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―― 第五章:番外 ――
【070】藤見物
しおりを挟む――その日、青波と結櫻は、まだまだ珍しい汽車で、隣の龍眞区へと訪れていた。古い名は、魔を断つと書いて、断魔村と呼ばれていたこの土地は、帝都の中でも特別に神聖な場所だとされている。二人が今回ここを訪れたのは……ただの暇つぶしである。
有名な龍眞不動尊へ続く坂道を登っていくと、周囲の山の中に、淡い紫色の藤が見え始めた。それが次第に、参道の周囲に広がる。
「綺麗だな」
「そうだね」
「お前と二人じゃなければなぁ。具体的には美女と来たかった」
「同感だよ。僕は美女じゃなくてもいいけど。とりあえず、優しい女性と来たかった」
哀愁漂う二人の呟きは、幸い周囲の人々には聞こえていない。
「ここは一つ。俺とお前で、二人連れの美女に声をかけるというのはどうだ?」
「青波、現実を見よう。周囲はみんな、男女連れだよ」
にこやかな結櫻の告げた残酷な真実に、青波が肩を落とす。
「去年もここで、こんなやりとりをしなかったか? 俺達」
「したね。一昨年も、その前も、ここでしたよね」
「どうして俺達、藤を見に来る事にしたんだっけ? 一番最初は」
「さぁね。僕も覚えてないよ」
覚えてはいないのだが、夏祭りとは違い、藤見物は二人にとって実在する行楽機会だった。こういうものは、多々ある。青波と偲だけのものもあれば、偲と結櫻だけのものもあるし、三人一緒に出かける決まった場所もある。それが腐れ縁というものなのかもしれない。
「そういえばこの前、灰野と時生くんが、一緒に遊びに行ったって言ってたよ」
「ふぅん。灰野もだいぶ明るくなったよな」
「だね。時生くんが来てからかな」
「ああ。まぁ、同期は貴重ってことだな」
「似たようなことを僕も時生くんに伝えたよ」
そう言って顔を見合わせ、二人はどちらともなく吹き出した。
藤の花が春風で揺れている。
その後、不動尊へと向かった二人は、お賽銭を入れてから、手を合わせた。それぞれ目を伏せた後、結櫻はすぐに目を開け青波の横顔を見る。青波は長々と瞼を閉じていた。
「っ、おい。何見てるんだよ」
「いやぁ、随分熱心だと思って。何をお願いしてたの?」
「この国の平和だよ」
「あれ? 僕も同じ事を願ったんだけどね。ああ、僕は最初からそれを考えていたからかな? すぐにお願いが出来たというか」
「違うな。俺は細部まで細かく祈っていたんだ。緻密で具体的に願ったんだよ」
「ああ、それは分かる。青波は変なところで神経質だしね」
「お前は逆に、いつもは几帳面なのに、たまに大雑把になるよな」
そうやりとりをしてから、二人は踵を返す。
そして二人で、藤の合間を抜けて帰路へとつく。
乗り込んだ汽車が走り出し、線路の上を進む度に、自分達の居場所が近づいてくるような、そんな気になる小旅行だった。
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