さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき

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21巻

21-1

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 第一章―――― 始祖竜の二つの意志




 大陸北方の覇者はしゃたる宗教国家――ディファラクシー聖法王国。
 この国では、古神竜ドラゴンの転生者であるドランでさえも知らない〝デミデッド〟なる神が、唯一無二の存在として崇拝すうはいされている。
 世界中の人々をデミデッドの信者とするべく行動を開始した彼らが、何よりも警戒し、排除しようとしたのが、新たにベルン村の領主となったクリスティーナだった。
 彼女が持つ剣は、かつてドラゴンスレイヤーと呼ばれ、この星の先史文明である天人達てんじんたちが最強の兵器として星間戦争に用いた武器である。
 以前より天人の遺産をはじめ、異星からの侵略者である星人ほしびとの遺産を収集し、研究し、利用してきた聖法王国がこの剣を押さえようとするのは、当然の動きだ。
 領内を視察中に聖法王国から放たれた刺客しかくに襲われたドランとクリスティーナは、そう考えていた。
 ――少なくとも、襲撃者を撃退した段階では。
 聖法王国は、天意聖司てんいしょうしと呼ばれる強大な力を持つ精鋭せいえいを複数抱え、浴びた者の脳髄のうずいに侵入して洗脳する雨を周辺諸国に降らせて支配を広げる危険な国家である。
 無論、ドラン達はこの国の魔の手がアークレスト王国にまで伸びてきているという事態に、警戒を強めた。
 国家が戦争を仕掛けてくるのならば、その報告を王宮へ上げなければならない。
 王家から領地をたまわるベルン男爵だんしゃくクリスティーナと、その補佐官であるドランとしては当然のつとめだ。
 ところが、いつもなら真っ先に王宮に知らせ、みずからは事態を見守り、あえて仕掛ける事はしないドランが、今回ばかりは自分達の方から打って出るべきだと判断した。
 これは、敵勢力がドラゴンスレイヤー――改めドラッドノートへの対抗手段を用意している可能性が高い点を憂慮ゆうりょした為である。
 いかに天人文明や星人文明の遺産を持っていたとしても、地上世界最強の兵器であるドラッドノートへの対抗手段を用意する事は至難しなんわざである。しかし、もしそれが叶っていたならば、この地上においてドラン以外にかなう者はいないも同然だ。
 そんな物騒ぶっそう極まりない力を、強制的な洗脳も辞さないような宗教勢力が有しているとなれば、これはドランでなくとも危険視するというもの。
 こうして、クリスティーナをはじめとするベルン村上層部の面々は、白竜に変身したドランを移動の足として、はるか北方の大地に築かれた聖法王国の首都を目指したのだった。
 敵地へと向かったのは、ドランとその恋人達――ラミアの少女セリナ、くろ薔薇ばらの精ディアドラ、バンパイアの元女王ドラミナ、そしてクリスティーナ。
 大国に戦いを挑むにはいささ心許こころもとない人数だが、その力はまさに一騎当千いっきとうせんと言うに相応ふさわしく、立ちはだかる強敵達をものともせず、いつものように蹴散らした。
 激戦をくぐり抜けて聖法王国に辿たどいたドラン達は、かの国の裏に古代の外宇宙からの侵略者である〝デウスギア〟の影が存在している事を突き止める。
 聖法王国は異なる星の者達のてのひらの上で踊らされていたのである。
 しかし、たとえ星人そのものがこの国を牛耳ぎゅうじっていたとしても、これまで通り古神竜ドラゴンたるドランとその恋人達が真価を発揮すれば、またたく間に終わる戦い――のはずだった。おそらく、セリナやディアドラ達ばかりでなく、破壊と忘却をつかさどる大邪神カラヴィスや大地母神マイラールといった神々でさえ、そう確信していただろう。
 古神竜ドラゴンに敵う者はない。
 ドラゴン――つまりはドラン自身が負けるつもりにならない限り、彼に敗北はあり得ず、苦戦すら成立しない。
 現代とは比較にならない多次元に及ぶ規模と圧倒的な科学・魔法技術を有した超先史文明の最強戦士である七勇者とドラゴンスレイヤーでさえ、例外ではなかった。
 かつてのドランが死を受け入れたからこそ、彼らは勝利したのだ。
 勝つも負けるも全てはドランの意思次第。
 それがこれまでの戦いであり、これからもそうであるはずだった。
 ふむ――と、ドランが口癖くちぐせの一言と共に、技を必要としない圧倒的な力で、敵対者をたましいから粉砕する。
 だが、今回ばかりはそれで終わらなかった。
 聖法王になりすまし、聖法王国と異星人デウスギアの遺産を我欲の為に利用し続けた、真の黒幕がいたのだ。
 クリスティーナの先祖を含む七勇者に討たれた直後のドラゴンの魂を滅ぼそうとして、返り討ちにあったはずの六柱の邪神共が混ざり合った成れの果て。
 ドラゴンから奪い取った力と周囲に広がる原初の混沌こんとんむさぼり、ドラゴンとは似て非なる竜種の姿を取り、自らを終焉竜しゅうえんりゅうと名乗った存在だ。
 かくして、この世界、この宇宙が誕生した領域――原初の混沌で、ドランと終焉竜による、世界の命運を懸けた戦いが始まった。


     †


 持てる全ての力を惜しみなく解放し、古神竜としての姿を取ったドランと終焉竜の極限の戦いは、その激しさを増していた。
 終焉竜の攻撃によってひびが入ったドランのうろこが急速に修復されて、一面に広がる雪原のごとく傷一つない状態を取り戻す。
 前世は古神竜としてながき時を過ごしたドランでも、かつての自分自身でもあった始祖竜と同等以上と認めざるを得ない存在には、遭遇そうぐうした覚えがなかった。
 そして間違いなく、終焉竜よりも強大な敵とは今後二度と出会わないだろうと、彼は心の底から確信していた。
 それは……これほど強大な敵が他にも存在するはずがないと考えているからなのか、あるいは、この戦いで自分の生命が尽きると感じているからなのか。
 どちらにせよ、黙ってただやられるだけのドランではなかった。彼にはまだ戦うべき理由も、生きるべき理由も山ほどある。
 地上世界に残してきたセリナ達や、故郷の家族、ベルン領の人々をはじめ、彼がこれからも共に生きたいと願う者達のなんと多い事か。それはそのまま、ドランの生きたいという願いの強さにつながっている。
 転生によって弱体化したドランが、それでもなお前世よりも強いと称される最大の理由。それはすわなち、生きるという強い意志、前世では欠乏けつぼうしていた〝心〟という要素が、かつてない程に満たされているからだ。

「おおおおお!!」

 こと戦闘において、自らを鼓舞こぶする為のさけびなど、ドランにとってはほとんど経験がなかったが、目の前の終焉竜はそうしなければならぬ敵であった。そうしなければならない苦境なのである。
 ドランは七枚の翼を羽ばたかせ、原初の混沌をかき分けて終焉竜へと挑む。
 原初の混沌に浮かぶ無数の世界を、羽ばたき一つで滅ぼせる力を持った二柱の存在の激突は、その余波だけでもあらゆる世界にとって存亡の危機に直結する。
 人間には理解出来ない高次元の空間であるこの場所において、ドラン達の正確な大きさや距離を測る行為は意味をなさない。
 それでも大きさの違いに意味を見出みいだすとしたなら、互いの体躯たいくの差はそのまま存在の格、保有する力の差に繋がる点だろう。
 古神竜の姿となったドランがなお見上げなければならない終焉竜とは、つまり、それだけ格上の相手なのだ。
 それでもドランは戦いをあきらめなかった。
 勝利をつかむべく挑み続ける。
 全てはぎわに交わしたセリナとの言葉を守る為。そして人間としての生をまっとうする為に!
 飛翔ひしょうするドランから流星群を思わせる七色の光弾が無数に放たれて、四方から終焉竜へと襲い掛かる。
 地上世界に広がる星の数ほどの光弾は、まばゆい輝きと共に終焉竜を包み込んだ。
 一つ一つが大神であろうとも即座に滅ぼす威力を持つそれらを、終焉竜は防ぐ素振そぶりも見せずに、まるで心地ここちよいと言わんばかりに浴び続ける。
 七色の光の爆発に包まれた終焉竜は、あざけりでもあなどりでもなく、淡々たんたんと言葉を重ねる。

おびえを糊塗ことする為の叫びか? おのれふるたせる為の叫びか? ……どちらでもよい。どちらでも結果は変わらぬ。いにしえの神なる竜と名乗り、自らをドラゴン、そしてドランと定義した始祖竜の心臓よ。その脈動みゃくどうを止め、存在を停止する時が来た。終焉の幕が下りると理解せよ」

 六邪神が見せた高揚や侮蔑ぶべつ欠片かけらも込められていないその声音こわねは、だからこそドランの警戒を強くさせた。高揚や興奮がないのはまだいい。だが侮蔑や嘲りのたぐいが含まれていないのは、意外と評するほかない。
 ――六邪神の面影おもかげとでもいうべきものが、既に終焉竜から消え去っている? もしや、六邪神もまた真の黒幕ではないのか?
 新たな可能性がドランの脳裏のうりをよぎった時、終焉竜が動いた。 
 攻撃を加えるべく迫るドランに対し、終焉竜の左側四枚の翼が大きく広げられ、それにともなって生じた衝撃波が七色の流星群を消し飛ばしながら襲い掛かる。
 内臓も骨も、何もかもがその場でばらばらになるような衝撃の中で、それでもドランは進み続けた。
 肉薄と呼べる距離の直前で、彼は練り上げた力をブレスに変えて、終焉竜の頭部を狙って放つ。
 外しようもない位置と外しようもない相手の巨体だ。
 渾身こんしんのブレスを放ち、それに対する終焉竜の行動で、彼我ひがの実力差をより正確に把握はあくしようという考えがドランにはあった。
 霧状きりじょうに広がりながら終焉竜へと迫る必滅ひつめつのドラゴンブレス。
 しかしそれを、終焉竜が放ったブレスが呆気あっけなく貫き、吹き散らす。灰色の光に見えるブレスは、ドランの放つ全力のブレスをはるかに上回る威力を持っていた。

「むっ!?」

 ドランはブレスの放射を止め、咄嗟とっさに身をひねって終焉竜のブレスの直撃を避けるが、その純白の竜鱗を灰色の光が不吉に照らし出す。
 直撃を受けたわけではないにもかかわらず、ドランの鱗はびりびりと震え、鱗と鱗の隙間からいくばくかの血が流れ出る。

「ふんっ!!」

 ドランは全身から血の糸を伸ばしながらも、自身よりもはるかに巨大な終焉竜のふところに飛び込んだ。あらん限りの力を込めた両腕を交差するように振るって、終焉竜の胸部へと斬りつける。
 いかなる神のきたえた防具も、また既知世界に存在する物体や概念すらも斬り裂き得る古神竜の一撃を受けて、終焉竜は──

「かつての〝邪神達であった我ら〟なら百度は滅びた一撃も、今や〝終焉竜となった我〟にとってはこそばゆいぞ、始祖竜の心臓よ」

 ――いっそあわれむようにそう告げた。
 終焉竜の鱗には、うっすらと爪痕が残るのみ。その虹色に輝く五つの瞳を見返し、ドランは構わず攻撃を続ける。
 しかし、すんでのところで、こちらの視界をふさぐように迫り来る終焉竜の左手に気が付いた。
 ドランが常時展開している防御障壁に加え、追加で無数に展開した障壁が、薄氷はくひょうの如く砕かれる。
 彼はかろうじて体をらせ、頭部を粉砕される事態を回避した。
 その勢いのまま後方へと回転しながら離れるドランへ、終焉竜は八枚の翼をわずかに動かして追撃の動きを見せる。
 対するドランもこれを予測しており、終焉竜の気配のする方向へ虹色の光の津波を放射して迎え撃った。
 一切の容赦ようしゃがない全力の攻撃であり、同時に終焉竜の動きを探知する役目もあわせ持った一撃。しかし終焉竜は三本の尾を縦横無尽じゅうおうむじんに振るって、原初の混沌に広がる虹色の津波を呆気なく斬り裂き、無数の飛沫しぶきへと変えてしまう。
 これまでドランが数多あまたの敵をほうむるまでに描いてきた光景が、そっくりそのまま逆転したような状況だった。
 ドランは〝なるほど、奴らはこういう気分だったのかもしれん〟と苦笑をこぼす。
 彼にはまだ、自嘲じちょうするだけの余裕があった。少なくとも、敗北を理解したいさぎよさが見せた表情ではない。
 ドランが笑みを消し去り、再び体勢を整えた時、終焉竜はあごを開き、のどの奥から灰色の輝きがあふれ出しはじめる。


 竜種が持つ最大級の武器の一つに数えられるもの──すなわちブレス発動の前兆である。
 一際ひときわ強く輝きが放たれた後、光は集束して灰色の光の奔流ほんりゅうとなってドランへ放たれた。
 射線上にある原初の混沌を呑み込みながら、終焉竜の灰色のブレスはドランを目掛けて迫る。
 回避が間に合わぬと悟ったドランは、空に浮かぶ星の数よりも多い障壁を前面に展開し、少しでも威力を減衰げんすいさせようと足掻あがく。
 ――そう、のだ。
 彼はこの攻撃を防ぎきれないと理解していた。

「ここまでか!」

 負けるという諦めか、それともこれ程までに力の差がある事への驚愕きょうがくか。
 どちらにせよ、ドランが口にした短い言葉の中には、極めて濃密な苦渋くじゅうの成分が含まれていた。
 そんなドランの眼前に、するりと長い巨大な影が、終焉竜のブレスに立ちはだかるようにして割込んだ。
 うずを巻くように身をくねらせた影が、灰色の奔流を受け止める。

「リヴァイアサン!?」

 かつては同じ存在として一つだったその長大な体躯の主の名を、ドランは思わず口にしていた。
 灰色のブレスを青く濡れた鱗の巨躯きょくをもって見事に受け切ってみせたのは、ドランと同格の始原の七竜が一柱、古龍神リヴァイアサンに他ならない。
 彼女は終焉竜への警戒の意識をそのままに首を曲げて、日頃弟扱いしているドランを振り返る。
 常に持っている余裕こそまだ残っているものの、彼女の声音にも雰囲気ふんいきにも、一切の緩みはなかった。

「ドラン、これはまたとんでもないやからが出てきおったな。見よ、わらわの鱗でも耐えきれずに砕け、肉をえぐられた。そなたの鱗と肉体であったら、この程度では済まぬぞ」

 リヴァイアサンの声色こわいろに苦痛の響きはなかったが、原初の混沌を攪拌かくはんするように動く彼女の体は、終焉竜のブレスによって傷付いていた。
 広範囲にわたって鱗が削られ、その下に隠れていた肉があらわになっている部分が見受けられる。
 その傷も始原の七竜中で最も強靭きょうじんな生命力によってすぐに塞がったが、頑強がんきょうなるリヴァイアサンがこれほどの傷を負うなど、前代未聞の事態だった。

「やはり君でもままならない相手だったか。だが、まずは助けに来てくれた礼を言いたい。ありがとう」
「礼を言われる程の事ではない。よもやあそこまでの存在が現れるとは、妾達も予見出来ずにいた。終焉竜と名乗る相手の誕生を防げなかったのは、妾達の手落ちと言えよう。何より、単純に強いのが厄介やっかいよな。あらゆる点で妾やそなたより上ぞ。それこそ、妾達が総がかりで挑む必要があるほどにのう」

 リヴァイアサンが総がかりと口にしたのは、単なるたとえ話ではなかった。
 直後、五つの目を僅かに細めていた終焉竜の前後左右上下から、真っ黒い火炎弾が殺到し、同時に着弾して、その巨体を余すところなく黒炎の中に呑み込む。
 ドランでさえ障壁や鱗ごと焼かれる覚悟をしなければならないこの黒炎は、終焉竜を挟んでドランの反対側に出現していたバハムートが放ったものだ。

「我が黒炎でも鱗一つ燃やせぬか。ならば燃えるまで続けるのみ」

 終焉竜を取り巻いていた黒炎がさらに勢いを増して渦を巻き、無限に熱量を増やしていく。
 黒炎の一つだけで膨大ぼうだいな数の宇宙を生み出せるだけの熱量を持つが、始原の七竜にとって特筆するようなものではない。
 終焉竜を前にしたバハムートは、竜界において不動不変のかなめとしてる普段の姿とはかけ離れ、全ての神々が力を合わせてなお及ばぬ超越者の一角たる威圧感をいていた。
 そしてバハムートの殺意と共に、さらなる黒炎のブレスが絶え間なく放たれる。
 粉砕、消滅の要素が強いドランのブレスに対し、燃焼・焼却の要素を強く持つバハムートのブレスならばあるいは……
 だが、そんな希望的観測を、ドランは持たなかった。おそらくリヴァイアサンも、ブレスを放っているバハムート自身も。
 ゆえに、黒い炎のかたまりの中から終焉竜の声が聞こえてきても、三柱の最高位の竜達に動揺どうようはなかった。

「笑止」

 その一言と共に終焉竜の全身より灰色の嵐の如き魔力が放出されるや、バハムートの渾身の黒炎は数えきれない火の粉へと吹き散らされて、原初の混沌の中へと消えていく。
 始原の七竜であっても無傷では済まぬ黒炎に身をさらされてなお無傷を誇る終焉竜。
 その頭上より、喉がはち切れんばかりの怒声を叩きつけて襲い掛かる竜の影が一つ。

「貴様は、とっととくたばれ!!」

 いまだ残る黒炎を反射して輝く銀の鱗の主は、古神竜アレキサンダーだった。
 彼女は終焉竜の肩に乗るようにして首筋へとみつき、白と灰の鱗を貫かんと牙を突き立てる。
 彼女もまた、兄と姉達と共に竜界から事の成り行きを見守っていたが、最強無敵と信じるドランの信じがたい苦境を前に、たまらず参戦したのだ。
 角の先から尻尾の先まで、彼女の全身で怒りを抱いていない箇所など細胞一つもない状態である。
 アレキサンダーは終焉竜の左右に広がる八枚の翼を両手で押さえ込み、ギリギリと鱗を食い破ろうと試みる。

「始原の七竜のすえの妹か。リヴァイアサン、バハムートも姿を見せたとなれば、当然、なんじらも来るのが道理。始原の七竜の揃い踏みとは、かつての我らならば滅びの恐怖に震えて縮こまっただろう。だが、今となっては、な……」

 終焉竜はまるでじゃれつく小動物を相手にしているかのように、自らに噛みつくアレキサンダーを放置したまま、周囲に目を向ける。
 アレキサンダーに僅かに遅れて姿を見せ、周囲を旋回しているのは、翡翠ひすいいろの鱗を持つ古神竜ヴリトラ。
 始原の七竜を含めてあらゆる存在の中で最速とされる彼女が全力で周囲を旋回せんかいし、破滅の風をまとう爪で斬りかかった。

「初めまして終焉竜君! 早速だけれど、ボク、君は嫌いだな!」

 終焉竜の左肩、腹、背中、右太もも……ありとあらゆるところをヴリトラの爪が斬り裂いていく。
 ヴリトラの攻撃はさらに加速し、巻き起こす風にも彼女の殺意と闘志が乗り、戦闘系の神であろうとも五体無事では済まぬ殺傷力を得ている。
 身内であるドランでも滅多めったに見た覚えのない、殺意に満ちた攻撃だ。
 ヴリトラ自身の爪や牙、尾の一撃だけでも計り知れない破壊力を持つというのに、この速度と風による攻撃が加われば、どれほどの威力になるのか。
 同時に終焉竜に襲い掛かるアレキサンダーとヴリトラは互いを信頼しているのか、どちらにも遠慮は見られない。
 ヴリトラは決してアレキサンダーを巻き込まぬよう飛び回り、アレキサンダーもまた自分が巻き込まれるとは考えず、牙と翼を押さえつける両手に力を込める。

「ボクは速さが価値観の基準で、何事も早くが信条なのだけれど!」

 一つ、二つ、三つ、四つと、ヴリトラの爪がこすれる音が重なる。速度はさらに増し続けて、終焉竜に爪がれた回数はとうに百を超えただろう。

「君には一刻も早くこの世界のありとあらゆる場所から退場してほしいな! 二度と復活なんてしなくていいからね!」

 一旦距離を置いたヴリトラは、ドランの渾身の一撃を受けた終焉竜の胸部に最高の一撃を叩き込まんと、誕生以来最速となる飛翔で一直線に原初の混沌の中を突き進む。

「速い――」

 ドランでもかろうじて捕捉出来る程の速さのヴリトラの殺意を浴びて、終焉竜は短い言葉を発した。

「――だが、遅い」

 最高速をもって最大の殺意と最高の一撃をなすヴリトラを、終焉竜の虹色の瞳は確かに捉えていた。
 ヴリトラはそれに気付くのと同時に、下方から弧を描いて突き上げてきた終焉竜の尾に腹をしたたかに打たれていた。
 終焉竜の尾が腹を貫いて背に抜けたのではないかと錯覚さっかくする衝撃の後、鱗と骨の砕ける音が体内に鳴り響く。
 生まれてはじめて口から血を吐くという経験をしたヴリトラは、なるほどこれは痛い! と、まだ余裕のある感想を抱いた。
 さいわい、胴体がちぎれるまでには至らなかったが、さらに襲い来る残る二つの尾の攻撃を許せば、いかにヴリトラとて命があやうい。
 それは終焉竜の首筋に噛みついたままのアレキサンダーにも理解出来ていた。
 ヴリトラの速さが捕捉された驚きに目を見開きながら、彼女は次にとるべき行動を選択する。そしてそれは、ヴリトラを殺させない、という点では正解と言えた。


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