贖イノ旅路

茶呉耶

文字の大きさ
上 下
3 / 15

眠る少年

しおりを挟む


 奇奇怪怪の一日が終わりを告げる。後から考えると今日という日は今までに比べて本当に激しい一日だったと思う。賞金首を早く捕まえられたことはそう珍しいことではなかったが、今回は賞金首自体が特殊だった。あそこまで狂気的な殺人鬼を私は見たことはない。これからああいうものを沢山見て行くとなるとまるで終わりなき悪夢の永い続きをみているような気分になって胸が苦しくなる。あそこまで徹底的に人殺しを行う意図とはいったい何なのだろうか。そもそもの話ではあるが彼は何故酒場の人間を皆殺しにしたのか。強盗目的の殺人なら見たことはあったが、ただ人を殺す為にここまで派手にやらかすものなのか。わけが解らなくなってきた。


 解らない事といえば自分の行動だ。今日の自分の行動が未だに自分で理解できていないし、理解できる可能性が見えない。何故『奴』を保護しようとでも思ったのか。いくらそれが幼い子供だったとしても彼は立派な犯罪者であり、立派な狂人であるはずだ。

 なのに、私という愚か者は何故彼を宿屋まで隠し通してまで彼を保護しようと言う気に駆り立てられたのか、彼に助ける意義など存在したのか、全くもって分からない。これが彼の持つ力なのだろうか?とりあえず彼を自警団にばれない様に秘かに処理しなければならない。そうでなければまるで私が彼の悪行を補助したように見られかねないからだ。だがさっきから何度もこのことを試みたが一向にできやしない。やることになんら問題はなくむしろ今がチャンスであるのは既知のことである。しかしやろうとするたびにあと一歩が踏み出せない。まるで私の心が私自身を束縛してるような気分だ。そういえば酒場で戦闘のときからそうだった。あと一突きで彼を倒せた筈であったのになぜ気絶させる程度で済ませてしまったのか。なぜ彼の瞳だけに目が行ったしまったのだろうか。考えれば考えるほど分からない。


 彼がいつ動き出すのかも分からない。今はまだ気絶しているからベッドに寝かせて無理やり封をして彼の動きを止めているが、彼がいつ目覚めるのか、いつ封が切れるのか分からない。今はそれが一番の懸念事項だ。


 そういえばさっきから書いていて気付かなかったが何故急に『奴』を彼と呼ぶようになってしまったのか。彼は私と親しい間柄ではない筈だ。ますます自分の行動に疑問を感じる。


 とりあえず私に対するこの束縛の意味を探らなければ――


 その日の日記はそこで終わっていた。


 旅人が旅路を往く中で世界も時間と共に旅を進めていた。しかしその旅路は一本道ではなかった。

 いわば世界は混乱に満ちていた。この地域一帯を支配していた大帝国が内部の反乱によって崩壊、大帝国の威圧によって保たれた諸国の均衡や秩序は一夜にして無効化し諸種族の利害のみで衝突する紛争地帯へと様変わりした。紛争、ともなれば舞や村が突如戦場となるのは間違いない。もしそうでなかったとしても統制するもの、すなわちストッパーがなければそこで封じられてきた種族間の対立感情が炎上化するのは必至のこと。ともなればもうそれは闘争であり、紛争なのであった。

 そうなると村や町は当然の如く荒廃の一途をたどってしまう。町や村が荒廃化すれば廃墟となるのは当然の理。廃墟となれば人々は職を失ってしまうのも当然の理。ならばそれが一部の人々によって犯罪へと駆り立ててしまう事も当然の理であった。

 特に少年少女たちの犯罪はそれに起因するものが大きく、自らの意思で事を犯す割合はほぼ0に近い。彼等の犯罪の大半の理由は自分自身がお金に困っているか、家族を養うためかの二つのどちらかである。

 旅人はその理論に沿って『奴』もその理由に当てはまるのではないかと考えた。ただしこれには問題点が一つ存在していた。それは『奴』が少年であるかどうかという問題であった。『奴』が少年であるならば、あの襲撃は何の為だったのだろうか。何の意味があるのだろか。金稼ぎのためならば殺し屋か。しかし『奴』が殺し屋だとすればあんなに大量殺人を依頼するものなどいない筈である。ならば強盗か。理由を考えれば考える程、旅人は混乱の渦に苦しめられていた。

 その時ふと何かを思いつき、『奴』の顔を見ようとした。そもそも『奴』が本当に少年の顔をしていたかどうかが疑問点であったからだ。もし『奴』が人を襲う化け物であったら――

 その可能性を否定する事はできなかった。『奴』は少年だと決定づけるにはあまりにも不審な点が多い。あんな大量殺人など人の心を失った化け物しかできる筈が無かったのだ。そう考えると旅人は恐ろしくて『奴』を見るのをとたんに躊躇し始めた。もしも『奴』が起きていたら、もしも『奴』が起きて旅人に襲い掛かったら、ということを考えていたら旅人は『奴』の顔を見るにみれなくない状況に陥ってしまった。しかし『奴』もいずれかは眠りから起き上がる身。危機的状況は必ず発生してしまう。ならば安全な時に全てを調べ上げた方がいつか起き上がった際にも対応できるはずであるのだ。そうして旅人は奴の顔を見た。

『奴』はやはり少年の顔をしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...