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―― 第五章:番外 ――
【071】ヴァルプルギスの夜
しおりを挟む「それでは、本日から明日にかけては、ヴァルプルギスの夜に備えた特別警備を行うとする。二班での行動だ。あとは任せたぞ。偲、青波」
相良が全体に向かってそう述べたのは、四月三十日の朝のことだった。
招集された部隊の面々は頷き、自然と偲側と青波側に別れた。
偲側にいるのは、黎千・灰野・時生の三名で、青波側にいるのは、結櫻・山辺の二名だ。
「俺は青波側に合流する」
相樂もそう述べると移動した。
こうして四人ずつの班が編制された。
「あとは現地集合で。解散!」
相樂の号令により、皆一度部屋を出る。時生は歩きながら、隣を進む灰野を見た。
「ヴァルプルギスの夜って、どういうことか分かりました?」
相樂の生命は、こうだった。
――四月三十日から五月一日にかけて、魔女が酒宴を開く。それに伴い、魔の存在も賑々しくなるから、ハメを外さないように見守り警備をする、というものだった。その場では静かに聞いていた時生だったが、そもそも魔女が分からない。
「……見鬼の才や先見の才を持つ者が、酒を飲んで騒ぐという話じゃないのか?」
「なるほど」
それで正解な気がした。
二人がそんなやりとりをする前で、黎千は偲を見ながら、口早に話しかけている。
「直斗の配属なんだけれど、まだ少し遅れるそうよ」
「そうか。相樂さんには俺からも事情を伝えておく」
その声に、直斗の姿を思い出し、何かあったのだろうかと、時生は首を傾げる。
だが割って入って聞ける空気では無かった。
そうして一同は、本部の建物から外へと出た。時生は高東に会釈をしてから、待たせてあった馬車に乗り込む。あやかし対策部隊の紋が入った馬車だ。
車輪が時折小石を踏むと、車体が振れる。もうすぐ初夏を迎える帝都の一角を進んだ馬車は、それから次第に、隣の区、その向こうの街、村、そして山の方へと進んでいった。
到着した場所には、西洋風の城がそびえ立っていた。ただ、全体の規模は小さい。城を模して日本で造られた様子だ。尖端の尖った塔が三つあり、二階建てに見える。
「ここが、マダム・ヴァイオレットのエトワール城か」
馬車から降りた偲が呟いた。
「マダム・ヴァイオレットが今回この城で行われる魔女の宴を取り仕切る役の者だ。困ったことが発生したら、彼女にも対応を依頼することになる」
そう説明し、偲が歩きはじめた。他の三名も、その後に続く。
こうして道を歩き、四人で城の扉の前に立った。するとギギギと軋んだ音がして、中から背の曲がった老婆が一人顔を出した。
「ああ、来たんかい。ええと? あやかし対策部隊の方々やろ?」
何処の訛りかは不明だったが、老婆は独特のしゃべり方をしている。
「ええ。あやかし対策部隊から来た、副隊長の礼瀬と言います。三名は部下です。順に、黎千、灰野、時生です」
名前を呼ばれる度に、一人ずつ頭を下げた。
すると頷き、老婆が名乗る。
「わしがマダム・ヴァイオレットじゃ。よろしゅうな。あとは好きにしーんさい。わしらも勝手に飲んでるからね」
マダムはそう言うと、よぼよぼと杖をついて歩き、城の奥へと消えてしまった。
その背を時生が見守っていた時、黎千が言った。
「どうする? 礼瀬隊長」
「昨年と同じ事態が予想できるから、その対応では駄目か?」
「最高ね」
二人のやりとりに、時生は灰野を見る。灰野も時生を見ていた。
二人とも、昨年のこの時期にはいなかったからだ。あやかし対策部隊へ所属する日時は明確に定められているわけではないが、軍学校を卒業した場合で、大体五月だ。灰野も同じ頃、昨年の五月の半ば過ぎに、軍属になったので、この日の事は知らないのである。
「じゃあ、手分けをしましょう。知らないのが二人いるんだから、そうねぇ。じゃあ灰野は私と。礼瀬隊長と時生くん。いいですよね?」
「ああ。俺もその組み合わせがいいと思う。黎千、灰野のことは任せたぞ」
「はい」
頷いた黎千が、灰野を手招きした。その前で、偲は時生へと歩みよってくる。
「時生、これから今後予測される事態と、その対応を説明する」
「は、はい!」
「あちらのソファに座ろう」
こうして二人で、壁際のソファへと移動した。黒いソファに腰を下ろした時生は、そばにある観葉植物の木を見る。それを挟んで隣に、偲が座っている。
「魔女――を自称する、見鬼や先見の才を持つ様々な年代の女性達が、今日大量に酒を飲む。それはいいか?」
「はい」
「するとどうなると思う?」
「え? ええと……賑やかになったり……?」
「正解ではある。だが惜しい。さらにその先だ。最終的にどうなると思う?」
「――お酒を飲み過ぎたら、酔い潰れてしまうんじゃありませんか?」
「正解だ」
偲は神妙な顔で頷いた。そして鞄から、ビニール袋を取り出した。
「彼女達が嘔吐するようなことがあれば、これを使うように」
偲は袋の束をごっそりと、時生に渡した。
「え、えっと?」
「俺達の仕事は、端的に言えば、酔っ払いの介抱だ。そう心得てくれ」
偲は至極真面目にそう言うと、ソファから立ち上がる。
半信半疑で、時生は偲の後についていく。
――偲の言葉は、本当だった。時生は、会場に入るなり、それを確信した。泥酔している女性達は、呂律が回っていないのに、お互いの言葉は分かるのか、なにやら会話し、陽気に笑い合っている。寝そべって大の字になっている魔女もいる。
またその場には、うようよと力の弱いあやかしの姿がある。今では、このくらいの強さのあやかしも、時生は視えるようになった。微弱な力の持ち主達だ。
時生はその夜、吐瀉物の片付けを主に手伝う事になった。
「んだよぉ、お兄ちゃんも飲むかい?」
すると一人の、五十代くらいの魔女が、時生に向かって、ぐいっとワインの瓶を差し出した。
「け、結構です!」
「なんだい! 私の酒が飲めねぇっていうのかい!?」
声を上げられ、時生はビクリとした。すると偲が歩みよってきて、後ろから時生の体を抱き寄せた。
「絡み酒をしないでくれ。貴女もそろそろ眠ったらどうだ?」
「やだねぇ。朝まで飲むんだよ!」
こうして偲に救出された時生は、また場所を移し、この日冷たい水の入ったコップを配る作業にも従事した。
非常に忙しない時間だったが、午後三時をまわる頃には、皆眠り始めた。
その様子を見て、時生はほっと息を吐く。
「お疲れ様、時生。俺達も少し休もう」
偲がそう言って、柱に背を預けて座った。その隣の壁に背を預けて、時生も座す。すると疲労感がこみ上げてきた。
「どうだ? 討伐以外の通常の対策任務は。こういった事柄が比較的多いのだが、慣れて行けそうか?」
「は、はい……頑張ります。慣れます!」
時生は大きな声で同意した。それから瞬きをしようとして、瞼が重く開かないことに気がつく。猛烈な睡魔に襲われた。
気づくと時生は、そのまま寝入っていたらしい。
「あ」
次に目を覚ました時生は、自分が偲の体に寄りかかって寝ていた事に気がついた。
「す、すみません!」
「いいや、疲れていたんだろう? 少しでも休めたならばよかった」
「で、ですが、重かったんじゃ……?」
「何度でも言うが、時生は痩せすぎだ。それに、あどけない寝顔を見ていると、不思議とこちらの疲れも取れた。俺もまた、休まった気分だ」
時生が優しい声で述べた。それに気恥ずかしくなって、時生は体を離しながら、両手で顔を覆ったのだった。
その後、本格的に朝が来たので、別の部屋にいた黎千と灰野と合流すると、灰野が虚ろな目をしているのが見えた。マスク越しにも分かるほど、顔色が悪い。黎千は、頭痛を堪えるように、額に手を当てている。
「どうしたんだ? 二人とも具合が悪そうだが」
心配して偲が声をかける。
「それはそうよ。あんなに飲んだんだから」
「なに?」
「隊長達こそ、どうしてそんなにけろっとしてるの? 時生くんってもしかして、お酒に強いのかしら?」
かみ合わない偲と黎千のやりとりの横を歩き、灰野が時生の前に立った。
「……吐くほど飲まされた」
「え!? 僕の方は、吐いたもののお掃除と、お水を配る仕事だったよ!」
二人のやりとりが聞こえたようで、偲と黎千が視線を寄越した後、また二人で顔を向け合った。
「黎千、お前は去年は青波の班だったな。まさか青波側は、一緒に酒を飲んだのか?」
「ええ。騒ぎを起こさないように言いくるめるのと、より近づくのと、まぁ色々な観点から、そばで監視できるようにね。礼瀬隊長達は……なるほど、理性的な行動をしたのね」
黎千が納得した様子で、それから辛そうに瞼を閉じた。
「来年からは、絶対にそちらを採用します。もうお酒なんて見たくもない」
このようにして、本年のヴァルプルギスの夜は、明けたのだった。
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温かなご感想ありがとうございます!!
色々なジャンル大好きなので、キャラ文芸のジャンルも楽しんで頂けるとのこと、凄く嬉しくてたまりません!! 優しい人々をすごく書きたくて書き始めたので、ご感想とても嬉しいです!!
最後まで精一杯頑張ろうと思いますので、お楽しみ頂けましたら嬉しいです!! 本当にありがとうございます!!
良かった間に合って偲さん
物の怪👻に囚われていたとは😳
ご感想有難うございます!!
この場面が書きたかったので、書けて凄く楽しかったです(〃'▽'〃)