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IFストーリー

もしもあの日、リナを選んでいたら 後編

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 僕がリナを専属霊に選んでから十年の年月が流れた。

 僕は三十五歳の誕生日を迎えていた。もう立派な大人だ。

「「「誕生日おめでとー!」」」

 僕の誕生日パーティーは仕事終わりに突然始まった。店長のサプライズだった。
 店長らしいサプライズの仕方でむしろ驚く事はなかった。と言うか毎年祝われているので若干、気付いていた。

 そんな突然始まった誕生日パーティーの誕生日プレゼントはビックなものだった。
 それは新しくオープンする居酒屋の店長になることだった。思いがけないプレゼントに驚いた。

 居酒屋での僕の立ち位置はバイトではなく正社員だ。
 厨房も料理長に教わり、料理はほとんどできるようになっている。
 それほどまでに僕はこの居酒屋に尽くしてきた。
 これも全部リナのおかげだと僕は思っている。
 リナがいなければ僕はここまで居酒屋の仕事を続ける事ができなかった。
 だからこそこんなビッグなプレゼントをいただく事ができたのだ。
 リナに感謝しても感謝しきれない。

 そして新しくオープンする居酒屋の店長になると言う話だが、突然の事だったのですぐにはYESとは言えない。
 両親やリナに相談した後、店長に返事をする事にした。
 店長も今は六十代。料理長も店長と同じ六十代だ。そろそろ引退してもおかしくない。
 だからこのタイミングで僕に話が舞い込んできたんだと思った。

 その事を両親に話すと心の底から喜んでいた。涙を流すほどだ。全く大袈裟な両親だ。
 それでも息子の成長に大喜びしているのは事実だ。
 これもリナのおかげだろう。リナのおかげで僕はここまで努力する事ができた。

 リナに話した途端「ウサギ店長! ウサギ店長!」とからかってきたが、その態度があまりにも可愛らしいから許した。
 それに、からかってきているがリナ自身も僕が店長になる事を喜んでくれている。
 それくらい十年も付き合っているから本人に聞かなくてもわかるようになった。


 僕の気持ちや、相談の結果、新しくオープンする居酒屋の店長になる事に決めた。
 今住んでいる家から少し離れる事となるので引っ越しをしなければならない。
 あの部屋は初めて金縛り霊に会った思い出の場所だ。自分の中では最も大切な場所の一つだ。
 そこを引っ越すってなると胸が苦しい。カナやレイナと本当の意味で離れてしまうと思った。
 でも今は、僕と専属霊の契約している金縛りちゃんのリナの事を考えることにした。
 人間と幽霊という立場だが、僕たちは夫婦のようなものだ。
 専属霊とも言ったが今はそんな感情はこれっぽっちもない。
 それに僕は三十五歳にもなった。そろそろ一軒屋に住みたいと思っていたところだ。
 新しくオープンする居酒屋が落ち着いてきたら近くで家を建てよう。
 夢のマイホーム。リナと一緒に暮らしていくための家だ。
 金縛り霊には担当エリアというものが存在するが、専属霊になったリナに担当エリアはない。
 強いて言うなら僕が担当エリアという事だろう。
 なので僕が行くところなら海外でも宇宙でもどこへでも付いてくる事ができる。
 いや、付いてこなければならない。それくらいの存在になっている。
 引っ越し先でもリナと楽しく暮らせると僕は思う。
 でもまずは仕事に集中しよう。仕事が失敗してしまったら家どころの話じゃなくなる。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 それからまた十年の年月が過ぎ、僕は四十五歳になった。

 金縛り霊のリナの見た目は一切変わらない。あの時のままだ。不老不死と言っても過言ではない。
 いや、すでに死んでいるので不老不死ではない気がするが、不老不死に近い存在。それが金縛り霊だ。
 僕だけが老けていきリナはそのままの若さ。どこか寂しく感じる。
 けれどリナはいつものように八重歯を見せながら笑顔で僕をからかってくる。

「あたしたち親子みたいになったね」

「ウサギおじさん。いや、おじいさんか。ふふっ」

「次はおじいちゃんと孫だね」

 その笑顔に僕は救われている。リナのからかいも金縛り霊ジョークとして受け止めている。
 でも考え方を変えれば僕がおじいちゃんになってもずっとそばにいてくれるという捉え方もできる。
 四十五歳になった僕をあの頃と変わらずに愛し続けてくれている。むしろあの頃よりも愛し合っている。
 もちろん僕も娘のように歳が離れてしまってもリナを愛している。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 リナとの楽しい何気ない生活。
 マイホームでの暮らしも店長としての仕事も慣れてきて順調な人生を歩んでいる。

 時刻は深夜二時を回った。金縛りにかけられて二十年。金縛りにかけられた瞬間僕はすぐに意識が覚醒し行動ができるようになった。
 二十年前では意識が覚醒してからタイムラグのようなものが生じていたが今はそれがない。
 まるで起きていたかのように動けるように体が変化していったのだ。

 そして布団の中に現れたリナをいつものように抱く。そのまま抱き枕にする。

「本当にあたしを選んでくれてありがとう」

 リナの今日の第一声は感謝の言葉だった。

「どうしたの? 改まって……こちらこそありがとう。リナがいなかったら僕の人生終わってた」

 突然の感謝に戸惑ったが感謝するのはこっちの方だ。
 嫌だった仕事も楽しく続けられる事ができた。おかげで店を任せられる店長にまで上り詰める事ができた。
 さらには一軒家をローンで購入し悠々自適な生活を送る事ができている。
 ちゃんとした人間になれた気がする。これも全部金縛り霊、いや、リナのおかげだ。
 だから心の底からもう一度感謝を伝えたい。

「リナありがとう」

 長い綺麗な金色の髪を右手で撫でながら僕は言った。

「こちらこそウサギパパ」

 またいつもの調子でからかいはじめた。
 抱き枕にしているので表情は見えないが、可愛らしい八重歯がひょっこり現れているに違いない。

「だからからかうなって」

「えへへへ。ウサギおじさん。ちゅっ」

 からかったあとにはいつもキスをしてくる。そんなリナが大好きだ。
 笑顔を見せると八重歯が出るリナが大好きだ。
 綺麗で長い金色の髪のリナが大好きだ。リナの大きくて柔らかい胸も大好きだ。
 目も、口も、耳も、鼻も、指も、お尻も、あと胸も全部全部大好きだ。

 あの日、リナを選んで良かったと心の底から思っている。

「パパでもおじさんでもおじいちゃんでもないぞ。僕はリナの彼氏でリナは僕の彼女。そうでしょ」

「うん。なんかウサギくん二十年前と比べて堂々としたね! やっぱり童貞卒業したからかな?」

「ちょ、そ、そういう恥ずかしい事言わないで! ま、まさか、その……ね、で、できるとは……」

「うふふっ、きょどってるところみるとやっぱり変わってないや。何回もしてるのにまだそんな感じなのウサギくんらしくていいけどね!」

「だ、だから、からかわないでよー。か、彼氏と彼女なんだから、と、当然でしょうが!」

 そう。僕の彼女は金縛りちゃんのリナだ。人間と幽霊。だけど彼氏と彼女。
 ちょっと変わった恋愛だけど、そんな人生もいいのかもしれない。  
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