贖イノ旅路

茶呉耶

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業火

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それは数年程前の話であっただろうか。

 少年は縄で縛られていた。街のど真ん中であった。少年の目の前には彼の父親が居た。少年はそれが何を意味しているのか分からなかった。少年は酷く混乱していた。彼の父親は先ほどからひたすら「ごめんな、ごめんな。」という言葉だけを数十回も繰り返していた。少年は父親の言葉の真意を探るべく、ひたすら父親の懺悔の言葉に耳を傾けていたが、結局分かることはなかった。何が『ごめんな』なのか、過去の自分への叱責なのか、それとも一家を貧しくさせてしまったことへの反省なのか。少年は思いつくだけの情報を充てていった。それも少年にとってただの言い訳に過ぎなかった。そうして少年は一時解ったような衝撃を得たが、解らなかった。それは少年自身が理解することを拒んだ末の衝撃であったのだ。解りたくもなかったのに、解ってしまった。少年は父親の真意を全て受け入れてしまった為に瞳から涙が溢れ出た。それでも少年は父親が何をされるか解る事はできなかった。むしろ解りたくない気持ちか理解より先行してしまい、自分自身で自分を思考停止にさせた状態に近かった。

 当然ながら少年はこんな特異な状況下を経験したことなど全くなく、少年はこれをただの趣味の悪いショータイムだと思いこむ他なかった。それが少年が父親の行く末を理解していたとしてもそうであった。

 少年はふと過去を振り返った。そもそもなぜ自分は縄で縛られているのかと。少年が目覚めた時にはもう既にここに居て、ここで縛られていたのだ。少年は必死で過去へと回想した。思い出したのはこの町に入る時であった。少年と家族は戦乱や反乱で荒れ狂い焼け野原と化した祖国から逃れて、新たな居住地を探していた。しかし長い戦乱で荒廃してしまったのはどの国も同じで、新たな町に到着してもそこは人っ子一人も居ない廃墟町。そこにあるのはもう使い物にならない建物たちだけであった。それを十数回繰り返した後、ようやく少年とその家族は人の居る町を見つけた。しかしそこは彼等にとってハズレであった。

 彼らの種族は忌み嫌われていた。父親が職を探しても職を得る事はできず、母親は路傍で3度も強姦に遭い、妹はイジメにあった。それでもあの焼け荒れた祖国よりかは遥かに良いと思い込んでその地で生活を営んでいたが、少年の弟が何者かに数本のナイフで滅多刺しにされて殺害されたのが決め手だった。その町の誰もがその犯人を追及することなどせずに、知らないフリをした。自警団ですらまともに取り合わなかったため、少年ら家族は他の町に移住することを決意。そうして着いたのがこの町であった。

 その町は「山の町」と、人々に呼ばれていた。山の町は前の町とうって変わって少年等家族を暖かく迎え入れた。少年等家族は町の人々の暖かさに甘え、この町を自分達の永住地にすることを決めた。彼らは貧しかったもののここで平和と安全、そしてパンが敵は居るのは彼等の民族の国でもできないことであったため、もはやここは第二の祖国といえるところ、彼等の生涯において一番冥土に近い存在であったことは確かである。

 しかしその町でも事件は起こってしまう。この町に来た彼等の民族の人々は他にも存在した。

 そしてその人々の中にはとんでもないことに貧困がゆえに悪事に手を染めてしまうものも存在していた。

 だからこそ事件は起こってしまった。それはある日の夕日が沈みきった後のことであった。

 町の一角にある小さなとおりで襲撃が発生した。町が完全に静まり返る前のささやかな盛り上がりの頃に彼等は町の裕福な者達や町長などの町の重役達が入るような裕福な店を次々と狙っていた。彼等も少年とその家族達のように貧しい状況に存在していた。その苦しみを町の上位層にぶつけ、自らの生活費を分捕ろうと考えた為に金目のある者たちから強盗をはたらこうとしてしまった。彼等は狙っていた店を次々とナイフ一本で襲撃し、店の人やら客やら境目なく何もかも殺害し、そこから金目のものを次々と奪っていった。客たちはすべて悲鳴をあげて絶命していき、床へと遺体となって倒れていった。

 店の中や町の一角をなす小通りはあふれる死体の山、流れる血の川と湖で全て埋め尽くされ、少年とその家族達はそれを冥土の中の一つの地獄として眺める他に術はなかった。

 それから数日後の話であった。薪割から家に戻ってきた少年は家に妹のシエルが居ないことに気付く。少年はすかさずこう聞いた。

「母さん、シエルはどこに言ったんだ?」

「あら・・・? 外に友達と遊びに言ってくると言ってそのまま外に出て行ったけど、帰ってこないわねぇ。どこかで道草しているのかしら? もうそろそろ遅い時間だって言うのにねぇ」

 その時少年の脳裏に浮かんだのはあの強盗団だった。もしかしたら妹も。そう思い込んで少年は咄嗟に家から飛び出した。

「ちょっと! あんたどこに行くの!」

 母親のその言葉は少年の中ですばやく右から左にへと受け流された。それほどに少年は焦っていた。もしも妹にまで被害が及んでいたら、そう考えると少年の心は不安で溢れていた。

「シエルーっ! シエルーっ!」

 少年がその名前を呼んでも妹が出てくることはなかった。少年の声は町の中でも一番のものだ。大通りを覆うような爆音に妹が気づかない筈がなかった。よって少年は大通りに妹はいないと考えた。そうして少年は町の端から端までを妹の名前を大声で叫びながら駆け抜けていった。それでも妹は姿を見せなかった。もうここにはいないのか、そう思って少年は町の外へと出て草原を探し回ることもした。それでも少年は妹を見つける事はできなかった。

 少年は思いつきで町人に妹の居場所を聞き回っていった。しかし手掛かりになる情報は出て来ない。それどころか、

「妹さんはいいから、お前だけも町を出な!」

 とまで言った人も存在した。少年はその言葉にひどく打ちひしがれて、その真意を知ることもまま家へと戻った。もう既に町は街灯が一つもついておらず、辺りは真っ暗闇となっていた。

 途方に暮れて家に戻ると少年は信じ難い光景を目にする。

 そこに母親の姿は無かったのだ。

 少年はその光景に自身の目を疑った。何度も目を擦った。でも母親を視認することはできなかった。この光景は空想や錯覚でもマジックショーでもない、紛れもない事実であることを少年は受け入れる余裕が無かった。その事実に驚愕した少年はまたもや外へと飛び出し、となりの家へと向かった。となりの家は日頃から少年たち兄妹やその両親に親しく接してくれたマルセーヌおばさんの家であった。少年たちの両親が貧しさに震えていた時には手を差し伸べ彼らに支援をし、両親が忙しい時には少年たちを引き取って読み書きを教えたりもした。そのため、少年にとってマルセーヌおばさんが町の中で一番に信頼できる人であり、困ったときの頼みの綱でもあった。

 そのおばさんの家に着くと少年はこう喚いた。

「おばさん! 大変だ! 俺の母ちゃんが......」

 少年の口は焦りによって非常に早くなり、一瞬何を言っているのか判らないほどであった。しかしそんなことはどうでもいいことだったと少年は直に知るようになる。

 マルセーヌおばさんは今までに見たことも無いほどに恐ろしい形相であったのだ。

 少年はおばさんが彼を叱り付けたときの顔を思い出すが、今の表情はあの時とは程遠く感じていた。今のそれは間違いや誤りを正そうとする愛のある表情ではなく、欲にまみれた魔女のような顔つきであった。マルセーヌおばさんはその顔のままこう言った。

「あらあら、まだこんな所にいたわね。おとなしくしてなさい! ちょっと! あなた! ここを抑えて!」

「おばさん! どうしたんだ! 何時もはこんな表情じゃなかったはずだ!」

 少年は必死で抵抗するが、マルセーヌおばさんの

「お黙りっ!」

 という轟音と低音が辺りいっぺんに響き渡り、少年がその声に恐れ驚く合間に彼の後ろにいた何者かによって彼は口元を押さえられてしまった。

「――ッッ!」と少年は抑えられた口元で叫ぶがもう遅かった。少年はそのまま気を失っていた。

 そうして現在に至る。これで少年は少し記憶を取り戻したが、未だにその原因を突き止めることはできなかった。具体的に何について父親は深い懺悔をしているのか、少年は思考を重ねていた。

 その時、少年ははっとして父親以外の光景を見ようとして周囲を見渡した。少年はその光景の中に父親以外の家族を見つけることは出来なかった。少年はこの事が父親の懺悔と関係していると考え、もう一度記憶を時系列に直すが、少年は解らなかった。

「ご......め......ん.......な......」

 またしても少年の父親の声が聞こえた。その声はかすりにかすれて既に中身の無い筒のような響きになっていた。少年はそれを不安に思い正面の景色を見れば、少年はさっきまでその光景を目の前に父親がいると言う抽象的景色にしか捉えていなかったことに気づく。実際の景色はより残酷で、少年の父親は木版にナイフで打ちつけられた状態で佇んでいた。少年は再び周囲を見渡した。

 何故父親はこんな悲惨な目に逢わされているのか、なぜ家族たちは居ないのか、何故誰もこの惨状を止めてくれないのか。そのようなことを考えながら少年は閉ざされた思考を解放していき、ある事実を導いた。

 父親は処刑される、と。

 それから1分も経たない頃であった。処刑への導火線ともいえる長い縄に火がつけられた。火は縄の上で閃光弾の如く疾走していく。少なくとも少年にはそう見えていた。痛みで気が狂いそうになっていく少年の父親にとってみればもはや死への決意の余裕などない。そんな中でも彼はずっと少年に対して今にも死に倒れそうな声で懺悔の言葉を口にしていた。少年はその光景に耐えられるはずもなく、その間に少年の涙腺は何度も決壊し、大粒の滝が溢れ出た。そんな中でも火は無慈悲に父親の足元に到着し、すさまじい光の根を上げた。火はわずか数秒で父の全身を覆いかぶさった。

「ごめんな......ごめんな......っ!」

 父の懺悔の言葉はすさまじい炎の轟音と共鳴するかのように悲鳴を上げていた。その声にもう音は無く、声帯という概念すらも無視したような響きであった。悲痛な懺悔の言葉と叫びと共に出る人柱の灯火は少年の顔を強く照らしていた。少年は残像が残るようなその強い光を前にして為すべき術が無かった。ずっとそれを見つめるしか少年に出来る事は無かった。

 少年の父親は瞬く間に真っ黒な墨へと化していた。そこまでの過程はあっという間で、少年はそれをまるでごみを焼却するようにみえてより狂気を感じていた。しかしより狂気的だったのは少年を取り囲む町人たちであった。誰もが父親の悲劇的焼死を歓喜していて、誰もそこに業の感情などを抱いていなかった。

 少年は倒れる父親の焼死体を見て、もう何らかの感情を起こす余力もなくなっていた。手足はぷるぷると振動を繰り返し、全ての恐怖をこの一身で受け止めているような感覚に陥っていた。

 その時であった。またどこかで火のつく音がした。少年は周囲を見渡すがどこにも処刑される態勢のものなど居ない。町人は少年の方向をじっと眺めている。町のど真ん中で縄をで縛られて座っているのは少年だけである。少年は不穏な様子を感じて火元を見たらそれは少年の方向へと向かっていた。

 少年はその事実に抵抗する余力などもう無かった。彼もまた父親と同じように何も用意の無いまま炎をみに覆いこんでしまった。少年は思わずこの上ない悲鳴を上げた。

「うわああああああっ!」

 その悲鳴に目が覚めて、気づいたときには少年はベットの上に居た。少年は一瞬訳が分からなくなっていた。ついさっきまで少年は街中で火刑に処せられていた筈であったからだ。辺りを見渡せば今度は街の真ん中ではなく、部屋の中、辺りは木造の壁で囲まれていた。直前まで姿を見せていた炎は跡形も無く消え、彼を縛っていた縄も解かれて無くなっていた。腕をまくっても縄の跡は一片も見つからない。

 ここは何処なのか、独房にしては清楚であり、冥土にしては無機質すぎていて、少年は自身か死んだのかどうか、拘束されているかどうかすらも分からなくなっていった。

 少年が混乱していると、ある者が一人階段から降りてきた。前に少年を殺しかけたあの賞金獲りであった。賞金獲りは少年の前でこう言った。

「下で叫び声がしたから下がってきたが、こんな時間にお目覚めか。一体どうしたんだ?」

 少年は無意識的にこう尋ねていた

「俺を......また焼き殺すのか......!?」

 その声には余裕が無く、少年はひどく震えていた。
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