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第5章

70 僕の彼女は金縛りちゃん

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 お父さんとお母さんに金縛りをかけた後、僕は赤子のように眠りについていたらしい。
 そして僕の意識は朝まで覚醒しなかった。

 金縛り霊に生まれ変わった僕が最初に吸い取った栄養。それが両親のもので本当によかった。
 金縛り霊としてやっていける気がする。そして力が漲った。
 両親からの栄養のおかげでもあるが、両親だからこそここまで力が漲れたんだと思う。

 お父さん、お母さん。本当にありがとう。また来るよ。

 両親に別れを告げて僕たちは次の目的地に向かった。
 そして今、目的に着いたところだ。

「ここが僕が行きたかった場所だ」

「なんですかここ。すごい不気味なんですけど……」

 レイナが怖がるのも無理はない。僕もこの外観には恐怖を感じた。

「お化け屋敷みたいだな……」

 そう。リナが言うようにお化け屋敷そのものだ。

 僕たちの目の前には旅館が今にも崩れそうな勢いで建っている。
 旅館の外観はどこからどう見てもお化け屋敷だ。作り物じゃない。リアルのお化け屋敷。
 ボロボロに腐敗した看板。看板の文字は一切読めない。看板の役目を果たしていないじゃないか。
 そして旅館の周りに立っている木からはツルが伸びていて旅館全体に巻きついている。
 蜘蛛の巣も大量に張ってあり雰囲気が出過ぎている。
 そう。ここは兎村だ。そしてあの旅館に僕たちは来たのだ。

 こんなお化け屋敷のような旅館を懐かしく見続けてしまった。そして胸が躍る。そんな気分だ。

「私たちに紹介したい人がここにいるの?」

 小首を傾げて不思議そうにカナが見つめて来た。
 どうやらカナはお化け屋敷のような旅館よりも、僕が会わせたいと行った人たちの方が気になるようだ。

「そうだよ。ここにいる。僕の大切な人たちが……」

 僕の大切な人たち。金縛り霊3姉妹はまだいるのだろうか?
 約束を守らなかった僕と会ってくれるのだろうか?

「中に入ろう!」

「え、マジで入るの?」

「こ、怖いですよ、レ、レイナは待ってます……」

 気味悪がるリナと怖がるレイナ。これまた新鮮な表情だ。

「みんなで一緒に入るよ。そうじゃないと意味がない。それにお化け屋敷じゃなくて普通の旅館だから大丈夫だよ」

「これが普通だったらおかしいじゃないですか」

 僕の腕にしがみつきながら震えるレイナの意見はごもっともだ。
 よくこんな外見で経営が続けられるものだ。
 でもこんなボロボロな見た目は外見だけ。中に入るとリフォームされていて綺麗なのだ。

 旅館の中に入った僕たちは金縛り霊3姉妹を探していた。
 そんな時僕たちの背後から突然声がかかった。驚きの声だ。

「お兄ちゃん、なの……」

 振り向くと黒髪ボーイッシュのスレンダーな女の子が泣きそうな表情で立っていた。
 僕が探していた3姉妹の一人ヒナだ

「ヒナ!!」

 ヒナはそのまま僕の方へ瞳を輝かせながら飛びついて来た。感動の再会だ。
 飛びついた弾みで僕はヒナに押し倒された。

「来てくれたのにぃ……か、金縛りが……ぅ、かけれなくて……それでそれで、お婆ちゃんに手紙を……ぁぅ……渡したんだけど、お兄ちゃんは手紙が読めなくて……だから、だからもう会えないと思ったよぉお、ぅう……わぁあぁあっ」

「うん。ごめんね。でもやっと来れた。やっと会えたよ」

 子猫を撫でるように優しくヒナの頭を撫でてあげた。

 そんな感動のシーンを黙って見れない2人がいる。
 リナとレイナだ。じーっと見られている視線がとても気になる。
 そして我慢できなくなった2人は動き出した。

「ちょっと! ちょっと! ウサギくんから離れてくださいよ! 何やってるんですか! いきなり飛びついてベタベタとしないでくださいよー!」

 僕からヒナを引き離そうと引っ張るレイナ。ヒナは必死に僕にしがみつき離れようとしない。

「そうだぞ! 離れるんだ! あたしのウサギくんにくっつくなー」

 リナもヒナを引き離そうとしている。
 こうなってしまったらリナとレイナはヒナが離れるまで引かない。
 それに2人が協力してしまったら僕でも止められない。
 ここは大人しくヒナに離れてもらうしかない……。

「ヒ、ヒナ」

「そっちこそ何なんだよ! アタシのお兄ちゃんだぞ! 抱き付いてもいいじゃないかよ!」

 抵抗してしまった。ヒナもヒナで僕から離れようとしない。

「ちょ、みんな落ち着いてよ!」

 やばいぞ。よくわからないが修羅場になった。
 そんな時だった。この状況を変えられる唯一の光が差し伸べたのは。

「あー!!!やっぱりおにーさんだ!!!!」
「ウサギさん!!!」

 騒ぎを聞きつけて茶髪ロングヘアーでマシュマロボディのハナちゃんと黒髪おかっぱ頭で元気な女の子フナちゃんがやって来てくれたのだ。
 よかった。長女で一番常識があるハナちゃんがいる。これで修羅場は乗り越えられる。

 と思ったが……

 ハナちゃんもフナちゃんも周りのことは気にせずに僕に飛びついて来てしまった。
 僕は3姉妹に潰されている状態になった。

「レイナのウサギくんに! なんなんですか! しかもボイン! ボイン2号じゃないですか! いや、もっと大きいじゃないですか! おっぱい星人! ど、どいてくださいよ!」

「ふふっ。ボイン2号? おっぱい星人って何かしら?」

 ハナちゃんのマシュマロボディから繰り出す豊満な胸を見てレイナの怒りが噴火してしまった。
 そんなレイナに対してハナちゃんはレイナの胸をチラッと見て鼻で笑った。

 さっきよりもやばい。状況が悪化してしまったぞ。

 そんな時だった。

「ぷふっ」

 カナが突然笑い出した。

「ふふっふっふ、ウサギくんって本当にみんなに愛されてるね」

「そーだよー! おにーさんはフナたちを助けてくれたんだよー! だから愛人!」

「愛人じゃなくて恩人な」

「おんじーん!」

 フナちゃんの愛人発言には度肝を抜いたがすぐさまヒナが訂正してくれたのでよかった。

「何となくしか話は聞いてなかったからその話、私にも聞かせて欲しいな!」

「いいよー! おにーさんとね、かくれんぼしてね、それでね」

 カナとフナちゃんが仲良く話している。これこれこの感じを期待していたんだよ。
 微笑ましい光景に顔がニヤケてしまった。
 カナがフナちゃんと楽しそうに話してくれているおかげで修羅場だった空気も徐々に消えていった。

 落ち着いたところでお互いの紹介を始める。

「そ、それじゃ、改めて紹介するね。金縛り霊3姉妹のハナちゃん、ヒナ、そしてフナちゃん! でこっちはカナとレイナとリナ! みんな僕の大事な大事な金縛りちゃんだよ」

「違いますよ! レイナは彼女ですよね! 覚えてくださいね。おっぱい星人さん。それにウサギくんに触れるならレイナに許可をとってからにして下さいね!」

「か、彼女だと……お、お兄ちゃん、本当なの?」

 ヒナが悲しそうな目でこっちを見て来た。
 そんなヒナに説明しようとしたが僕よりも先にリナが口を開いた。

「だからあたしが彼女! このチビちゃんは2番目いや、3番目!」

「えぇええ! 二股なのかしら。いいえ3番目ってことは三股……ウサギさんそんな人だったんですね……」

 今度はハナが汚れものを見る目でこっちを見て来た。その目は痛い。痛すぎる。心に刺さる。

「おにーさんのハレンチー」

 どこでそんな言葉を覚えたのだろうか。フナが楽しそうに明るい笑顔で僕にとどめを刺して来た。

 そんな時だった。カナが突然声を出した。

「違うよ!」

 そんなカナの言葉に全員がカナを見た。もちろん僕も同じ反応をした。

「私たち金縛り霊は、みんな仲良くウサギくんのだよ!」

 はっきりと甘い声が耳に届いた。そして可愛い天使のような笑顔でそう言い切った。

「誰が1番なんてないんだよ。あ、でも1番は私がいいかな」

 優柔不断すぎる。と言うよりマイペースだ。やっぱりカナはカナだ。

「カナちゃ~ん。1番はレイナですよ~」

「だから1番はあたしだってのに!」

「あたしもその、金縛り霊だから……その……彼女で、いいんだよな……」

「私も彼女になったわー。嬉しいわー」

「フナもー! フナもー!」

 カナの一言のおかげで、ここにいる金縛りちゃんたちが一つにまとまったような気がする。
 みんな笑顔になった。僕はこの笑顔に何度救われたことか。
 だからこうやってまたみんなに会えたこと、そしてみんなを紹介できた事が本当に嬉しい。 

 あの日、もし専属霊を選んでいたら、6人の金縛りちゃんのこの最高の笑顔を見れなかったと思う。
 だから僕の選択は間違っていなかったと思う。そう思いたい。


 おっぱいの大きさを張り合うリナとハナ。それを見て悔しがるレイナとヒナ。
 そんな事はお構いなしに本当の姉妹のように遊んでいるカナとフナ。

 この光景が見れただけで僕は幸せだ。


 27歳童貞。童貞だけどいろんな事を経験した。
 辛いこと。悲しいこと。楽しいこと。面白いこと。特別なこと。普通じゃ考えられない金縛り霊との生活。
 いろんな事を経験した。でもやっぱり辛い事が多かった人生だった。
 辛くて苦しくて耐えられない人生だった。

 そして僕は童貞のまま死んで金縛り霊になってしまった。
 でも死んでからやっと彼女ができた。童貞の僕に。喉から手が出るほど欲しかった彼女が。

 僕の彼女を紹介します。目の前で最高の笑顔を飛ばしている6人が僕の彼女です。
 そうです。僕の彼女は金縛りちゃんです。

 キミたちに会えて本当に良かった。
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