山脈の竜達と関係を結ぶのには相応の利益があった。
 まず、単純に竜達の強大な戦闘能力を背景とする軍事力の強化。
 そしてモレス山脈に長く住まう彼らはかの地に眠る資源について熟知しており、今後山脈の開発を行う事になれば、彼らほど頼りになる案内役と護衛役はいない。
 それにいずれはモレス山脈のみならず、山脈を越えたその先に進出する日も来るだろう。
 そうした時にも、自在に空を飛び、竜語魔法を用いれば一度に大量の物資の輸送も出来て、かつ極めて高い自衛能力を持つ竜達は頼りになる。

「そちらの意図は承知している」

 血のように赤いクリスティーナの瞳を見つめ返しながら口を開いたのは、雷竜クラウボルト。人間で言えばクリスティーナと同年代、二十歳になるかどうかの若い世代だ。
 一日の多くを雲海の中で過ごし、高高度に棲息する大型飛行生物や雲などを食べて生きている雷竜だ。
 その声は落ち着き払った青年のもので、苛立ちなどは含まれていない。

「これまで通りの暮らしをしていくのなら、おれ達と貴女あなたたちとの交流など不要なものだとしか思えない。だが、時折空の上からながめていたこの村の著しい変貌へんぼうを考えれば、貴女達がこれまでとは異なる暮らしを送り、おれ達のような異種との交流を考えはじめたのも当然と頷ける。ましてや、竜の住処に足を伸ばすつもりがあるのなら、事前に話を通しておこうと考えるのは賢明な話だ。貴女の先見の明と聡明そうめいさには敬意を抱く」

 意外にも理知的な印象を受けるクラウボルトの言葉に、クリスティーナ達は沈黙を選び、続きを待つ。
 若き雷竜は、時折、考える素振そぶりを見せながら言葉を紡ぎ出してゆく。
 社会的地位のある人間と話す機会など、これまでのクラウボルトの〝竜生〟にはなかったので、彼なりに慎重に、努力して言葉を選んでいるのだ。

「おれ達は今の暮らしで何も不足を感じてはいないが、時折、深紅竜が機嫌の良い様子で貴女達の街に通う姿は見ていた。不足はなくとも新たな満足や充足を得られる機会はあると思う」

 それを聞いてヴァジェの顔が面白い具合にゆがんだが、口元をニヤつかせる者こそいても、指摘する怖いもの知らずはいなかった。
 彼女ならばこの場であっても怒りのままに噴火しかねないという認識は、クリスティーナ達ばかりだけではなく、モレス山脈側の竜種にもあるらしい。

「ええ、単に物質的に豊かになるだけでなく、私達の持つ食事や音楽、演劇、文学、哲学、陶芸などをはじめとした文化を堪能していただければと思います」
「おれ達も歌を作ったり、料理をしたりはするからな。特に人間種の文化は多様性に富んでいる。おれ達にとっても良い刺激になるだろう。だが、それは平穏な時間での話だ。貴女達の呼び掛けに対しておれ達が応じた理由が別にある事は、改めて言うまでもないだろう? 残念だけれどもな。ベルン男爵よ、かすようで悪いが、おれは〝それ〟を確かめたいのだ」

 無論クリスティーナとて、その話を語らずに終わらせるつもりはなかった。
 彼女が視線を向けると、ドランはすぐさま席を立ち、事前に用意していた映像を投射する箱型の魔法具を竜達の前に置いた。
 箱の一つの面ににぎこぶしほどのレンズが埋め込まれており、内部に封入した光精石こうせいせきに記録した光学映像を増幅して空間に投射する品である。
 ドランはヴァジェが終始自分に意識を向け続けているのに苦笑しそうになるのを堪えながら、レンズの横から突き出している小さな棒を倒した。
 内蔵された魔晶石ましょうせきが反応して微量の魔力を発生させ、それが光精石に流れ込むと、映像が再生される。
 映し出された映像に合わせて、ドランが説明を始める。

「こちらが、我々の捕捉ほそくした暗黒の荒野の軍勢に参加している偽竜達の映像です」

 空中に投影されたのは、始祖竜より誕生した竜種達の不倶戴天ふぐたいてんの敵にして模倣者、偽造品、贋作がんさくたる偽竜の群れなす姿であった。
 何体もの偽竜達が赤茶けた大地の上で整然と並んでいる。
 竜種以外の生物であれば戦いを挑む事すら放棄して逃げ出す最強の種族達──の紛い者たる、偽りの竜達。
 一口に偽竜と言っても、その姿は多種多様だ。
 一見すれば正統なる竜種と区別がつかない姿の者。
 空を飛ぶのに到底役に立たないような小さな翼を無数に伸ばし、紫色のこぶの合間から肉の触手を生やしている者。
 百足むかでの如く長大な体から無数の足が伸び、顔面の半分を埋め尽くす複眼の昆虫めいた姿の者。
 火を操る者、水を操る者、風を操る者、土を操る者。
 雷を、光を、闇を、音を、氷を、やまいを、毒を、熱を──様々な属性を帯びた、創造主の異なる無数の偽竜の末裔まつえいたちが、一つの集団として成立していた。
 異種族はおろか、同族同士でさえ殺し合うのが珍しくない偽竜達は、地上の竜と同様に群れをなし、集団として行動する事自体が稀な存在だ。
 創造主や創造主を同じくする上位の悪魔や亜神の下で軍勢に組み込まれる例はあっても、よもや地上において偽竜達が秩序立った軍勢として成立する例は滅多めったにない。
 これを成したのが邪神の系譜けいふに連なる者であるのならば、地上の生命にとって恐るべき上位存在が降臨した事を意味する。
 あるいは地上の北方の魔族達が偽竜達を統制しているのならば、それは偽竜すら支配するとてつもない王者の誕生を意味する。
 どちらにせよ、いずれは偽竜を含む暗黒の荒野の軍勢と激突するベルン男爵領ならびにアークレスト王国にとっては、厄介という言葉では収まりきらない凶兆きょうちょうの体現だ。
 映像の中の偽竜達は、自分達の前に立つ二人組の言葉に静かに耳を傾けているようだった。
 その内一人は、青黒い肌に銀の髪、そして頭の左右から延びる湾曲した角、黒く染まった目の中に黄金の瞳を輝かせた端整たんせいな顔立ちの女。
 もう一人は黄色い毛並みに覆われた獣の下半身と、背中から三本目の腕をやした、赤毛の幼い顔立ちの少年だった。
 一世代ごとに特異な容貌ようぼうを持つのが珍しくない魔族の男女だ。
 この映像を見ているドランが人間に生まれ変わってから初めて見る、この時代、この惑星の魔族――おそらく、魔界から地上に移り住んだ一派の子孫だろう。
 神としての権能や神格はほとんどあるまいが、それでもバンパイアやドラゴニアンと同等かそれ以上の力を持ち、人型の生物として最強の一角を担うのは間違いない。
 立ち居振る舞いからして、この男女が偽竜達の上司のようだ。

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