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第2章

33 かくれんぼ最終日に明かされる三姉妹の真実

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「どうして亡くなったか記憶はある?」

 僕はハナちゃんに亡くなってしまった事について恐る恐る聞いてみた。

「亡くなったときの記憶ですか……」

「言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど……」

 亡くなった時の事を思い出させる行為は、やっぱり金縛り霊にとっては失礼だ。
 デリカシーがなさすぎる。
 でもそんなことは承知の上で聞いたが、やっぱり聞かなかった方が良かったと後悔する。

「覚えてませんわ」

 ハナちゃんはまた笑った。でも作り笑いのようにも見える。
 笑うのが上手いというよりもが上手い……。

 でもなんで作り笑いなんかしてるんだ?
 僕の考えすぎなのか?
 本当は何か知っていてそれを隠してるようにしか思えないんだけど。

 そもそも3姉妹が同時に行方不明ってことは誘拐やその類だと思う。
 事故なら事故だとすぐにわかるはずだし、そもそも不自然な点が多すぎる……。
 でもこの地下道に入れば何かわかるかもしれない。そんな予感がする。

「ありがとう、なんか変なこと聞いちゃってごめんね」

「いえいえ。さあウサギさん先に進みましょう」

「そうだね」

 地下道へと繋がる入り口。その入り口に1歩足を踏み入れる。
 ただそれだけで空気が重く冷たくなった。
 そして暗い。当然だ。灯りなんて無いのだから暗くて当たり前。なのでスマホの明かりを頼りに前に進んでみる。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 暗闇で前が見えない。スマホの明かりだけじゃ心細い。
 さらにはこの重たく冷たい空気。さすがに怖すぎる。
 ホラー映画やホラゲさながらの緊張感だ。
 恐怖と緊張感が混ざり合って今にでも吐き出しそうな気がする。

「はぁ……」

「ウサギさん大丈夫ですか?」

「一人だったら絶対に無理……でもハナちゃんがいるから大丈夫……」

 呼吸の仕方を忘れてしまうような息苦しさ。
 掴まれている右腕は心配をしてくれているかのようにギュッと強く掴まれた。
 それだけで勇気が少しだけ湧く。

 トンネルのような地下道を壁に沿って慎重に足を運ぶ。
 左手には灯りを灯しているスマホと生臭い壁。右手にはハナちゃんの豊満な胸。
 まるで天国と地獄。なんでこんな地下道に……

「止まってください」

「ギャァアアアアアアアアアア!!!!」

 いきなり止まれと言われて驚いた。
 今まで声を出さなかった分、大きな声で叫んでしまった。恥ずかしい。

「ウサギさん、落ち着いてください。怖いものはありませんわ!」

「じゃあなんで止まらせたんだよ。いきなり言うのはやめてよ。怖いんだから」

「ごめんなさい。止めた理由はこれです」

 ハナちゃんは指を差した。その指の先にスマホの明かりを当ててみる。

「この先二手に分かれてます」

「どっち行けばいいんだ……。そ、そうだGPS。お父さんのスマホのGPSの反応があればって……圏外……」

 圏外じゃなくてもお父さんのスマホのGPS反応は、地下道の入り口で止まってたではないか。
 おそらくこの地下道に入った瞬間に圏外になってしまったのだろう。

 どっちに行けばいいんだ。右か左か……右か左か。

「ん? 待って、なんか聞こえない?」

「なんですか? 何も聞こえませんよ」

 ハナちゃんは聞こえないって言っているが誰かの声がする。
 洞窟の奥、ほんの小さな音。その音を聞き逃さないために静寂を保ちながら待つ。

「…………」

 頼むからまた声を聞かせてくれ。


「…………」


 ダメか。



「ンッンッ」


 諦めかけた時、はっきりとウサギの鳴き声が聞こえた。
 その声が聞こえた瞬間ハナちゃんと顔を合わせた。

「ウサギさん今のって……」

「うん。聞こえた。ウサギのだったんだ」


 ウサギの鳴き声は右の方から聞こえてきた。おそらくお父さんのスマホを盗ったウサギだろうか。
 右から声が聞こえたのなら右に行かない理由はない。

「右から聞こえたよね。行こうか……」

「はい!」

 怖がりながらも積極的に進めるようになったのは3姉妹たちのおかげだ。
 1日目を思い返してみると、怖がり過ぎて全然進んでなかったな。
 あの時は本当に時間を無駄遣いしてしまった。
 今日は最終日なんだ。怖がって足を止めてる時間はないぞ。
 僕の左には大きな胸……じゃなかった、ハナちゃんがいる。
 大丈夫だ。怖くない怖くない怖くない。念じながら前に進もう。怖くない怖くない怖くない……。

「ウサギさん!」

「ヌゥウウウウウウン! 脅かさないでって! 今度は何?」

 ハナちゃんがいきなり声をかけてきた。その声に驚いてウサギみたいな声を出してしまった。恥ずかしい。

「脅かしたつもりはないですよ! ごめんなさい。見てください、ウサギです!」

 目の前をスマホで照らして見てみると本当にウサギがいた。

「ンッンッ! ンッンッ!」

 何か喋ってる。何か伝えたいことがあるのか?

「ンッンッ!」

「あっ!」

 ウサギが勢いよく走り出したぞ。スマホの明かりじゃ届かない。もうウサギの姿が見えない。
 せっかくの手がかりに逃げられた……。

「ンッンッ! ンッンッ!」

 さっきのウサギの鳴き声か……。

「ついて来い、ってことなのかな?」

「かもしれませんね」

 蕎麦屋のおばあちゃんの顔がふと脳裏に浮かんだ。ウサギを信じて進むとするかな……。


 少し進むと足場が悪くなってきている。凸凹の地面。
 壁も近付いて道が狭く感じる。余計に息が詰まりそうだ。

「気をつけてね……」

「もちろんですよ」

「ゆっくりいこ……うわぁああ、いてっ」

 ハナちゃんに抱きつかれながら歩く僕は、その歩き辛さと足場の悪さから転んでしまった。
 言ったそばからこれだ。恥ずかしい。

「いたたた、ハナちゃん大丈夫? よかった僕が下敷きになってるみたいで……。うわ、地面がねちょねちょしてて気持ち悪い……」

 どうやらハナちゃんは僕の上で倒れたみたいだ。
 それにしても地面が気持ち悪すぎる。早く起き上がりたいんだけど背中にいるハナちゃんが退こうとしない。
 それどころか背中に豊満な胸が当たってる感覚がある。柔らかくて冷たい感覚。この感覚どこかで……。

「ちょっと、どいて、ハナちゃん……。地面がネチョネチョで気持ち悪い。それに生臭い……」

「もう少しこのままでお願いします」

「え、どういう事? なんでこのまま?」 

 静かな声のハナちゃん。何かを打ち明けそうな声量だった。僕は返事を黙って待つことにした。

「…………ウサギさん。実は私たち誘拐されて殺されたんです」

「え?」

 衝撃的すぎる言葉が上品な声から飛び出した。その衝撃に絶句してしまった。

「さっきは記憶がないと言いましたが本当は覚えてるんです」

 なんて言葉を返したらいいかわからない。それに記憶はハナちゃんだけあるのか……
 そのままハナちゃんは言葉を繋げた。

「私は妹達を守れなかった。目の前で殺されてしまいました。本当に怖かった。そして妹達の死を見届けたあと最後に私も殺されました。この地下道で……」

「それって……」

 想像していた以上に衝撃的すぎる真実に頭が追いつかない。


「最初は私たちを誘拐し殺した犯人を恨みましたわ。でも何も覚えていない妹達の笑顔を見ていたら、その恨みもいつの間にか消えてました。だから私は金縛り霊になって、生きていた頃に守ってあげる事ができなかった妹達を守ろうって決めたの。20年間行方不明だった私たちを見つけてくれる人が現れるまで、守ろうって決めたの。私の未練がなくならない限り私は成仏できない。私が成仏しない限り妹達も成仏することができない。ウサギさんが現れた時、思いましたわ。あなたが私の未練を断ち切ってくれるんだと。私たちを救ってくれるんだと……」

「ぼ、僕が……未練を……断ち切る……」

「はい。だって金縛り中に動けて喋れる人なんて20年間金縛り霊をやってきて、初めての出来事ですもの。こんなこともあるんですね。おとぎ話だったら、ウサギさんは王子様ですよ」

「そ、それじゃ、かくれんぼとかじゃなくて普通に言ってくれれば良かったのに……妹達にバレないようにこっそり言うチャンスはいくらでもあったはずだよ……」

「最初は言おうと思いましたわ。でもフナちゃんの無邪気な笑顔を見てたら言い出せなかったの。だって私フナちゃんのお姉さんなんだもの。フナちゃんの笑顔を奪いたくないわ。だから私はウサギさんが本当に私たちを救ってくれる王子様なのか、このかくれんぼで試そうと思いました。本当にごめんなさい」


 倒れている僕の背中の上で真実を語るハナちゃん。
 20年間妹達にも打ち明けられずここまで一人で頑張ってきたんだ。イメージ通りしっかり者のお姉さんだった。
 どんなに辛い20年間を送ってきたんだろう。妹達を守るためだからといってこんなに我慢しなくてもいいのに。
 だから作り笑顔があんなに上手になったのか。ハナちゃんには心の底からちゃんと笑ってほしい。


「ウサギさん? 大丈夫ですか?」

 返事がない僕に声をかけてきた。
 返す返事が見つからないのもそうだけど、僕は泣いていて返事を返す余裕がなかった。

「泣いてるんですか?」

 バレた。暗くて見えないはずなのにバレた。鼻水すらすすらないようにしてたのに。
 これも金縛り霊の不思議な力の影響だろう。フナちゃんだって僕の心情の変化にすぐに気が付いていた。
 金縛り霊には隠し事は無理だな……。でも強がりたい。僕の背中には立派に20年間戦ってきた強い女性がいるんだから。

「泣いて……泣いてません……ぐすっ……砂が……目に入っただけです」

「顔を見なくても感じますよ。ウサギさん優しいですね。ありがとうございます」

「ずるいよ……」

「うふふっ」

 やっぱり触れた対象の感情とかも感じることができるんだ。どんなに強がってもバレてしまう。
 金縛り霊のその能力は反則だ。これじゃ隠れながら泣いても意味がない。
 でも僕もハナちゃんの気持ちがよく伝わった気がする。
 気のせいかもしれないけどこうして触れ合ってるだけで心が通じ合ってる感じがする。

「それじゃ背中から降りてくださいよ。みんなを見つけて救ってあげたい気持ちは僕にもあります。だから最終日の今日はここで止まってるわけにはいかないです。みんなを探さないと……」

「わかりましたよ。降ります。ふふっ」

 ハナちゃんは素直に背中から降りてくれた。立とうとする僕に優しく手を差し伸べてくれている。
 その手を掴んで僕は立ち上がった。冷たく小さな手のひらだったけど温かいものを感じた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 意外なタイミングで話は全て聞けた。ハナちゃんから打ち明けてくれた。
 僕がやることは行方不明の3姉妹を見つけて成仏させてあげるだけだ。でも成仏することは本当に幸せなことなのだろうか。3姉妹だって……他の金縛り霊達だって……。
 未練があっても金縛り霊として楽しく生きていればいいのではないか?
 成仏したら一体どうなってしまうんだろう。成仏することが本当に幸せなことなのだろうか?
 ヒナは、フナちゃんはどう思うだろうか……?

「どうしたら……いいんだ」

「何か言いましたか?」

「いや、なんでもないよ」

 ああ、僕はどうしたらいいんだ……。
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