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―― 本編 ――

【024】演説と危ないこと

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 日が高くなった。
 本格的に朝が来てから、静森は砂月と共に朝食を取った後、気合いを入れてギルメン達の前に立つ。壇上から、【エクエス】ほか、【Genesis】や【Lark】、【Harvest】からも顔を出している面々を見渡す。そして最後にまっすぐに前を向いた。

 演説台の上には、配布した資料と同じ物があるが、それを見て喋るのではなく、静森はよく通る声で前を向いて話す。その凜とした声は、場に緊張感を生み、皆が勢いに飲まれていく。圧倒的なカリスマ性、間違いなく静森にはそれがある。

「――最後に」

 静森は、左手をそれとなく持ち上げた。そこには指輪が光り輝いている。

「俺は先日結婚した。名は砂月という。宜しく頼む。砂月は俺にとって――」

 そう言い切った静森。
 その姿は格好良く――……ひっそりと遠くの角から覗いていた砂月には眩しく思えた。和風の邸宅の角からすぐに奥へと引き返し、池の前で砂月はしゃがむ。錦鯉が泳いでいる。

「あれ、聞いてこないの?」

 するとそこに声がかかった。砂月が顔を上げると、そこには滴の姿があった。

「……うん。なんだか照れくさいし」
「へぇ、あっそ」
「滴くんこそ聞きに行かないの? ギルマスでしょ?」
「サブマスの陽堂に任せてる。僕はああいう場が好きじゃないから」

 そう言うと滴が腕を組んでから、砂月の隣にしゃがんだ。

「砂月もギルマスだったんだよね? ソロギルドとは知ってたけど、まさかの一位の」
「う、うん。まぁね」
「攻略にはどの程度協力するの?」

 滴の問いかけに、砂月は顔を向ける。

「大々的に装備も飯バフも支援してもいいかなとも思ってる。俺自身は、攻略に行く予定がないからさ」
「ふぅん。まぁ、僕自身も行く予定は無いけど、砂月は呼ばれそう」
「そっかなぁ?」
「あ、いや、呼ばれないか。トーマが心配性そうだし。多分あの人、今も、砂月をみんなに紹介したいけど、そうして惚れられたら困るとか思ってるよ絶対」
「や、やだなぁ、そ、そんな……」
「なに頬染めてるの……」

 遠い目をしている滴の様子に、慌てたように砂月が笑う。本当に静森がそのように考えていたら照れてしまうと思っていたら、空想だけでも照れてしまった結果の頬の朱さだ。

「ただ、こうなってくると情報屋の俺に求められるのって、攻略対象のボス情報が一番だよなぁって思ってる」
「まぁねぇ」
「先に下見に行ってみようかな?」
「それこそトーマに怒られるんじゃないの?」
「秘密裏に」
「砂月……危ないよ」
「でも静森くんの役に立ちたくて」

 砂月が語ると、滴が首を振る。

「役に立ってもらうより、そばにいてもらう方が絶対にあの手のタイプは喜ぶ。間違いない」

 断言した滴を見て、実は本当には行く気はなく、砂月は砂月なりに惚気ていただけだったので驚いた。

「滴くんも恋愛してる感じ?」
「僕? なんで?」
「静森くんのことよく分かってるみたいな言い方してるから。もしかして――」
「ない」
「まだ言ってない」
「じゃあ言ってみて」
「もしかして静森くんのこと――」
「昨日が初対面の相手に、いくら顔面がよかろうと、僕は一目惚れとかしないから、惚れる要素がゼロすぎる」

 砂月としては静森と悠迅のやりとりをまねてみたかっただけだが、その経緯を知らない滴はそのように返した。

「じゃあ、他の人?」
「あのね。自分が幸せだからって、他人に恋を強制するようなことはしないと信じてるけど、砂月は変わったね」
「そ? 俺元から好奇心旺盛じゃない?」
「それは、そう」

 そこへ、砂利を踏む音が聞こえた。二人がそろって振り返ると、遼雅が立っていた。

「おー、こっちにいたのか。会場に姿が見えなかったから、どこに居るのかと思ってた」
「終わったの? 遼雅くん」

 砂月が問いかけると、両頬を持ち上げて遼雅が頷く。

「正式に連合をすることになった。今度、他のギルドにも通達する。その調整でしばらくは忙しくなるな。あとは攻略対象の下調べ、か」

 遼雅の声を聞くと、滴が立ち上がった。

「人員の数は? 攻略に行くメンバー分、必須の飯バフの用意があるから、早めに教えてくれる?」
「おう。悪いな、いつも」
「あと【Harvest】から協力させてもらう聖職者、何人くらい必要かも早めに。武器の調整もあるから」

 滴は用件をつげてから、改めて砂月を見た。

「じゃあね、師匠。お幸せに。くれぐれも危ないことはしないように」
「わかったって。心配性だなぁ」

 苦笑しながら砂月もまた立ち上がる。そうして滴を見送っていると、隣で腕を組み、遼雅が咳払いをした。

「危ないことって?」
「あーっ……その、えっとね」

 言葉尻を捉えた遼雅に顔を向けて、砂月は言葉を探す。それからにこりと笑った。

「たまには静森くんとアブノーマルなプレイをしてみるのはどうかという話をしていたんだよね」
「ぶっは」

 思いっきり遼雅が咽せて吹き出した。あまりにも大げさな反応に、どうやら誤魔化すのに大成功したようだと砂月は考える。

「そうか。興味があるのか?」

 ――だが。
 突如、そばの縁側から声がしたものだから、驚愕して砂月は身を固くする。
 ギギギと人形のように顔を向け、緊張しながら目を見開いてそちらを剥けば、そこには綺麗な顔で笑っている静森の姿があった。どうやら演説場から中へと戻る最中に通りかかった様子だ。

「えっ、ち、ち、ちが、違っ、違うから!」
「ではどうしてそんな話を?」
「とにかく違うんだよ! ないから、無い!」
「あまりにも否定するのは、本当は興味があるからこそという理論もあるな」

 静森の声に、真っ赤になって砂月は両手で顔を覆う。

「――もっと詳しく聞きたいが、この後、【エクエス】内の会議なんだ。夜、じっくりと教えてくれ」

 そう言って静森が歩みを再開したのを、指の合間から砂月は確認した。そしてその背が角を曲がって消えたところで、大きく息を吐く。

「いやぁ、なんというか、デキる男は、プレイも色々デキるの、か?」

 ハハハと、冗談として流そうとした遼雅の言葉が、砂月にとっては逆にとどめになった気がした。

「本当に違うんだ。違うんだよ……ただの冗談だったんだ……」

 真っ赤なままで砂月は泣きそうになったが、遼雅は素知らぬフリで踵を返す。

「まぁなんだ? 夜、楽しめよ」
「だから、違うからー!」

 しかし砂月の声を無視して、遼雅が歩き去る。
 最終的に一人真っ赤なままで残された砂月は、羞恥に震えるしか無かったのだった。


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