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【十四】

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 ……ちょっと、完璧すぎた。
 これは、練習したレベルだ。
 しばらく僕同様両親、そう、同性である母でさえ見惚れていた彼女の美貌と笑顔、それはともかく、すぐにちらりと両親から視線が飛んできたので、僕は首を振った。練習したのかと聞かれたから、違うと首を振ったのだ。その段階まで行っていたら、連れてくるまでもない! まさか天才の彼女の深遠な計画通り、僕は手玉に取られていて、とっくにひっそり彼女はお勉強済みだったとか!? それを疑うレベルで、和やかに食事は始まった。

 いつもの馬鹿そうなのほほーんがあんまりない。口数も普段よりちょっと多いので、平均すれば、多すぎず少なすぎず最適な数だ。相槌もすごくうまい。頭が悪くないのはわかるが、変に鼻にかけたところも感じさせない、素晴らしい以外の評価が出ない会話っぷりで、もちろん食事のマナーも完璧だ。話す内容も、普段とは異なり、きちんと一般の人間に伝わる話し方だ。いや一応、両親も一般人ではないんだけどさ。出会いから始まり現在の研究室での日常まで、和やかに懐かしむ感じで、話は続く。王族三人に溶け込む一般人など、基本的にいない。普通に親戚の結婚式を振りかっても、結婚してしばらくは、配偶者以外に溶け込むのは無理で、ガチガチに緊張しているパターンが圧倒的に多いのに、それもない。しかも、僕が見たことがない表情ばかりだが、様々な表情が出てくる。作っている感0だが、僕が初めて見る以上、多分作っているのだろう。すごすぎる。様々な作り表情を見慣れている僕だが、これは普段を知らなきゃ騙される。両親がちらちら僕を見るのも、迷っているからだろう。事情を知らなきゃ、普通にこれだと思うレベルだ。だから僕は視線で、いつもとは違うと知らせた。普通だったら、このまま恋愛の話に持って行けてしまいそうである。いっそ、それでもいいかなと僕は思っていた。両親もそうみたいだ。そこで、アイコンタクトの末、母が切り出すことになった。ひと呼吸おいたら、言う。僕は少し緊張した。だが。その呼吸の瞬間だった。

「王妃様、女性同士でお話させていただきたいことがあるのですが、今、お時間を少しだけ頂戴できませんか?」

 僕達三人は動揺から一瞬だけ顔をこわばらせそうになった。なぜこのタイミングで? しかも、これまでの流れには、沿っていない。完全に、話を一気に変えてきた!

「ええ、もちろんです。私も、ぜひお話させていただきたかったの。あちらへ参りましょう」

 こうして微笑をたたえた母が、隣室へと礼を連れて行った。僕と父は、横の油絵を見た。マジックミラーのような形態になっているのだ。全部見える。僕らしかしらない設計だが、かなり使える。こちらの声は、あちらには聞こえない。

「ここならゆっくりできます。さぁおすわりになって、礼さん」
「ご好意感謝致します」

 二人はにこやかに対面の席に座った。斜めにそれぞれ傾いているソファだ。この配置も、無論わざとである。

「それで、どんなお話かしら?」

 すると礼の表情と眼差しが、これまでとは比べ物にならないほど冷静で理知的で真剣なものに変わった。

「率直に申し上げます。王太子殿下と肉体的な関係を持ちました」

 母の気持ちまで分かるが、僕たちは、賠償金だなと思った。なるほど。
 知っていたわけではあるが、その後母は驚いた顔をしたあと涙ぐんだ。

「なんということでしょう。柾仁が不埒な真似を! 母として嘆かわしい。礼さんには、なんとお詫びすれば良いことか」
「いえ、そういうことではなくて。恐れ多くも詫び等不要です。関係は合意です。ご配慮頂きありがとうございます。その際、あからさまなのですが、初めてだったのに血が出なくて……だから、私は王太子妃には向いていないし、なるべく早く産婦人科に行かなくてはならないと思うので、誠に恐れ多いですが、結婚できないというか、向いてないです!」
「……――今、なんておっしゃったかしら?」
「初めてしたのに血が出なかったから、きっと子宮に問題があると思うので、王太子妃にはなれません! と、言いました!」

 かなり、通常の礼である。しかしここでこの発想が出るとは、誰も予想していなかった。ポカーン状態である。いち早く立ち直ったのは、さすがは母である。

「礼さん。私も初夜では、血が出なかったわ」
「え」
「丁寧にやさしく愛して接してくださる殿方が相手であれば、血は出ないこともあるのですよ」
「……そうなんですか!? 柾仁さんの嘘つき……」

 ぼそっと恨めしそうに礼ちゃんがつぶやいたのまでしっかり聞き取れた。
 本人は小声だったつもりだろうけど、全身全霊を込めて、僕らは聞いているのである。
 父から飛んでくる生温かい目を、僕はそしらぬふりでやり過ごした。

「ええと、それともうひとつの問題なのですが」
「なにかしら」
「先ほど、皆様で、いつ私に、恋人になるようにとの旨を打診するか話し合っていらっしゃいましたが――」
「お待ちになって、それはいつのお話?」
「お食事中のアイコンタクトを解読しました! 自信があります」
「ぶは」

 さすがに母まで吹いた。聞いていた全員が吹いた。笑えない。すごい。

「ど、どういうことかしら?」
「視線の上下左右の動きと回数と瞬きと瞳孔位置で、お話されていたことです!」
「……そ、そうですか。それで、そうだとして?」
「きっと王太子殿下は、非常に優しいお方ですので、責任を取ってくださるつもりで、本日私をお招きくださったのだと思うのですが、気遣い不要だとお伝えいただきたいんです!」
「責任……気遣い不要……」
「はい!」
「……柾仁は、礼さんに好意を抱いているから、お招きして私達にご紹介してくれたのだと思いますよ」
「ありえません!」
「なぜです?」
「だって、そんな素振りはなかったです!」
「では、どうして肉体的な関係を?」
「……それが、私も理由を知りたいんです。なにか、悪いことか嫌われることをしてしまったみたいなんですが、特定の決定的理由が全く思いつかなくて」
「単純に、好きだから関係を持ってしまったのではないのかしら?」
「好きだったら、ある日突然、恋人でない人間を、あんな風に押し倒さないと思います!」

 ど正論だ。言い返せない。

「あんな風……? はっ! ま、まさか! 礼さん、あなたまさか、一度きりではなく、何度か関係を持ったの? 柾仁が迫ったの!?」
「ええまぁ……その……それを振り返った限り、かなりものすっごく嫌われてます!」

 父さんの冷ややかに変わり始めた視線を躱すのが、だんだん辛くなってきた。

「まさか、きょ、脅迫!? 警察には通報しましたか!? 逃げられなかったの!? おかわいそうに!」
「いえ。誰にもお話しておりません。なんというか……その、考えた結果、王太子殿下も可哀想と思ったのではないかと私は考えております」
「何に対してですか? 可哀想ならば、やめるはず! 謝りましたか!?」
「謝罪は不要です。その、可哀想というのは、理由が二つあって……一つめは、いま周囲が恋人同士だらけで、私が寂しい独り身なので、かわいそうというのがひとつです」
「……もう一つは?」
「留学時代に、迂闊にも私はポロっと好きな人が居ると口走ったことがあります。絶対結婚不可能な相手だから墓場まで持っていくと言って、相手を言いませんでしたし、以後一切このことは口にしなかったのですが、その頃からずっと王太子殿下が好きなんです。だから態度か何かできっとお気づきになられて、そこまで長々と片思いしているんならと哀れんで、かわいそうに思って、たまたまその日研究室の他二名がお休みだったので、お相手してくださったのかと思って……」
「!」

 僕は耳を疑いつつ目を見開いた。そういえば昔、そんな話をした。
 すっかり忘れていた。え?

「これなら、嫌いでも同情してくれたのだろうとわかります。そのうちに、面倒になってきたから、どんどん嫌いになったんだと思います」
「待って、礼さん。お待ちになって! あ、あなた! 柾仁のことが好きなの!?」
「はい」
「それで、完璧な会話を?」
「え? 完璧な会話? なんのお話ですか?」
「柾仁の妃になるために練習したのではなくって?」
「なんのですか?」
「食事の席の会話の間の取り方や相槌、言葉遣い、表情よ!」
「ああ、あれは、全部王太子殿下のご公務や、作り笑いを見ていて自然と覚えていたことを真似しただけです。覚えたというか、思い出したというか。いちいち記憶した覚えはないので、思い出したが正確です。それによく、テレビでも見るし」
「!」

 僕は必死に覚えてきたつもりだったが、彼女は一瞬で覚えられるんだ。
 才能の違いを実感したけど、冷や汗も出てきた。
 僕って、ああいう感じなのかな、本当に。
 それって、すっごく印象いい人だと思う。我ながら、完璧だ。
 しかしずばっと作り笑いと言われた。見抜かれていたのだろう。
 正直侮っていた。

 なーんってことよりも、である。まさかの両思いだ!
 泣きそうだ、どうしよう、すごく嬉しい。

「礼さん。よくお聞きになって」
「はい!」
「男性というものは、皆、変態なのです!」
「え?」

 僕と父は、母の声で我に返った
 ん? どう言う展開になるんだろう?

「ベッドの上では、豹変するのです。場合によっては、その辺の壁の前とかでも!」
「!」
「そしてネチネチネチネチ嫌がらせのような意地悪な言葉を吐いて人を泣かせて喜ぶ生き物なのです!」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ! 本当です! そしてそれは、嫌いだからではなく、大好きだからなのです。好きな子ほど、いじめてしまうのです。それも年齢はいい歳なので、意地悪く性格悪く肉体的にも精神的にも、女性を追い詰めて喜ぶのです。男とは、そう言う存在です!」
「知りませんでした!」
「そしてたまに優しくなるのです。アメとムチと本人は思っているらしいのですが、こちらからすれば、ひどい話です! 好きなのか嫌いなのかわからないんですもの! 最低!」
「私もそう思います! ひどいです! 五分の四が意地悪で、五分の一が優しいんです!」「せめてその配分が逆だといいとは思わない?」
「思います! どうすればいいですか!?」
「簡単よ! 結婚を前提にお付き合いすればいいの!」

 母、強引に持っていった! 僕は吹き出した。納得する礼もアレだが、母もアレだ。

「なぜですか!?」
「逃さないように必死になるからよ! 結婚すれば、さらに優しくなるわ!」
「本当ですか!?」
「ええ! 私、礼さんのような可愛い娘が欲しかったの! だからぜひお嫁さんに来てください!」
「は……え? ちょ、ちょっとお待ちください。私では身分も中身も分不相応ですので、王太子妃になるなんて、無理です! それ以前に、王太子殿下が、私を好きか、まだはっきりと分からないです!」
「ここは開放的な王室で、身分なんか関係ないの!」

 よく言うね、母さん!

「中身は、柾仁が選ぶものだし、同時にあなたにも選ぶ権利があるの。恋愛は、男女対等なものよ! もしも王室の儀礼についておっしゃっているなら、私がいくらでも教えて差し上げますし、王宮が万全の体制でバックアップします! だから、問題は、あなたと柾仁の気持ちだけなの。礼さんは、柾仁が好きなのよね?」
「はい」
「では、プロポーズをお待ちになって。大丈夫。これは母としてのカンよ! 今日のお話は、誰にもしないわ。柾仁には、特に絶対にね! だから安心して。柾仁を信じて! あの子は、決して好きじゃない女の子を押し倒したりする子じゃないわ。思いあまって告白する前に、押し倒してしまう場合があったとしてもね! そういう部分は、あとで礼さんが本当の娘になったら、私がしっかり柾仁を怒ってあげます! 私はあなたの味方よ! 忘れないでください!」
「ありがとうございます!」
「それではそろそろ戻りましょうか」
「はい! 本当にありがとうございました!」

 二人が立ち上がったので、油絵は元に戻った。僕と父は、きっちり時間分食べておいた。怪しまれないふりだ。出てきたふたりを気にせず、さもずっとしていた風に世間話を開始した。

「なるほど。陛下も奥が深い」
「柾仁。何年たっても、ピアノは良いんだ――やぁおかえり、二人とも」
「ただいまもどりましたわ、陛下」

 そこからまた、完璧な会話が始まった。


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