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第2章

34 成仏していく三姉妹

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 ウサギを追いかけて地下道の奥へと進んでいった。その先でスマホのライトが人影を照らした。

「見つけた……」

 スマホのライトに照らされた人影はヒナとフナちゃんだ。
 やっと見つける事ができた。最終日のギリギリに見つけられた。達成感がものすごい。

「あっ、おにーさんだ! 見つかっちゃったー!」

「本当にここまで来るなんてな。このウサギが連れてきたのか?」

「ンッンッ」

 フナちゃんがウサギを撫でている。ウサギも嬉しそうな声を出してる。

「半分このウサギのおかげかな。ありがとうよ」

 とりあえず撫でてあげよう。半分って言ったけどほとんどこのウサギのおかげな気がしてきた。というかやっぱりウサギってもふもふだな。

「って、お父さんのスマホだ!」

 ウサギにすぐそばにはお父さんのスマホが転がっていた。無事にとは言えないが発見する事ができた。これで怒られずに済む。

「というか、まさかこんな地下道に隠れてるなんてな……こりゃ見つからないわけだ。かくれんぼ難易度高いな。ここ本当に旅館の敷地内なの?」

「ここは旅館のちょうど真下に位置します。なのでここも旅館の敷地内ということですよ」

「なんかズルくない?」

「ズルくありませんよ!」

「はっはっは」

「ふふふっ」

 見つけられたことに安心したのか自然と笑みが溢れる。
 目の前の茶髪美人のハナちゃんも心から笑っている気がする。

「ちょっと姉貴だけ仲良くしててズルいぞ」

「フナもーフナもー!」

 ヒナもフナちゃんが抱きついてきた。その反動で倒れそうになったけどなんとか受け止めた。
 ヒナはものすごく顔を擦り付けてるんだけど毎回この愛情表現には困らされる。どう反応していいかわからない。とりあえず二人の頭を撫でてあげよう。

「よし、これで一安心だな……またウサギにスマホ取られないように気をつけて帰らないと……」

 お父さんのスマホを拾おうとした時に違和感に気が付いた。スマホが置かれている周りにはガラクタがたくさん置いてある。
 その中には白い謎の物体が紛れている。細いものだったり小さなものだったり形は様々だ。

「なんだこれ?」

 父のスマホを回収し白い謎の物体にスマホのライトを当てる。
 石か珊瑚のようにも見える。そのままガラクタの山をお父さんのスマホのライトも使い二刀流で照らす。

「これって……」

 ライトで照らした先には頭蓋骨のようなものが転がっている。大きさ的にもウサギの頭蓋骨じゃない。これは人間の頭蓋骨だ。
 頭蓋骨を意識してからはハッキリとわかる。このガラクタの山に転がっている白い謎の物体が人間の骨だって事が。

「ヒィイ……、こ、こ、この骨って……」

「私たちを見つけてくれてありがとうございます」

「やっぱり……そうだったのか……これってハナちゃん達の……」

 3姉妹の遺骨だ。予想はしていた。かくれんぼと行方不明のビラでなんとなくわかっていた。わかっていたけど、いざその場面に遭遇すると体が硬直し頭が真っ白になる。
 どうしていいか、なんて声をかけていいかわからない。

「ウサギさんの想像通りです。私たち行方不明3姉妹の遺骨です。野生のウサギさん達がここまで丁寧に運んでくれたんです。ガラクタがいっぱいですけどね。もし運んでくれなかったら雨の日に全て流されて一生見つからないなんて事になっていたかもしれません。ここまで運ばれたので20年間見つからなかったってのもありますが……。でも野生のウサギさんには本当に感謝しないといけませんね。もちろん見つけてくれたウサギさんにも感謝です。ありがとうございます」

 ここまで僕たちを連れてきたた野生のウサギの頭を撫でながら、ハナちゃんはスッキリした表情で言った。
 重りを外し自由になったハナちゃんの本物の表情だ。

「ンッンッ!」

 ウサギも撫でられて満足そうに鳴いている。
 そもそもこのウサギはハナちゃんが見えているのか? 撫でられている感覚があるだけか?
 動物は幽霊とか見えるってよく聞くし見えているのかもしれない。
 それともこのウサギも金縛りにかけられていて僕みたいに動けるとか?
 もしかしたら妖怪の化けウサギなのかもしれない……。

「ねーね?」

「姉貴?」

 ハナちゃんがウサギを撫でるのを辞めて真剣な表情で僕と向き合った。
 なんだろうこの緊張感は……。何を言おうとしてるんだ。

「これで私の未練は無くなりました。心置きなく成仏できます」

 すると3姉妹の体が突然光り出した。
 スマホで照らさなければ何も見えなかった暗い地下道が、あっという間に明るくなる。
 そして3姉妹の周りにはオーブのような物がたくさん浮いている。成仏が始まる。そう直感した。

 でもこれでいいのか? 本当に成仏させていいのか? 
 僕は成仏する3姉妹になんて声をかけてあげればいいんだ……。


「ねーね、何これ? フナたち光ってるよ! すごー! どーなるの?」

「大丈夫。私たちはずーと一緒よ。ウサギさんに遊んでもらったお礼をしましょう」

 ハナちゃんはフナちゃんに真実を伝えずに思いっきり抱きしめている。
 無邪気で幼いフナちゃんに余計な心配をかけないために配慮したのだろう。

「おにーさん遊んでくれてありがとー! おにーさんはへなちょこだけど楽しかったよー!」

「お兄さ……お兄ちゃんありがとう。楽しかった」

 二人ともなんて素敵な笑顔を僕に向けるんだ。そんな素敵な笑顔……目に焼きついて一生忘れられないじゃないか……。なんだろうこの気持ちは。悲しい? なんで悲しいって思うんだ。別れだからか……
 そうかこの子達は今から成仏して僕と別れるんだ。20年間行方不明だったこの子達を僕が見つけたから未練が無くなったんだ。だから成仏するんだ。

「あら、ウサギさんまた泣いてるの?」

 ハナちゃんに言われるまで気が付かなかった。僕は涙を滝のように流していた。止まらない。止めようともできない。
 4日間。しかも夜中の少しの時間しか会った事がない金縛り霊3姉妹の事が好きになってしまったのだ。
 ここで別れるのは悲しい。まだかくれんぼでしか遊んでないじゃないか。もっともっと話もしたいし遊んであげたい。
 でもそれは僕のわがままだ。そんな小さなわがままは押し殺そう。だって20年間成仏せずにいたんだから……。

 ヒナが1歩前に出た。そのまま僕の手を掴んだ。
 僕は手を掴まれたことに驚いてスマホを両方とも落とした。でも今は拾う気力がない。スマホなんてどうでもいい。
 目の前の3姉妹の最後をこの目に焼き付けていたい。最後の最後まで目を逸らしたくない。

「これって成仏なんだろ。なんとなく気付いてたけど……成仏する前に、お兄ちゃんに会えて良かったよ。たまにはあたし達のことも思い出してくれよな。最初は当たり強くて悪かったな。でも……あの、その、だ……大好きだよ」

「うぅ……ぁう……ヒナぁ……」

「泣くなよ。泣き虫お兄ちゃん」

 この笑顔はズルい。この笑顔は呪いだ。一生忘れることのできない呪いだ。
 僕もヒナが大好きだ。だから……せめて消える前に一度だけ僕から抱きしめてあげたい。
 このまま僕はヒナを強く抱きしめた。細い体が折れてしまうかもしれない。そんなことはお構いなしに強く。強く抱きしめた。

「お、お兄ちゃん……」

「ぅぅ……う……」

 ヒナを抱きしめた、その先の視界には不思議そうに見つめるフナちゃんがいる。
 フナちゃんは顔を傾げて長女のハナちゃんと喋っている。

「じょーぶつ?」

「ええ、成仏よ。フナちゃんもウサギさんにお別れを言って」

「おわかれ? そっか。おにーさんは今日で帰っちゃうんだもんね! おにーさんまた来てね。フナたち待ってるからー! もっともっと楽しい遊びしようねー! 次は何がいいかなー?」

 成仏の意味を知らないフナちゃんはまた会う約束を取り付ける。子供のような無邪気な笑顔だ。いや、フナちゃんは子供だ。フナちゃんに笑顔を見ると心がぽかぽかする。
 成仏の意味を考えて傾げていた頭は、次に何で遊ぶかを考えて別の方に頭を傾げた。

 せっかくハナちゃんが隠し通してきたんだ。僕もこのまま笑顔で見届けてあげないと……。

「うぅ……もちろん、また……来るよ。絶対……」

 家族旅行でもいい。一人旅も楽しいかもしれない。それにこの兎村もハナちゃんもヒナもフナちゃんもみんな大好きになった。

「次、来るときはもっともっと遊ぼう。一日中でも。遊び疲れたら僕の友達の金縛り霊の話とかしてあげるよ。もし連れて来れるんなら連れてきて一緒に遊ぼう。だからまた遊ぼう。今度はもっともっともっーーーーと楽しい遊びをしよう」

 涙を乱暴に拭い鼻声になりながらでも思いは伝えた。叶えられない約束だとわかってる。わかってるけど本当のことが言えない。
 20年間守り通したハナちゃんへの気遣いもそうだけど……この無邪気な笑顔を見てしまったら言えるはずがないじゃないか……。


「お兄ちゃんそろそろだ」

 抱きしめていたヒナが離れて姉妹のところに戻っていく。そのまま3姉妹が正面に横並びで立った。
 こうしてみると本当にそっくりだ。本当の3姉妹だとわかる。でも3姉妹を見るのもこれで最後になる……。

 無性に悲しい。悔しい。嫌だ。やっぱり嫌だ。僕のわがままを聞いてくれるのなら成仏しないでほしい。

「そんな……まって……まだ、話したいことが、たくさんあるから……」

 でもはっきりと成仏しないでとは言えない。そんなわがまま口に出せない。

「ありがとう」
「バイバーイ」
「大好き」

 3姉妹が同時に口を開いた。同時だったのでなんと言ったのか全く聞き取れなかった。
 大事な最後の言葉だったのに……。最後の最後で僕はなんて失態を……。

「待って……行かないで……」

 3姉妹は最後に笑顔を見せた。その笑顔とともに光り輝く3姉妹の光が一瞬で消えた。
 地下道がまた暗闇に覆われる。突然の暗闇で脳がついていけない。瞳孔が開く感覚がひしひしと伝わり気持ち悪くなる。
 スマホを落としてしまったせいで何も見えない。でも何も見えなくていい。今は泣きたい。ただ泣きたい気分だ。

 そのまま僕は膝を折り泣いた。

「うわぁああああんわぁああああん!!!!!」

 生まれたばかりの赤ちゃんのように産声を上げて泣きじゃくった。
 金縛り霊は幽霊だけど人間だ。目の前でいなくなってしまうと悲しい。

「ぅう……こころ、が、いたい、うぅ……わぁんぁ……かなしいよ……つらいよ……あぁぅ……くるしい……」

 真っ暗な地下道に僕の泣き叫ぶ声がだけ響く。

「本当に……これでよかったのか……約束もしたんだ……また会いたい……会いたいよ……うぅ、成仏なんてしないでよ……行かないでよ……ぅううう、あぅ……なんでだよ……、僕はまだ何もしてあげれてな……い、ぐぅう……はぁうぅ……」

 成仏した3姉妹には心の叫びが聞こえているのだろうか。そもそも成仏したらどうなるのかわからない。わからないけど目に焼き付けた3姉妹は僕の心の中にずっといる。僕のそばにずっといる。それだけは感じる。それだけは忘れちゃいけない。

「うぅ、あぅ……げほっ……うぅ」

 ただひたすらに僕は泣き続けた。
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